第195話 イネちゃんと罵詈雑言

「他に生存者は!」

「わ、わかりません……」

 一度あの場に居た人たちをリリアたちが待機していた場所まで連れてきて防衛陣を造成しつつ話しを聞いてみるとそう返ってきた。

 まぁあの混乱の中子供たちを守っていただけでも大したものだし、その上で他の人たちの状況を把握しろなんていうのは民間人には酷な話だからイネちゃんとしては仕方ないかなとも思っていたのでこの辺は問題ない。

 それよりも今問題なのは……。

「また貴様が災厄を連れてきたのか!」

 助けた大人の1人がロロさんに向かってさっきから罵詈雑言を浴びせていること。

 ありえると思ってはいたけれど、こうもあからさまに真正面からひと目もはばからずによくできるもんだなぁ……しかもその人目がヌーリエ教会の神官と勇者っていう状況でそれができる胆力だけは褒めていいと思う、言動は褒めちゃいけないけど。

「その言葉はヌーリエ様のお考えから程遠いものです」

「だったらなんだというのだ!」

「あなたの言動はロロさんから人権を奪う行為、ヌーリエ教会の戒律のうちそれは罰則に相当するのはご存知でしょう?」

「そいつが災厄を連れてきたからで!」

「それを証明できなければ、不当にロロさんの人権を侵害しているものとみなしあなたをヌーリエ教会の戒律で罰しなければならなくなりますよ?」

 リリアは毅然として対応しているのが頼もしい……。

 とはいえそこまで言われているのにも関わらず、まだ苦虫を噛み殺したような表情をしているあたりまだ腹に据えかねてるって感じだねぇ。

「ふぅ……イネぇ……怖かったよぉ」

「おーよしよし……ってやっぱり怖かったんだ」

「当たり前だよ!私は母さんみたく強くもないし、父さんみたいに立派でもないからね、まだ修業中なのにあんなこと言うのは流石に怖いって!」

「まぁ人権云々言うにはまだ相手の言動が弱かったからね、その分ちょっと弱かったとも思えるかな。ただまぁリリアが言いたくなった理由もわかるけどね、小さい村で災厄云々とか言われたら村八分にされて生きていけないし」

「そうなんだよ……特にこういう山付近だと農地も限られちゃうし、酪農のほうもできないから、たまに口減らしで言いがかりを付ける人間が出てくるって教えられてたから……あまりにロロさんが可哀想だもの」

「ごめん、ロロの、せい……」

「いやいやいや、ロロさんは完全に被害者だからね!謝る必要なんて何もないから!」

 あぁリリアのテンションが変になっていく。

「それで防衛陣地を作るのはいいが、このあとの流れはどうするんだ」

「あ、ティラーさん陣地はどこまでできたの」

「あと少しで簡単なのは、しかし話を聞く限りもうちょっと趣向を凝らしたいところではあるな、特に火に対しての防護は考えないといけないだろうから……それでこのあとはどうする」

「そうだね、とりあえずロロさんのことはリリアとティラーさんに任せて、イネちゃんが突入する……んだけれどキュミラさーん、空から偵察お願いしていいかなー」

「あぁやっぱり来たッス!相手飛び道具じゃないッスか!私狙われるじゃないッスか!」

「いやキュミラさん、矢が届かない上空からでも地表見れるでしょ?」

「……わかったッスよ、くそぉ、イネさんそういうことはしっかり覚えているッスよね」

 うん、キュミラさんのことだからサボりたいんだろうなと思ってたから知ってた。

「というわけでイネちゃんたちはもう一度村に突入するけれど……こっちは任せても大丈夫だよね?」

「任しておけ……と言いたいが内側に問題を抱えているのも同じだからな、そっちは少々面倒かもしれんし、俺は敵がどんなのか見てないからわからんっていうのがあってな」

「そこは、ロロ、頼って」

 と内側の問題の中心人物であるロロさんが言う。

 まぁロロさんが引き起こしたわけでもないし、ゴブリン被害から救出されたってだけで相応に迫害されるのもイネちゃんはある程度身を持って知ってるからこそちょっと厳しめに書いているけれど……やっぱ言葉にしたら色々角が立つんだよなぁ、さっきもそんな感じだったし。

 リリアもそういう角が立つことを覚悟してあの人に向かってあの言葉を言ったのだから、イネちゃんだってやれることでそのリリアの覚悟に答えないといけない。

「わかった。ロロさんは気にしてないように振舞っているのはわかるけれど、それでもどこか気分が落ち込み気味になってるのは見てるとすごくわかるからね、無茶はしないようにお願い。それじゃあキュミラさん、行くよ」

