第194話 イネちゃんと異邦人

 ちょっと使いたい気分だったMINIMIさんは諦めて悲鳴の聞こえた方向へと向かって走るといくつかの瓦礫を越えたところで人影が視界に入る。

「ADERAD!」

 うん、知らない言語。

 というかあっちの世界のどの言語でもないっぽいね、これ。

 となると異世界……でもカカラさんは普通に言葉が通じたからなぁ、もっと別の世界だったりするんだろうか。

「何をしているのか、その手に持った松明について説明を求める」

 とはいえ言語に関しては後回し、それでも一応警告とかはしましたっていう建前のために大陸と日本で通じる言語で説明を求めると……。

「ESOROK!」

 問答無用で松明を直撃コースで投げてきた。

 いやまぁ言語が通じない時点で概ね想定してはいたけれど、実際にこうなると面倒だなぁ、迂闊に全滅させると尋問もできなくなるし、正体を掴むのが不可能になっちゃうんだよねぇ、銃で撃つ場所は急所を外さないといけないし……面倒だなぁ。

 とりあえず勇者の力を発動させて松明の攻撃を防ぐと、ファイブセブンさんで足に向けて発砲すると言葉にならない声を挙げて地面を転げ回った。

 少なくとも銃は知らない、と。

 ともあれ失血しない程度に追撃して両手の親指同士を結んでそのへんに拘束して置いてから悲鳴の上がった場所まで再び走ると、既にロロさんがさっきのやつの仲間と思われる人と戦っていた。

「ロロ、守る……!逃げて」

 ロロさんはそう言いながら攻撃を防いでいるけれど、正直相手の包囲が完成しつつあるから逃げるのも難しいという状況だった。

 怪我人と子供がいる状態だと完全ではないにしても包囲から逃げるのはほぼ不可能と言っていい、傷病者を護衛しつつ撤退……ムツキお父さんが何度か訓練してくれたけれども、あの時は複数人数……最低でも5人くらいの編成で行うものだったから、イネちゃんとロロさんだけだとできないんだよね。

「ESOKOY!」

『イネ、多分あいつらの言葉……日本語をローマ字変換して後ろから読んでる。そういう言語文化なんだとは思うけれど……ごめん、マルチリンガル的に脳内翻訳はちょっと難しい』

 流石イーア、この手の発想力はすごいけれど……わかったところでイネちゃんだって脳内翻訳ができるわけじゃない、だって同一人物なんだからね、当然である。

 そして今はそのことを考えるよりも目の前の状況を変えることを最優先しないと行けないわけで……もう何も考えずに突入して派手に大暴れしつつロロさんにせめて子供達と一緒に寝台車両のところまで撤退してもらったほうがいいかな。

「OZURIOMINOKOK!」

 頭で考えている間に見つかってしまったようで、視界にいるローマ字逆読みさんの1人がイネちゃんを指差して叫んで、一斉にイネちゃんのほうを見る。

 うーん、最近イネちゃんこの手のホラー演出ばかり目にしてるなぁ……。

「勇者!」

「ロロさんはその子たちを全力で守って」

 そう指示をだしながらデッドオアアライブ、スパスで左側にいる人たちを、P90で右側に向かって掃射する。

 まぁこれだと目の前の人がフリーになるけれど、ロロさんなら防げるし、イネちゃんに向かってきてくれたのなら一番楽な展開になってくれるからね、そうなってくれたら嬉しいなぁ。

 しかし物事はそう上手くはいかないもので……目の前の人は腰を抜かしてその場に座り込むし、スパスで撃った方は数人弾が当たらなくてピンピンしてるわ、結局うまく想定通りに行ったのはP90の方だけっていうね、そっちはちゃんと全員足を負傷してうめき声を漏らしながら倒れ込んでくれた。

 うーん、ゴブリンなら急所狙いで気にせずバンバン撃てるから楽なのに、やっぱり対人だとこういう制約が出てきて辛い……まぁ積極的に殺したいとかは思わないし、今はせめてこの状況の説明を聞きたいから生きていてもらわないとイネちゃんが困るってだけなんだけどさ。

『あまりやりすぎないように、ですよ……』

 あ、ヌーリエ様だ。

『あの方々には私の加護がないようですので、イネちゃんが最初に想像したとおりに異邦人、つまりは異世界の方だと私も思います』

 ところで今出てきたということは何かしらイネちゃんにお話があるんじゃ……。

『あ、ごめんなさい、あまりやりすぎないようにしてくださいねって言いに来ただけですので、それ以外に特には……』

 そうなのか……てっきりこの人たちがどこから来たのかっていうのを教えてもらえるんじゃないのかと思ったんだけど。

『カカラちゃんと同じ世界……今ココロちゃんとヒヒノちゃんがいる世界ですよ?』

 いやそんな当然みたいな感じをされましても。

 でもカカラちゃんと一緒の世界ならなんで言葉が通じないのかな。

『正式な手続きではない場合、渡航先の言語に認識を変換できないようですね』

 正規の手段って異世界に移動する手段が確立しているってことなのか……。

『どうやら他所の世界と繋がって、ある程度足りないものを分けて頂いてから再び別れるということを繰り返していた世界のようですね、そのためあまり自分たちで何かを生み出すという能力が低いらしいのです』

 それが今回の略奪の原因かな、でもカカラさんの世界はあの錬金術師もいるわけで……それなら生み出す手段は他にありそうなものだけど。

『食料生産能力が著しく低い……というよりは戦乱の時代が続いて生産者がいなくなってしまったというのが正しいかと思います。その結果足りないものを求めてこの世界に接続して……ゲートを戦時徴用という形をとって為政者が軍を強硬手段で送り込んで来たと行ったところでしょうか』

