第151話 イネちゃんと覚醒
「申し訳ありません……今回の件は流石に時間との勝負ですので。貴女に与えた加護を少々無理をして覚醒させなければなりません」
まどろみの中に聞いたあの優しい声が、今度は少し強い語気で私の頭の中で喋っている。
「加護に覚醒……どういう……」
「貴女に与えるものはココロちゃんとヒヒノちゃんに与えたものとは違い、破壊の力は持ちませんが、今回の件は大地を殺す毒がひどく、その毒の概念を消失させるまでの時間が足りません。今この世界で最も私との波長が近い貴女にこの力を授けさせてください……命を尊び、育む力を……」
それだけ言うと頭の中に響いていた声がフェードアウトしていく感じに消えていって……。
「目が覚めたようだな……」
凄く大きくて硬い手がイネちゃんの額に置かれていた。
「イネ、大丈夫?」
「リリア……?うん、というか……なんか体がちょっと軽い感じがするんだけど」
リリアの声に体を起こすと、ササヤさんにしばかれたのかお父さんたちが痣を作って小さくなっているのが見えた。
「リリア、少しイネさんと話をさせてもらっても構わないか?」
タタラさんがいつになく真剣な表情でイネちゃん、次にリリアでササヤさんと顔を見てから返事を待つといった感じに間を作る。
「え、う、うん……大丈夫そうだし、父さんが大丈夫って言うなら私より確実だろうから問題ないけど……」
なんか凄く方そうなお話が始まりそうで、イネちゃんとしてはご勘弁願いたい気分ではあるんだけれど……ヴェルニアのほうはまだドンパチしてる最中だろうし。
「イネさん……いや、ヌーリエ様に加護を頂いた勇者様。簡略ではありますが洗礼の儀を執り行わせていただきたく……」
「え、ちょ、父さん!イネが勇者って……」
「気を失う前には感じなかったが、今の彼女には明確にヌーリエ様の御力を感じる。ココロとヒヒノのときも似たようなものだったと聞いていたからな、イネさんは元々こちらの産まれであるのなら、なんら不思議なことではない」
「でも……イネが勇者だなんて……」
えー、当人を置いてけぼりで話が進んでるんだけど、とりあえずイネちゃんが気になったことはなんというか、1つだけ。
「タタラさん、なんでイネちゃんがヌーリエ様から加護をーって思ったんですか?」
しかしながらイネちゃんのその質問に答えたのはタタラさんではなく……。
「タタラは元々司祭長にも推されていたほどの力の持ち主だから……、司祭長になれる人はヌーリエ様と交信できる人……タタラは当時最もヌーリエ様の教えを体現した存在と言われていたから、むしろ不思議ではないわ」
そういえばそんな内容のお話どっかで聞いたような。
いやまぁそうなるとイネちゃんの夢の内容に合致するんだよなぁ、タタラさんの言葉と。
「いやまぁ確かに……ちょっと前からお節介な妖怪を名乗る優しい声が助けてくれたりしましたけど、勇者って言われてもそんな大層なことできる気がしないんですが……」
そもそも破壊の力はないって断言されたからなぁ、ココロさんやヒヒノさんみたいな大立ち回りとか多分無理なんだよねぇ。
「ただ単純に加護の種類が戦闘向けでないだけだろう。過去には弁が異様に立つだけの勇者も存在したからな」
ネゴシエイトで世界を救うのは確かに見てみたいという欲求が湧くけど、コーイチお父さんの持ってるアニメの中に似たような人いたなぁ……結局ネゴシエイト(物理
)な主人公さん……まぁあの人は勇者じゃなかったけどさ。
「そもそも完全に覚醒するには、ヌーリエ教会で洗礼を受けなければならないからな、一種の世界に対しての安全装置みたいなものだ」
「突如力だけってなると、どんな人でも暴走する可能性があるからかな?」
「そうだな、だからこそヌーリエ教会が安全装置として存在していたわけだが……教会所属にしてしまうと貴族たちから不平不満が多く寄せられるのもあり、一部例外を除けば自由に動いてもらうことにしているわけだがな」
例外ってココロさんとヒヒノさんかな、あの2人は元々ヌーリエ教会の司祭長さんの子供だから例外処置ってことだろうし。
「となるとタタラさんの言うイネちゃんの加護も、洗礼を受けないと目覚めなくって。例え覚醒してもヌーリエ教会所属にはならないってことかな」
「それで問題ない。それに今から行うものは簡略的なものだからな、正式なものは兄……司祭長にやってもらわなければならないのだ」
「それって形式的なものなんです?」
「いや、シックでなければヌーリエ様に託された勇者というシステムの登録ができないようになっている。簡略式のものはシックでなくてもできるが、洗礼を行う側にもかなりの技量を要求されるし、受ける側からしても回数制限付きとなってしまうからな。イネさんが加護を受けたタイミングを考えれば、ヌーリエ様が今すぐ必要と思われたからだろうと思ったのだが……」
いやタタラさん察し良すぎませんかね、アレがヌーリエ様であるのなら確かに今タタラさんが言ったように今すぐ必要になるって言われてたもんなぁ。
「でも勇者って、洗礼を受けたら世界に対して責任を果たさなきゃならないんじゃ……」
リリアはやっぱりイネちゃんのことが心配ってことなのか反対するような感じの言葉を重ねてるなぁ、事情をしった上で心配してくれているんだからイネちゃんとしては嬉しいけれど……必要だからこそって感じもしているんだよね、色々と符号が重なりすぎちゃって。
都合よく助けてくれたヌーリエ様っぽい存在に、立て続けにイネちゃんは意識を失って体になじませる感じだったし、それらを証明するようなタタラさんの言葉。
