第153話 イネちゃんと癒しの力

 広大に広がっているマッドスライムの中に飛び込んだ私は、肌に溶解液の感覚を感じはするものの以前感じた灼けるような感覚は感じることなく、泳ぐように進んでいた。

『……やっぱ布製品は溶けてるけど、イネ、今私たちって』

「それは気にしちゃいけないことだよイーア、だからあのマントはササヤさんに預けたんだから」

 私の体由来の部分以外……まぁ衣服や靴に関しては金属部分を残して溶けてしまい、流石に回収もしなかったから今、私の姿は泥で身を包んだ裸である。

 正直視界はないし、外からも見えないだろうから今気にするべきことではない。

 そして真っ先に注意すべきと思った呼吸に関しても、足の裏で感じる地面……湿地帯の泥からじゅわーって体に染み渡るように酸素が体中に行き渡っているのを感じる。いやぁヌーリエ様の加護を得た勇者って超越者になるんだなぁ、人間やめてる感すごいけど。

『でもココロさんとヒヒノさんがまだこの中にいたとして、わかるの?』

「うん、でも入れるかなぁ……空間自体を焼いて領域隔離って感じで避難してるっぽいけど」

『わかるんだ……ってイネの説明聞いたら私もなんとなく分かっちゃった』

「イネちゃんとイーアは揃ってようやく1人前だからじゃないかな、ヌーリエ様はそこも折込済みってことでしょ」

 実際イーアの意識もちゃんとあったのは助かった。

 正直勇者ぱわぁで誰がどこにいるとか把握できるんだけれど、それ以外は独り寂しく進むしかないから私というものを見失わないで済むのはとても助かる。

 そんな感じにイーアと脳内会話しながらズンズン歩いていると、先ほど感知していたココロさんとヒヒノさんのいる場所まで近づく。

「さて、更に人間やめようかな」

『え、イネ……ってあぁ……わかっちゃった』

 イーアが理解したところで、私の体は地面の中に潜った。

 いやぁヌーリエ様の守りの力すごい、地面に潜ってやり過ごすまであるんだから本当なんだこれってレベルだし、そもそもの体の強度が戦車どころのお話じゃなくって、岩盤とかそのレベルまで上がってるんじゃないかな、うん。

 と、いうわけで空間が焼かれていない地面の中からこんにちわっと。

「うわっ!……ってイネさん!?」

「え、なんでイネちゃんが地面の中から出てくるの、ココロおねぇちゃんついに幻覚を……って本当だぁぁぁぁぁぁ」

「なんだかお久しぶりって感じだけどやっほー」

 ずもももも。って感じの効果音が鳴りそうな感じで2人のいる場所に全身を出すと……。

「なんで裸なんですか!」

「イネちゃん……リリアちゃんに感化されちゃったの?」

 ……そういえば裸でした。というかリリアってやっぱヌーディストなのか、最初に出会った時それっぽい何かを感じてたけど身内の口から聞かされるとこう、納得の領域になるよね。

「うん、まぁ泳いで……っていうより歩いてきたし」

「歩い……この溶解液の海をですか?」

「説明が必要だろうけれど、あまりしている時間もないから、私の傍……っていうか掴まっててくださいね」

「それはいいけど……裸だからどこ掴むか悩むね!」

 ヒヒノさんは元気よく何を言っているのだろうか……。

 2人が私の体を掴むのを待ってから、1回目……初めて回数制限の力を使う。

「……名前決めてなかった。まぁ、今はいいか」

 ココロさんとヒヒノさんがずっこけそうになるけど、私としてはコーイチお父さんのあれこれで割と憧れてたりするんだよね、せっかくの機会なのにもったいないと思ってしまうのだ。

 ともあれちょっと意識を内側に向けてイメージする。

 結構具体的じゃないといけないっぽいからなぁ、脳内説明書……ココロさんとヒヒノさんもこんな感じに力を使ってたりするんだろうか、2人は技名とか魔法名叫んだりしたところ見たことないけど。

 余計なことを考えつつも問題なく力は発動する、最初に私の体がほのかに緑色に発光してから地面から植物が発芽していく。

 癒しの力……って言ってたけれども、どうにも癒しって範疇を飛び越えて活力とか生命創造レベルなんじゃないだろうか……ヴェルニア周辺って湿地帯、しかも沼地と言っても差し支えないほどの土地だから、それほど植物は存在していなかったと思うのだけれど……。

「これは、稲穂ですか。確か大陸の稲作の大元はヴェルニアだったとどこかで見た記憶がありますが……」

「ってココロおねぇちゃん!この稲穂!その原生種だよ!」

 どうやら癒しの力はヴェルニア周辺の土地が最も肥沃だった時まで治療してしまったようだ。

 沼で発芽条件が満たされなかった種が残ってたりしたのかな、生命の神秘を感じるねぇ、私がそれを起こしてるわけだけど。

「とりあえず力を使ってヴェルニア周辺……マッドスライムが覆っている場所を一気に浄化するから……その後はお任せします、ね!」

 私はそう2人に伝えると勇者の力を外に放出するイメージで一気に範囲を広げる。

 ちなみにヒヒノさんの張っていたマッドスライム避けの防衛領域は地面から上だから干渉せずに私の力を広げることができる。どうにも地面、大地由来っぽい感じだし流石はヌーリエ様の力、繁栄と豊穣の女神様の力ってところなの……かな?

