第202話 イネちゃんと会議

 集会場に戻って、リリアの作った暖かいお料理を食べてから少し寝ていたのだけれど大きな声で目を覚ました。

「あなたたちはアレの対処に来たのではないのか!」

「捕虜の扱いに関しては今はまだ拘留です、彼らには我々よりももっと適任の方々が……」

「その人たちはいつ来るんだよ!」

「そ、それは……」

 どうやらトナからの援軍が来ているようだけれども、興奮した村人さん相手に言葉を詰まらせているっぽいね。

 というかイネちゃん、よくこんな状況で寝ていられたなぁ……それだけ疲れていたんだろうか。

「3日、多分そのくらいだと思うよ。手紙に書いてあったから」

 あくびを殺すことなく大きく口を開けながら怒号の中に向かってイネちゃんの把握していることだけを簡潔に伝える。

「あ、イネ……でも手紙って?」

 目の前に居たらしいリリアがイネちゃんが起きたことに気づいて聞いてくる。

「これ、渡りハルピーさんの1人がイネちゃんに直接渡してきたからさ。差し出し人はササヤさんだと思うけど……」

 ササヤ。という名前が出ただけで場がざわめく。いやどんだけササヤさんのことを化物扱いしている……まぁ確かにそういう比喩されるだけの実力はしてるけどさ。

「個人的なことも書いてあったし、その対応できる人に対しての呼び方もササヤさんのものだったからまぁ、本物だと思うし」

 少なくともムーンラビットさんを『母様』と呼称する人は、イネちゃんはササヤさん1人しか知らない。

「その手紙、あらためても?」

「イネちゃんは別にいいと思うけれど、個人的な内容に関して当人がどう思うかまでは知らないよ?それでいいなら、はい」

 そうやってササヤさんからの手紙をずいっと突き出すと、聞いてきていたはずの村人さんがすごく悩んだ顔をしだした。

 まぁ、畏怖の対象の個人的内容が含まれます。とか言われたら怖いもの見たさになるか、絶対ごめんの2択になるよね。

「イネ、それって私もやめたほうがいいかな?」

 今度はリリア、リリアなら実の娘なんだし問題ないと思うから、まぁいいよね、ササヤさんも多分ある程度想定してるだろうし。

「うん、というか最初からリリアに筆跡とかも確認してもらえればよかったかな、実の娘ならササヤさんだって文句……は言うかもだけれど手は出ないだろうし」

 そう言って手紙をリリアに渡すと、リリアはすぐに手紙の中身を確認して……。

「うーん、確かに筆跡は母さんのだけど……母さんって私のことこんなに心配する人だったっけ」

 いやそっちに疑問を持たれましても。

「ともかく筆跡はササヤさんので問題ないんだよね?」

「うん、結構特徴的な文字だから。ほら、この辺とかこの辺、筆跡が強いっていうのかな必要以上にはねたりするんだよ」

 ……確かに、どういう字なのかがはっきりわかりやすくなる感じだったから特別気にしてなかったけれど、言われてみれば特徴的な文字と感じられる。

「この程度なら……うん、大丈夫だと思うよイネ、個人的内容って言っても私のことをよろしくって書いてるだけだし、この程度なら子供の心配をする親……なんじゃないかな」

「まぁリリアがいいならイネちゃんはこれ以上言うこともないし止めないけど……」

 ササヤさんネームによる抑止力が少し小さくなるのはちょっともったいない感じはする。

「この手紙に書いてある対処できる人って、多分ばあちゃ……ムーンラビット司祭だと思いますよ」

 手紙を村人に渡しながら内容に関しての補足をする。

 そして集会場の中は再びどよめく。

 ……そういえばムーンラビットさんも大概だったんだ。

「ムーンラビット氏が直接……いや確かに言語がわからない相手であってもあの人たちならば適任か……」

 援軍に来た人たちも適任とか言っておきながら誰か分かっていなかったのか、というか夢魔の誰かは来るんだろう程度だったのかもしれないね。

「ムーンラビットって大昔の人物なんじゃ……」

「あの人は夢魔ですからね、明確な寿命というものは存在しませんよ。今はヌーリエ教会の高位司祭として奔走なさってくださっています」

 それ自体を知らなかったのか村人さんたちはすごく驚いた表情をしている。

 まぁ、この村の立地的にはいろんな人種を見てきたっていう自負はあったろうからなぁ、それでも絶対に見ない人種だって存在するという考えがすっぽ抜けてたってところかな。

「ともあれあの人が来るなら言葉の壁なんてないようなもんだろうし、俺たちはあの人が来るまで村の復興と食料の調達、戦える奴は襲撃に備えておくくらいだろうな」

「襲撃……!」

 ティラーさんの言葉に村人の人たちがざわめく。

「あぁ勘違いするな、連中のようなのがまた来るってわけじゃなく動物に備えるって意味だ。まぁもしあるとしても動物に備えるように誰かが哨戒してれば連中だって警戒してくれるから無駄じゃないしな、念のためだよ」

