第201話 イネちゃんと空輸部隊

 イネちゃんがしばらく哨戒して村の中を回っていると被害の規模のほどをようやく把握できてきた。

 建物への被害はイネちゃんが思ってた以上に少なく、イネちゃんの予想ではあるけれどもあの人たちはこの村を徴用しようとしたのではないかって感じで、石造りやレンガ造りの建物に関しては被害が少なく、木造の建物への被害が目立っている。

 それにしても食料庫が木造だなんて思わなかったんだろうなぁ、大陸だと木造のほうがヌーリエ様の加護が強いっていうんで、教会をはじめとして重要な建物は基本的に木造だから、むしろ彼らのやったことは本気で外道な行為の上に占領するにしても得るものを全部自分たちで燃やしたっていう皮肉が重なってるんだよね、その事実は捕虜の人たちが知るのはもうちょっと先だろうけれど、知らなかったからで済まされるわけでもないからかなり大変なことになるのが今から想像できてしまう。

「しかし……小さい村というにはちょっと抵抗があるけれども、大きいかと言われたら違うと断言できる大きさだなぁ」

 そんな独り言を漏らす程度には、この村の規模はそこそこ大きくって感知能力がなかったらと思うと割とゾッとする。

 そういえばキュミラさんは夜目が効くんだろうか、少なくともトナまで飛んでいって応援を呼びに行けるんだからそれなりには見えるんだろうけれど、流石に夜行性の動物と比べたら色々見えなくなるだろうし、キュミラさんって翼と足の感じから鷹とか隼寄りの猛禽類っぽいし。

 まぁ今は本人が居ないから確かめようもないけれど、ステフお姉ちゃんが色々聞いていたしもしかしたらステフお姉ちゃんは知ってるかもしれない……そのステフお姉ちゃんも居ないわけだけれど、まだシックにいると思うし今度リリアに寝台車両の通信機使わせてもらおうかな、本人に聞くべきなんだろうけれどしばらく会ってないしステフお姉ちゃんの声が聞きたい気持ちがあるからね。

『イネ、そろそろ夜明けだよ、空が明るくなってきてる』

 イーアの声に反応して空を見上げると確かに空の黒が薄くなってきているのがわかる。

 哨戒を始めてそんなに時間が経っている感じではなかったけれど、村を2周くらい回ったし体感以上に時間が経っていたのかもしれない。

「夜明けの時間がわからなかったからタイマーとか用意してなかったからなぁ」

 スマホを出しつつ今の時刻を確認すると、午前4時と表示されていた。

「夜襲に適した時間は既に過ぎてるし、夜行性の動物はそろそろ巣に戻る時間かな……」

 そのへんの生態学に関してもイネちゃんは知識がないので判断しかねるけれども、夜襲に適した時間っていうのはムツキお父さんに教えてもらっていたから知識としては知っている程度……でもまぁまったく知らないよりはマシではあるんだけどさ、警戒できるし事前に対応することもできるからね。

「イーネさーん」

 スマホを胸ポケットにしまった直後に空から大きな声でイネちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。

 ……というよりはすごい大音量で羽音が聞こえてきた。

「ちょっとキュミラさんまだ早朝なんだから静かに……」

 呼ばれた方向に振り向くと、割と恐怖を感じられるような光景が広がっていて、イネちゃんはそこで言葉を詰まらせる。

「応援呼んできたッスよ!」

「もりー、やまー」

「でもおうちなくなっちゃってるねー」

「たいへんだー」

 空を覆い尽くす……ほどでもないけれど、結構な割合で空が見えなくなるくらいの渡りハルピーさんたちがそこには居た。

 うーん、これはハルピーの人たちのことを知らない人が見たら絶対恐怖的映像だよね、こうなんでも大群で固まってる状態ってそれだけでも異様な光景になるし。

「キュミラさんおかえり……でも応援って渡りハルピーさんたちのこと?」

「いやぁ一応教会の人も来てくれるらしいッスけれど、先行して瓦礫とかを片付けられるだろうってことで渡りさんたちの半分が来てくれたッスよ」

「あぁ空路と陸路じゃ違うからってことか……でも今この村、そんなに食べ物がないんだよ」

「大丈夫ッスよ、きっと困ってるからってササヤさんが渡りさんたちに食べ物運ぶように頼んでいたッスからね、1番大きな建物に運ぶように言っておいたッス」

 ササヤさんは流石に来れないのか、トナだって復興が始まったばかりだし神官長さんの問題もあったからヌーリエ教会の偉い人が居る必要があるってことか。

「とりあえずイネちゃんのほうもそろそろ夜間哨戒が終わる感じだったし、これだけ空にハルピーさんたちが飛んでるのなら陸上生物はそうそう近づいてこないだろうから誘導するよ、建物の周辺にすっごく簡易的な陣地も作っちゃったし」

