第205話 イネちゃんと夢魔のお姉さんたち

 即日の襲撃が失敗したためか、怪我人を大量にこちらに押し付けたからかあれから追加の襲撃はなく、平穏とは言い難いもののトゲトゲしかった村人さんもイネちゃんに向かって謝罪の言葉が出るくらいには落ち着いていた。

 まぁその時にイネちゃんもキツくあたってごめんねって言ったんだけどね、リリアに睨まれながら。

 ともあれ怪我人はリリアの治癒魔法で治せたし、あの時襲撃してきた熊さんのお肉が結構な量あったため食料のほうもかなり余裕があったのは幸いだった、渡りハルピーさんたちも資材とかを運んだ後、眠るのはトナ周辺の森らしくって大半は山を超えて戻っていったから本当に食料面は助かってるんだよね……まぁ渡りさんたちは森で勝手に自分たちで確保してるみたいなんだけどさ、虫とか食べるらしいし……そんなところまで鳥っぽくなくてもいいのにねぇ。

「イネ、おはよ」

「リリアもおはよ……いやぁ戦える人数が多いと多少楽できるね、やっぱり」

「こっちも、教会の兵士の人たちは基本的なお料理できるから助かってるかな……それであの手紙だと今日あたりに婆ちゃんが来るんだったよね」

「そのはずだけれど……リリア、やっぱり不安?」

 そう聞くとリリアは不安そうな顔でゆっくりと首を縦に振った。

「母さんの手紙の書き方だと婆ちゃんが来るのかどうかわからないから、皆に期待させちゃった分私が責められないか、ちょっとね……」

「うーん、あの時の流れで言えば仕方ないとしか言えないからなぁ」

 襲撃された直後で皆が不安だったわけだしむしろ落ち着かせるために必要だったからなぁ、ビックネームっていうのはそういう落ち着かせにはすごく有効だしね。

「でも婆ちゃんが来なかったら本当にどうしよう……」

 あーリリア、人を安心させるのに割と考えずに動いちゃうタイプだったか。

 ともあれ来なかった場合っていうのは今考えることじゃないよね、本当に来なかった時に考えればいいことだし、何よりササヤさんが一枚かんでるのならよほど大外れってパターンは無いような気がするし。

「それはその時になったら考えれば……」

 とイネちゃんがリリアを落ち着かせようとしたところで集会場の空気が文字通り変わった、主にピンク色に。

「お待たせしました~ムーンラビット様の部下の夢魔部隊到着よ~」

 すごくねっとりとした口調のお姉さんたちが集会場の中に急に姿を現した。

 あぁそういえば精神体が本体だってムーンラビットさん、言ってたっけ……。

「えっと、ばあちゃ……ムーンラビット師はどこに?」

「あらお孫様、ムーンラビット様なら遅れてくるらしいわよ~」

 あちゃー、でもまぁ来ないわけでもないからそこまで嘘ではないしイネちゃんは問題ないとは思うけど……これは村人さんたち次第かな。

「え、あぁ……あんたたちでも……いい、んだよな?」

 あぁダメだこっち鼻の下伸びちゃってる、まぁ夢魔のお姉さんたちムーンラビットさんと違ってスタイル抜群な人ばかりだしなぁ、男性の姿とってる人も超絶イケメンとマッシブイケメンって感じだし。

 ……いや、これはこれでいいのか?

「えっととりあえず夢魔の人たちにはあの隅っこに居る捕虜の人たちの尋問をお願いしたいのですけど……イネちゃんたちだと言葉がわからなくてどうしようもなかったんだ」

「あぁ勇者様ですねー、聞いていたとおりお可愛い。あーそれと捕虜の件は了解しましたー」

 むぅ、パーソナルスペースがかなり近いしすごくノリが軽いなぁ。

 まぁ言語を介さない意思疎通ができるらしいし、これで捕虜の人たちは完全に任せられるからいいか。

「はーい、皆さん色々教えてくださいねー」

 夢魔のお姉さんが捕虜の人たちに近寄りながらそう言うとちょっと顔が子供には見せられないものになり始めたのでイネちゃんは慌てて。

「あーえっと、子供もいるから別のところでお願いできないかな。こう、普通にお話するにしてもちょーっといけないことになっちゃいそうだし」

「あらごめんなさいね、いつも通りでよかったのね。じゃあ皆、いつもどおりらしいわ……別の場所でやるならいいのよね?」

「……やりすぎなければ、まぁ。命までとるわけじゃないだろうし」

 夢魔のお姉さんの号令とイネちゃんの返答を聞いてから夢魔の人たちは布面積の多い服装に格好を変えて捕虜の人たちの前にワンツーワンになって……。

「はーい、この指を見てくださいねー」

 そう言って捕虜の人たちの顔の前にピースサインを閉じたり開いたり回したりしてから。

「はい!」

 パン!と両手を合わせる形で音を出すと捕虜の人たちが一斉に体を跳ねさせた。

「はーい、これでこの人たちは大陸の言葉を理解できるし話せるようになりましたよー……ではまずどこから来たのかお話してくれませんかー?」

「え、あ、こ、言葉が……わかる……」

 えー……今ので言語問題解決しちゃうんだ……。

 魔法なのか種族特性なのかわからないけれど、こう脳をいじったりしちゃったんだろうか、結構えげつない内容がいとも簡単に行われたような気がするぞぉ。

「あー勇者様?大丈夫ですよーこの人たちの頭の中に大陸の言語情報を入れてあげただけなのでー」

「魔法みたいなもの?」

「似たようなものですけれど、ムーンラビット様が教えてくださったやり方なので少し違うと思いますよー、多分私たちにしか使えませんですしー」

 やっぱ夢魔特性みたいなものか。

 まぁそれはそれでいいとして、とりあえず大丈夫そうだし様子を見ておこう。

「あ、あんたらは魔王軍なのか!?」

 あー……しょっぱな禁句ですわー、いやまぁカカラちゃんの世界から来たっていうなら第一声として予想はできたのだけれど……案の定村人さんたちの顔が一気に険しくなってるし……。

