第168話 イネちゃんとトナ野戦(後編)
総力戦の様相になりつつあった対ゴブリン戦は、予想通りイネちゃんたちが不利のまま展開していった。
トーリスさんとクライブさんは獅子奮迅というか、コーイチお父さんの持ってた無双ってゲームみたいな活躍をしていたし、キュミラさん含めたハルピーさんたちによる高硬度爆撃……という名の落石でゴブリンの数は減ってはいるものの、開拓町の巣の倍以上の数が今この場にいるんじゃないだろうか。
「ちょっと、まずいかな」
それだけに少数精鋭、そもそも人数が足りていなかったこともありどんどんジリ貧していく。
イネちゃんも足元の石が既に枯渇状態で、ハルピーさんたちがいろんなところから持ってきてくれているから援護できてはいるものの、近くにある手頃な石がなくなる……ってことはないかもだけれど、いつゴブリンが石を回収するハルピーさんを攻撃するかもわからないから、頼り切ることもできない。
幸い今日の大王タコの対応が終わったのか、町のほうから援軍は来てはいるものの、負傷者を町に避難させるので手一杯で実質的な人員は減る一方……。
『イネ、まずい』
「イーア、まずいのはわかってるよ。流石にゴブリンの底がわからないとこのままじゃ……」
『違う、気づかない?ゴブリンたち、私たちの防衛隊の人を1人も殺してない』
「え!?それ、本当?」
『うん、少なくとも被害報告と負傷者の数がピッタリ』
攻撃はイネちゃんが担当していたから、イーアには視界に入った時の全体の様子の分析をお願いしていたんだけど、今の話しが本当なら事態は最悪な方向に全力疾走中と言えるかもしれない。
「ごめん、石はとりあえずこれでいいよ」
「いし、だいじょうぶなんですー?」
イネちゃんはハルピーさんに首を縦に振ることで返事にすると、マントからダネルさんを取り出して弾をリロードしていく。
「それ、なんなんですかー?」
「状況判断、総員町の門まで撤退、私が前面に出て援護する。皆に伝えて」
「わ、わかりましたー」
「そこの班の皆さんも聞こえていましたよね、門まで撤退、お願いします」
それだけ言って私が前に出るため少し前に出ると引退冒険者さんが。
「……やっぱりやばいか、まぁ判断が遅れるよりは早めにってのは正しかったと俺は思うぜ。勇者様はどうするんだ?」
「私はゴブリンの攻撃を弾けるから大丈夫、それよりも理由、説明しなくても大丈夫ってことでいいんですよね?」
「あぁ、連中はこっち側を殺さずに負傷者を増やすことを目的にしてやがる。これ以上負傷者が増える前に撤退して迎撃じゃなく籠城に移るってことだろ?」
「よかった、やっぱりベテランさんを指揮官にして正解だった」
「ど、どういうことです?」
あ、新人さんが何が何だかわからないって顔になってる。
「連中に殺された奴は戦闘中気にしないでいい、これはわかるな?」
「……まぁ、はい」
「だが死なない程度に重症を負った奴は見捨てられない。見捨てる奴もいるがそういう奴は後々ギルドから護衛とかの仕事は拒否されるようになる」
「ギルド憲章ですからね、同業者は見捨てない……って、あ……」
「わかったか、ならお前が負傷者になる前に撤退するぞ。じゃあ勇者様、殿は任せた」
「任された、私が殿、ロロさんを最後尾として走れる人は伝令頼まれて、ハルピーさんが迎えない最前衛とか伝えるのが遅れると致命的になりかねない」
「俺が行く、新人でもベテランでもない中途半端な俺が行くべきだろうからな」
うーん、連携が取れるのっていいね、状況的には最悪一歩手前だから感慨にふけってる場合でもないし関心している暇もないけど。
「よし、それじゃあ撤退開始……」
引退冒険者さんが撤退号令を出そうとしたとほぼ同時に今までは2・3匹で断続的に出てきていたゴブリンが10匹くらい同時に飛びかかってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁ、た、助け……」
パン!パン!パン!
新人さんに飛びかかって攻撃しようとしたゴブリンに向かって走りながらファイブセブンさんで額を撃ち抜く、足りない分は私がカバーすればいいかとも思ったけれども……。
「間に合わない……!」
下手にダネルさんを最初に抜いていたせいか走る速度があまり乗らなくて新人さんのカバーに間に合いそうにない。
ゴブリンの動きは先ほどと違い、背中を見せた相手には問答無用で殺す攻撃に見えるから、目の前で見たくもない潰れたトマトが1人できそうになったところで、私よりも早く新人さんのカバーに入った人がいた。
「撤退するときは戦闘中の3倍は注意しろ、いいな、新人」
ゴキュ。という生々しい音と共に引退冒険者さんの体が地面に倒れ込んだ。
「……っ!」
ダネルさんを地面に落として私は更に加速、ゴブリンが追撃する前に冒険者さんのところまで駆けると手ぶらになった右手で。
「眠れ」
発声と同時に手を地面に向かって振り下ろすと、周囲に居たゴブリンは全てめり込む形で地面に叩きつけられた。
「あ、あぁ……」
「背負ってトナに走って。トナまで行けばヌーリエ教会で治癒魔法を受けられる。間に合わせるために走って!……ハルピーさんは私が捨てたものを拾って!」
一息で新人さんに指示を出しつつ、ハルピーさんにダネルさんの回収をお願いする。
……もう少し早く動いていれば、あの人は負傷していなかった。
『過ぎたことは今は考えない、それを考えるのはゴブリンの撃退ができてから』
テンションが落ちそうになった私にイーアが喝を入れる。
しかしそんな喝を入れられるほど、今の私の思考はまとまっていないということでもあり……。
(そんな私が皆を守れる?そんな偉そうなことできるの?)