 捕虜の人たちと同じ世界の人が見たら無駄に正義感が強い、それこそ日本の創作物でいう勇者みたいな人でもなきゃ入ってこないだろうからね、まぁそういう人がいたらイネちゃんが止めなきゃいけないんだろうからいて欲しくないけど。

「じゃあ渡りさんたちに伝えてから私はあっちの家に戻ってちょっと寝るッス、夜に飛ぶのは慣れてなかったからすごく眠いッスよ……」

「もしかして夜目がない?」

「んー普通の鳥さんとは違って他の人種よりはちょっと見えない程度ッスよ、夜目のあるハルピーならもっとしっかり見えるらしいッスけど」

「うん、それなら渡りさんたちも労わないとか」

「私も労って欲しいッス!」

「はいはい、キュミラさんも頑張ったねー」

「雑っ!まぁいいッスけど……流石に眠いッスから私はもう行くッスね、えっとまずは伝え……伝え……何を伝えるんでしたっけッス」

「食べ物を運び入れる建物への誘導はイネちゃんがってことでしょ」

「あぁそうだったッス……うー眠いッス……」

 うーむ、やっぱり夜目のないハルピーさんは夜に飛ぶのはいつも以上に疲れるんだろうなぁ、キュミラさんに関しては仮眠とってなかった可能性も否定できないけれど、流石にティラーさんもいて取らせなかったってことはないだろうからね。

 空に再び飛んでいくキュミラさんを見送ってからイネちゃんは集会場の方へと足を向ける。

『キュミラさん、本当に眠そうだったね』

「まぁ慣れてないことをすると、ね」

 イネちゃんだって訓練を始めた直後はもう何もできないってレベルだったからなぁ、そういう意味だとキュミラさんは本当に頑張ってくれたんだよね、もっとしっかり褒めてあげればよかったかな。

「あーゆうしゃだー」

 渡りハルピーさんの1人がイネちゃんを見つけたらしく、イネちゃんのことを呼びながらイネちゃんの肩へと降りてきた。

「ゆうしゃーこれあげるー」

 そう言って足にぶら下げていた袋をイネちゃんの顔の前に持ってくると。

「でもひとつだけねー」

 その言葉を聞きながら袋を開けて中身を見てみると、中にはたこ焼きが入っていた。

「あ、それとゆうしゃにはてがみもー」

「手紙?」

「あしくびー」

 たこ焼きを1個取り出して口に運びながら渡りハルピーさんの足首に視線を移すと、伝書鳩に使われるような筒が確かについている……けど渡りハルピーさんの大きさは小さいとは言ってもそれはハルピーとしてであって人間と比べたら子供くらいの大きさだから両肩を掴まれる感じで少し重かったりする、今は片足がイネちゃんの顔の前にあるから余計に重く感じるだけだと思うけどさ。

 ともかくその足はそれなりに太い。

 当然ながらその足についている伝書鳩の筒も相応に大きいけれど、まぁ読む側としてみればこのくらいの大きさのほうが読みやすいしいいかと思いつつ手紙を広げて読んでみたところ、差出人はササヤさんのようだった。

「えっと……」

 手紙の内容をかいつまんで簡単に表現すると……。

『3日程度耐えればムーンラビットさんが来るから頑張りなさい』

 という感じの内容ではあったけれど、それ以上にイネちゃんが気になったのは『リリアは無理をする子だから注意して見ていてくださいね』という一文が書いてあったことが印象的だった、なんだかんだ言ってもやっぱりササヤさんはリリアのこと気にかけてるんだね。

「ゆうしゃーこれからどうするのー?」

 おっとそうだった、渡りハルピーさんたちを案内しないとね。

「あぁうん、待たせちゃったかな。今から村人さんが居る場所まで案内するよ、そこで村人さんにご飯、食べさせてあげて」

「わかったー!」

 渡りハルピーさんに指示をだしつつもらったたこ焼きを口に放り込み、歩き始めると肩に乗っていた渡りハルピーさんは再び羽ばたいてイネちゃんのちょっと後ろをゆっくり滞空する形でついてきてくれていた。

 うーん、これは可愛い……いやまぁペットみたいな感覚の可愛いだからとっても失礼なんだとは思うんだけれど、そういう感覚になってしまったのだから仕方ない。言葉にはせずに黙って愛でていよう。

「あ、イネ!この子たちってトナに居た子たちだよね!」

 集会場に戻ってみるとリリアが既に起きていたのか外に出て渡りハルピーさんに囲まれていた。

「うん、キュミラさんが夜の間にトナまで応援を呼びに行ってくれてたからね。ハルピーさんたちは食べ物を持ってきてくれてるから、村人さんたちに食べさせてあげて」

「あぁだから私のところに……うん、足の早い食材から使ってみるよ。皆こっちだよ」

「はーい」

 そう言ってリリアは集会場の中に戻っていったけれど……なんというか引率の先生と……いやこれ以上はやめておこう。

 ハルピーさんの様子を見てほっこりしつつ、イネちゃんのお腹の虫も鳴き始めたのだった。

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