第152話 イネちゃんと守護の力
ドンッ!
と大きな音と共にイネちゃんが寝かされているベッドが大きく揺れる。
……おかしい、イネちゃん開拓町のギルドで机の上で洗礼を受けたはずだからもっと固くて寝心地が悪い場所で寝たはずなのに、今は完全におふとんって感じでふわふわあったかい。
ベッドだなぁって思った理由は単純でおふとんほど背中が痛くないどころか、ふわぁって柔らかいものに包まれてるような感じでもう一度眠りの世界に潜れそうな感じ……。
バァン!ドォン!
だめだ、文字通りの爆音がうるさくて…………スヤァ。
「父さん、イネはまだ目が覚めないの!?」
「いや、一度目を開けたのだが……あまりに気持ちよさそうに二度寝を始めたので起こすのはかわいそうかと……」
「父さん状況考えて!そういう動じないところは大好きだけど!ほら、イネ、起きて!」
コントみたいなやり取りが聞こえた気がするけど、こう、優しく体を揺すられると……スヤァ。
「あぁもう!イネも状況分かっていないだろうけど動じなさすぎ!」
「リリア……?おふぁよ」
ぽふん。……いやぽよん。かな?そんな感覚がイネちゃんの顔に当たり、息ができなくなる。
「あぁもう、それ私の胸だから。ほら、息できないでしょ」
ドーン!
いやなんというかこれ、爆音でもあるんだけれどイネちゃんの頭を挟んでいるものもこんな感じだよ、本当。まぁイネちゃん、リリアのお胸で頭挟まれるのは2回目なんだけどやっぱ息ができないなぁ。
「ほら、今それどころじゃないから。もうヴェルニア前の湿地の目の前で……母さんの説明のとおりあちこちで爆発起きてるから起きて!」
「ヴェルニア前……ってもう出発後!?」
じゃあこのベッドの感覚は一体……。
「うん、あのあと情勢が切迫しているってことでヌーリエ教会の少数精鋭と、勇者様として洗礼を受けたイネがヴェルニア救出作戦の要として出発したんだけど……イネが起きなかったからヌーカベ寝台車両を持ち出したんだよ」
むしろ寝台車両ってなんですかね、寝心地はかなりよかったけど。
「大陸全体を司祭長が巡礼する際に使われるものだ、今回は事態の大きさと新たな勇者を簡略的とはいえ洗礼を行ったからと兄者が提供してくれた。洗礼は目覚めは自然なものでなければならないからな、必要ではあったから他に反対するものもいなかったのは不幸中の幸いだった」
いやまぁそんな権威の象徴みたいなもの、普通は貸し出さないよね。
でも反対無しの満場一致で貸出OKにしたってことは、それだけヌーリエ教会は今回のヴェルニア……というよりはオーサ領全土って言ったほうがいいのかな、今回の反乱は重く見てるってことだよね。
「それで、今どんな状況なんです?」
イネちゃんは体を起こしながらリリアとタタラさんにとりあえず現時点での状況を聴く。
夢で説明された力があったところで、それwうまく使える状況になかったらイネちゃんは前と変わらない程度の可愛い女の子でしかないからね、うん。
「ササヤが外で防衛している。その間に寝台車両を基点に結界を張って拠点とする予定だが……」
「うん、多分それダメ」
「ヌーリエ様の言葉にあったのか?」
「いや、具体的ではないけれど……イネちゃんに与えられたのはヌーリエ様の力の一部だって聞いたし、防御特化で癒しの力もあるから……」
あ、タタラさんが神妙な顔になって黙って考え始めた。
リリアも驚いたようで……というか結構混乱してるみたいだから今は落ち着くまで置いておくとして……。
「でもイネちゃんが受けた洗礼だと癒しは回数限定されるみたいで……」
「いや、本来の洗礼であってもヌーリエ様そのものの力、ということはないだろう。ヌーリエ様の力は世界そのものと言っても良い領域ゆえ、1個人に与えられるにはあまりに重すぎる……」
