第193話 イネちゃんとロロさんの故郷

 寝台車両で揺られながら、室内は重い沈黙が支配していた。

 ロロさんは真剣な表情で、カカさんは申し訳なさそうにずっとうつむいているのだから部外者であるイネちゃんたちとしてもこう、やりづらい。

「そ、そういえばトナの各種問題ってどうなったんだろう……っていうかカカラさんってどうしたの。イネちゃん寝てたからそのへんわからないんだけれど」

 沈黙に耐えかねて、思いついた話題を振ってみる。

 ちなみに思いついて本気で気になった内容だし、別に悪くもない……よね?まぁ今でなくてもいいというかさっき目を覚ました時に聞けばよかった内容でもあるけど。

「各種問題のほうはどれか特定してくれ、わからん。だがカカラに関してはササヤさんが貴重な異世界の情報源であり保護すべき対象であるとして教会預かりになったぞ、何より隠し事がないのかというのも調べるためにそろそろ帰ってくるらしいムーンラビット師に受け渡すそうだ」

「ムーンラビットさん……ゴブリン被害のツケをカカラさんに支払わせるようなことはないとは思うけれど、カカラさんがすごく慌てそう、カカラさんの世界で言うならムーンラビットさん……というか淫魔とかって敵対者側だったろうし」

「あー……それはありえそうだな」

「それと各種のほうはまぁ、復興は教会が関与する時点でなんとかなると踏んでるけれど、一番気になるのは神官長さんのことかな。結局ゴブリン駆除を優先してあの後イネちゃんはすっかり忘れていたわけだし、どうなったのかなって」

「夜のうちにササヤさんが捕まえてシックに送りつけたらしいぞ、その後は知らんが……まぁゴブリンが町に侵入するきっかけを作った人物だ、重い罰則でも受けるんだろう」

「え……トナにゴブリン?」

 イネちゃんの質問にティラーさんが答えてくれていると、カカさんが反応した。

「それって、ロロも……?」

「居た、ロロも、戦った……そして、また、1つ奪われた」

 それを聞いてカカさんが苦しそうな表情をして静かになった。

 ……臆病というか優しすぎるんだね、これは。

 イネちゃんはあまり選択肢はなかった……と思う、実際のところお父さんたちは日本で平和に暮らす道も用意してくれてただろうと思うし、できたんじゃないかとも今なら感じられるんだよね、まぁそれにしては戦闘やサバイバル方面に特化していたのはお父さんたちがそれぞれ得意なものを集約した結果なんだろうけど。

 よくよく考えればジェシカお母さんはイネちゃんにお料理とかを教えてくれてたし、戦わずに逃げる選択肢は少なくともあったけれど、カカさんは逃げる、避けることを選択して、イネちゃんとロロさんは戦うことを選んだ、ただそれだけだとゴブリン被害にあった当事者として言える。

「まぁトナに関しては少なくない割合で人災でもあったから、戦わざるを得なかったというのはあるよ、そしてロロさんは今の時点でギルドのトップランカーをやれるほど実力はあるのだから、真っ先に声が掛かるのも当然だしね」

「ロロがトップ……」

「1番、違う」

「でも奪われたっていうのは……?」

「仲間、ロロ、ギルドで、育ててくれた……」

 クライブさん、ロロさんの保護者役をしてたんだね。

 イネちゃんてっきりウェルミスさんがそれだと思っていたのだけれど……ロロさんに辛い思いをさせちゃったのはイネちゃんの不甲斐なさだ、うん、今回の件はロロさんがやる気になっているのなら応援しよう、出来るだけお手伝いもするけれど、物事がどう転がるか今の段階だと読めないから決意だけ。

「うーん、わかんないことがあるッスが、村にゴブリンが出てきたりしてるんッスか?」

 ストレートに聞いちゃうキュミラさん。

 いやまぁ今回の場合そのデリカシーのなさのほうが適切かもしれないから、ここはキュミラさんに嫌な役をやってもらおう、本人は嫌だとは思ってないだろうし。

「い、いえ……わからないんですが、野盗……とも違う言葉が伝わらない人たちがきて僕たちの畑の食べ物を奪って行ったんです」

「奪ってって……酷いッス!作物育てるのにどれだけの苦労があると思っているんッスか!そいつら!」

「それで村長さんが抗議に行ったら……」

 あ、予想できた。

 この手の流れだと言語が通じない時点で悲劇の始まりだよね。

「殺されました」

「あ、えっと……ごめんッス……」

「あぁいえ、どうせ説明しなければならないことだったんです……」

「しかしそうなるとただの野盗じゃねぇな」

 お互い謝りだしたところでティラーさんが割り込む。

「野盗なら言語は通じるし、強盗殺人なんざヌーリエ教会でもかなり重い罪で夢魔部隊が動いて罰を与えに来るっていうのは刷り込みレベルで知ってる。となれば簡単に人を殺したってことは少なくとも……」