余計に思考が乱れてしまう。
野戦での撃退を勇者が諦めた。その真意はベテランたちには意図が通じるけれど経験の浅い人たちには伝わらない、伝わらなかった。
状況としてはただの害獣駆除ではなく、既に対人戦争として対応しなきゃいけない状況に移行しているのだけれども、経験の浅い人たちにはその状況変化に対して鈍感すぎて撤退の動きが鈍い。
これに関してはハルピーさんから伝令されなくても、勇者の力を発動中なら地面……大地を通して大体の状況は把握できるようになる。
前回発動したときにはこんな感覚はなかったから、私が勇者の力に馴染んで来て使える力が増えたのかもしれないけれど、力が増えた理由を考える暇は今はない。
戦場全体を把握できるのなら、今は撤退が遅れている場所の援護をしながらゴブリンを引き付ける手段を考えるべきだからね。
「ダネルさんは……戦場が混乱してるからフラッシュすら危ないか、でもP90もスパスも味方を巻き込む可能性が高いし……」
こういう乱戦時にはP90みたいな貫通力のある武器よりは、MP7やUZIみたいなストッピングパワーがあって貫通力が低い武器のほうが好ましい、下手に射程が長くないっていうのもこういう乱戦では重宝するのだけれど、今私の装備にはその2つの銃は存在していない。
幸い指切り技術はあるし、イーアに手伝ってもらえばP90でも援護はできるかもだけれども万が一狙いが逸れた場合、取り返しがつかない状態になってしまうから、P90じゃなくファイブセブンで対応したほうがマシという状況……でもゴブリンの数はP90のほうが向いているという悩ましい状態になったのは……。
「撤退指示も、もっと早く出してれば……」
P90の掃射でゴブリンを警戒させて追撃を鈍らせることは簡単にできたはず。
『イネ、またたらればになってる!』
むぅ、私1人だから思考が堂々巡りになってきてるっぽいなぁ。
どのみち私はトナの門からそれほど遠くには離れられないし、リスクが多少あっても援護するしかないわけなんだけれども、どうにもリスクを避けつつ皆を守る手段をーとか考えすぎてるだけと言われた場合何も言い返せない。
「あぁもう!手が滑ったらその時はその時だ!」
『ヤケはダメだからね!』
「そこは流石にわかってる!」
ファイブセブンさんでゴブリンを撃ちながら、森の手前辺りにダネルさんでグレネードをばらまく。
ちょっと自然破壊になるかもだけれど、あまりにひどくならなければ自然の治癒力で長い時間をかけて元に戻っていくし、本当に万が一の時は私が癒しの力を使って元に戻す……まぁあっちの技術で再生できるとは思うけれど。
「よし、後はクライブとロロだけだ、勇者様援護ありがとよ!」
トーリスさんとウェルミスさんが危なげなくゴブリンを迎撃しつつ、私に話しかけてくるだけの余裕がある。流石ギルド本部でのランキングトップ……息一つ上がっていないあたり最初に言った最悪少数精鋭で殲滅戦っていうのはビックマウスじゃなくて本気でできると思っていたんだろうね。
2人を見送った後、ロロさんを確認する。
クライブさんに関しては武器が長物という不安はあるものの、本部のトップランカーであることからトーリスさんができることは概ねできるという判断で後回しにできると思うけど、ロロさんは防御特化のソロタイプじゃなく誰かとパーティーを組んで初めて真価を発揮するタイプだから、撤退しようにもできない状況になっていないかと心配になったのだ。
視線を移した私の目には、フルプレートで攻撃を受けつつも致命になりそうな攻撃はいなしているロロさんの姿が確認できた。
耐える。ということなら問題はなさそうだけれど、私が対処している何倍ものゴブリンがロロさんに集まっていくのを見て、急いでダネルさんをリロードして爆風がロロさんに当たらないように集まろうとしているゴブリンに向けて発射して吹き飛ばすものの、ロロさんに集まるゴブリンの数は増えていく一方になっている。
どうやら攻撃力がない。ということでロロさんに集中しているようだけれども……一応ロロさんの武器は盾で、1匹1匹確実に潰していっているのは確認しているのだけれども、それ以上に集まる数が多すぎてこのままだとロロさんが蒸し焼きにされかねない。
「ロロさん!対閃光防御!」
正直、今目を瞑らせるのはリスクでしかない。
しかしフラッシュバンでゴブリンの動きを止めることができれば、耳がやられた状態でもロロさんの実力あら撤退を始めることができると踏んで、私は叫んだ。
それでも私を信じてくれたロロさんは盾で顔を覆い、ロロさんのところに走っていたクライブさんも足を止めて顔を覆うのが確認できた。
タイミングはもう今しかない。
私はフラッシュバンのピンを抜いてロロさんに向けて投げた。
この後の展開は、思い出すたびに悔やむことになるとは……この時考えることはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます