第140話 イネちゃんと陣営調査
既に始まっていたので多少の足音はもう気にせずにヴェルニアに向かって走っていった、前線はかなり混乱しているように見えるけれど、イネちゃんたちのいる後衛、つまり指揮官のいる陣はもれなく落ち着いて防備が固められているということでもあるのだけれど……。
「うわ、すごい防護魔法……」
「見えるの?」
「え、あ、はい。遺跡にはよく魔法的なトラップがあるので可視化できる魔道具を真っ先に買ったんです」
「まぁそれが原因で今回の依頼を受けざるを得ない懐事情になったんだけどね」
あっちの世界だと赤外線ゴーグルみたいなもんだし、安い民製品はまぁ無いよね。でも今はその魔道具、かなり役に立ってくれそう。
魔道具ってどういう原理かは知らないけれど、付与魔法がかけられた物品なのに魔力探知に引っかからないみたいで、彼女たちの魔道具に最も近い魔道具であるイネちゃんのマントのほうには特に言及がない。位置的にはイネちゃんが先頭だしかなり強い付与魔法らしいから見えたら確実に邪魔ってレベルだろうから多分だけど確実。
「となるとその防護魔法の中心にいるのは指揮官かお抱えの魔法使い、もしくは錬金術師ってところかな。魔法使いならハズレだけれども他2つは大当たり……賭けとしては無難だけれど……」
そう言いながらイネちゃんもスナイパーライフル用の高倍率スコープを取り出して反乱軍の陣を確認してみる。こっちは魔力は見えないからそのまま偉そうな奴と、イネちゃんが何度も遭遇したあの人っぽい風貌を探せばいいだけだから、魔法の可視化とは違った意味で凄く楽だね。
「それ遠物レンズ?」
え、なにその名称。ヨシュアさんどころかヌーリエ教会関係者やキャリーさんたちも望遠鏡で通じてたからすっごい違和感。
「まぁ、遠くを見る道具という意味でなら、そうだね」
構造原理とかを詳しく説明するのはイネちゃんにはできないけれど、概ねの構造はこの手のものは同じだろうし、まぁあっちの世界の最新高倍率スコープとかは電子的な機能でやってたりするらしいから、説明するのにある程度気を使う必要がありそうだけれど……今その辺りは完全に必要ない情報だもんね。
それでとりあえず満足してくれたのか、戦場の確認に戻ってくれた。
「……さて、指揮官の居場所はわかったし、錬金術師っぽい人も確認できたんだけれど……思いっきり戦闘中でなーぜーか反乱軍側の陣は後方の守りが硬いように、イネちゃんには見えるんだけれど、2人にはどう見える?」
前線には人とマッドスライムが半々くらいの部隊がいくつか、確認できた感じヒヒノさんが面倒そうな顔をしながら炎の魔法で応戦している感じで、後方はこれでもかってくらいに人種の兵隊さんがこっちを見る感じに配置されている。
こっちを見ているとは言ってもバレているわけではなく、後ろから奇襲されるのを警戒して配置しているって感じ。まぁ王侯貴族とヌーリエ教会の本隊がまだ来ていないんだから普通に警戒するよね、前方に勇者がいることがわかったからマッドスライムを混ぜて薙ぎ払われないようにしているっぽいし……結構ジリ貧なのかな、ムーンラビットさんなら問答無用しそうな気もするけど。
「はぇ~、ヴェルニア側今1人が前線支えてるのかぁ、すっごいなぁ」
「いや関心してないであんたも索敵して。あれがヌーリエ教会の勇者様ってところなんでしょ、きっと」
「でも勇者様なら1発でこの程度の軍隊を吹き飛ばすくらい楽勝なんじゃないの?」
「マッドスライムは民間人。聴いてるでしょうが、勇者様は民間人を吹き飛ばさないように超!手加減してんのよ!」
「えっと、流石にこの距離、耳のいい人や集音魔法使ってたらバレる範囲だからね」
「「ごめんなさい」」
幸いバレなかったけれど、やっぱ危ういなぁ。
遺跡探査ならしっかり調べれば隠密を常時行う必要なんてないし、仕方ないんだろうけれど今回は暗殺だしそろそろ危険だって自覚して欲しいところではあるんだけれど、初めてで急にっていうのは難しいのかなぁ。
と、イネちゃんたちがグダグダな状態で監視しかできていない状況に変化が訪れた。まぁイネちゃんたちは何もやっていないのだけれど、どうやらジャクリーンさんとメガネクイッさんがやってくれたようで、指揮官周辺の兵の動きが慌ただしくなったのが確認できる。
「何か動きがあったみたいですね」
今度はかなり声量を抑えておっちょこちょいな方の女の人が聞いてきた。
そういえば2人の名前……メガネクイッさんもだけれど名前知らないや。いやまぁ暗殺中に本名を名乗るのもおかしいとは思うしいいんだけれど、ちょっと不便かな。
「そうみたいだけれど今からちょっと、イネちゃんのことをアーチャー、しっかりお姉さんのほうはキャスター、おっちょこちょいのお姉さんはランサーでいいかな」
「いいけど、なんで?」
「暗殺するのに本名名乗って後々追いかけられたい?」
「あ、はい。私はランサーでいいです」
「……アーチャーも一人称気をつけてね?」
「キャスターさん、わかったよ。とりあえず相手の配備に変化があるだろうし、今動くのは更にリスクがあると思っていい。だから少し時間を置いて様子を見るよ」
正直、暗殺依頼があるなんてわかってたらPSG-1そのまま持ってきたんだけどなぁ、流石に暗殺とか予想できなかった。
というかM25も大きさ的に置いてきちゃったのが凄く痛い。どうせヨシュアさんと合流すると思って色々置いてきたのが裏目に出ちゃっててP90とファイブセブンさんで中距離、スパスで近距離とマスターキーで弾多めの装備にしたからね。
