第192話 イネちゃんと山越え

 ガタン、と寝台車両が大きく揺れてイネちゃんは目を覚ました。

 ヌーカベが引いている寝台車両が大きく揺れるなんて珍しいと思いつつ体を起こすと。

「勇者、起きた?」

 ベッドの横でロロさんがじっとイネちゃんの顔を見るような形で座っていた。

「えっと……もう出発したってことでいいんだよね」

「もう、トナから、東……山越え」

 少ない単語で会話を行うロロさんの説明でも……むしろ少ない単語だからこそ概ね理解できた。

 トナを出発してから結構時間が経っていて、既にロロさんの故郷のある大陸東部へと向けて山道を進んでいるというところだろう……と思う。

「起きたッスか、本当ぐっすりだったッスね」

「キュミラさんは覚悟できてるよね、ギルドでからかってきたアレの」

「か、勘弁ッスよ!もうリリアさんからおかず一品引かれるんッスから!」

「皆がからかいすぎだっただけだからね、割と自業自得だよ」

「勇者、ご飯」

 キュミラさんと寝起きで漫才みたいなやり取りをしているとロロさんがおにぎりを渡してきてくれた、ロロさんいい子だなぁ……装備はフルプレートに大型盾と小型盾で戦闘中はまともに肌色が見えないけど、こういう時は本当に年相応な女の子してるんだよなぁ。

「うん、ありがと。もう、ロロさんはいい子だなぁ」

「イネさんすごく遠い目でそんなこというとお年寄りっぽいッスよ」

「キュミラさんはイネちゃんを怒らせたいのかな?」

「ひぃ!違うッス!」

 キュミラさんとのやり取りでロロさんが笑ったところでおにぎりを一口食べてから状況を確認する。

「ところで山越えってことだけれど、今はどの辺りにいるのかな」

「トナから北東に向かって3ユウほど進んだ辺りだな」

 と寝台車両の外からティラーさんの声が聞こえてきた、今リリアの隣で警戒してるのはティラーさんみたいだね。

 えっとユウは時だったはずだから3時間か、結構進んでるなぁそんなにイネちゃん寝てたのか。

「目的のロロさんの故郷の場所……聞いた限りだと後1ユウくらいかな、ヌーカベに馬よりちょっと遅いくらいの速度で動いてもらってるからそろそろ休憩したいところだけれど……ってちょっと、石畳の石を食べちゃダメだって、ほら、岩壁の岩ならちょっとかじってもいいから、ね」

 ヌーカベ、石を食べるんだ。

「ちょっとこの子がつまみ食いを始めちゃったし、丁度いい広場もあるから少し休もうか」

「じゃあ休憩中の護衛、イネちゃんが変わるからティラーさんは休んでよ」

「おう、ありがたい。じゃあ頼む」

 ティラーさんの返事が返ってきたところで寝台車両が少し揺れて止まった。

「じゃあこの子のご飯をまず優先でいいかな」

「俺たちは出発前にリリアちゃんが作ったおにぎりがあるからそれでいいだろ、あったかいものは現着した後でもいいしな」

 そのやり取りを聞きながらイネちゃんたちは手伝うために外に出るとなる程確かに山道って印象を受けた。

 日本で言うなら峠の休憩所って感じで、美味しい甘味とかを出すお店がありそうな広場になってる……というかお父さんたちに何度か連れて行ってもらったけれど高速道路の各種休憩所……ってなんていうんだっけか、アレっぽい感じ。

「それじゃあとりあえず火でも起こす?」

「うーん、あまり生き物の気配は感じないッスけど、必要ッスかね?」

「このあたり、狼、群れ、行動」

 ふむ、相変わらずロロさんの発言は接続後が足りないけれど伝えたい内容は理解できた。

「じゃあ火は一応焚いておこうか、獣よけと小腹用に何かあっためるなら使えるし」

「あ、それじゃあお湯作っていいかな。ちょっとヌーカベを拭いてあげたいから」

 そうして各々が思い思いの行動をとり始めたところでキュミラさんが叫んだ。

「私らが向かっている方向から何か迫ってきてるッス!」

 その言葉に皆が一斉に構える、前衛がロロさん、その後ろにイネちゃん、そしてリリアはヌーカベにいつでも乗れるようにしてティラーさんは焚き火の近く……キュミラさんは相変わらず降りてこないけど、トナで常に上空で対応したのが結構な成果を挙げてしまったのでイネちゃんとしても強く言い出せなくなってしまった。

 まぁちゃんとスカウトとして動いてくれれば文句なんて本来ないんだけどさ、あの時は渡りハルピーさんたちがたくさん居たから気が強くなってたっぽいし。

「狼と……人が追われているッス!」

「経緯はどうあれその人が狙われているのは確実だねぇ、背中を取られないように気をつけて狼を迎撃、できる限り追われている人を助ける方向で……でも皆無茶はしないでいいからね」

「勇者、も」

「イネもだよ!」

 ロロさんとリリアの2人に同時に釘を刺されてしまった。

 いやまぁ勇者の力は防御能力以外は消耗激しいしあまりやるつもりはないんだけどさ、いくらココロさんから消費の少ない使い方を教えてもらったとは言ってもゴブリンみたいな相手でもない限りあそこまでの長期戦は自信がこれっぽっちもないから、狼さん相手ならまぁ、使うつもりもないっていうのが本当のところだけどね。

