第139話 イネちゃんとかくれんぼアタック
「それでは全員乗られたか」
イネちゃんたちが依頼を受けるための手続きを終えてギルドから出て来たと同時に、ヌーカベに乗ったタタラさんに話しかけられた。
隠密性が重要だけど速度も必要……ってことで明らかに物理的に超越した走り方をするヌーカベが選ばれたってのはわかるけど、タタラさんは一時的に離れることになるのに大丈夫なんだろうか。
「なる程、ヌーカベで近辺まで送迎して頂けるとは教会のほうも本気というのは本当のことのようですね」
メガネクイッさんもそんなことを言いながらヌーカベの背に乗り、なんというか癖を超えた何かのようにメガネをクイッっとした。
ともあれイネちゃんも依頼を受けた以上は早く乗らないとだけれど……依頼を受けたほかの人がちょっと尻込みをしている。
「うぅ……私昔ヌーカベに舐められて以来ちょっとトラウマなんだけれど……」
「そんなこと言ってるとヌーカベの速度に走ってついてこいとか言われちゃいますよ、これ以上に音を消して速度のある移動手段はありませんし、おいていかれたら依頼失敗になっちゃいますって」
どうやら2人は知り合いらしく、そんなことを言い合ってる。
「どうでもいいけど2人が乗ってくれないと私が乗れないんですが……」
ジャクリーンさんがつっかえちゃったね、イネちゃんは逆側からメガネクイッさんの後を続くように乗ったから大丈夫だったけど、ヌーカベが苦手な人もいるんだなぁ、もっふもふでギュッとすると気持ちいいのに。
他の2人に押されるようにして勢いよくヌーカベの背中の籠に転がり込むようにして乗っていなかった3人が乗ったのをタタラさんが1度振り返って確認すると。
「目的地までは1分もかからない、舌を噛まないように注意してくれ」
「へ、目的地までって馬車で数時間……」
トラウマって言ってた人がそう聞こうとした時、タタラさんがヌーカベの頭に軽く手を添えて……その瞬間にヌーカベは走りだした。音も無く、周囲の景色がこう、線にしか見えないって速度で、周囲にソニックブームを発生させることもなく……多分魔法か何かなんだろうけれど、凄く不思議な光景。多少のGは感じるけれど、地面で石とかにつまづくこともなく走り、タタラさんの宣言通りに目的地であるヴェルニアから少し離れた、最初にマッドスライムとエンカウントした辺りで止まった。
「着いたぞ、舌を噛んだものはいないか」
「か、噛みかけた……」
「これがヌーカベの全力疾走……書物で読んだことはありますが実際に乗っているとやはり本では得られないものが多くありましたね」
クイッ。
「神官長さん、ありがとうございました」
イネちゃんは似たような経験があったのでそそくさと降りていたけど、ジャクリーンさんを含めた4人はちょっと思考をまとめながらタタラさんにお礼を言いながら降りてくる。
「では、武運を祈る」
「タタラさんも開拓町の防衛、お願いします」
イネちゃんがそう返すと、言葉ではなく笑顔で首を縦に振って返事をしてくれて、来たときと同じようにヌーカベは走っていった。うん、多分走っていったんだよね、通ったと思われる場所が湿地帯なのに凄くふかふかしてそうな土に変化してるのが確認できるけど、今重要なのはそこじゃないからあえて思考から外す。
「えー、それではそれぞれが単独で指揮官がいると思わしき場所まで移動し、指揮官がいれば作戦実行、いなければ索敵と同時に他の人が向かった場所へと移動し、援護を行う。で間違いありませんね」
クイッ。
「うん、目的は指揮官の暗殺だけれど、それ以外は斥候みたいな動きでそれぞれの判断力が重要になってくるから、いつも以上に注意しつつ、慎重かつ大胆に行こう」
さっき知り合ったばかりだけれど、イネちゃんはそんな感じにいつもやってるような言い方で鼓舞してみる。
「暗殺初めてなんだけど……遺跡スカウトがメインだし」
トラウマさんはそれでこれをなんで受けようと思ってしまったのか。
「似たようなものでしょ、相手がゴブリンとかから人になっただけ。魔法使わない危険回避能力はあんたのが高いんだから自信持ちなさい!こんな戦争を始めた連中を止めなきゃまともに遺跡探索もできないんだから」
あぁ、通常業務が完全に今回の動乱でなくなっちゃった遺跡探索専門の人だったのか……大きな動乱になると冒険者の依頼も民間人の安全確保とか、商人さんの護衛くらいしかなくなっちゃうからね、仕方ないの……かな?
