第174話 イネちゃんと被害状況
殲滅が確認された時には既にお昼だったため、イネちゃんは夕方まで一眠りしてから起きたところで、渡りハルピーさんたちがギルドに入ってきたらしく、少し騒がしい感じだった。
「えっとー、ゴブリンのすー……もりのはんぶんくらいにひろがってたー」
ギルドの中が一際ざわめく。
寝起きのイネちゃんとしては割ときついけれど、寝ているわけにもいかないかな。
今の状況を聞きたいんだけれど、イネちゃんの周囲にティラーさんもキュミラさんもリリアもいない……というかカカラちゃんとササヤさんもいないから、誰に話しを聞けばいいのか。
「勇者、起きた?」
イネちゃんがギルドの中をキョロキョロと見渡していると聞き覚えのある特徴的な口調が聞こえてきた。
「ロロさん?」
「うん。勇者、気持ちよく、寝てた」
そう答えてくれるロロさんの後ろのほうにトーリスさんとウェルミスさんが眠っているのが確認できる。
2人はゴブリン殲滅戦の時にササヤさんとイネちゃんに並ぶようにしてゴブリンを殲滅してくれてたから、今はぐっすり……まぁイネちゃんもぐっすり寝てたわけだけどさ。
「とりあえず……イネちゃんが寝ていた時に起きたことを聞いていいかな?」
「うん、いい、よ」
ロロさんは話し方が独特で時間がかかるから、聞いた話しをイネちゃんが要訳してみると。
ゴブリンの殲滅を確認した後、ササヤさんとギルドに詰めていた人たち以外は眠りについた。
これはいくら陸路を閉じたとは言ってもゴブリンの殲滅漏れがいたり、万が一ゴブリアントが普通のゴブリンを投げて襲撃してきた場合を考えて、誰かが対応できるように交代制にしたのだ。
まずは夜中に殲滅戦をしていた人たちが寝て、その間ギルドで防衛していた人が町の巡回と被害の確認、それと外の警戒をしてもらった。
ロロさんはそのチームリーダーみたいなポジション……ではあったのだけれど、会話に齟齬が出過ぎるからか引退冒険者さんたちに現地判断を委ねて、ロロさんはここでリリアの手伝いをしていたらしい。
「それでそのリリアは今どこに?」
「教会。食料と、怪我人……」
「なるほど、食料の確保と怪我人の収容と処置だね」
ロロさんは首を縦に振る。
「教会の最強、シックに……モヒカン、巡回」
ササヤさんはシックに門の変わりを取りに行って、ティラーさんは町の巡回か……というかティラーさん、モヒカンって……いやまぁそうなんだけどさ。
「カカラ、リリアの、料理、温め……」
温めて配膳してるのかな、そういえばいい匂いが漂ってきてる。
ぐぅ~。
というイネちゃんのお腹の虫が全力で自己主張したところで、今日初めてロロさんが笑う。
「……やっぱりそんなに酷かった?」
答えは聞かなくてもわかってる。
人語を使うゴブリアントに出会う直前に探索した家の様子、あそこは門前広場から路地に入った地域だったわけで。
それに夜中に殲滅戦をしたときにも、酷い場所が結構あったからなぁ、それこそ生きたままゴブリンに咀嚼されたのだろうと想像できてしまうような表情をしたご遺体もあったから、イネちゃんが寝ていた間ロロさんだって町を回ってみたんだろうことは想像に固くない。
「うん、でも……」
おや、ここで反語。
「全滅、しなかった。それだけでも、すごい……よ」
なるほど、ロロさんとしてはそういう感想を抱いたわけか。
イネちゃんは守れる力があったにも関わらず守れなかったっていう自責の念のほうが強かったから、その考えには至らなかったなぁ。イネちゃんだって、ゴブリンに奇襲されたパターンについては嫌というほど理解しているはずなのに。
「いーねーさーん……ってすごくいい匂いッスね!」
キュミラさんの声が聞こえた気がしたけれど、どうやらイネちゃんから興味がそれたようなのでちょっとロロさんとのお話の続きを……。
「あぁやっぱ起きてたッスね、もう、起きてるなら返事くらいってこれうまいッス!」
「うん、とりあえず食べるか話すかどっちかにして?それで、何かあったの」
タコの浅漬けをもっちゃもっちゃしていたキュミラさんは、口に含んでいた分を飲み込んでイネちゃんの質問に答えてくれた。
「神官長さん、見つかったッス」
「……どこに居たの?」
「やっぱ外ッス、ゴブリンの巣のある森とは逆側の森、その奥のほうに小屋があったッスけど、そこに出入りしてるのを渡りさんが見つけてくれたッス」
生きてるわけか、でも外となると捕まえるにしてもちょっと難しいものがある。
それこそササヤさんとかムーンラビットさんがいればできるんだろうけれど、今は丁度2人ともトナにはいないからね、イネちゃんたちではどうしようもできない。
……いや正確にはできる方法はいくつか思いつくけれど、その間はトナの戦力を削らないといけないから戦略的に難しいといったところではあるかな。
「ゴブリン、招き入れた……許さない」
「ロロさん、気持ちは分かるけれど今は我慢ね。今トナの戦力を減らすわけにはいかないから」
「……わかってる、でも、好転した時、ロロ、捕まえる」
