第159話 イネちゃんとトナの情勢
「なんですって!街道にゴブリンが……」
トナの教会に到着してすぐ、神官長さんにギルドで説明したことを改めて説明したときの反応はこんな感じ。
「すぐに対応しなければ……しかし……」
とまぁギルドの受付さんが言ったとおりに教会でも人手不足を理由にすぐには動けないと言われてしまった。
「更に間の悪いことに海にも大王タコが出てしまい、そちらにも対処の人員を割かなければいけなく、あぁ本当にどうしたらよいのでしょう……」
最終的には神官長さんがイネちゃんたちに聞いてきてしまった。
うーん、ちょっと頼りない。
「シックに連絡をして状況を把握してもらうと同時に対応を仰いでください。対応が決まるまでの間、私は巡礼の修練を、イネには街道の巡回をお願いしたいと思っています。……いいよね、イネ」
「うん、1人で突っ込めーとかじゃないなら全然大丈夫だけど……後手に回るなぁ」
ゴブリン対策が後回しになればなるほどゴブリンは増えるし、それだけ駆除が難しくなる。
最悪の事態を考えるなら、開拓町にいた言語を操り作戦行動の指揮を取れる個体がいた場合、イネちゃんがどう頑張ってもかなり難しい。
以前と違って勇者の力を使えば足止め……というか持久戦はできるとは思うんだけれど、攻撃力の点から倒せない倒されないの泥沼にしかならないんだよねぇ。
「ただ現状だとイネちゃんが最大戦力であることは間違いないからな、最悪の事態になった場合、イネちゃんに頼らざるを得ないのは確かなんだ……」
悔しそうにティラーさんが言う。
イネちゃんとしても多分そうなんだろうなと思っているから申し訳なく感じる必要はまったく無いんだけれど、ティラーさんとしてはもっと別の心境な気もするので黙っておくことにする。
「今は私たちのできることをやるしかないよ、イネは巡回、私は巡礼の修練。修練のほうはさっさと済ませて合流するつもりだから、イネ1人に責任を負わせるなんてことは絶対にさせないから」
「うん、リリアも背負いすぎないようにね。イネちゃんはなんだかんだで勇者様ーっていう感じだしこの辺は仕方ないよ。強い力には責任が伴うものだし、ヌーリエ様に渡された力は誰かを守るため……というか完全に特化してるからね」
岩盤並の防御力に地面潜行能力、潜行能力のついでっぽいけど地面に皮膚が接していれば呼吸が可能だしイネちゃん自身の怪我もすぐ治る。その上でヴェルニア湿地帯を全部稲作適正地に変える……というか原生の状態まで瞬時に回復させるほどの癒しの力だもんなぁ。
このイネちゃんがもらった勇者の力が今この世界にどう必要なのか、それを知るためにもタタラさんはイネちゃんに簡略式の洗礼だけでリリアの巡礼にどうこうさせたんだろうけれど……最初からクライマックスなのは想定外すぎるよタタラさん。
「えっと……私はどうしたら良いのでしょうか」
「戦力になってくれるならさっきのギルドで冒険者登録してきて、冒険者や傭兵、兵士以外が戦ってはいけないなんて決まりはないし、むしろ自衛戦闘は推奨しているけれど、巣に向かうつもりなら無いと庇護されるべき民間人ってことで拒否されるからね。後依頼って形になるだろうからお金ももらえるし」
女の子がすごく悩んで聞いてきたけれど、今の現状で戦力になりそうなら組み込みたい。
いやまぁ最初の出会いの時点で全力で逃げて追いつかれかけてたし、ゴブリンが潰れるので吐いたり、ダイアウルフの血抜きで卒倒したりで戦力として数えられるのだろうかって心配があるけれども、少なくともけが人の治療とかで活躍はできるだろうしね、最悪荷物運びになるけど。
「……奇跡が感じられないのです、私は奇跡が無いと何も……」
「奇跡?魔法じゃなくて?」
「魔法は魔……悪魔が用いる現象、奇跡は神が人に授けた慈悲なのです」
一瞬魔族って言いかけたね、でもまぁ言い直せる程度には状況とこの世界のことを理解してくれたっぽい、ちょっと安心。
『困りましたね、あの子のことを少々調べてみたのですが、イネちゃんの想像通りにこの世界の出身では無いみたいで……』
ヌーリエ様が女の子の言葉を補足するように話しかけてきた。
勇者だとこんな感じにヌーリエ様の声が常時聞こえる環境になるのだろうか……。
『あ、それはイネちゃんが私と波長がとても近いからで……それよりもどうにも私の知らない世界からのようで、あの子の世界と回線を繋いであげることができないんです』
むしろそんな簡単に異世界との回線を繋げられるとか初耳だしちょっとこわいんだけど。
『私は成り立ちが少々特殊で……だけどあの子の世界のことが分かるまでは、本人が望まない限り危険から遠ざけたほうが無難だとは思います』
あの子の世界の神様が排他的ーとか積極的に侵略ーとかだったら困るからかな?