「うへぇ~いッス……」

 いつもならツッコムところだけれど、今はこのキュミラさんのブレないところが地味に癒しになっているのがちょっと悔しい。

「ってイネさん、出発前にもう1つちょっといいッスか?」

「何キュミラさん」

「私、空から偵察するのはいいッスけど、どうやってイネさんに知らせるんッスか?」

 ……そういえば決めてなかった。

 いやまぁ人選配置はこれで変えられないと思うし、必然的にキュミラさんにすごく頑張ってもらうのは確定なんだけれど、どうしようか。

『なんだったら要救助者を見つけた時に護衛してもらえば?もしくは空輸とか』

 なる程、イーアの提案が一番しっくりくるかな。

「んーじゃあ少し考えたけれど、キュミラさん、イネちゃんのところまで降りてくるのは嫌でしょう?」

「無理ッスね!」

 うん、そこまで自信満々になられるとちょっと悲しい。

「そうなるとイネちゃんは独自で索敵を行わないといけないけれど、まぁそこはいいんだ別に、奇襲されても大丈夫だからイネちゃんが行くわけだし。そこでキュミラさんにはイネちゃんの援護をしつつ、生存者、つまり要救助者がいたらティラーさんたちまで知らせに行ってくれないかな、イネちゃん1人だと要救助者の避難は難しいから誰か連れてきてくれたらすごく助かるんだよ。まぁキュミラさんが空から運んでくれてもいいんだけど」

「誠心誠意!呼びに行かせてもらうッス!」

 まぁキュミラさんだしこれでいいや。

「それじゃあ行くよ、ティラーさん、何回も同じことになっちゃうけどここ、お願いするね」

 そう言うとティラーさんは手を上げるだけの返事をしてくれた、陣地改良に忙しいのかな。

 こうしてイネちゃんはもう一度村の敷地にはいりはしたけれど……まだ嫌な肉の焼ける臭いとあのローマ字を反対に読んだもの?だっけ、あの人たちの叫び声だけが聞こえてくる。

「声が聞こえるってことはまだ誰か、生存者がいるのかな……」

 あまり大きい村とは言えないものの、山道に入るための準備をする場所でもあるから宿泊施設とかはかなり立派なものがあるというちぐはぐした感じの村だったらしく、声の聞こえるほうに進んだイネちゃんの前に広場が見えてきて、その奥にすごく立派な建物が焼けずに残っていて、その前をあの人らと同じ格好をした人たちが取り囲むようにして叫んでいた。

『距離があるね』

 イーアが確認するように言うけど、この距離なら勇者の力を使わなくてもなんとかなるとは思う……けど、それもそれでムーンラビットさんから脳のリミッターを外すものと言われてるアレだから、ちょっと難しいか……。

「他の路地から回り込みたいけど、できそうかな……」

『勇者の力、少しだけ使ったほうがいいよ。周辺索敵はどのみちするんだから』

 それもそうか、イーアの言うことも最もだね。

 そういうわけでイネちゃんは短い間だけ大地と感覚をリンクさせ、地形と人の場所だけに情報を絞って調べてみると……。

「包囲殲滅、って感じか。どうにもこれは……」

『あの人ら、軍隊と認識したほうがいいね。まぁ日本やシックの軍と比べたらかなり弱い感じだけど』

「そもそもの人の基礎能力が全然違うんだと思うよ、大陸って食糧事情は明らかに恵まれてるから、栄養面だけ見れば地球と大差ないどころか地球より上だし」

 その世界の歴史にもよるけれど、基本的には食糧事情からそのへんが決まるらしいってテレビやお父さんたちから聞いたことがあるし、地球の人類と遺伝子部分から違うとかでもない限りは大体当てはまるらしい。

 ちなみに大陸の人は地球とあまり変わらないけれど、遺伝子の一部がとんでもなく強いらしい。

 これはイネちゃんが日本で病院で検査を受けた時に遺伝子情報解析に回せるだけの細胞を摂取して調べた結果だから化学的に証明済みではあるのだけれど、毒物への耐性がもう全ての毒が無力化できるレベルになっていて、尚且つ肉体に害を与える細菌に関しても圧倒的強さを見せたらしい。

 単純に免疫能力が高い。ではなく、遺伝子面以外にも外部的に力が加わっているかのように毒が無力化されていったんだとか。イネちゃんはそのへん詳しく教えてもらえなかったけど。

 そんなわけであの人らがどんな遺伝子構造をしているのか、どんな能力を持っているのかとかはわからないけれど、少なくとも大陸の人たちにとってはひ弱と定義できるんだとは思う。

「とは言え今の状況、勇者の力をフルに使用しないと要救助者を助けるのは難しいかも……せめてお父さんたちがいれば何とでもなりそうだけれど、居ないんだから仕方ないものね」

 単独行動は隠密行動にはいいけれど、やっぱりこういう制圧救助っていう点では難しくなっちゃうなぁ、でもティラーさんは奇襲されるとやられかねないし、ロロさんは逆に攻撃力が足りなくてジリ貧になっちゃうから……やっぱり今のイネちゃんのパーティーだとどうしてもこうならざるをえないのがつらいなぁ。

『それじゃあ……癒しの力を使うの?』

「いや、癒しの力ってアレ、ゴブリンだからこそ聞いたんだと思うんだ。なんだかんだで産業廃棄物で大地を汚染する存在って定義されて有効なだけなんだと思う」

『じゃあどうするの』

「こうするんだよ、イーア!」

 脳内会話を終わらせる叫びを脳内に向けてやったところで、イネちゃんは包囲されている建物の周囲に岩盤を競り上がらせて完全防護してからゆっくりと歩いて広場に躍り出たのだった。

 ……歩いて躍り出たって、日本語おかしいかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る