「何もなければそれが1番だけど、備えをしないのはダメだからね。兵士が必要になる時って基本誰かが不幸になってるってことだし、今この村はそれが必要な状態だからね」

 これはボブお父さんの受け売りだけど、今イネちゃんはとても実感してるよ。

 村人さんたちが不幸になってる状態でイネちゃんは活躍しているわけで……戦う力っていうのは必要なくなるために使うんだっていうボブお父さんの言葉がよくわかるようになってる、イネちゃんも成長してきたってことなのかな。

「分かりましたが、その間あいつらは?」

「捕虜として扱います」

「食べ物も与えられて安全が守られるってか……」

「納得いかないでしょうが大陸に住む全ての人のためです、今は抑えていただきたい」

「何度も聞かされたよ、それで俺たちはどうすればいい?」

「戦いは我々が行う予定ですが、交代制で瓦礫の撤去などもお手伝いします。皆さんには……」

 ふぅ、村の今後の方針のお話になってくれたかな……とりあえずイネちゃんは夜間哨戒に備えてもう一眠りしておこうかな。

 そう思って元の位置に戻り目を瞑ろうとしたところでリリアに話しかけられる。

「イネ、眠る前にちょっといいかな」

「うん、いいけど……」

「あの手紙、母さんの手紙で間違いないとは思うけれど……もしかしたら婆ちゃんの件に関しては不確定なのかもしれないんだ」

「うん?どういうこと?」

「本当に必要である。と判断しているのなら婆ちゃんは他に重要な問題がなければ真っ先に動く人だし、異世界での交渉に関してどうなっているのかわからないから、そうやって言葉を濁す感じになったんじゃないかなって」

「ということは確認して連絡するのに3日、ってこと?」

 リリアは静かに首を縦に振った。

 なる程、となると本格的に状況はよくないのかもしれないなぁ。

 ふっとスマホを取り出して画面を見てみるけれど圏外の表示、電波の中継基地はギルドにあるのが基本だし、この辺で日本から来ている人の行動範囲は開拓町から北方面だからトナでも繋がるか怪しいんだよね、ここだと更に山を挟んでるから余計に繋がらないのも仕方ない。

「イネのそれって、通信機だったっけ?」

「ん、それ以外にも色々できるけれど、基本的には。でもここでは繋がらないみたいだからごめん、連絡取れないや」

「……寝台車両で通信してみる。イネもついてきてもらっていいかな。なんだったらそっちのベッドで眠ればいいし」

 確かにこの辺りでちょっと連絡は入れたほうがいいかもしれない、勇者の力で想像していたよりも弾は使っていないから余裕はあるけれど、今回は長期戦が確定してるし連絡が付くなら何らかの手段で弾だけは送ってもらう必要があるかもしれない。

 リロードツールがあるって言っても薬莢が歪んだりして暴発の恐れも出てくるからそのへんはちゃんとしておかないといけないしね、まぁ暴発してもイネちゃんは大丈夫なんだけれど、銃本体がダメになっちゃうからそっちは避けないと痛いことになるしね、お財布が。

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」

「うん、じゃあ皆に伝えてくるよ、その後向かおう」

 そう言ってリリアはそれぞれの担当者に向かって一言だけ連絡してくるとすぐに戻ってきて。

「それじゃ行こ、人が増えたことと、渡りさんたちが物資輸送してくれてるからしばらくの食料は大丈夫みたいだし、出ずっぱりだった私とイネに関しては今日1日しっかり休んでくれだって」

 やったね。と笑顔で言うリリア可愛い。

 じゃなくて、その後の編成に関しても明日でいいってことかな、それなりに多い人数が援軍で来ただろうことは渡りハルピーさんの多さで察することができるけれど、最大戦力を抜いて大丈夫なのだろうかという気持ちが強く残る。

 いやまぁ大丈夫だからこそ休んでくれ、もしくは温存したいからいざという時に本気を出せるように充電しててくれって辺りだろうけれども。

「うん、わかった」

 今はリリアの笑顔に免じてそのへんは考えないようにしよう、訓練してたとは言っても慣れない夜間哨戒で思った以上に体の負担になってたみたいだし体のほうは睡眠を欲してるしね、うん、そうしよう。

「じゃあ行こうか」

 笑顔でイネちゃんの手をとるリリアに連れられてイネちゃんは集会場を後にしたのだった。

 そんなイネちゃんたちを見つめるロロさんの視線に気づかずに。

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