第157話 イネちゃんと異世界の女の子

「何って、私たちはあんたを助けたんッスよ?」

「ひっ!」

 キュミラさんが女の子に近づくと引きつった声にならない悲鳴を挙げた。

「……これ、もしかして私が怖がられてるッスか」

「もしかしなくても、そうだな……」

 どうやらチキンなキュミラさんを怖がるほど女の子の精神状態はよろしくないみたい。

「うーん、じゃあキュミラさん以外は大丈夫?」

「わからないけど、とりあえず落ち着かせるのは私が……」

「ひぃ褐色の肌……邪神の化身なの!?」

「イネぇ……」

 うん、リリアがすごい涙目でイネちゃんを見つめてきた。

「じゃあ俺が……」

「今度は野盗!?本当なんなんですかぁ!」

「イネちゃん……」

 あぁうん、ティラーさんも涙目だ。

「仕方ない、イネちゃんが落ち着かせるから皆はゴブリンの処理を……」

「銀髪!?」

 あ、この流れは……。

「ゴブリンの次は邪神の一派なんて……お父さん、お母さん私はここまでのようです、ごめんなさい……」

 うわぁ今の流れだとイネちゃんが邪神かぁ。

 まぁ埓があかないしここはちょっと強引に行こう。

「うーん、別に邪神扱いされてもいいけど、イネちゃんたちの助けを断ったらあなたはここに置いていかれることになるよ?見た感じあっちの世界でもこっちの世界の人間でもないみたいだし、知らない土地で伝手なんてない状態で1人で生き残れる自信でもあるの?」

「え、イネ、今の言葉だとこの子……」

「うん、少なくともキュミラさんをあそこまで怖がるってことはこの世界の人間じゃないよね、歴史的には種族戦争もあったけど今はそんなのないし。それで考えられるのはあっちの世界だけれども、あっちの世界でこんな言動する人、少なくともイネちゃんは知らない。居たとしたらかなーり生暖かい目で距離を開けられるようなかわいそうな子扱いされるかな」

 リリアが聞いてくれて説明までの手間が省略できたのはありがたいね、この子にも状況が伝わりそうだし。

 まぁイネちゃんとしてもヨシュアさんっていう前例がなかったらこの発想、なかなかでてこなかった気もするけどね、ムーンラビットさんならもっとうまくやったんだろうけれど。

「でもまた新しい異世界なんて……見た感じ服装とかは私たちの世界に近い感じでだけどまったく文化や歴史、社会が違うってことだよね」

「うん、その最初の接触がイネちゃんたちってことになると思う。もしくはこのゴブリン。でもそうなるとイネちゃんはいやーな予感があるんだよね、この子がちょっとやらかしちゃってるんじゃないかなーって」

「私が何をやらかしたって言うのですか!」

「うん、ゴブリンの巣を突っついたとか、そういうやらかし」

 イネちゃんが即答すると女の子が静かに俯いた。

 いやぁうん、当たって欲しくなかっただけにちょーっとやばいことになったなぁ。

 ゴブリンは群れの規模が大きくならなきゃ巣で迎撃するだけで外まで追いかけてこない、追いかけてきても街道まで出ることは極めて稀で、今回のケースがそのケースだったとしても近くにゴブリンの巣があることが確定しちゃうわけである。

「とりあえず、今日のあなたの行動を教えてもらってもいいかな」

「邪神に……」

「いやそれもういいから、イネちゃんたちの言葉がわかって、尚且つ会話を聞いていたのならわかるよね、イネちゃんたちはあなたに敵意がなくって、ゴブリンに対して極めて高い警戒をしているってことが。あなたが巣をつついたことで近くの集落が襲われて悲劇が起きる可能性が高い状況なの」

 集落が襲われると聞いて女の子の顔から血の気が引くのが見える。

「うん、やっぱりつついたんだね。じゃあとりあえずイネちゃんたちについてきて。近くの町まで行くからそこで諸々ゴブリン討伐の準備をする、あなたにも参加してもらうからそのつもりでね」

 イネちゃんがそう言うと女の子は静かに首を縦に振った、顔はかなり絶望って感じのままだけど承服してくれてよかったよかった。

「よし、リリア。この近くの町まで後どのくらいだっけ」

「うん、あのまま普通に歩いていた場合は1日、走れば2時間もかからないと思う」

「なら走っていこうか、近くに集落があるかもだけれど、あてもなく探すよりは町のギルドと教会で聞いたほうが早いしね」

「ほら、乗ってッス。寝台車両ならそんな揺れないし快適ッスよ。流石お偉いさん御用達の車両ッスよねぇ」

「お、お偉い……?」

 あーキュミラさんが余計な情報を……変にかしこまられると面倒だから伏せてたのに。

 まぁ車両だけ偉くて……偉くて……リリア、よくよく考えれば司祭長の姪だしそういうの気にする人にとっては偉いのは間違いないのか、イネちゃんも勇者として覚醒しちゃったから権限としては偉い……わけでもないか、簡略的な洗礼はまた受けたけど癒しの力を使わないなら問題ない程度には使えるけれど、本格的な洗礼を受けないと勇者として認められないらしいからね。……簡略的でもタタラさんから洗礼を受けたって事実だけで準勇者みたいな扱いされたりするかもとか言われたけどさ。

