第173話 イネちゃんと門奪還

「ササヤさん、なんでここに……」

 あの時と同じで血を浴びることなく処理を終えたササヤさんがイネちゃんをまっすぐ見て質問に答える。

「ギルドから連絡が入ったから、どうやら教会の不手際が原因のようですし……私が出て問題を早期解決させる……と義兄様おにいさまからお願いされたのよ」

 あぁ、神官長さんが門から逃げ出し、その上開けっ放しにしたからゴブリンが侵入したとタケルさんは判断したわけだね、それで今動かせる最高戦力を投入したと……。

「でも、今トナに必要なのは……」

「えぇ、人手でしょうね。私ができるのは連中の殲滅と死者の弔いだけですもの。問題はヌーリエ教会もオーサ領の復興に人員を割いているから、まともな援軍を出そうとすると数日かかってしまうという点。そんなことをしていたらトナは全てを奪われた後で無意味になってしまうもの……」

「なるほど、時間稼ぎ」

「そういうことよ、私だって万能であるわけではないから……それでイネさん、門のほうはどうなっているのかしら」

「門には今ギルドのトップランカーの2人が向かったけれど……今の奴が複数いたら逃げるように言ってあるから、どうなってるのかはちょっとわからないかも」

 特に大きな音はしないから、まだ到着したばかりで様子見しているのかもしれない。

「……あの2人ならもうギルドのほうへと走って行ったわ、私と入れ違いになったから」

「ということは……」

 ゴブリアントが複数門に陣取ってるということである。

 となるともうトナを放棄してシックまで撤退という段階ではあるけれど……ササヤさんが来たことで少々状況が変わったかな。

「ササヤさん、イネちゃんが癒しの力を発動してゴブリンを止めるから、お掃除と閉門、お願いできますか?」

「断るわ、その時点でイネさんが3日近く意識を失うのだから、結局トナを放棄せざるを得なくなるわよ」

「それまでの間にシックから援軍を……」

「シックには今シックを守れる最低限度の兵しかおいていない状況なの、動かせる兵がいるのなら私より先に派遣されているはずだし、各所から予備兵力を集結させた場合それこそ1週間は見るべきよ」

 むぅ、ササヤさんだけでも対処は可能だろうけれど、それはササヤさんに不眠不休を強いることになってしまうわけか。

「とりあえず今できることをしましょう、私とイネさんで門を閉じて……」

「あぁでも、逃げるときは教会に逃げて転送陣で離脱してって皆に言ってあるんだけれど……」

「ギルドに寄って対応することは伝えたわ、後はリリアの判断に任せるように言ってあるから、門が閉まれば殲滅戦に移ると思うわよ」

 ……リリアなら安全を取るとは思うけれど、イネちゃんを見捨てないということも考えられるか。それにササヤさんが来たことで間違いなくってレベルで籠城するだろうね……。

「……ともかくゴブリンを潰していくしかないってことかな」

「それは門を閉めてから、じゃあ行きましょう」

 そう言ってササヤさんは足早に門へと向かっていく。

 そうだよね、今は悩むよりも先に門を閉めてゴブリンたちを殲滅しないと犠牲者がうなぎのぼりに増えてしまう。

 イネちゃんが1分悩むとそれだけで1人犠牲になると考えてもいい状況、今は動くしかない、か。

 そう思い顔をパチン!と叩いてササヤさんの後を追ってトナの正門へと向かうと、そこには絶望に思えるような状況が目の前に広がっていた。

「まずいわね、ゴブリン……今はリーダーじゃなくてゴブリアントでしたっけ。それは数がいたところで私とイネさんは特に問題にはならないけれども……あれは大問題ね」

 10を超えるゴブリアントを前にササヤさんは弱音を吐く。

 まぁ正しくは弱音の対象はゴブリアントに向けてのものではなく、粉々に粉砕された門の姿があった。

「正しく閉じられている状態ならヌーリエ教会の作った防護結界で門はコーティングされるから壊れないのだけれど……中途半端に空いていたことでそれが働かなったのかしらね、いくら力が強いとは言ってもあの程度のゴブリンに壊されないはず……劣化していたのかしらね」

 ササヤさんが説明してくれた通り、トナの門はかなり立派な木の複合材で作られていて、かなり頑丈そうに見えたのだけれどそれが今は木屑レベルに砕かれているのが見える。

「ササヤさん、これだと門は閉められない……ゴブリアントは倒すにしてもどうしよう」

「そうね……門のほうはイネさん、お願いできないかしら。イネさんの勇者の加護はヌーリエ様の力の一部だというのなら、恐らくできるから。まずは……」

 ササヤさんの説明によるとこうだ。

 まずはイネちゃんが門のところまで走る。

 門に付いたら勇者の力を使って大地を隆起させて封鎖、ゴブリンは穴を掘る修正もあるけれど岩盤レベルの岩は砕けないらしい、これはゴブリアントより大きいレベルのゴブリンが出た大昔の事例で証明済みらしいから安心……はできないとしても時間稼ぎはできる。

