第170話 イネちゃんとカカラちゃんの世界

「色々立て込んでて聞きそびれてたけど、カカラちゃんの世界ってどんなところなのかな」

「え、今の状況でそれを聞くんですか!?」

 まぁうん、いきなりだった気もするけれど他の切り口が思いつかなかったから仕方ない。

「気分転換だからね、むしろ状況から遠い話題のほうが適切じゃない?」

「それは……そうなのですか?」

 質問に質問で返されてしまった。

「ほら、異世界って珍しいし、やっぱり気になるじゃない?知的好奇心ってやつかな、カカラちゃんだってこの世界のこと知りたいでしょ」

「は、はぁ……確かに知らずにいたら先日のような失礼をまたしてしまうかもしれませんし、確かに聞いておいたほうが良いとは思っていましたが、このように敗戦の直後というのは……」

「敗戦したからかな、さっきも言ったけど大きく気分を変えたいんだよ。正直今の思考だとまたポカやらかしかねない」

 聞くための理由付けっぽくなったけれど、これは本心だったりする。

 正直イネちゃんの采配は皆から責められはしなかったけれど、自分で振り返ってみると反省点はすごく多い。

 何より全体を把握がタイムラグがあったとは言え出来ていたのだから、もう少し早く負傷者が量産されていたのは気づけたはずだし、撤退指示の後にだってロロさんを門番として下げて、イネちゃんが殿を務めていればもう少し楽に撤退できたかもしれない。

 全部たらればではあるし、もしかしたらもっと酷いことになっていた可能性だって否定できない。ただ死者が出た以上、イネちゃんとしては考えざるを得ないわけで……イネちゃんの思考が全員守る、生還させるって感じになってるからかなぁ、あっちの世界の常識なら倍以上の戦力差があって死者1なら金星扱いされそうだし。

「……わかりました、ですがあまり面白いものではありませんよ?」

「まぁ人の生い立ちとか、世界の成り立ちってそういうものだし問題ないよ」

 あっちの世界の歴史は割と波乱万丈で楽しかったりするけど、こっちの世界は長い間ゴブリンの件を除けば平和が続いてるから、結構……いやかなり面白くない。おとぎ話レベルの昔話か、今現在進行中の動乱とか世界ゲートのお話くらいになっちゃうからね。

「主神様であられるオイエルオン様がお作りになられた世界で、人類を中心として世界が成り立っていました……ですが邪神の軍勢が現れ、人類の3割が殺され……今でも主神様の子らと邪神の争いが続いているのです」

 うーん、なんというオーソドックス。

「私は主神様の教えを広める修道会の所属だったのですが、邪神に使える悪魔を追ってこの世界に飛ばされてしまい……」

「ストップ、それはカカラちゃんの生い立ち。まぁ最初の説明に聞いてどこが聞きたいのかとか言わなかったイネちゃんが悪いんだけど、こっちの亜人種に対して恐怖感を抱いたみたいだったし、そのへんちょっと気になったかな」

 聞きたいことを言葉にしないとカカラちゃんの主観と生活圏が中心になるのは当然だよね、その上カカラちゃんが常識と思っている情報はまず殆ど出てこないし、ちょっと強引だけど話しの流れを変えさせてもらおう。

「えっと……こちらで言う亜人という方は基本的には邪神軍でして……神の子や大地の民のように人に近しい方々は友好的ではあったのでそれほど……あぁ珍しくはありましたが」

「なるほど、こっちの世界はゴブリン以外は基本的に仲良しだからねぇ。カカラちゃんの言う人類、つまりこの世界で言うところの人種は全人口の4割、人種別にすると最も多いけれど、最大多数ではないって感じかな。主に王侯貴族の所領に暮らしている人たちが人種、ヌーリエ教会と仲のいい場所だと亜人種は珍しいものじゃないよ」

 全人口の6割が亜人さんだもん、この世界にとってはむしろ人種のようにフラットな人のほうが全体から見れば少ない……けどどこにでも居るってくらいには数が居るっていうなんとも不思議な比率してるからね、知らない人は混乱するのは仕方ない。

「そ、そうなんですか。それであの時、ローロさんがあそこまで激怒なさったのですね……」

「うん、特にここ、トーカ領は昔からヌーリエ教会と仲良しだから亜人種の人はとっても多いの。物心ついたころからずっと仲のいい友達感覚だから、友達を悪く言われたら怒っちゃうわけだね。まぁエルフさんとか獣人さんとか、森からあまり出ないから町では見かけることは少ないって人も少なくはないけどね」

 正直、イネちゃんがヨシュアさんたちと初めて出会ったときそこにびっくりしたんだよね、キャリーさんはともかくミミルさんとウルシィさんは文字通り珍しいって言える種族だったから。

「エルフ?エルフとはどのような……」

「んー特徴としては高身長で耳が長い、森に住む人かな」

「神の子ではありませんか!」

 あ、やっぱ一緒なんだ。

 コーイチお父さんの持ってる漫画とかゲームだと結構ぶれてるからなぁ、設定。

 エルフが神の子って設定は大元である神話からだったかな、ミミルさんたちは森の妖精って感じ……っていうにはちょっと俗すぎるかな?子供を増やすために外から種をーとか言っちゃう種族だし。

