第158話 イネちゃんと港町トナ

「ひぃ!亜人が普通に歩いて……ここは魔界なの!」

「失礼だな俺の故郷に向かって」

「あなたも魔族なの!?」

「なんでだ!そもそも魔族なんて曖昧なもん大昔の貴族が勝手に名付けた亜人種に対しての蔑称だ!あまり滅多に使うもんじゃねぇぞ」

 蔑称という単語を理解してか静かになった。

 というより寝台車両から降りてすぐこのやりとりとか、ギルドでも教会でも大変なことになりそうだなぁ、教会ならまだ温厚だから笑って済ませてくれるかもだけれどギルドは血の気が多い人もいるし……イネちゃんはもう面倒になる予感しかしなーいゾ。

 あ、ちなみに人種は特徴がないのが特徴の、あっちの世界でいうところの人類のことを指して、そこを基準にしたから人種以外のことを亜人種と呼ぶようになったのがこの世界なんで、亜人種って言っても蔑称にはならない、これはこっちの世界とあっちの世界の外交時にあっちの世界の人に周知してもらう形で明文化したから周知率はすごく高いんだよね、こっちの世界はそもそも教えられなくてもDNAに刷り込まれてるレベルで認識してるから最初っから問題ないんだけど。

「とりあえずここは血の気の多い連中がいるから、絶対に使うんじゃねぇぞ、お前の身の安全のために言ってるからな?」

「うぅ……神よ、哀れな子羊たる我に寛大なる慈悲をお与えください……」

「……ヌーリエ様以外の神様でも信奉してるんかな、ヌーリエ様なら無条件で加護をお与えになるのに」

「いやリリア、他の世界から来たのならヌーリエ様のこと知らない可能性のほうが高いからね?」

 雑談になりつつあるけど、キュミラさんに車両の監視を任せて街道から近かったギルドに先に寄ったんだけど……。

「あぁん?」

 ドアが開く音にそういう反応をする冒険者さんか傭兵さんかはわからないけれど、ギルド全体の評判が落ちるからあまりよろしくないんだけどなぁ。

「おいギルドの評判が落ちるからドアが開くたびに威圧するようなことはやめろってコーザさんに釘を刺され続けただろうに、お前は本当学習しないなローロ」

「ローロじゃねぇ!ロベルト・ローランド様だ!……ってティラーさんじゃねぇっすかいつおかえりに?」

「今だよ、それにぬらぬらひょんは解散しちまったからな、今の俺は教会の巡礼護衛を請け負った一介の冒険者だよ」

「マジかよ……ヌーリエ教会の巡礼護衛って言ったら最上級じゃねぇか……流石トナが生んだぬらぬらひょん最強の男だぜ……」

「それマジやめてくれ、この子、イネちゃんの足元にも及ばない程度の実力しかねぇんだから」

 ティラーさんがローロと呼んだ男の人がギロっとイネちゃんを見てきた。

「……マジかよ、こんな女の子がお前より強い?冗談はもっとうまく言えよ」

「いやなローロ、イネちゃんは準勇者で隣のリリアさんの巡礼について行ってシックまで行けば正式に勇者の洗礼を受ける予定の子だぞ?ヌーリエ様に愛されたイネちゃんに勝てる要素なんざこれっぽっちもねぇよ」

「……マジかよ。いや本当にマジかよ」

「邪神の勇者……」

 あーただの雑談に反応しちゃったよこの女の子。

 しかもよりにもよってそこかぁ、ヌーリエ教会でもやばそうな内容の呟きは割とやばすぎるんだよなぁ、開拓町のギルドやヴェルニアならまだあっちの世界の価値観を知ってるから大丈夫かなーって思えるけれど、シックとかあっちの世界と関わりが薄い地方だと本気でまずい。

「ヌーリエ様が邪神だとぉ?」

 ローロさんの声に合わせるようにギルドの、職員まで一緒に一斉に立ち上がってじっと女の子を睨む。

「ひぃ!?」

「簀巻きにして魚の餌になりてぇの……」

「ちょっと待って」

 ギルド内が女の子を簀巻きで海に放り投げると言いかけたところでリリアが間に入って止める。

「この子はこの世界でも、ましてやあっちの世界の人間ではないようなのでヌーリエ様のことを知らないだけなのです、この世界の知識は私がゆっくりと教えていくのでここは引いてくれませんか」