 なんとも迷惑な。

『まったくです、分けてくださいというのなら快く分けてあげますけれど、全てよこせには従えません。それも暴力的な手段に出る方々には特に……でもやりすぎてはダメですよ』

 とりあえず方針は見えた、ありがとうヌーリエ様。

 ともあれここで暴れた人たちは死なないように止めて教会のほうで罰を受けてもらう……で問題ないよね。

『はい、この世界もよく他所の世界と繋がりますので別の価値観への対応はムーンラビットちゃんも把握していますし、王様たちも理解はしていますので……今回はたまたま辺境地を狙われたということで犠牲者が出てしまい……』

 ヌーリエ様が悲しそうな感じにしたところで、さっきからイネちゃんに対して攻撃を加えていた人たちに向かってスパス……は過剰火力になっちゃうからP90で四肢を狙って無力かしていく。

 うーんこれはMINIMIさん置いてきて正解だったのか、あれだと人は胴体撃ちしても致命傷になるからなぁ、連射して当たっちゃうし。

 声にならない叫びを聞きながらも同じ格好をした人たちを無力化して行っていると。

「勇者、この子たちを」

 とロロさんから撤退援護の要請が入った。

 いやまぁ元々イネちゃんが指示したから当然なんだけれど、ちょっとこの人たちどれだけいるのかなって感じに次々沸いて出てくるもんだから、リロードのタイミングでまた包囲が復活してしまう。

 出来るだけリロードは短くできるようにしてるのにこれって、他の場所はもう絶望的かな……。

「じゃあ次のタイミングにロロさんお願い」

 ロロさんが息を切らすこともなくいなせていたということは、この人たちの強さはそれほどでもない……というかむしろちょっと弱く感じるね、イネちゃんの周囲が特殊すぎて参考にはならないとは思うのだけれど、それでも訓練を受けていない一般人からしてみれば十二分に驚異にはなる。

 そんなわけで割と問答無用……まぁ問答ができないのだけれど包囲している人たちをまた無力化していく。

 というか仲間が負傷して動けなくなってるんだからさっさと引いてくれないかなぁ、負傷兵無視して撤退しようとしてる敵を攻撃するって戦争が日常っぽい世界にとってもおかしいと思うのだけれど……もしかして兵士は畑で取れるみたいな価値観だったりするのだろうか。

「EMONOMEKAB!」

「ADUOAM!」

 失礼なことを言われている感じはなんとなくわかる。

 言語が相互理解できないっていうのはこういう時に良心の呵責が薄れるのか……なる程、でもまぁイネちゃんはこの人らを殺すのが目的じゃないし、とりあえず道をあけてもらおう。

 P90で足を撃つと更に叫び声が強くなるけれど、イネちゃんとしては即時に理解できない言語を気にするよりも今はこの子供たちや負傷者を守ることが最優先なので、指切りしつつ発砲を続けて道を広げていくと、タイミングを見てロロさんが民間人の先導をして道を固定していく。

「勇者!」

 ロロさんが合図を送ってくれると同時にイネちゃんも。

「あの子の指示に従って包囲を脱出、村の離れまで行けばヌーリエ教会の旅神官がヌーカベと一緒にいるから、そこで保護を受けて!」

 イネちゃんの叫びでまず子供たちが走り始めたけれど、大人たちは渋い顔をしている。

「指示に従えないのならそれでもいいけれど、あの子達を孤児にしたくなかったら走って。ヌーリエ教会を信用できないっていうのならイネちゃんたちは守ろうとはするけれど守りきれる保証はなくなっちゃうからね」

 ちょっと煽る感じではあるけれど、ここまで言ってようやく大人たちが移動を始めた。

「ごめん、勇者……多分、ロロが、原因」

「まぁ、ここに来るまでの会話でなんとなく察してはいたけれど、完全に第三者のイネちゃんに対してもあの態度ってのは相当だね。辛くなるようならロロさんは今回リリアと一緒にいてもいいんだよ、イネちゃんとティラーさんで何とかするから」

 多分だけど、ロロさんはゴブリン被害から助けられた後に生き残った村の人たちに迫害を受けたんだと思う。

 イネちゃんの場合は村人全員が犠牲になっていたし、ケイティお姉さんとお父さんたちのおかげでそういうことはなかったけれど、そういう幸運がなければ有り得ないことではない……というかむしろそちらのほうが多い気がするからね。

「……大丈夫、ロロが、したいだけ……だから」

「それなら強くは言わないけれど……あまりに目に余るようだったらイネちゃんも考えがあるからね」

 言い方は意地悪ではあるけれど、心無い言葉をロロさんに浴びせられるのは気持ちのいいものではないからね、無理やりにでもロロさんには引いてもらう。

 最も、ロロさん的にはこの件自体から身を引くとか、村人を断罪するみたいにも捉えられるように言ったわけで……そこまで強く言わないと多分だけれどロロさんは無茶するだろうからね。

「勇者……」

 だからここで悲しい顔をされるのも想定済み、だからこそイネちゃんとしてどう転ぼうともやりきらないと行けないね……さて、そういう思考はさておいて。

「じゃあまずはこの場を切り抜けようか」

「ん……わかった……!」

 まぁそれほど強い相手でもなかったから、戦闘自体は簡単に終わってしまったわけだけれども……これは今後が大変なことになりそうだ。

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