「この世界の人間じゃない……?」

 あ、これはリリア。

「そう考えるのが妥当だが……イネちゃんはあっちの世界の言語は習熟しているんだよな?」

「んー、2つだけかな。あっちの世界って言語がすごく多いからね、大陸と違っていろんな国がその国の数だけ文化を育んでる世界だから、言語もすごく多いんだよ」

 日本語と英語以外の言語で会話されたら、ニュアンスでどこの国の人かな?程度はわかるけれど内容はまるでわからない、でもこれはすごく頼りにされそう、怖い。

「ともかくイネちゃんがわからなかった場合はどうしようもないな、対応できるように身構えておくくらいしか思いつかん」

「んーあっちの世界の、イネちゃんが知らない言語圏の人だった場合は銃を使ってくるだろうし、イネちゃんだけで対応したほうがいいかな、万が一の時はイネちゃんの回収は考えずに村の人を安全に避難させたほうがいいと思う」

「イネ?無茶は……」

「あぁリリア、無茶じゃないよ。防御力だけなら間違いなく消耗せずに継続できるから戦闘になってもイネちゃんはダメージ受けることなく一方的に攻撃できるからね」

 というか銃の驚異って皆あまり認識してないよなぁ、これもココロさんとヒヒノさん、それにササヤさんが強すぎるのが原因なんだ……後ゴブリアントとかまともにダメージ入らないのが辛い。

「しかしイネちゃん、イネちゃんの持っているような武器をまともに相手にするのは始めてなんじゃないのか?」

 あ、ティラーさんはちゃんと驚異認識なんだ。

「いや、一応訓練とかでは相手にしてるし、あっちの世界でムーンラビットさんと一緒に行ったことあるでしょ?あの時ティラーさんが居ないところで狙撃対決してたから怖さは十分わかってるよ」

「つまりわかった上でってことか?」

「うん、むしろ大丈夫っていう感覚しかない。何よりイネちゃんの勇者の力はヌーリエ様の力の一部ってところを信じてもらえればいいかな、ヌーリエ様なら銃に負けたりはしないでしょ」

 というか結構えげつない耐久力してそうだよね、ヌーリエ様。

 まぁ世界自体だっていうならそれこそ星を破壊できなきゃ死なないってことだし、あっちの世界の核だって世界を完全に消滅できるだけの力はないわけだから……イネちゃん、核とか撃ち込まれたりしないよね?

「あ、見えてきたよ。あそこでいいんだよね?」

「は、はい……麓の、山に入る前の休憩をしてもらえる立地ですので、山道の終点がそのままです」

「ちょっと、山……近く、なった?」

「うん、前のところはゴブリンに襲われて縁起が悪いって人が多くて……ごめんロロ、仕方なかったんだ……」

「いい。理解。仕方ない」

 ゴブリンに襲われた土地は縁起が悪いってのは大陸の共通認識だからねぇ……イーアの村だって開拓町の人たちが忘れちゃいけないってことで、そのままあの場所で復興されることになったのが奇跡って言ってもいいくらいだし、ロロさんの言うとおり本来は仕方のないことなんだよね。

「到着する……けど、これは……」

 リリアが少し言いよどむ。

 とりあえず寝台車両の中から外を見てみると、あちこちから黒い煙が上がっていて建物らしきものはあまり見当たらない。

「そ、そんな……あいつらここまでやったのか……」

 鼻をくすぐる臭いの中には、ちょっとよろしくないものも含まれている感じがする……いやまぁボブお父さんに聞いたことがある程度だけれど、生き物を生きたまま焼いた場合こんな感じの臭いがーって感じで、概ねその時に聞いた内容に今嗅いでいる臭いが合致している。

 正直想像したくないけれど、言葉が通じない人間は村の人に対して生きたまま火をつけたってことになる。

「ロロ!」

 ティラーさんの叫ぶ声と乱暴にドアが開けられた音が聞こえて振り返ると、座っていたロロさんの姿がない。

「……仕方ない、状況確認できるまで皆はここで……いやちょっと村から離れて待機、出来るだけヌーカベに隠れられるようにして緊急時は最悪イネちゃんたちを置いて逃げて、ササヤさんたちに連絡」

「イネは?」

「ロロさんを放っては行けないでしょ!」

 あぁもう、とりあえず最低限の装備を急いで整えて、一度指差し確認をしてから外に飛び出して辺りを見渡すと、まだ状況が進行中なのか新たに火の手が上がる音と悲鳴が聞こえてくる。

 敵がどんなものかわからないから、正直最低限の装備だとちょっと不安ではあるものの、今の悲鳴でロロさんが真っ先に現場に向かって敵対者のヘイトを1人で受け持つなんてことが起きたら目を当てられないし。

 うーん、積んでみたはいいけれど一度も活躍する場所がないなぁ、MINIMIさん……。

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