有効射程から考えるとM25もPSGも足りない感じではあるんだけれど、それでも今この地点から指揮官を狙えなくはない。イネちゃん狙撃は苦手だけど動かない的に制限時間無しで狙える状況なら流石に外さないのになぁ。
とは言えジャクリーンさんかメガネクイッさんかはわからないけれど、あちらさんは順調なようで動きは更に慌ただしくなっていく。その上でイネちゃんたちの目の前の陣営の防備が少し薄くなっていくのが俯瞰で見ているから凄くしっかり見えてある意味面白い。
なる程、コーイチお父さんがたまーに街作り系のゲームやってる時の心境ってこんな感じだったのか、なる程確かに楽しい……まぁ今からその楽しい状況を更に楽しくしなきゃいけないわけだけれど、やっぱりというか当然というか、運悪くイネちゃんの目の前の陣営が相手さんの総指揮陣らしく、他の2人やヴェルニア側から打って出たヒヒノさんが暴れているにも関わらず兵隊さんの数が増えない。
一応はマッドスライムの量は減ってはいるものの、潜入暗殺の流れで言えばマッドスライムよりも人の兵士のほうが厄介なので、実質防御力が減っていないどころかマッドスライムを利用できなくなって困難になっていっている形である。
「むぅ……判断が難しい。先行した2人はここを避けて他に向かったんだなぁ」
「え、どういうこと?」
「多分ここが反乱軍の本陣。ここを攻めるのはハイリスクハイリターンの典型だね」
「でも成功すれば勝利確定じゃないんですか」
「キャスターさん、相手がただの軍隊なら確かにそのとおりなんだよ。でもこの反乱軍って錬金術師もいるから……下手すると兵士全員マッドスライムにしてヴェルニアに津波のように押し寄せて……」
ココロさんとヒヒノさんが民間人ごと吹き飛ばすしかなくなっちゃう。
「じゃあ私たち依頼完遂不可能ってことじゃないですか!」
「いや、手はあるよ。先に錬金術師を黙らせればいいだけだから」
「でもその錬金術師を捕まえるとかって、わからないじゃないですか」
「このスコープだけならね。キャスターさん、あなたのその魔道具、ちょっと貸してもらっていいかな」
「え、いいですけど……本当にどうするんです、このままだと反乱軍をまともに切り崩すこともできずヴェルニア側もジリ貧、援軍はまだ来ないっぽいですし」
キャスターさんがそう言っているけど、イネちゃんはとりあえずスコープと魔道具で交互に反乱軍の陣を眺める。
すると魔力の高い場所、流れの起点となってる部分にイネちゃんがヴェルニアの地下とあっちの世界で見た、錬金術師と同じ外套を身につけている人物を見つけることができた。
「うん、やっぱりそうだよね、これだけのマッドスライムを運用するなら当然常にマッドスライムを操るだめの魔法を使う必要はあるだろうから……」
正直、知識がないイネちゃんとしてはこれが陽動、囮の類である可能性を否定はできない。それでもそうじゃない可能性は0ではない以上実行するだけの価値は存在しているのも確かで……。
「え、確かにすごい魔力の流れはありましたが……あれって防護魔法のものなんじゃないんですか」
「陣全体に常時物理的な防御を展開するような防護魔法って、あると思う?」
「……ヌーリエ教会にはありそうですが」
「貴族側には?」
「聞いたことはないよね」
「まぁ実際にはあるのかもしれないけれど、アーチャーちゃんたちはそれを知らない。ないと断じるにはリスクは高いけれど、ないだろうとタカをくくる分には十分な情報だよね」
「でもあったらどうするんです?」
「そのときはもう仕方ない。全力で指揮官をヤルしかないよ」
2人が唾を飲み込む音がイネちゃんには聞こえた。
まぁ完全行き当たりばったりで遺跡探索がメインの2人にしてみればそんなリスクをわざわざ踏むなんてことは考えつかなかったろうし、思いついても実行はしないだろうからね。
「だから今度こそ、2人はここでアーチャーちゃんの退路を確保しててくれないかな、突入するのはアーチャーちゃんだけで十分。というより一撃火力や対人での対応は1人のほうがやりやすいし」
もしかしたら遺跡内部に住み着いているいろんなものを吹っ飛ばす手段を持っているかもしれないけれど、対人は初めてっぽいしマッドスライムには有効かもだけど、今回は吹っ飛ばしたらいけないって依頼の段階で言われちゃってるからね。
それでも少なくともこの2人の危険探知とかは、うっかりを除けば優れているほうだと思うのでイネちゃんとしては本当に退路確保で待機して置いてもらいたい。
「でも……」
「あれが本陣で、ターゲットが複数いるとなるといざとなったらマッドスライムを回避しながら兵隊さんをなぎ払って目的達成後速やかに直進で逃げざるをえなくなるからね」
「それは隠密とか暗殺じゃなく強襲っていうんじゃないかな」
言ってはならないことを。
でも仕方ないじゃないか、イネちゃんの体格だと見回り兵士から服を奪ったとしてもまず間違いなく変装には使えないんだから、今言った内容か、華麗に見つからず目的だけ達成するの2択なんだよ?
「まぁ、この場所の確保、お願いね。私は行ってくる!」
最初から全力全開、イーアの力を借りて私は一気に敵陣へと駆けて行ったのだった。
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