「わかったけど、無理は禁物ね。今この状況で外でゴブリンに襲われずにいる上に、ギルド長さんが言うには臆病な性格だっていうことだから、作戦を考えても裏をかかれる可能性がかなり高いんだからね」
それこそ、ありとあらゆる準備を無視して叩き潰せるササヤさんとか、魔法的なことに関してはかなりの範囲で問答無用な威力を発揮できるムーンラビットさんじゃなきゃ、用心に用心を重ねて万全を期してことに当たらないといけない。
「ということでキュミラさん、情報はありがたいけれど今は流石に無理かな。でもハルピーさんたちで監視だけはしておいて」
「了解ッス……と言いたいところッスけれど、渡りさんたちも昨晩の襲撃で怖がって半数は隠れちゃってるッスよ。巣の調査に結構な渡りさんを投入しているッスから、神官長さんのほうは監視に穴ができると思うッスよ」
「それでもないよりはマシだから、可能な範囲でお願い。ゴブリンの問題が解決したらすぐに捕縛したいし、最悪場所の確認だけできてればいいから」
場所さえわかっていれば、今扉を取りに行ってるササヤさんにお願いすればいいだけのことだからね。しかし文字に起こすと改めて扉を取りに行くってすごい文章だよなぁ……。
「了解ッス、とりあえずそういうことで伝えておくッスね……そろそろこれ、食べてもいいッスか?」
「報告がもうないのなら、いいよ」
「そうッスね……後は町全体での被害は住宅街が中心で、商店や宿はあまりなかったみたいッスね、空から見てみると通りの色が大違いッスから」
ゴブリンが意図的に住宅街を狙った?
少なくともキュミラさんの言葉をそのまま捉えるとするならばそういうことになる。
「不可解、ゴブリン、まず、食料」
キュミラさんの報告にロロさんが反応した。
ゴブリンについて、イネちゃんが調べて知っている範囲では確かにロロさんの言った通り最優先で住宅街が狙われるということはおかしくなる。
歴史的に……とここ最近のゴブリンが軒並み異例ばかりだから当てにはならないことは承知しているものの、少なくとも歴史的にはゴブリンが人里を襲う時、真っ先に狙われるのは食料、次に家畜。
つまり反撃を受けにくい場所を狙うわけで、いくら夜中で皆が寝ているとは言っても起きたら反撃されるのが確定している住宅街を真っ先に狙った理由を説明することができない。
「いや、私に言われてもわからないッスよ。それこそゴブリンに直接聞かなきゃわからないと思うッスよ……やっぱこれうまいッスね!」
報告は今ので終わりだったのかキュミラさんはさっきイネちゃんが言った通りにタコを食べ始めた。
普通に考えるのなら、ゴブリンの思考なんてゴブリンにしかわからない。イネちゃんだってそう思うのだけれど、あの夜のゴブリンに関しては別の、明確な指揮系統があったような気もする。
特にイネちゃんが門を封鎖する直前に出会ったあの錬金術師、気配とか風貌、雰囲気があっちの世界で対決した錬金術師に瓜二つだったし、あの時の言葉をそのまま捉えるのならば、昨晩の襲撃は錬金術師が仕組んだものということにもなる。
しかしながら現時点では情報が少ない……いやむしろ過多なのかな、改めてイネちゃんはこの手の推理とか推測が苦手なんだなと痛感させられるね。
「人の言葉、使うのが、いる……聞ける、可能性、ある……かも」
「ロロさん、聞けたとしても多分気分が悪くなるだけだと思うよ。ゴブリンに関して言えばイネちゃんの知ってるどの世界から見ても異質な存在だから、根本から思考や価値観が違うと思っておいたほうがいい」
なまじ人の形をしているから、この辺を勘違いする人が割と少なくない。
ゴブリンが人を孕ますことができる、ってことで余計にその勘違いに拍車を掛けているんだとはイネちゃんは思うけれど、あっちの世界にだって他の種族に卵を産み付けて繁殖する生物がいないわけえもないし、よくよく考えれば寄生虫とかもそこに分類できなくはないからね。
「人と昆虫。もしくはそれ以上に違う存在だって思っていたほうが、色々楽だよ。いざゴブリンを殲滅するってときに冷静さを失ったら、また大事な何かを失っちゃう可能性が高いんだからね」
熱くなりながらも頭はクールに。ってコーイチお父さんの漫画の受け売りだけれども、いざ戦闘になった場合は結構大切なことだとイネちゃんは思う。
考えない突撃はだめだし、考えすぎて動けないのもダメだからね、バランスが取れるという意味でこの言葉は好きだったりする。
「……ん、わかった。でも、なんで、あんな、ゴブリン、いるのかな」
「それは今後の調査次第かな、ちょっとだけ、門を閉じるときに気になることがあったから……」
なんのことなのかわからないと言った表情でロロさんはイネちゃんを見つめてきている。
まぁそうだよね、会話した本人ですらあの言葉の意味なんて分かっていないのだから、普通ならわかるわけがない。
「あの時、ムーンラビットさん……リリアがいたら変わったのかな」
不敵な笑みを浮かべていた錬金術師の顔を思い出しながら、イネちゃんは温め直されたタコ料理に口をつけたのだった。
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