第169話 イネちゃんと敗戦後

 まず結論から言うと、クライブさんが死んだ。

 フラッシュバンは有効だったのだけれど、ロロさんが初めての衝撃で混乱してしまったのがイネちゃんの想像力不足だった。

 混乱したロロさんのカバーに入ったクライブさんは2本の槍を巧みに使いロロさんの周辺に居たゴブリンを蹴散らすと、ロロさんを落ち着かせてトナに向かって走らせたところで、そいつが現れた。

 開拓町の巣に居た、人語を使ったあの個体、それが複数。

 本当ならクライブさんもトナまで逃げていれば、死ぬことはなかったと今ならそう考えられるけれど、あの時は突然現れた複数の巨体がかなりの速度で迫っていたから、もし逃げていたとしても無事じゃなかったのかもしれない……どちらにしろの話しだし、意味のないものだけれど作戦立案者としてはどうしても考えてしまう。

 ゴブリンリーダー……とするには個体数が多かったから、別の呼称が必要になったってことで、ゴブリアント……ゴブリンとジャイアントを合わせた造語だけれど、そう呼ぶことになった……まぁこれは置いておいて、クライブさんはイネちゃんと一緒に殿を務めるという考えになってしまったのだ。

 ゴブリアントは今のイネちゃんにとってはそれほど強敵ではなかったものの、それは相手の攻撃を全部無効化できるからであって、クライブさんは相手の皮膚の硬さに槍を失ってしまい、腹部を殴られた衝撃で空中に浮いて、ゴブリアントの持っていた棍棒でトナの町を囲む防壁に叩きつけられて、潰れた。

 イネちゃんはその時2匹目のゴブリアントの頭をスパスで吹き飛ばしていたけれど、ゴブリアントとイネちゃんの体格差の関係で倒すのに時間がかかってしまいクライブさんの援護ができなかったのである。

 クライブさんが犠牲になって1つ、イネちゃんたちに有利に働いたこともある。

 人を弾に見立てて防壁に叩きつけたにも関わらず、トナの町の防壁はびくともしなかった、それを見たゴブリンたちはイネちゃんのことを警戒しながら森へと撤退して行ったのである。

 結果としてゴブリンを撤退させたのはクライブさん……だけどその犠牲はかなり大きいものだった。

「ロロが、混乱……しちゃった、から……」

「いや、俺がもう少し撤退支援で居座っていればよかった。そうすりゃロロに取り付いたゴブリンを斬り飛ばしてクライブの奴が必死になることもなかったんだからな……」

 ロロさんもトーリスさんもかなり士気……というよりは気落ちしてしまっている。

 イネちゃんを除いた場合の最大戦力がここまでの状態になっているということは、他の人たちはもっとまずい状態であることがうかがい知れる。

「てめぇらのせいじゃねぇ、ありゃ最初からこの世界の最高戦力でも用意しておかなきゃ対応自体難しかっただろうからな。むしろ死者1、重症10うち意識不明2、軽傷20……この被害に抑えたんだ、胸を張れ」

 ギルド長さんがトーリスさんたちに喝を入れてる。

 そういえばところどころで喝を入れる声が聞こえるあたり、引退冒険者さんたちの士気は落ちていないようで、むしろ金星っていう捉え方をしているみたい。

「たらればを言うのは自由だが、お前らは時間を遡ってクライブの野郎を救えるとうぬぼれてるのか?できねぇ過ぎたことを悔やむなら今後のこと考えやがれ。もう既にゴブリンとの戦争になってるんだからな」

「戦争……怖い」

 ロロさんは更に縮こまる。

「戻りました、クライブさんの遺品を清めましたが……やっぱトーリスも落ち込んでるのか……」

 ウェルミスさんがクライブさんの遺品から血を洗い流して戻ってきた。

 ノオ神官でもあるウェルミスさんはご遺体を見慣れているのか、あまり動じていないし、今回の敗戦にもあまり気落ちしていないように見える。

「戦いに必勝はない、あるとしたらそれは人外を超えた超越者である……ノオ様のお言葉。戦神でもあるノオ様ですら、必勝は無理だろうと仰ってるのよ、まして私たちは人でしかないのだから負けるなんて当然と思いなさいよ」

 うん、トーリスさんの周囲は辛辣な人しかいない!

 まぁ状況としては喝を入れて戦える状態まで戻さないといけないのは確かだから、ここは少し酷ではあるけれどもウェルミスさんやギルド長さんたちに皆のことを任せよう。

 イネちゃんとしても守れなかったっていう心境で自分でもわかるほどに結構気分が落ち込んでいるし、リリアとお話して少し気を紛らわせたいのだけれど……リリアはどこにいるんだろう、教会かな。

 イネちゃんがギルド内を見渡す感じで探し始めたところでギルドの扉が勢いよく開き、そこにリリアが息を切らして立っていた。

「し、神官長さん、こっちにいない!?」

「いや、見てねぇが……何かあったのか?」

 ギルド長さんは逆に質問する形になってる。

「とりあえずリリア、落ち着いて」

「あ、うん……」

 イネちゃんが施すとリリアは深呼吸を数回したあとに、それを言った。

「私が重傷者の治癒をしていたらいつの間にか神官長さんがいなくなってて、転送陣を使った様子もなかったから町の中にはいると思うんだけれど……」

「あいつ……逃げたのか?いや転送陣を使ってないとなるとそれは無いか……」

「神官長さんはどんな人だったの?」

「あぁ、俺とあいつは幼馴染なんだが……心配性をこじらせたような奴だな、想定外の事態には対応できないが、日常を過ごすだけなら優秀な奴だ。それがどうかしたのか?」

 ……割と答えが出てしまったような気がする。

 ゴブリンにギルドのトップランカーが殺されるっていう非常事態に冷静さを失いそうになりながらも重傷者の治療をしている間は大丈夫だったのだけれど、一段落つきそうなところで改めて今のトナの状況を考えた結果、混乱して姿をくらましてしまった……ってところかな。