「あーうん、夢でもそんな感じで言われてた記憶はあるけど……あくまで一部だーっていう感じで」
限定的?だったっけか、まぁ同じようなものだし別にいいか。
「となると私と交代してもらってもいいかしら、本当に簡易的なものしか張る余裕なかったから今のお話が確かならありがたいのだけれど……」
タタラさんに説明しているとササヤさんがイネちゃんには馴染み深い硝煙の匂いを少しだけど身にまとって寝台車両に入ってきた。
「ササヤ、外の状況はどうなっていた」
「予断を許さない状況ね、最悪ではないけれどヴェルニアの防護はいつ物理的に突破されてもおかしくは無いと言えるわ」
「イネさん、お願いできないだろうか。ヌーリエ様の御力があれば現状を打破できるやもしれん」
「凄く責任重大で、イネちゃんがその責任を背負える自信はまったくこれっぽっちもないけれど……今一番可能性が高いんだよね、イネちゃんが突撃するのが」
「えぇ、マッドスライムにされて未だ救出できていない民間人を傷つけずに。という条件なら今はイネさんに頼るしかない……責任に関しては押し付けてしまう形になっているヌーリエ教会側が持つから、お願いできないかしら」
あぁうん、まぁやらないといけない状況ですよね。
夢では使い方に関しては特に言われなかったけれど、なんとかなるかなぁ……なればいいなぁ。
「イネ……正直私の個人感情で止めたらいけないっていうのがわかる状況なんだけど、それでもイネがやるっていうなら私は……」
「あぁうん、ちょっと外の様子はイネちゃんわからないけれどリリアの心配してくれてる顔を見てる限り割と終末戦争っぽい感じだろうなぁと思わせてくれるね」
「あ、私……そんな顔、してた?」
「まぁ結構。でも……まぁ安心して、まったく根拠はないんだけれどなんか大丈夫っていう感じはあるから」
これはリリアを安心させるための嘘とかじゃなく、イネちゃん自身が本気でそう感じていて、心からの言葉。
こう、根拠のない自信とかそういうのでもないんだけれど……うまい説明が思い浮かばないなぁ、ともかくまず間違いなく悪いことにはならないっていう確信みたいなものがイネちゃんの中に駆け巡ってる。
「……姉ちゃんたちも、勇者の力に目覚めた時にそんなこと言ってたよ」
「まぁあの子たちはそれで調子に乗りすぎて地形変えたからお仕置きしましたけどね……だからリリア、イネさんのことなら大丈夫。イネさんの剣として私も出るのだから安心しなさい」
あ、ササヤさんも来るんだ。代わるって話しだったと思うんですけどー……。
「大丈夫よイネさん、タタラとの会話と、貴女の頭の中を少し覗かせてもらったから短期で決めたほうがいいと思ってね。自分の口から出した言葉を忘れたわけではないわよ」
そういえばムーンラビットさんの娘さんっていうのを忘れてた、そのへんも出来て当然だよね、うん。
「そういうことよ、私も普段使わないのだけれど……まぁそれだけ本気だって思ってくれていいわ。だからイネさんの準備が出来次第、作戦開始よ」
ササヤさんはそう言って椅子に座り、ポットから白く濁ったお湯を注いで一息付き始める。
あれ、確か米茶だよね、しかも白米。
こっちだとアレが結構おいしいんだ、あっちの世界だとこう、くどさとか変な感じの味でうぇ~ってなるけど、こっちの米茶は栄養もあっておいしい、麦茶みたいな立ち位置に存在してるんだよね、麦茶も当然あるけど。
ともあれイネちゃん待ちなのだから急いで準備しないとだね、掛け布団を持ち上げて……。
ぼふん。
……なんか凄く掛け布団さんがいやっふぅーって感じに飛び上がったんだけど、えーっとイネちゃん力加減間違えた?