『そんなところです、少なくとも刺激するようなことは避けるべきですから』
君子危うきにってやつかな、まぁ戦えそうにないしあの子は町で待機でいいとは思ってるし……ヌーリエ様が心配することはないとは思うよ。
「イネ?どうしたのぼーっとして」
おっと、ずっとヌーリエ様と脳内会話してたからリリアに心配されてしまった。
「あぁうん、ちょっとヌーリエ様とお話を……」
「なんと!?ヌーリエ様の声をお聞きになれるのですか!」
あ、神官長さんが食いついてきた。
「イネは父さんが簡略式の洗礼をした準勇者なんです」
「ではリリアさんの巡礼の護衛というのは……」
「うん、一緒に巡礼をして世界を見ることで、更に勇者として相応しくなるだろうということで……最もイネが勇者になる前から私は友人としてイネを指名していましたが」
「なるほど、タタラ師がそう仰ったのでしたら私がいうことは何もありませんな。しかし3人目となる勇者様ですか……」
神官長さんが笑顔から真顔になる。スイッチ切り替わるの早すぎません?
「勇者という世界を動かすシステムは、この世界に危機が訪れる時に動き出します……ココロ様とヒヒノ様だけでは世界を守りきるのは厳しいとヌーリエ様がご判断したということにほかなりませんから、我々ヌーリエ教会信徒は世界の危機に対して注意し、探し出し、対応しなければなりません」
「確かに、ヌーリエ様は皆が笑顔でいられる世界を守られているし、私たちもそれがいいと思っているからこそ神官になっているわけですしね。でもどういう対応をするつもりなんです?」
現時点で人手が決定的に足りていない状態だからシックに連絡入れて、ギルド側でも人を集める手配をしてるだろう状況で出来る対応なんて、当初の予定通りイネちゃんとキュミラさんが斥候、ティラーさんとリリアがトナの町で色々やるのが無難すぎてそれしか無いってレベルなんだけれども……。
「勇者様のお名前で檄を飛ばせば良いのです、勇者様が主体となりゴブリンを討伐する……もはや大義しかありませんからね」
「いやそれヌーリエ教会の名前でやっても問題はないですよね?」
「それでは貴族が兵をあまり動かしてくれんのです……トーカ領はまだマシなのですがね……」
あぁそういう。世知辛いね、うん。
ただなんだろう、この連帯保証人的感覚、イネちゃんの本能が断れと叫んでいる……。
「ヌーリエ教会名義で檄を飛ばした後に動きがなかった時……でいいかな、勇者っていうネームバリューだけでイネちゃんはそこまで知名度もないだろうし、ココロさんやヒヒノさんだって思って来た人たちの士気にも絶対影響出てくるしさ」
というか絶対ココロさんとヒヒノさんだと思って来るよね、イネちゃんの知名度って意図的な流布がされてない場合知られてないだろうし。
ヴェルニアでの癒しの力もヌーリエ様の奇跡であってーとか色々解釈されそうだしなぁ、大陸は地球全土ほどではないけど広いし。
「……すみませんでした、冷静さを欠いていたようですね」
「まぁ問題山積みだしそうなるのは仕方ないところもあるとは思うけどね、ただ大王タコとゴブリンの2つ……だけっていうにはちょっと大きい問題だけれど冷静さを欠くほどではないよね」
「……流石勇者様ですか」
まだ準勇者です、自己紹介していないから名も知らない神官長さん。
「実は最近海風が強くなってしまい農作物に被害が出ていまして、ヌーリエ教会としては対応を優先せざるをえなく……」
「塩、ですか……少々の海風や海水ならヌーリエ様の加護で大丈夫だと思うんだけれども、被害が出てるってことはかなりすごい状態なんですか?」
ヌーリエ教会的にはむしろゴブリンとかよりも大変そうな問題が出てきた、農業と酪農が中心の宗教だもんなぁ、農作物への塩害は確かに混乱するかもしれないね。
「はい、今までは大丈夫だったのですが先日の嵐によって一度水田の水が全て海水になってしまい、土壌の塩分量が極めて高くなってしまったため米が全て枯れてしまったのです。あれではもうあの畑は……」
「元は陸地だったから余計にかな、でもヌーカベに耕してもらえば……」
「居住区の中心にある水田なのです、流石にヌーカベに耕してもらうのは難しいかと……」
そういえばヌーカベって走る時に地面が耕されるんだっけか、ただ音速越えの走りを人口密集地でやるのは無理だよねぇ。
……あれ、この手の問題ってあっちの世界でなんか聞いたことがあるような。
「……塩に強い作物じゃダメなのかな?」
「……トマトでも流石に無理じゃないかな、木綿は食べられないし、お米を作ってた人たちが対応するのはちょっと厳しいと思うんだけど」
あ、リリアもそっちで考えてたんだ、というかトマトってあったっけ?
「うーんと、あ、トナであっちの世界と回線繋がってる場所ってありますか?」
イネちゃんの知識には無いし、探すものがわかってるならわざわざヌーリエ様に聞くまでもないから、イネちゃんのスマホでネット接続できれば検索して一発だもんね、ありがとう情報社会。
「ギルドとこの教会でしたら、一応は……」
「あ、じゃあ使わせてください、イネちゃんのこれであっちの世界の情報を検索できるんで」
「なんですか、その小さい板は……」
女の子がイネちゃんのスマホ操作を肩口で覗きこんで……というかリリアたちも覗き込んできてる。
「うわ!なんか光ましたよ!」
「んーこれってゲートの建物にあった奴のちっこい版なのかな?」
「まぁそんなところだよリリア、とりあえず検索を……」
イネちゃんがブラウザを起動して検索を始めようとしたその時!
検索エンジンのページが表示されるまで5分、検索結果表示まで10分かかったのだった。あっちの世界のイネちゃんの暮らしてた国と同程度を想定してはいけなかったのだ……。
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