 その間、ササヤさんが外の森かシックから門を持って来れば解決するということだ。……10m近い門を単独で持ってこれる時点でやっぱりササヤさんおかしいよなぁ。

 ともあれこの方法なら今町に入り込んだゴブリンを殲滅すれば当面の安全は確保可能となる。

「問題は陸路での補給が受けられない点ね、幸いトナは海路があるから転送陣がなくても干上がることはないから、籠城する分には問題ないわ」

「でも、できるかわかりませんよ」

「できるできないじゃない、やるのよ。やれなければ町の人を回収して転送陣に運ぶしかなくなるから、被害はできた時の倍以上になると思いなさい」

 ……ササヤさん、かなり厳しいな。

『やるしかないよ、私もできる限り手伝うから』

「……うん、そうだね。これはササヤさんにもできない、私にしかできないことなんだから!」

「行くわよ、私が飛び出したら門まで走って」

 それだけ言ってササヤさんは飛び出して、私も続く。

 門前広場にいたゴブリアントが一斉に私たちを見るけれど、私は気にすることなく走る。

 ササヤさんが声を発することなく数匹のゴブリアントを解体している水音が聞こえるのを背中に受けながら私はひたすらに門を目指す。

 私に対して何か飛び道具での攻撃が襲って来るけれど、イネちゃんは当たるのも無視してただひたすらに走る。

 私が門の真下まで来たところでトナの外側が視界に入ると、そこには……。

「ほう、無謀者も居たものですね」

 あの時、ヴェルニアやあっちの世界で倒したはずの錬金術師がそこにいた。

「……なんで、とは言わない。というか今はあなたがなんでそこにいるのか考えてる暇はないから、無視させてもらうよ」

「どうぞ、私とて今仕掛ける気はございませんので。ただのデータ収集のために訪れているだけですから」

 腑に落ちないし、本当なら捕らえるべきなんだろうけれども今はトナをゴブリンから守ることが最優先だから、錬金術師の言葉は考えないことにする。

「……大地よ。皆を守って」

「えぇ、私たちの世界の人間も守ってくださいね」

「……今なんて?」

 聞き返そうとするも私の発動した勇者の力で門の変わりに隆起した岩盤がトナを外界から遮断して、その音で錬金術師の声は聞こえなくなった。

 錬金術師たちの世界って、この世界でなければどの世界……いや思い当たる事はあるから、ゴブリンを駆除したら聞けばいいだけ、か。

 そういえばゴブリン騒動の直前、カカラちゃんは、カカラちゃんの世界のゴブリンは出自が特殊だって言ってたっけ……。

「でも今はゴブリンを……」

 そう奮起して振り返ると、門前広場のゴブリンとゴブリアントは既に肉塊へと変貌していて、それでも返り血を一切浴びていないササヤさんが真剣な表情でイネちゃんへと駆け寄ってきた。

「今、不穏な気配を感じたのだけれど大丈夫だった?」

「外に錬金術師が居た、どうにもイネちゃんたちのことを知っているような口ぶりで、この惨状をデータ収集とまで言ってたように聞こえたから、捕らえるべきかとも思ったけれど……」

「……いえ、逃したことは痛手ではあるけれど、イネさんの考えは間違いではないわ。今はこの騒ぎを早く解決しなければならないのだから、まずはギルドに行って門の閉鎖を行ったことを連絡、殲滅戦に移行しつつ、ゴブリアントは私かイネさんに回すように再編成もしないといけないから」

 ……ちょっと今情報量が多すぎて処理が追いついていない。

 ゴブリンのことと錬金術師、それにカカラちゃんとカカラちゃんの世界のゴブリンについて、更には消えた神官長さんのことと現在進行形のトナの危機……。

「あぁもう!考えるの面倒!」

 元々私は全体を俯瞰して考えて指揮するような戦い方じゃないんだから、そういうのは専門の人とか、もっと頭のいい人、全体を把握できる人に丸なげしよう!

「はぁ、ココロもそうだけど苦手なことを人に丸なげするのね」

「適材適所で!」

「まぁ、いいわ。私だって苦手なことは人任せしているんだし。じゃあイネさん、私たちの得意なことをやりましょうか」

 そう言ってササヤさんは町の中へと走っていった。

 答える暇もなかったけれど、わざわざ苦手なことをやる必要がないのなら、やらなくてもいいからね、そう思いながら私はギルドに走り、殲滅戦を始めると伝えてから町に入り込んだゴブリンを殲滅して周る。

 ゴブリンを完全に倒しきる頃には陽が昇っていたけれど、想像以上に被害は抑えられていたらしく、一部都市機能は麻痺してはいるもののトナがゴブリンに滅ぼされるという最悪を回避できたということにイネちゃんは胸をなでおろすのであった。

 ……都市機能が麻痺するくらいに犠牲者が出てるから、ちっとも嬉しさなんてなかったんだけどね。

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