「あんたは?」

「巡礼中の神官、リリアです。姓は巡礼中なので名乗れませんが、私に免じてここは引いてください」

 リリアがそう言うとギルド内は少し間ができて。

「ちっ、ヌーリエ教会の神官様がそう仰っているのに俺たちがどうこうする権利なんざねぇな。おい小娘、ヌーリエ教神官様のお慈悲に感謝するんだな」

 男の人達はそう言って元に位置に戻って……。

「あ、ちょっと待って、街道でゴブリンが出没しましたので討伐隊の編成をお願いしたいのですが……」

「マジかよ……この間駆除したばかりだぜ……」

「残念ながらマジだ、街道に出てたやつは道中俺たちが会敵したから駆除しておいたが、ありゃ巣が無いと説明つかないからな。俺からも頼む」

「無理だ」

 ティラーさんが頭を下げたところで受付に居た初老の男の人がそう言った。

「ローロが言ったようにこの間ゴブリンの巣の駆除をやったが、その時結構被害が出てな。今のトナに滞在している全冒険者と傭兵をかき集めたところで巣をまるまる駆除するのに軽く半月かかっちまう。ヌーリエ教会側もトナじゃそれほど人員がいるわけじゃねぇから圧倒的に人が足りねぇ。教会の転送陣で集められたとしても、だ」

 受付の中から出てきてイネちゃんたちに近づいてから続ける。

「シックの軍隊に関しても先日までオーサ領の反乱鎮圧に参加していて動かせる部隊は少ないだろうからな、今すぐってのはどうしても難しいのが現実だ」

 あぁうん、この人のいうのは正論だね。

 主力であるムーンラビットさんやココロさんにヒヒノさんは、あっちの世界で誘拐された人の返還とそれに対しての賠償交渉とかに行ってて今こっちにいない可能性のほうが高いし、ササヤさんに関してもヴェルニア周辺に残っている反乱軍残党の対処であの地域から動けないらしいから、単独でなんとでもできる人は何かしら動けない状態にあるもんね、あっちの世界……お父さんたちも開拓町からシック付近までの北側が活動中心で、公式に世界間の交流が始まってからは完全に開拓町周辺地域に限定していたらしいんでここまで出張はしないと思う。

 となれば現時点で集められる戦力で対応しなきゃいけないんだけれど、イネちゃんは前の巣の駆除の時ポカやってウルシィさんを大怪我させちゃったダメ指揮だったから戦力として数えられるのは別にいいけれど、指揮官として考えられたらちょっと腰が引けちゃう。

「……戦力はイネを中心に組めばなんとかなるとは思います。以前のゴブリンの巣の規模はどのくらいでしたか?」

「80匹弱、中規模だったな。ダイアウルフを苗床にして増えてやがった。洞窟に関してはアリの巣って感じだな、正直1人の強者がいたところで制圧に時間がかかりすぎて学習されちまう……だがまぁ偵察を出すくらいはしておくか。制圧は無理だが偵察で規模確認はしておくべきだろうしな」

「お願いします、私たちは教会で同じよう討伐隊の打診を行いますので調査を進めてください」

「あぁ、無理とは言ったが放置も愚策ですからね。この世界に生きるものの義務と考えることにします」

 リリアが一礼して、イネちゃんたちも合わせて一礼。

 そのままギルドを後にして寝台車両に乗り込んで、リリアはヌーカベの手綱を握りに行った。

「……あの建物の中にいた人たちは本当に善良な市民だったのでしょうか」

「風貌と言動はちょっとアレだが、ヌーリエ様の教えを守る連中だ、犯罪には手を染めていねぇよ」

「……えっと、そのヌーリエというのは神の名前なのでしょうか」

「そうッスね、この世界そのものとも言われている一番偉い神様ッス」

「まぁヌーリエ様本人は神様じゃくて妖怪ですーって今も訴えてきてるけどね」

 おかげでイネちゃんの頭がズキズキするのだ。

「ようかい?妖怪とは神の階級なのでしょうか」

 イネちゃんの頭の中でちーがーいーまーすーで手をブンブンしてる、やだヌーリエ様可愛い。

「ともあれ迂闊なことはもう口にしてくれるな、さっきのような無用なトラブルを招きたくはないだろう?」

「ですが私にも信奉している神が……」

「その神様の名前は?」

「オイエルオン様です、大変慈悲深き人類を守護してくださる神です」

「知らん。この世界の神は多数いるが、ヌーリエ様以外では自然を構成している何かを司っている。ヌーリエ様は大地、スーヨミ様は海、ノオ様は空って感じにな。しかし全ての神がヌーリエ様に協力を申し出ていて、全てがヌーリエ様を中心として動いているから、ヌーリエ様を信仰する人が多いってわけだな」

 ティラーさんの大陸神話大系説明会が始まったところで、ヌーリエ様が頭の中で。

『そうですね、大陸の外……大海の向こうにある未開地域の人なのかもしれないですね、異世界から来た可能性も否定はできませんが』

 ヌーリエ様にもわからないってなると、イネちゃんたちがわかるわけないよね、うん。

 教会に向かう道中のティラー先生による講座を受けた女の子は暗い顔になりつつも手帳にメモを取り始めた。

「そうだったんッスねぇ……いやぁ私知らなかったッス」

 もう1名ほど、ティラー先生の講座によって賢くなったようであった。

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