第172話 イネちゃんと惨状
室内は真っ赤だった、コーイチお父さんが検索してはいけない単語とか言ってたけど、多分こういう感じの奴を模した精神的にクルだろう映像とかが引っかかるからだったんだろうと思う。
強い血の臭いに合わせて鉄の匂い、そして2つあるベッドの片方に寄りかかるようにして息絶えた男の人の死体。
窓ガラスが割れていることから寝ているときに窓からゴブリンが侵入、窓が割れた音で住民さんは目を覚まして咄嗟に男の人が応戦、女の人を逃す時間を稼げはしたけれど応戦虚しくやられて、ゴブリンはこの人の死体を持っていくよりも女の人を追いかけた……ってところかな。
「しかしやっぱこの臭いはきついかも……」
お父さんたちの教育方針から一時期屠殺場とかの見学をして回ったから血の臭いに関してはある程度耐性はあるし、人のご遺体に関しても銃を持って戦う前提で訓練していたからその覚悟ができるようにも訓練を受けていた……。
まぁそれ以上にゴブリンに捕まっていたときに見慣れてしまっていたのが一番の理由ではありそうだけど、イネちゃんが捉えられていた場所は死体置き場も兼ねてたみたいだから、普通の死体よりも酷いものを、見覚えのある身近な人で見てしまったからね、うん。
……こういうのを言葉にして話すと皆悲しい目をするから絶対に口にはしないけどね、まぁあっちの世界で暮らしている間にイネちゃんのこの感覚は標準からは圧倒的にずれているし、どれかと言えば壊れていると定義付けできるのも把握しているけどイネちゃんはこうなってしまったわけで、治し方……と言っても今のイネちゃんが歩いている道を考えると治さないほうがいいとも思っているのであえて考えないことにしている。しているのだけれど、こう、非戦闘員の遺体を見てしまうとどうしても考えちゃうね。
ともあれご遺体の状態を確認してから窓ガラスを調べる。
窓ガラスは外から割られている感じで室内にガラスが散乱しているし、散乱したガラスの上から犠牲者の血しぶきがかかっているから、さっきのイネちゃんの推測は恐らくは合ってるとは思う。
今はそれよりもここから外に出たゴブリンがいるかどうかが問題、1匹だけなら奇襲されたとしても漁師町の男の人ならよほど運が悪くないと即死はないと思うし、他にもいた可能性はそれなりに高い。でも家の中を捜索して他にゴブリンを見かけなかった以上、どこかに姿をくらましたと考えるのが自然だし最悪を想定して動く以上それが妥当でもある。
『イネ、窓枠に足跡』
イーアの声が頭に響くいて確認すると、確かに窓枠には赤い足跡が残されていた。
「逃げたのがいる……何匹逃げたかは外に足跡が残っているならそこから推測する必要があるけど……」
流石に時間がかかりすぎてる、今はご遺体を確認しただけで置いておいて外の援護のために来た道を戻る……と戻るイネちゃんの足跡が赤くなってる。
「現場、荒らしちゃったか……」
まぁ科学捜査ができるわけでもないから、現場が荒らされているとかはあまり関係ないのだけれど、あまり気分のいいものじゃない。
死体には慣れているとは言っても誰かが死ぬのは嫌という気持ちのほうが強いからだけど、今はなによりも守れなかったという気持ちもかなり強くなっていて、守ることができなかったという事実に対してイネちゃんは自分に対して許せないと思っていることにおどろく。
『イネ、全部背負う必要はない。ココロさんとヒヒノさんのことを思い返せばわかると思うけど……』
「わかってる、勇者だからって全部を守れるなんていうのは傲慢だし、守れるわけはないってことも、クライブさんの件で思い知ってるから」
癒しの力が使えたのならまだわからないかもだけれど、簡略式の洗礼しか受けていないイネちゃんにとっては癒しの力は回数制限有りの虎の子……後で使っておけばと思うこともあるかもしれないけれど、使った直後はイネちゃん自身が動けなくなるからそっちのほうが後悔することにもなりそうというのが大きい。
ヴェルニアで使ったときはココロさんとヒヒノさん、それにササヤさんにムーンラビットさんと後を任せても安心できる人が周囲に多かったからよかったようなもので、あの時もイネちゃん単独だった場合結局守りきれずに蹂躙されていた可能性だってある。
見方を変えればあれは一種の自爆技だからね、迂闊に使えないし、使えるタイミングでも何度か考えてからでないと怖くて使えない。可能な限り使わない方針で行かないとそれこそ全てを失ってしまうかもしれない……それに今はイネちゃんがトナの全戦力の中で最大戦力だから、倒れられないというのもある。
皆のことを信じていないわけではないのだけれど、倒れたら被害が尋常じゃないというのは容易に想像ができちゃうからね、こればかりはもう本当使いづらい力すぎてイネちゃん自身がヌーリエ様にクレーム叩きつけたくなってくる。
『ごめんなさい、私も目の前の人しか救えないから……イネちゃんに辛い思いをさせてしまっていますね』
あぁヌーリエ様ご本人がしょぼんとしてる……。
でも実際そんなものだよね、神様だって自分の把握できていないことには対応できない。カカラちゃんのことが……言い方は酷いけど好例となってしまってるからね、それ以外にも錬金術師の件とかで、ヌーリエ様は万能ではないという証明はできてしまっている以上、あまり力に関してクレームを付けるべきではないのは理解しているものの、考えてしまうのだ。
それに、イネちゃんは目の前の人すら救えなかったんだからね……。
リビングに戻ってくると外の剣戟の音が激しくなっていて、怒号が飛び交っているのが聞こえてきた。
家の奥に行くだけでこれだけの音が聞こえなくなるのかと考えたものの、極度の緊張状態の場合周囲の余分な音が聞こえなくなることもあるとムツキお父さんが言ってたのを思い出して、イネちゃんはそんなに緊張していたのかと驚いてしまう。
「コロセ」
はっきりと聞こえたその言葉にイネちゃんの背筋はゾクッとして慌てて外に飛び出た。
「マダオンナガイタ、トラエロ」
ゴブリアントの中でも一際大きな個体、下卑た笑みを浮かべながらそういう個体のしたには結構な血だまりができているのが見える。
「おう、勇者!中に人は残っていたか!」
「それなら連れてきているでしょうから、いなかったか既に手遅れだった……トーリス!」
ウェルミスさんの叫ぶ声に反応してトーリスさんがその字名に違わない大剣を巧みに操り群がってきていたゴブリンをなぎ払う。
「雑魚相手ならまだまだ余裕なんだが……あれの相手は流石にちょーっと辛いから手伝ってくれないか、勇者」
「……それは一向に構わないけど、2人は門を閉めに行ったんじゃ?」
「閉めようとしたと同時にアレが突撃してきまして……常備兵の幾人かが潰されました」
なるほど、ウェルミスさんの説明であの血だまりの理由が納得できた。
しかしそうなるとゴブリンが夜襲してきたことになる。
「これをさっさと片付ければ、2人は門に向かえるよね?」
「おうよ……ってできるのか?」
イネちゃんはP90からスパスに武器を変えながらトーリスさんに聞くと、質問に質問で返されてしまった。
「まぁ、できるだけやってみるけど……火力面でちょっと怪しいかな、あの大きさは前に見たことあるけれど、その時はササヤさんがAパーツとBパーツに分けてくれたんだけど……」
「エー……?なんのことかはわからないですけれど、あの超人が対応するほどの相手であるというと……本当に大丈夫なんですか?」
ウェルミスさんからは超人扱いなんだ……。
「倒せないにしても倒されもしないと思うからね、うん。とにかく門を閉めてこれ以上の侵入を防いで。他にもゴブリアントが侵入してきたのならギルドに走って皆で教会に向かって転送陣、いいね」
2人はイネちゃんの言葉に静かに首を縦に振る。
ここで2人でゴブリアントを相手にしていたからこそ、複数居た時点で撤退すべきという判断をとってくれた。ベテランでありトップランカーだから身の安全の確保は最優先にしてくれるね、ありがたい。
「それでは勇者様、この場はお願いします!」
「任された!」
イネちゃんと2人は同時に別の方向へと走り出して、イネちゃんは目の前のゴブリアントの攻撃が届く範囲まで近づくと、ゴブリアントが。
「ソウダンハオワッタノカ」
イネちゃんはここで背筋に寒いものが走る。
『こいつ、人間の言葉を意味を理解して使ってる』
イーアが思わず出てくる、まぁ2人と話している間こいつはそれを見て、待っていたわけで……。
「野戦で明らかな作戦行動をしてきたのだから、あまり驚かないかな」
「カクゴハスンダノカ」
「なんの覚悟だか……命を奪う覚悟ならとっくにできてる!」
そう言って攻撃……してもこの距離でもスパスでの有効打を与えられるのかは微妙だと思ったので一瞬、後ろに小さく跳ぶ。
ゴブリアントからは目を離さずに跳んだものの、ゴブリアントはピクリとも動かずにただただにやけている。
「ドウシタ、コナイノカ」
うーん、これは野戦時のイネちゃんの動きを見て戦力評価してるなぁ。
それにしても相手が動かないのがイネちゃんには気になる、野戦の時の評価だけなら攻撃は受けなかったから攻撃されてもおかしくはないはずなのだけれど、それがないと考えると……。
『イネ、思い違いかも。もしかしたら最初の威力偵察含めて私たちの戦力評価、されてるんじゃないかな』
「それだとそもそも近寄らせること自体がおかしいと思うんだけれど……」
しかしながらその点を除けばイーアの言葉には説得力がある。
よくよく考えれば野戦のときのゴブリンの戦力状況はロロさん側……というか正面に集中していて、町と森の面している最寄りのところ、つまりイネちゃんの居た場所からは殆ど来なかったし、ゴブリアントは1匹も現れなかった。
「コナイノナラ、オレハヤツラヲトメニイクトスルカ」
「流石にそれは……」
認められない、と言おうとしたところでそれが現れた。
「許可できないわね」
余裕を見せていたゴブリアントはその瞬間、AパーツとBパーツに分離した。
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