「それじゃあゴブリンの死体に火をつけて町に向かうよ、皆乗って」

 リリアの号令で女の子以外がいそいそと動く。

 女の子はまだ混乱しているみたいだけれども、正直ゴブリンって時点で助けはするけれど懇切丁寧に色々構ってあげてる余裕がないのは事実だからね、仕方ない。

「イネちゃんは俺よりも強い、とりあえず君も車両に乗ってくれ。ここに置いていくのは状況的に無理だしな」

 キュミラさんはまだ怖がられてるみたいでティラーさんが対応する。

 となればイネちゃんはゴブリンの死体に火を……火を……。

「ごめんティラーさん、油と火ってどこ?」

「積荷の中……結構奥にしまった記憶だな、時間がないっていうのに困ったな」

「うーん、まぁそれなら仕方ない、今は時間のほうが貴重だしイネちゃんがなんとかするよ」

「わかった、じゃあ君、乗ってくれ。なんだったらベッドを使ってもらってもいいからな」

 ティラーさんに背中を押されてまだ恐る恐るではあるものの女の子が歩き出す。

「さて、ゴブリンの死体……まぁ本当仕方ないよね。リリア、皆が乗ったらヌーカベをちょっとゴブリンから離して、アレ使うから」

「アレ……あぁうん、わかった着火を確認したらイネも早く乗ってね」

「うん、後ろから乗り込むからちょっと進んでる感じでいいよ」

 その会話をしてリリアは車両内を確認してからヌーカベを歩かせ始める。

「ひぃ!狼が吊るしてある!?」

「あぁそれなら昨日襲ってきたのを狩って血抜きのために吊るしてあるんだ」

「あ、悪魔の所業……」

「あ、おい!」

 そのやり取りの後にドスン、って音が聞こえてきたけどまぁ、うん、騒がしくなりすぎるよりはいいかな。

 ヌーカベが少しづつ離れるのを確認した上でマントからダネルさんの焼夷弾を取り出して分解し、燃焼材をゴブリンに振りかける。

 振りかけた後にイネちゃんも少し距離をとってから焼夷手榴弾をマントから取り出してピンを外し、ゴブリンの死体の山に投げつける。これなら結構な時間燃えてくれるから場所の目印にもなるので生物を焼くのに火力が足りない分は多少気にしないでもいいし、最低限死因の特定は難しくなるので時間がないときのゴブリンの処理には便利なんだよね、あっちの世界の燃焼材使うことになるからこっちの世界の場合松脂とか大量の油を必要としちゃうけどね、燃焼ジェル本当便利。

「ゴブリンにはお似合いの最後だね、まったく」

 焼夷グレネードが炸裂し、グレネード弾の燃焼材に着火して炎が上がるのを確認してからイネちゃんも走って寝台車両の扉から飛び乗る。

「おかえりッス。あの子なら狼見て卒倒しちゃったッスよ」

「うん、聞こえてたよ。しかし狼さん見て卒倒って元の世界でも潔癖的だった可能性あるかなぁ。服装を見る限り宗教の人っぽいし、あぁ面倒になりそう……」

 文化社会基盤のレベルにもよるけれど、少なくともこの子の言動を振り返る限りはかなーり面倒なことになる予感しかしない。まぁそのへんは転送陣でシック行きの後ムーンラビットさんによる尋問ルートかなぁとも思うから、イネちゃんたちが心配することでもないかな。

「じゃあイネちゃんもリリアのところに行くから、その子のことお願いするね」

 ティラーさんとキュミラさんに女の子のことを任せてイネちゃんはリリアのところに向かう。イネちゃんが乗ったって確実に分かるまではリリアはヌーカベを走らせることはないだろうし急がないとね。

「じゃあとりあえずベッドに寝かせるか、キュミラ手伝え」

「え、どうやって手伝えばいいんッスか!」

「肩を持って持ち上げてくれればいい、お前みたいな亜人種でも問題なく動けるくらの広さなんだから問題ないだろ」

「うーわかったッス、どうせ全速力でヌーカベが走り始めたら私役立たずッスしね……」

 まぁ、キュミラさんがいくら猛禽類とは言っても流石にヌーカベの速度は無理だろうしなぁ、音速超えるし。

 そんなことを思いながらイネちゃんはリリアのところまで寝台車両の中から出て合流し、リリアは手綱をギュッとしてヌーカベを走らせた。

 女の子は町に着くまで目を覚まさなかったけれど、起きたら起きたでまたヒィ!っていう叫びをあげていたのは言うまでもない。

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