第154話 イネちゃんと動乱の終息
リリアがイネちゃんに服を着せてくれて、イネちゃんはとりあえず普通に動けるようになるまでベッドで安静を言い渡されたところで、民間人を回収しつつヴェルニアの門を目指して走り始めた。
「そういえばリリア、ササヤさんって……」
「母さんならヴェルニア周辺のマッドスライムが消えた後で始まった戦闘に向かって突っ込んでいった。イネの装備なら一応ここに置いていったけど……」
「あぁうん、リリアとタタラさんがイネちゃんが裸なのに驚かなかったのは、マントをここに置いたときに話したんだね」
あの時はまだ確証じゃなかったけど、高確率でなってるだろうって予測はできたろうしなぁ。
「うん、でも本当に裸だったのを見たときはやっぱ驚いたけどね。でもその服、渡せてよかった。イネにプレゼントするつもりで作った服だから」
「プレゼント?」
「あぁうん、私が勝手に好きでやったことだけどね。私ってほら、胸がこれだからどうしても似合わない服ってあるんだよね、その上そういう服に限ってこう、可愛い!って感じなのでさ……」
「あぁ、作りたい欲求はあったけど自分は似合わないからってことか」
ちょっとドキってしたのは口にしないでよかった、うん、本当によかった。
「前はヒヒノ姉ちゃんが作ってーって言ってきてくれたからよかったんだけど、最近はあまり可愛い服作れてなかったからさ」
「うん、わかった。だからこんなフリフリがいっぱい付いた服なんだね」
フリフリどころかポンポンまでついてる。
まぁヒヒノさんの服がゴスロリだったから、リリアの可愛いっていうのはゴスロリとかそういうのなんだろうね、イネちゃんとしてもあまり嫌いではないし、今まで着る機会がなかったから割と満更でもないわけである。まぁセーラー服のほうが着たかったし、今ではセーラ服はイネちゃんの代名詞みたいな感じだったから変える予定はないけど、今はリリアの作ってくれたゴスロリ服を楽しむとしよう。寝たきり状態だけど。
「ふひぃ、私体力ないのに脱力っていうか気を失ってる民間人を運ぶの辛いよぉ」
「あ、ヒヒノ姉ちゃん……って運ぶの父さんじゃないの?」
「いやね、タタラおじちゃんはヌーカベが逃げないように手綱握っている必要があるからさ、私はヌーカベの扱いそこまで得意でもないし」
つまり今動けるのはヒヒノさんだけだからってことか、イネちゃんはさきよりかなりマシにはなってるんだけどまだ痛いんだよね……。
「うぉ、イネちゃんなにそれ可愛い」
ドサッ。
背負っていた人を落としてヒヒノさんはイネちゃんに駆け寄る。
「あーこのフリフリいいなぁ、このぽんぽんのもふり具合もすごく気持ちいいし……あぁ!これヌーカベの毛をほぼ無加工か!いいなぁ、イネちゃん」
チラッチラッ。
「もうヒヒノ姉ちゃん、意識失った人を放り投げちゃう人には作ってあげないよ」
「あ、ごめん。でもそろそろ寝かせる場所がなくなってない?」
「まぁ、それは確かにだけど……それでもゆっくり座らせるとかのほうがいいって」
あぁそうか、こっちの世界だとトリアージの概念がなかったんだった。
イネちゃんもその医学的な知識はないからトリアージやれって言われてもできないんだけど……あっちの世界の民間人にこっちの治療とか刺激強すぎるだろうし……。
「こ、このベッド、使えばいいよ。話す分には辛くなくなってたし、動くのは……まだちょっと軋むけど痛みやだるさは薄まって来てるから……」
そう言って体を起こすと、バキッ!って凄まじい大きさで音がなる。やだ怖い。
「ちょ、イネはイネ自身が思っている以上に消耗状態なんだから大人しく寝てる!」
「でも民間人の人たちのほうが消耗してると思うよ、イネちゃんはこうして会話もできるし、今すごい音がなったけど一応体を動かすことはできるからね」
「イネちゃーん、そういう状態のほうが危ないんだよ、どれだけ消耗しているのか自覚していない子は強制的におねんねです!」
ヒヒノさんがそう言って体を起こしたイネちゃんを軽く押すと、イネちゃんの体は驚く程軽くベッドに押し倒された。
「ね、今の殆ど力入れてないのにイネちゃん、抵抗もできずに押し倒されたでしょ?ヌーリエ様の加護の力を初めて使ったっていうなら自分の判断よりも周りの人の言葉のほうを信じたほうがいいよ、これは経験談だからね」
う、説得力が強い経験談という単語が飛び出してしまった。
ヒヒノさんは勇者先輩だからまず大きくずれた感想はないだろうしなぁ……。
「うー……わかったけど、このベッド大きいしもう1人くらいは寝かせられるでしょ、だから寝かせてあげて」
「……わかった、けどイネも今はまだ安静。勇者様としての力は、今後姉ちゃんたちや母さん、ばあちゃんに教えてもらえばいいんだからさ」
「むぅ、わかったから頭とお腹ぽんぽんするのやーめーてー」
「へへ、じゃあもう一眠りしておきなって。ヒヒノ姉ちゃんが民間人回収、父さんがヌーカベの手綱握ってヴェルニアに向かってゆっくり進んでるから、私は何か温かいものを作るからさ、一度寝て、起きたら食べられる程度には回復してるよ、きっと」
そう言いながらイネちゃんのおでこを撫でるリリアの手はあったかくって……その温もりでイネちゃんはまどろみの中に落ちていった。