「そ、そんな人がいるなんて……」

 追われていた人がイネちゃんたちに気づいたのか、巻き込みたくないのにって感じの絶望を感じる言葉をあげる。

 でも普通の狼さん相手ならイネちゃんたちはその絶望を安堵に変えてあげられる、ティラーさんだって狼なら問題なく対処可能だしね、キュミラさんとリリアを除いて全員で対応できるからね。

 というわけで追われている人の追ってきている狼の先頭を走っているやつ……って文字にするとなんだか紛らわしいけれど、先頭を走っている狼に向かってファイブセブンさんで狙撃をする。別に牽制でもいいしね。

「わっ!?」

「走って」

 イネちゃんの牽制に合わせてロロさんが追われている人とすれ違うようにして前に立つ。あ、ちなみにファイブセブンさんは見事に当たりませんでした。

「ロ……ロ?」

「……今、身の安全、優先」

「その話し方……わかった、でもあの人たちは」

「勇者、神官」

 どうやらロロさんと知り合いだったみたい、なんでロロさんの知り合いがこんなところに居るのか、狼さんに追われているのかっていう疑問はあるけれど今は皆の身の安全を確保するのが最優先だし、すごく驚いている感じのロロさんの知り合いを横目にイネちゃんも前に出る。

「ティラーさんはこの人の安全確保で、リリアのところまで下がって最終防衛ラインお願い」

「おう、任された。ほれ、こっちに急げ。ヌーカベのところまで行けば安全を確保できる」

「え、うわモヒカン!?」

 あ、モヒカンの概念はちゃんとあって珍しい認識だったんだ、イネちゃん今までティラーさんの髪型に突っ込む人が皆無だったからそういう人多いっていうかむしろ流行ファッションなのかと思ってた。

「俺の髪型なんて今はどうでもいいだろう、死にたくなかったらヌーカベのところまで走れ!走れないなら担いでいくぞ!」

 うん、ティラーさん言葉通りの意味で言ってるんだろうけれど、筋骨隆々なモヒカンがそうやって凄んでたら知らない人が見たら人さらいだとか思っちゃいそうだよ。

 そう思いつつもロロさんの横まで移動したイネちゃんはファイブセブンさんをホルスターに収めて、代わりにスパスを抜いて弾をこめて構えて、撃つ。

「ぎゃぃん」

 という合唱をしながら数匹の狼さんが倒れると衝動的に追いかけていただけらしく、ほかの狼さんたちはそのまま逃げていった。

 さて……倒した狼さんは血抜きして保存食として干し肉かベーコンにするにしても、今は助けたロロさんの知り合いのことかな。

「随分簡単に狼さんたちは逃げていったけれど……それならあなたはあの子たちの領域を犯したりはしてないってことだし、なんで追われていたのか教えてくれたら嬉しいんだけどな」

 倒した狼さんに止めを刺してから焚き火のところまで戻りながらとりあえず聞いてみる、何か理由があって言いにくいなら黙るし、助けを求めてトナまで向かおうと思っていたのならイネちゃんたちの実力を見た上で問題が解決できそうならお願いしてくるとは思うしね。

「そ、それは……でも勇者様にお手伝いして頂くのも」

「大丈夫、勇者、優しい。だから……話して、カカ」

 カカさんか、ロロさんの故郷……っていうか住んでた地域の文化なのかな、同じ文字を続ける名前を付けるのって。

 まぁ普通にたまたまこの2人がそういう名前だったってだけかもしれないけれど、ちょっと気になる、こういうのも旅の面白さではあるんだけれど今はそのへんを気にしている余裕はないっぽいから後回しで。

「でも、やっぱり迷惑じゃ……」

「内容も聞く前から迷惑だって判断する人はそもそも助けないよね」

「うっ、すみません……」

 あ、余計に萎縮しちゃったのかかなり小さくなっちゃった。

「勇者、カカ、昔から……」

 昔からこんな感じだったのか、それでも、そんなカカさんが1人で狼に追いかけられながらもこんなところまで逃げてきたってことはそれ相応の何かが起きてるってことだよね。

「なる程、臆病で消極的ってことは理解したけれど、それだからこそ1人で狼に追いかけられながらもこんなところまで来て、ついでに言えば多分だけれどトナまで行くつもりだったんじゃないかな。内気なカカさんが1人でってなるとやっぱり相応のことが起きているって思うのだけれど……」

 イネちゃんの思ったことを言ってみるとカカさんは更に小さくなる。

「イネ、それだとちょっと威圧してる感じになっちゃうから……」

「それに割と臆病とか消極的とか内気ってグサグサ鋭角に心をえぐってるッスよね」

 くそぉぅ、イネちゃんだってそのうち泣くぞぉ。

「ともかく、行こう。ね、勇者」

「え、うん……カカさんも案内してもらっていいかな、向かっていたのはロロさんの故郷……察するにカカさんの住んでいる場所だと思うけれど、間違ってないよね?」

「は、はい……一応復興はしていて、住人の半分はもう入れ替わっていますけれど。でも……ロロ、本当にいいのかい?」

「いい、だから、早く」

 ……向かう先でもひと騒動どころじゃなく色々大変なことが起きそうな予感がたっぷりだ。

 そんなカカさんとロロさんの会話を聞きながら、すぐに移動できるように狼さんの血抜き処理をしながらそう思うのだった。

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