 力を放出して、私を中心に足元の地面で起きた現象が周囲に広がると同時にマッドスライムの溶解液が浄化され、真水の雨へと変わり発芽した稲穂に降り注いでいる。

「……すごい、でもイネちゃんって魔法、使えなかったんじゃ?」

「今……ちょっと辛いんで……説明、は。終わった後……で」

 でもやっぱ覚醒したての状態でここまで大規模な力は負担が大きいらしく、さっきまでまるで痛みを感じないほどの頑強さを誇っていた私の体はあちこちでギシギシと骨の軋む音が聞こえてきている。

「マッドスライムも変異する以前の姿に戻っていっているようですね、しかもゴブリンに対しては拘束の効果があるようです、都合が良すぎますがチャンスですね」

 現状の説明ありがとうございますココロさん。

 もしかしてマッドスライムってゲームとかで言うと状態異常みたいなものだったりするのかな、普通の手段だと治療不可能だから不可逆的と思われてるだけで……。

 いや不可逆とは思ってはいなかったな、手段が限られるっていうのは確かではあるんだけど。

「……あらかた終わったようですね、それではヒヒノ、打って出ましょう。今度は私が行きます。アクティベート!」

「うん、錬金術師は逃さないようにしないといけないしね!」

 ココロさんとヒヒノさんが最初にお願いしたように動いてくれるようだ、よかったよかった……本当に、よかった。

 簡略式の洗礼だと力を純然と使えないってくどくど言われてたのはよくわかるね、今イネちゃんの体はかなりだるい……っていうか防御面に関してはまだ使えそうだけど、流石にもう癒しの力は行使するだけのものは残っていないっぽい。

「イネちゃん、大丈夫?」

「ヒヒノさん、でもまぁ皆まとめて救えてよかったと思えばこのだるさもちょっと心地いい気はするかな」

 力をココロさんにアクティベートしたヒヒノさんがイネちゃんのことを心配してくれる。でもこれがヌーリエ様の言ってた大地の毒を癒すってことなのかな。

 ドーン!ガイン!

 形容するならそんな音が聞こえてきてココロさんが錬金術師を見つけたのかな。

「しかしまぁ、今私たちって割と無防備だけど大丈夫かな、一応簡易的な防御はできるけれど……」

「うーん、ちょっと指とかを動かすのも今は億劫だけど……一応まだ力は使えるっぽいから守りに関しては、なんとかなる……かも?」

 癒しに関してはちょっと無理っぽいけど、裸で地面に横になってるのに背中が痛くないあたりイネちゃんの皮膚はまだ勇者の力が絶賛発動中っぽいし、そうそうダメージを受けるってのはないと思うからなぁ。

「じゃあ……終わるまでここで待機、かな」

 ヒヒノさんの言葉の後ろで戦闘音が聞こえてくる。

 まぁイネちゃんの武器は全部ササヤさんに預けたし、動けたとしてもまともに戦えないからある意味ではこれでよかったのかもしれない。

 聞こえてくる戦闘音にちょっと助けに行きたい衝動に駆られるものの、むしろ足でまといにしかなりそうにないしね。

「イネー!ヒヒノ姉ちゃーん」

「リリア、あまり速度は出すな。民間人を巻き込みかねない」

 丘の上で待機していたはずのリリアとタタラさんがヌーカベに乗って……寝台車両と一緒に走ってきた。

「ふむ、ササヤから聞いたとおりだったな。リリア、早く服を」

「うん、わかってる」

「うわ、寝台車両……久しぶりに見たけどやっぱ無駄に豪華だよねぇ」

 そういえばヒヒノさんは元々司祭長の娘さんだったっけか、勇者になる前に見てたりしてても不思議はないのか。

 リリアに服を差し出されながらそんなことを思っていると……。

「イネ、もしかして……動けない?」

「あーうん。まったくではないけど、ちょっと関節がギシギシ音を立ててる感じ」

「じゃあ治療魔法を……」

「まてリリア、逆効果になりかねない。ヌーリエ様の加護で勇者の力を行使したと考えれば癒しの力は自身も含めて影響を与えた結果だろう。力の中心点だったのならば力が強く影響を与えすぎたと考えることもできる」

 リリアさんの行動をタタラさんが細かい予測と共に止めて、抱き抱えてくれた。

 いやタタラさん、まだイネちゃん裸なんですけど……。

「裸のまま外に出しておくのは回復を遅らせる、イネさんはリリアと共に寝台車両の中に入っておいてくれ。ヒヒノには悪いが外で……」

「わかってるっておじさん。イネちゃんには助けてもらったからね、今度はこっちがちゃんと助ける番だって」

 なんだか話しがすごい速度で進んでいるんだけど……まぁ完全に身動きが取れない状態よりは圧倒的に状況は良くなるからいいんだけどさ、やっぱりちょっと恥ずかしさのほうが勝っちゃうなぁ、タタラさんは完全に娘の友達、子供を守るって表情だしリリアが止めないあたりまずアレな思考する人じゃないんだろうけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

「イネさんの着替えが終わり次第、民間人の救出を行いつつ一度ヴェルニアへと入る。転送陣を復活させれば動きやすくなるからな」

 こうしてイネちゃんの役割は一旦終わったのだった……というかもうやることほぼほぼないよね、うん。

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