「イネちゃん、お疲れさまです」
意識が途切れてたところにまた、ヌーリエ様っぽい人が夢の中に出てきた。
「んー癒すってあれでよかったのかなーっていうのはあるけど、お疲れさまっていうことは問題なかったのかな?」
「当面のところは、ですけど。ただまだココロちゃんが戦っている相手が同じ毒を用いるかもしれない以上、気を抜いてもいいけど覚悟しておいてください」
気は抜いてもいいけど覚悟が必要って……ちぐはぐだなぁ。
「そしてイネちゃんの今体に起こっていることなのですが……」
うん、まぁわざわざ夢枕に出てきたってことは何かあるんだよね、うん。
「ちょっとだけ私と同じような……その、体が鉱物とかに変異して元に戻ってるだけですので、すぐに良くなりますよ」
なーんだ、体が鉱物に……。
「ってちょっと待って、血液循環とかってどうなってたの、酸素はなんとなく地面から体に浸透する感じだったのは感じたけど……」
「普通に人間さんと同じですよ。表皮と骨の一部が変化して大抵の攻撃には耐えられるようになっているだけですので。呼吸に関しても私の特徴ですね、私、潜れるのでその影響です」
なんというか、人間を超越した存在ってのだけは理解した。
「って私のが説明通りってことはヌーリエ様も?」
「私は全部が人間さんとは別ですよ、元々が妖怪として生まれましたので」
まただ、ヌーリエ様って自分のことは神様だーとか言わないんだよなぁ、でもなんで妖怪なんだろ。
「私がイネちゃんのところに来たのは、見ていたところ不安そうにしていたので落ち着いてもらいたかったんです」
「あぁそれならうん、説明してもらえるだけで確かな安心っていうのは大変よくわかる」
わからないってことが一番不安を煽るものだからなぁ、状況全体で見ればわからないことのほうが多いけれど、少なくとも私自身の体のことに関してはわかったのはいいことだもんね。
「それでは私はこの辺りで……イネちゃん、皆さんと一緒に世界を愛してくださいね。皆笑顔でいるのが一番なんですから」
ヌーリエ様がにっこり微笑むとまた私の意識はまどろみの深い場所へと落ちていった……。
「おはよう、目覚めの気分はいかが?」
聞き覚えのある声と弾力……って弾力?イネちゃんはベッドで寝ているはずでは。
このふかふかぷよぷよしたものは……イネちゃんの頭を完全に包み込むこれは……。
「リリア……?なんでリリアはイネちゃんにぱふぱふしてるの?」
「ぱふ?っていうのはわからないけど、気持ちよさそうに寝てるイネを見てたらつい抱っこしたくなっちゃって。もしかしてこれで起こしちゃった?」
抱っこしたくなるって、リリア……。
「でもまだ戦闘中だよね、ちょっとゆっくりしすぎなような」
「……あー、イネ、あれから3日ずっと寝てたんだよ」
……はい?
「それだけ消耗してたってことだね、もう私や姉ちゃんたちが体揺すっても反応ないし……心配になって父さんと母さんが揺すったときにちょっと寝苦しそうな感じの声を出したからすぐにホッとしたけどさ」
えー……イネちゃん夢の中でヌーリエ様とお話している間に3日?
「あ、そうだ!イネが起きたらばあちゃんに知らせろって言われてたんだった!」
ぼふん。
リリアはイネちゃんをベッドの上にちょっと乱雑だけど優しい感じに落として部屋を出て行った。
さて、ちょっと状況を整理しよう。
まずヴェルニアに籠城したキャリーさんとオーサ連合軍とそれを援護したヌーリエ教会、それにオーサ領で反乱を起こした錬金術師を軸にした反体制側がいて、錬金術師は貴族を誑かして反乱を起こさせた、これはまぁあっちの世界にも影響があったからイネちゃんもちゃんと理解はしている。
で、反乱軍はオーサ領の中心部であるオーサも攻め落とすも当主のシード・オーサさんに逃げられて、そのシードさんはヴェルニアへと落ち延びた……落ち延びた理由はそもそもキャリーさんのお父さんがシードさん派閥だったのと、ヌーリエ教会の受け入れ試験をしていたから……だったかな?まぁそんなところだったはず。
その辺からイネちゃんはあっちの世界に行ってすっぽり情報が抜けてるけど、錬金術師があれこれやらかしてくれて、ヴェルニア湿地帯を埋め尽くすってレベルのマッドスライム化して、イネちゃんが勇者の力使って形勢逆転した……でいいんだよね。
しかしながら……。
「思い返してもわからん!というより本当に3日も寝てたのって気持ちがすごくあるのが原因かなぁ、考えれば考えるほど3日も寝込むだけの要素は……」
『いや、ヌーリエ様の加護の力でしょ』
「あ、イーア。まぁ、やっぱそれしかないよねぇ」
『ともあれムーンラビットさんが来たら色々聞けばいいよ、それまで私たちはゆっくり休もう。体のほうはむしろ休み過ぎって感じが否めないけど、すぐに戻せるだろうからね』
「まぁ、そうか。全部知ってそうな人に聞くのが一番。ヌーリエ様にもそう言われたわけだしね」
リリアたちが戻ってくるまで、イネちゃんはまたベッドに横になった。
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