「違いますよー、そもそも世界が違うのはご存知でしょう?」

「で、でも人間じゃない連中がこんなに……」

「私たちの世界では皆仲良しなのでー。それとも……とても仲がいいと、こ、ろ、お見せしたほうがよいのでしょうかー?」

「あうとー」

「あらやだ、NGが出ちゃったわごめんなさい」

 語尾にハートか音符かわからないのが飛びそうな口調はやめなさい。

「はーい、まぁこんな感じに冗談を言えちゃうような関係なのよー」

「少なくともあなた方が殺しまくった人たちは無力な村人さんたちだから、状況としてはあなた方のほうが不利ってことは理解させといてー」

 と、イネちゃんがわざと聞こえるように大きな声で言うと捕虜の人たちは半分くらいが表情を曇らせた。けど。

「ふん、異世界の人間がどうなろうが知ったことではない。我々には資源が必要なのだ」

 あー後から襲撃してきた人たちはこういう態度とっちゃうか。

 ヌーリエ教会に所属している人たちはかなり寛大なほうだけれど、こういう一方的に略奪しようとする人たちには容赦ないんだよなぁ、ココロさんとヒヒノさんが地球の侵略軍相手に無双したのって多分そういうことだし。

「あらあら、人のものを盗ったら泥棒よーちゃーんと交渉して分けてくださいって言わないとだめって教わらなかったのかしら」

「悪意を持った相手にそれができるわけないだろう」

「あら、私たちが悪意しかないと思ってるのかしら?」

 夢魔のお姉さんがそう言うと強気だった……便宜上兵士さんでいいか、兵士さんは黙ってしまった。

 悪意100%なら自分は既に殺されているだろうというのはわかっているみたいだね、まぁ村人さんが復讐感情を持っているからゼロじゃないのは確かだけれども、その復讐感情も自分たちがやらかした結果だってのは承知しているってところかな。

「それで俺たちをどうするつもりなんだ……」

 これは最初に襲撃してきた人たち、強く抵抗している兵士さんと比べてかなり怖がっているね。

「捕虜に取ったってことはそういうことだろう、身代金を要求するのか労働力として休みなく……」

「あ、そういうのは無いわよー」

 兵士さんがあちらの世界の常識っぽいことを言い始めたところで夢魔のお姉さんがあっさり否定、捕虜の人たちは一気にポカーンとした顔になった。

「じゃ、じゃあ俺たちは……?」

「まぁ首謀者の人には被害人口分産んでもらうとかそういうところかしらねぇ……希望があればあなたたちも参加してもらってもいいのだけれど~」

 夢魔のお姉さんは獲物を前に舌なめずりする肉食獣みたいな顔をしながら言う。

「お、俺たち男しかいねぇぞ!」

「うふふ、私たちは夢魔よ?ちゃーんとできるから安心しなさい」

 これには夢魔の人たちの反応もまちまち。

 まぁ自分たちがって考えた人と夢魔の人がと考えた人とで反応が違うんだろうね、イネちゃん、両方可能だって知ってるからもう遠い目になってるけど。

 ともあれ流石にムーンラビットさんの部下ってところだね、無茶なことはそこまでしないしちゃんとお話聞いてくれるし、これならこのまま任せちゃっても大丈夫そうかな。

「それじゃあ希望者がいたら別の場所でやりましょうねー」

「ほ、本当にいいのか!」

 あ、兵士さんが食いついてる。

「えぇもーちろん……」

 あ、舌なめずり、イネちゃん、このあとの展開が予想できちゃった。

「じゃ、じゃあ早くしてくれ!」

「もう、がっつかないの。勇者様、どこならいいかしらー?」

「えっと……カカさーん、あの地下室使っていいかな?」

「えー……夢魔の人たちの懲罰に使われると流石に掃除や匂いが……」

 あ、カカさんも流石にだめか、というか村人さんも結構ドン引きしてるし。

「地上は壊れているが、俺の家の地下室なら使ってもいいぞ」

 あ、村人代表みたいに文句言ってた人が名乗り出た。

「じゃあ夢魔の人たちを案内してもらっていいかな?」

「あぁ、あいつらを罰するのに使ってもらえるなら喜んでやる」

 よしよし、これで村人の人たちの感情も結構緩和されたっぽいね。

「よーし、それじゃあ捕虜の人たちの管理と護衛は夢魔の人に任せちゃって大丈夫そうだし、もう一度部隊を再編して少しでも復興しようか」

 この日から捕虜の人たちは分割管理になり、喜々として名乗りでた人たちの悲鳴が聞こえるようになったのだけれど、それはまた別のお話。

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