イネちゃんだって夢の中であんなこと聞かされた上で意識失ってたり、実際に力を行使して助けてくれたりされてなければ宗教勧誘かな?程度にしか思わなかったろうしなぁ、実際お父さんたちはそんな感じでことわれーって目力を送って来てるし。
「うん、まず1つ。何も知らずに今の話しの流れだと怪しい宗教勧誘か何かと思ってもおかしくはないって点」
「……そんなに怪しかったのか?」
まぁ、タタラさんの性格とかを考えれば、素だよね。
ちょっとしか一緒になったことないけど、リリアの性格から考えても悪い人でないのは確実だし。
「あら、私は貴方の味方よ」
とササヤさんは言うけど、リリアは目をそらしちゃうあたりこっちの世界でもやっぱその手の勧誘はあるんだろうね、うん。
「まぁそこは横に置いておくとして……イネちゃんは既に何度か体験してるからある程度の信ぴょう性があるって点、それにタタラさんの言ったようにイネちゃんが意識失っている間に夢みたいな感じでさっきも言ったけどお節介な妖怪を名乗る優しい声を聞いてる。確証はムーンラビットさんに聞かないとわからないけれど、暫定という形ならとも思ってるんだよね」
「イネ……」
「うん、リリアもお父さんたちも心配してくれてるのはわかってる。でもイネちゃんがヴェルニアのほうで、キャリーさんたちを助けられるのなら助けたいと思ってるのも確かなんだよ」
次は皆イネちゃんの次の言葉を待ってる、皆が皆察してるだろうけど、状況的にイネちゃん続けないといけないよね、うん。
「だからタタラさん、お願いします。まぁ言い方を変えれば勇者お試し期間、みたいな感じだから大丈夫だと思いますし……」
ここまで言っても皆黙って見てる。あぁうん、お約束だってイネちゃんわかってるけど別にお約束である必要ないよね!はぁ……。
「イネちゃんのこと、少しの間でいいから勇者様にしてください」
「わかった、ではこの稲穂を手に取ってくれ」
イネちゃんの言葉が終わるかどうかってタイミングでタタラさんがそう言いながらどこからともなく1本の稲穂を取り出してイネちゃんに渡してきた。
「それでどうすれば……」
イネちゃんが次にやることを聞こうとしたタイミングでタタラさんはイネちゃんの額に手のひらを当てて。
「少し意識を内に向けてもらう。そこで再びヌーリエ様と対話してもらう……終わる頃にはヴェルニアへと向かう準備は済ませて置くからイネさんは安心してまどろみに身を委ねてくれればいい」
タタラさんのその言葉を聞きながら、私の意識はまた、だけど今回は心地よい感じで深いところに沈んでいった。
深く、水に沈むような感覚……寝ているんだなーっていうのは理解できるんだけど、意識はしっかりしているっていう不思議な感覚の中、またあの少女が姿を現した。
「本当でしたら、時間をかけて加護を体になじませる必要があるのですが……本当にごめんなさいです」
そう言いながら何度も何度も頭を下げる。その仕草がどことなく可愛く見えるあたりそれだけで得なんだろうなぁとか思ってしまう。
「それでイネちゃんに与えた加護の詳細と、今回の勇者システムの簡略洗礼で使える範囲をお伝え致します」
あ、切り替えてすぐに説明に入った。
この切り替えの速さは神様……というよりは個人の性格とかなのかな。
というかここで気づいたけど、私、喋れない。
「最初にお伝えしたとおり、イネちゃんに与えたものは何かを破壊する……というものではありません応用すればできなくもありませんが、それでも向かない能力で、逆に守るという行為に対しての応用はとても向いています」
まぁ説明を聞くだけだし、喋れないのはそれほど問題ではないけれどそれでもこう、質問できないっていうのはもどかしいなぁ。
「それと何かを癒す能力にも長けています。有害なものも取り除くことができますがこれに関してはイネちゃんの消耗のほうが激しいのであまり使わないほうが良いでしょう……。今説明した力は私の力を限定的にですが行使できるというものです。今イネちゃんが行っている洗礼の儀によって使えるのは守りの力だけならそれほど制限はありませんが、癒しに関しては数回が限度……」
勇者として加護があるけど、お試し期間だから制限が付きます。って認識で問題ないかな?限定的だけど神様の力使えますとか聞こえたけど、今はスルーするとして。
まぁ制限なくても完全に防御特化な勇者って感じになりそうだけど……攻撃に関しては今までどおりになりそうだなぁ。
「加護の覚醒に関して急いで頂いた理由は……大地の力を著しく弱める毒の中和を行ってもらいたいのです、本来なら私が直接できれば良いのですが、今は世界自体が不安定でして……ごめんなさい」
あぁうん、ヌーリエ様は世界の安定に注力しなきゃいけないから、ちょっといざこざを収めるために動けないってことだね、そのための勇者ってことなのかな、かなりシステムとして確立してるっぽいし実際そうなんだろうなぁ、説明聞いててゲームみたいと思ってしまうあたり。
「力の使い方は、それほど難しくはありません。特にこの力は意識していなくても守りは発動しますし、癒しに関しても特別なものは必要ありません、ただ、願えば……」
ヌーリエ様がそこまで言ったところで、私の体が大きく揺れるような感覚に襲われて……。
「お外の状況が悪化したみたいですね、説明は終わっていますから大丈夫なのですけど……」
あらかた聞きたいことは聞けたからいいかな、本当にヌーリエ様だったのかとか、勇者って何とかまだ聞いてみたいこともあるけれど、それは今必要ないことだし。
「それではイネさん、貴女とその親しき人たちと大地に幸あらんことを……」
ヌーリエ様が祈ってくれたとほぼ同時、イネちゃんの意識は覚醒していった。
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