「もしかしたら、今逃げようとしてるんじゃないかな……責任感はあるけれど、自分がいなくても本来自分のやるべきことは問題なく動くのならって感じで。リリアが優秀だったからこその展開だからイネちゃんの思い違いの可能性は十分にあるんだけれど……」

 ギルド長さんは幼馴染って言ってたから、なんだかんだ幼馴染が悪く言われることに怒るかもしれないのでちょっとだけ予防線は張っておく。

 ……まぁギルド長さんは想定外の事態に対して積極的に問題を解決しようとする人みたいだから、多少は大丈夫かもという算段はあるんだけども……。

「……あいつ、逃げ癖はなかったはずだが可能性は0じゃぁない。だがあいつの幼馴染である俺がいうのもなんだが、逃げるというリスクを取るくらいなら引きこもる奴だぞ、あいつは」

 むしろイネちゃんの言った内容より酷くなったかもしれない。

 幼馴染にそこまで言われちゃうって神官長さんどれだけなんだろう……あぁでもここ最近神官長さんに対して町の人の当たりは強くなってただろうし、たまり溜まってって可能性もあるのか、大王タコのほうは人員を少し増やすだけで対応できてるようだけど、ゴブリンのほうは悪いほうに駆け足してるからね。

「ともあれ捜索はしたほうがいいかも、引きこもってるならそれはそれで場所を確認したほうがいいし、万が一逃げ出したとするなら防壁のどこかの門から出たってことだからそこからゴブリンが入ってきた場合最悪の事態がありえるから」

「海のほうもありえるから確定じゃないが……そうだな、非戦闘員で捜索の手配はしておこう。流石に大王タコやゴブリンのいる場所に向かっていくとは考えにくいが、門に見張りは立てておく、どの道交代制で寝ずの番は置く予定だったからそれのついでだがな」

「うん、できれば10分置きに門がしっかり閉じているのか、確認したほうがいいと思う。神官長さんのことがなくても、ピッキングができるゴブリンがいないなんてもう断言できないしね」

 特殊個体と思っていた奴がただの上位個体だった。それが判明した時点で今までの常識はぶん投げて考えたほうがいいしね、まぁそれでもベテラン集団の知恵は役に立つし、全体の生存能力を上げたのは確かだからこのまま継続でいいとは思うけど……。

「それで、これからどうするの。神官長さんは姿を隠しちゃうし、ゴブリンとの野戦は実質敗走……なんでしょ?」

 リリアが心配そうな声で予定を聞いてきた。

 イネちゃんとギルド長さんはお互い少し目を合わせて、2人して一緒に考えて。

「「とりあえず腹ごしらえかな」」

 声が完璧な形で揃った。

 腹が減っては戦はできぬ。

 ……まぁあれだけ酷い戦闘が繰り広げられた以上食べ物を口に入れるのすら難しい人もいるかもだけれど、何も食べていないと今後戦力としては格段に落ちてしまい、悪循環に陥ってしまうからね、無理してでも何かお腹に入れておかないといけないのは、ギルド長さんも同じ考えをしてくれたようで流石熟練さんって風貌をしていないわけじゃないよね。

 まぁイネちゃんはこう偉そうに言ってるけど、ギルド長さんのほうが圧倒的に経験豊富なんだから当然の判断なんだろうけどさ!

 戦いが始まる直前に引退冒険者さんに言われた『勇者が弱気だと皆が不安になる』って言葉、少なくともトナの問題が解決するまではしっかり守らないといけない……勇者ってまだ自覚はそれほどないけれども、ギルド内を見渡す限り士気はこれでもかってくらい下がってて、引退冒険者さんと一部のベテランさんくらいしかまともに士気を保っていないのが嫌というほどよく分かる。

 だからこそ、勇者が諦めてはいけない。

 他の世界の勇者なんて、勇者なりたてのイネちゃんが知るわけもないけれど……少なくともこの世界ではそういうことなんだと思う。

 まぁイネちゃんの知ってる勇者って、コーイチお父さんの持ってたゲームかココロさんとヒヒノさんくらいしか知らないし、勘違いって可能性も否定しないけど……今はこの勘違いを押し通そう、その上で籠城戦と状況打開策を考えないとね。

「イネさん……これ、リリアさんから」

 カカラちゃんがリリアの作ったタコ料理を持ってきてくれた、腹ごしらえって言ってからかなり早い。リリア、イネちゃんに真っ先に作ってくれたってことだよね。

「うん、ありがと。カカラちゃんも一緒に食べよ」

「え、いいんですか?」

「いいもなにも、イネちゃんが一緒に食べたいと思ったから……迷惑だった?」

「そんな!あぁでも皆さんにお食事を運ぶくらいしかお手伝いができませんし……」

「総指揮官の気を紛らわせるお仕事……というには仰々しいけれど、お話してくれたら嬉しいんだけど」

 リリアは全員分の料理を作ってるから、カカラちゃんには悪いけれどリリアの変わりってことに……いや本当失礼だなイネちゃん、でもお話する機会がなかったから、聞いてみたいことも沢山あるのも事実だし……今やるべきかって言ったらそうでもないし怒られるかもだけれど、イネちゃんの気分転換には丁度いいか。

「わかりました、それでは、失礼します」

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