「神の子……というとこの世界だと全種族に対するものだから、皆ヌーリエ様の子って感じだからね。エルフは森の民とか森の妖精みたいなところかな」

「そうなのですね……それでは獣人というのは」

「文字通り、動物と人の間の子って感じの人たち。とは言えキュミラさんは獣人ではないんだけど」

 ハルピーとかは獣人じゃないんだよね、イネちゃんもちょっと不思議ではあるんだけれど厳密には発生進化のルートが違ってたまたま似たような感じになったってだけらしい。

「難しいのですね、私の世界ではそのような分類はあまりありませんでしたから。それに獣人というのは魔族の仲間でしたからね」

「こっちで魔族っていうと蔑称になっちゃうからね、大昔に王侯貴族が亜人種を弾圧しようとした時に使われた言葉だから使ったら親に怒られるって考えればわかりやすいと思うよ」

 ようは誰かを指して犯罪者だとか言っちゃうようなものだからね、まぁこの世界だと魔族って呼ばれた人たちは何も悪いことしてないから、もっと具体的に言えばあっちの世界みたいに肌の色とかで差別するとかそんなレベルで考えるべきなんだけど。

「弾圧に……それほど重い言葉とは知らず、私……」

「まぁ幸いあの時あの場には当事者はキュミラさんしかいなかったし、キュミラさんはそのへん驚く程疎いからよかったけどね」

「いえ、それでも私は忌諱すべき言葉を使ってしまった事実には変わりありません。世界が違うとわかった時点で言葉選びには慎重になるべきであったのに私はそれを怠ったのですから罰せられるべきなのです」

 うわー、結構面倒な感じがすごいするなぁ。

 とは言えまぁカカラちゃんだって知らない世界で1人で寂しいし不安だろうから、少しでも自分の世界の概念があったほうが気持ち的には楽なのかもなぁ。

「罰するとか罰せられるのはこの世界じゃよほどのことしなきゃだからなぁ、主に殺人とかが該当するけど……イネちゃんはその罰の内容は知らないんだよね」

 リリアに聞けば分かるだろうけれど、そのリリアがタコ料理無双中だから今カカラちゃんとお話してるわけだしね、ティラーさんもトナの人たちへのフォローしてるしキュミラさんは他のハルピーさんと一緒に交代で周辺警戒と追加で森の調査してもらってるから、今イネちゃんが一番やることがないのだ。

 休むこと自体もお仕事と考えるべき状況だしそれは別に問題ないんだけれど、こう、肩身狭い感じがするよね!

「そうなのですか、しかし罰の内容が知られていないというのは抑止効果がないのではないでしょうか。本来そのような罪に対しての罰というものは不特定多数のものに向けて統治者が布告するものですし……」

「うーん、確かにそうなんだけれど、むしろどういう罰があるのかわからないっていうのも怖いって思わない?」

 下手に罰を決めちゃうとそれに引っ張られて時代に即わない判決が出たりする……ってあっちの世界での法律がそんな感じだーって論争になってたりするしね、前例主義が過ぎた結果色々問題になってる……ってお父さんたちから説明されたけど、そういうこともあるんだろうというのは理解できたからね。

「それでは統治者側の権力が暴走してしまうような……」

「王侯貴族の人たちではそういうことがあったらしいけれど、ヌーリエ教会がーっていうお話はどこからも聞かないね、一度敵対したことのある貴族の人たちの蔵書とかでも見ないくらいだし」

 ヴェルニア滞在中、日課の訓練とかした後暇なことが多かったからキャリーさんと一緒に書庫に入ったりして色々読んでみたけど、びっくりするほどそういうものがなかったんだよね、大昔の戦争のお話の日記とか戦時記録もあったけれどヌーリエ教会の兵と戦った場合抵抗せずに捕らえられたほうがいいとまで書いてあったくらいだから、当時から教会のことを知ってるムーンラビットさんが居る限りはほぼ変わらないんじゃないかなと思うんだよね。

「そんなこと……まるで夢想郷じゃないですか」

「夢想郷?」

「はい、夢のような世界のことです。人々は争うことなく、餓えることもない世界のことを私たちの世界では夢想郷と言うのです」

「んー確かにヌーリエ教会に頼れば餓えることはないけど……争わないってことはないよ、むしろ攻められたら積極的に防衛するために軍備は備えるっていうスタイルだし。何より王侯貴族の間で戦争はあったし、種族間で縄張り争いがなかったわけじゃないから、カカラちゃんの言うような夢想郷ではないとは思うよ」

「ですが常に争いのある世界から見れば、この世界は十分に夢想郷と言えると思います」

「……まぁその考えはわからないでもないかな、イネちゃんも10年くらい別の世界で育ったからさ」

「……別の世界?」

「うん、今この世界と常に行き来ができる世界があるんだけど、そっちの世界は争いの歴史だからね。ゴブリンの件を除けば、間違いなくこの世界は争うという行為自体が圧倒的に少ないからね」

 だからと言って人が弱いとか、軍事力が足りないなんてことはなく、むしろ最初っからハイスペックというか……技術のほうも、これは皮肉でもあるけれどゴブリンがいるから無駄に洗練されて行ってるんだよね。

「そういえばその、ゴブリンというのは……私の世界にもゴブリンという名の魔物は存在しましたが、こちらは少々発生が特殊でした」

「へぇ、カカラちゃんの世界にもゴブリンが……」

 いるんだ。と続けようとしたところで、キュミラさんがギルドのドアを蹴破るように入ってきた。

「た、大変ッス!防壁の門が全開でゴ、ゴブリンが!」

 キュミラさんが全部言う前に、町のほうから大きな悲鳴が上がった。

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