第141話 イネちゃんとかくれんぼ
「と、勢いよく来てみたものの、ちょっとこれは無理だなぁ」
『まぁ後方警戒に兵力割いてるみたいだからね、強引に押し通る以外だと遮蔽物をうまく利用して行くだけだけど……』
イーアとの脳内会話でとりあえず相手には聞こえないのはいいのだけれど、どう考えてもこっちに兵を割きすぎってレベルの監視をしている兵が私の目の前に鎮座している。いや座ってはいないけど。
ヴェルニア側のほうで大きな音が鳴るたびに注意が削がれているけれど、ゲームと違って潜入できそうな隙間とか遮蔽物はほとんど存在していないから、私は近くの岩場でギリギリ隠れているっていう緊張感たっぷりな状況である。
正直、グレネードランチャーかピストルでもあれば、閃光弾とか音響弾を撃ち込んでいくらでも気を逸らすことは可能だとは思う。
スモークに関してはあっちの世界でのサーモスコープみたいな魔道具があった場合即時対応されてピンチどころの騒ぎではなくなるから、あまり現実的ではないし、手持ちは3つくらいしかないからできるなら逃走時のためにとっておきたい。悩ましい。
「おいお前!」
装備を確認しているところにそんな叫び声が聞こえて、一瞬グレネードを落としかけたけど、持ち直して聞き耳を立てる。
もし見つかったとなると今の状況なら撤退がベター、やり過ごしながら強行潜入がモアベターかな、状況次第ではあるのだけれど。
「どうやら攻勢に出るらしい、こっちの配置から半数前に出せってことらしい。お前の小隊長に伝えて半数を前に出してくれ。俺は他の部隊にも伝令に行かねばならんからすまんがもう行かせてもらうぞ」
「あ、おいちょっと待て。見覚え無いがお前はどこの部隊のやつだ」
「アモン様の部下だ。正直あんたの使えてる貴族よりも立場は上だぞ、口には気をつけろ」
「……わかった、申し訳ない」
「ふん、我々の秘技がなければ何も出来んくせに……まったく」
うーむ、どうやら一枚岩ではないらしい。
というか現場レベルだと高圧的な錬金術師陣営と、人員やらなんやらを出してて錬金術師の力がないと余所の貴族相手に意見も言えなかった小貴族の常備軍って感じなのかな。
そういう小貴族って地味に実力が頭一つ抜けてるレベルの武人とか、優れた内政能力を持った人がいる印象なんだけれど、彼らのところは違ったのかね、錬金術師の台頭を止められなかったわけだし。
「くそ、なんでミラルダ様はあんな連中を……」
兵士さんは愚痴りながらも隊長に連絡しに行ったのか、持ち場を離れていってしまった。ごめんね、今からそのミラルダさんは私がさくっとやる予定なんだ。
『イネ、チャンスだよ。あちらさんはごたついてるみたいだけどこっちには好都合ってね』
「それはいいけど、既にジャクリーンさんとメガネクイッさんが暴れてるから陽動のつもりかもしれないし……まぁそれを言いだしたら撤退以外できなくなるしやらざるを得ないけど」
どの道私の取れる選択は限られているということである。
そして現時点で撤退という選択肢は……まぁ元々誰も受けなかった場合も想定しているっぽいしなくはないんだけれど、1度受けた以上はやったほうがいいと思うし、私としても受けた依頼の途中放棄はしたくないのだ、リスクは高いけどこなせればそれに越したことはない。
そんなわけなのでムツキお父さんとルースお父さんから教わったニコニコ角待ち確認方で確認しつつ、敵陣へと近寄り……最大限警戒しながらもコンパスとスマホでの陣の俯瞰風景を照らし合わせて錬金術師の場所と思われる地点を目指す。騒動で動いていないといいけど……。
『動いてたらどうする』
「そればかりはどうしようもないよ、実際突入すると俯瞰確認はできないんだから行き当たりばったりで探す他ない。幸いここは戦うための陣形じゃなくって宿舎含みの陣だからね、長期戦前提だったからこそ潜入はできるけれど……」
『指揮官は流石に前線だけど……』
「それも陣にいる錬金術師を何とかしてから。ところでイーア、ちょっと気になってることがあるんだけれど」
『何?』
「錬金術師って、デッドオアアライブだっけ?アライブ限定だっけ?」
『……可能なら捕らえるでいいんじゃない?元々こっちのほうがおまけのような言い回しだった気がするし』
そういえばそうだっけか、そもそも指揮官ついでに錬金術師で指揮官を倒せば士気の高くない反乱軍は霧散するって話しだった、錬金術師周りも私の憶測ではあるんだけれど……。
「でもイーア、錬金術師は指揮官がいなくなった軍を放置すると思う?」
『民間人で実戦テストみたいなことするくらいだからまずないだろうね、でもヴェルニアには対処できるだけの人たちがいるでしょ』
「そりゃできるだろうけど……あの人らだって万能じゃないしなぁ。自分の目の前の出来事を対処するだけだしね」
むしろできたらもう本当にあの人たちだけで全ての問題解決済みになってておかしくないしなぁ、できないからこうして戦争とか起きてるんだろうし。
イーアと脳内会話しつつ奥へと潜入してようやく、当初錬金術師の姿を確認した場所の近くまで来たところで、改めて周囲を警戒しつつ見覚えのある外套姿を探す。
幸い錬金術師は動いていなかったようで、今でも何やらブツブツつぶやいている様子が伺える、問題は……。