「どうやら加護の影響が漏れて身体能力が著しく上がっているようだな」
「いや父さん冷静な分析してるけどこれ、凄く大変なことじゃないの?」
「……下手に武器持つと大変なことになりそう」
引き金がぶっ壊れたりストックが粉々になるって意味で。
「ヌーリエ様の加護を考えればイネさんの力は今必要なもののはず……歩くのも難しそうかしら?」
ササヤさんにそう聞かれ、ともかくベッドから降りようとしてみると、特に問題なく動かすことができた。流石に自分の体が吹っ飛んだりはしないっぽい。
「大丈夫そうね、武器が装備できないのなら……」
「はい、ササヤさん行きましょう。イネちゃんとしては不安もあるけど、根拠もなくなんとかなるだろうって気持ちのほうが強いんですよ、だからなんとかなりますって」
自分で言ってて何言ってんだって感じだけど、こう表現せざるを得ない感じ。
「……イネ、母さん、行って……らっしゃい」
「はい、行ってくるわね。あなた、リリア」
「リリア、おいしいお料理作って待っててね」
今にも不安に押しつぶされそうって声でリリアが見送ってくれたのに対してササヤさんとイネちゃんはいつもどおりって感じに答えて外に出た。
出たのはいいけど同時に爆風がイネちゃんの頬を撫で、火薬の匂いがほのかに伝わってきた。
「ふっ!」
カン!という高い音がササヤさんの言葉に合わせて響いた。
ドーン!
「タタラの結界のおかげで直撃はよほどのことがなければないのだけれど……油断はしないで、まったくないわけではないのだから」
「なるほど、でもササヤさん……多分ですけど今のイネちゃん、直撃でも大丈夫な予感しかしないんですよ。だからタタラさんとリリアをしっかり守ってください、特にイネちゃんの力の暴走からって意味で」
「……過信はしないこと、それだけは忘れないように」
ササヤさんはそう言うとイネちゃんのことを止めようとはしなかった。
「止めようとしないんですね」
「母様から受け継いだ夢魔としての力はありますからね、それ以上に父様から受け継いだものがイネさんの言葉は正しいと感じさせてくれるから……」
気になって聞いたのに余計気になる話題が出てきた!
そういえばリリアのおじいちゃん、つまりはササヤさんのお父さんのことまったく知らない、まぁ立ち入った話題にもなるからわざわざ聴くことでもないとは思うけど……ササヤさんの今の言葉でとっても気になってしまった。
「ふふ、父様のことは機会があれば、ね。この世界にとっては特に悪い存在でもないし、母様も止めないから大丈夫よ」
「うん、じゃあそれはその時のお楽しみってこと……で!」
会話している最中に至近弾。
近くの爆発で耳がキーンってなるけど、体に痛みはこれっぽっちもない。というか明らかに爆発で飛んできた石とかが体に当たっているのに肌にめり込む感じとかもしないし、かすってるのもイネちゃんの肌を傷つけるに至らない。
「これが加護かなぁ……むしろ服のほうがボロボロになっちゃいそう」
セーラー服は別にまた買ってもらえばいいんだけれど、マントに関してはそうもいかないよね、お父さんたちから買ってもらって、オラクルさんに強化してもらった一点ものって言っていいし、大事にしたい。
「ササヤさん、このマント預かってもらっていいですか?こっちのお洋服はまた買ってもらえばいいけれど、マントはそうもいかないから」
「いいけれど……まさか突撃する気なの?」
「まぁ、無茶するなって言われた直後だけど、多分イネちゃんの勇者様の力って多分それが一番最適に発動できそうだなって。それにココロさんとヒヒノさんがヴェルニアに避難していなかった場合も考えてちょっと探してみたいですし」
無理ってなったとしてもなんかイネちゃん、イリュージョンみたいな脱出魔術!って感じの逃げ方できるって頭の中に思い浮かんでるし、なにこれもう人間やめてるっていうイメージ。いやヌーリエ様の力なんだから人間を超越しててもおかしくないのか。
「わかった、でもリリアに貴女のことを頼まれた手前、ダメそうなら民間人を巻き込んでも構わないから助け出しますからね」
「はい、じゃあ……行ってきます!」
ササヤさんに笑顔でそう言ってから、私はヴェルニアを覆っているマッドスライムに向かって突っ込んだ。
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