『周囲に10……いや14、4人はあっちのテントの中で待機してる』
「これは、無理だね」
ヘッショするなら問題ないけど、その後迅速に指揮官のところかこの陣から離脱しないといけない。
実際のところ錬金術師が居なくなれば戦線を維持できないだろうし、マッドスライム対策を行わざるを得なくなるから反乱軍は空中分解確定とは思う。思うけれどその場合必然的に阿鼻叫喚の地獄絵図っていうのを見なきゃいけなくなるし、抵抗した反乱軍の兵士さんが元民間人のマッドスライムを潰しちゃわないとも限らない。
「完全なステルスは諦めるか……」
虎の子のスモークを1個、そしてこちらにとりだしたるも貴重な既製品のフラッシュバン。自作じゃないのを使うのは久しぶりだねぇ、お父さんたちに訓練付けられてた時以来な気がするよ。
私の装備だと視覚的なものは何もないからスモークは囮、フラッシュを本命として使いたいところだけれど、錬金術師をはさんで向こう側までは軽く見積もって20m程度、私はいくらイーアと協力していてもそこまでの遠投は無理。
『いっそフラッシュだけで行く?』
「それも考えたけれど、錬金術師のいる場所は広場でおおよそ50m四方、流石に範囲が広すぎてカバーしきれない。フラッシュも有限だし」
細かい広さは違うだろうけれど、どの道その範囲をフラッシュ数個でカバーしきれない。
固まってくれてたのならできなくはないだろうけど、流石にそこまで甘くないしね、というか私が広場の様子を伺ってる道も監視している人がいる程度にはばらけちゃってるのが痛い。
『じゃあもう狙撃すれば?四肢撃てば無力化はなくてもなんとかなりそうだし』
「マッドスライム化されたらたまったもんじゃないよ、それにサイレンサーしててもこの距離はバレる」
ただ私の獲物はファイブセブンさんにP90という点が問題なんだよね、ハンドガンにしては音が大きいほうだし、P90はもってのほかだもんなぁ。
ともあれここまですんなり入ってこられたというのも誘われた感じはなくはない……だけどそれと同時にこっちに都合のいい展開を作ってくれたってことでもあるからね、虎の首を取る勢いでやらざるを得ない以上は……。
「仕方ない、考えてても結論は同じなんだからもう突入しよう。スモークはこの窓から投げて、注意が逸れてるところに路地から突入」
『警戒は任せて。錬金術師はフラッシュ?撃つ?』
「撃つ、この際デッドオアアライブで行く。出たとこ勝負の流れ次第だけど相手を終わらせる覚悟はしておけば撤退しやすくなるし」
私がやられる覚悟でもあるからね、死にたくはないから全力で行かせてもらうけど……相手の出方次第。さぁ罠にはまってあげようじゃないか!
スモークを窓から投げて、様子を伺っていたログハウスから路地側へと出て護衛の人たちがスモークに注意を逸らされている間に突入、錬金術師に向かって最速最短一直線に走って……接敵!
「動かないで。できれば生きたまま捕らえたいから」
私がスパスを構えてそう言うと錬金術師は笑い。
「やれるものならやるがいい、我々の勝利が確定するだけのことだ」
いやまぁ状況的には私のほうが不利ではあるけど、少なくとも錬金術師は確実に仕留めることができる状況、ハッタリに近いと判断できるけれど今までの流れで言えば目の前の男が言う言葉も理解できなくはない。
今この男が巨大マッドスライムになった場合、私は撤退が間に合わないのは確かだし、戦況も混乱確実でムーンラビットさんが来るか、ヒヒノさんが本気で消し飛ばす流れになるしで……。
「まぁ、なんでこの人らを扇動したのかきかせてもらっていいかな」
「何故教えねばならぬ。我はどの道死ぬのだろう?そして君も」
「さぁ、私はまだ死ぬ気はないからね。仕方ない……周囲の兵士も近寄って取り囲まれるのは避けたいし……聞けなかったのは残念だけれど、さようなら」
私はそう言うと相手の角度的に見えないよう左手に持っていたフラッシュバンのピンを外して足元に落とし、視力だけを守る形で爆発に備える。
正直耳を防護しておかないと意識が持っていかれる可能性があるけれども錬金術師の言葉を聞いて撃ってマッドスライムに変化される可能性が極めて高かったし、無力化を考えるならヘッショよりはリスクが低いと判断できちゃったからね。
もう、生命活動を止めればマッドスライム化を止めて、相手の主力になってるマッドスライムが手当たり次第に周囲の人間を襲って指揮官落とすのが楽になるって計画がこれでもかってくらいに失敗してるよ、そういう点では錬金術師のほうが備えがあったってことだね。
なーのーで……。
そう私が思った瞬間フラッシュバンが炸裂し、私の聴力は一時的に機能しなくなった。
最もなんの防護もしていなかった私の周囲に居た兵士や、目の前の錬金術師は視覚も奪われたから短時間ではあるが私の優位が作られた形で、錬金術師は想像したとおりに頭をたれて目を抑えている。
「周囲に人がいるから死にはしない、だから……お眠り」
誰に言うでもなく、そう呟きながら錬金術師の頭にスパスの銃床を叩きつけようとした瞬間、私は意識を失った。
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