「うぅ……普段から貯金しとくんだった……」
路銀がなくなって仕方なくか……場合によってはこの人たちのフォローが必要だなぁ、ちょっと不安要素が増大した感じ。
「とりあえず私はここから見てヴェルニアの裏側に行くから、イネさんはその子たちのフォローお願いします」
そう言ってジャクリーンさんが独特の走り方でヴェルニアの方へと走っていった。
うん、やっぱりイネちゃんがフォロー役になっちゃうんだね。
「そうですね、私としても普段から単独で動いているものでしてフォローできそうにもありませんし……お願いできませんでしょうか。誰かが失敗すればそれだけで成功確率は減ってしまいますし」
クイッ。
「あぁうん、わかったよ。こっちの獲物も隠密にはちょっと向かないものだしちょうどいいと思っておくから」
イネちゃんはメガネクイッさんに返事をしながら、ファイブセブンさんに今まで使うことのなかったサイレンサーを装着して、P90にも同じように、SMG用ではなくAR用のものを魔改造したものを装着する。
サイレンサーって完全に音を消すことはできないからねぇ、できるだけ消音できるように消耗品だけれど一番性能の高いやつを……まぁ買ってもらったんだけどね、ムツキお父さんから言い出したことだし。
「それではお願い致します。その代わりに皆さんが予定していた場所も私がある程度カバー致しますので……それでは先に行かせていただきますね」
クイッ。
完全にトレードマークと化したメガネクイッをして彼は走っていった。
メガネクイッさんも走り方が独特な辺り、今回のような依頼は何度かやってるんだろうなぁ、もしくはやってた人の教えを受けたりしてるんだろうね。
「えっと、面倒をかけてごめんなさい。足でまといだと思ったらすぐに見捨ててくれてもいいから」
「うぅ、グズでごめんね」
「いやまぁそういうのは別にいいから、ともかくイネちゃんたちも行こうか」
イネちゃんがそう言うと2人は訝しげな顔をして。
「自分のことを名前で呼ぶ人は初めてだ……いやまぁギルドで会話してる時もちょっと思ってたんだけど、こう、ちょっと幼いなって」
あーまぁ言いたいことはわかる。わかるんだけれど今はそのへんの経緯を説明をしているだけの余裕は、多分もうないんだよね。余裕があるならタタラさんにヌーカベを使ってまでイネちゃんたちを送ってくれるっていうのは考えられないし。
「そのへんはまぁ、今回のお仕事が終わってから余裕があればってことで。流石にもうそんなに余裕はないだろうし」
「あ、またごめんんさい。確かに今の仕事には関係ないことだったわね……でも3人で隠密って成立するのかしら」
「心配は現地に行ってからだね、早くいこいこ」
「うー割と私のせいっぽい……」
まだあれこれ言ってる感じだけど本当に余裕はないだろうし、イネちゃんは自責を口にする子をスルーして走り始めた。
「あ、まってー」
「そういうところ!もう隠密開始だから叫ばない!」
あーうん、貴女も静かにお願いします。
そう声に出さずに、ムツキお父さんに仕込まれた『ニコニコ簡単にできる音の出ない走り方』をして先行する形で走るんだけれど……。
パシャパシャパシャパシャ……。
思いっきり後ろについてきてる2人が湿地帯の地面で演奏するかの如く音を立ててきている。いやまぁイネちゃんだって完全な消音はできないし、むしろこの足場を消音で走れるのはササヤさんとかあのレベルだろうとは思うんだけど、それにしたってちょっと大きすぎ。
イネちゃん、このお仕事失敗する未来しか見えない……。
「えっと、2人には退路の確保をお願いしていいかな……」
一応お仕事が成功した場合でも失敗した場合でも、表で迎撃しているはずのムーンラビットさんとココロさんとヒヒノさんの攻撃に巻き込まれないように、できるだけ迅速に退去する必要もあるだろうから、必要ではあるんだけれど……。
「あ、やはり迷惑でしたか……」
「いやまぁ、足音が大きすぎるかなぁって。危険察知できるなら皆の退路確保するの最大限力発揮できそうだし。少なくとも索敵は集まった5人の中では最も得意そうだったからね」
流石にこのあたりにまで斥候には来ないと思うけれど、聞かされてる相手の士気とかを考えると脱走兵がこの辺まで来ないとも限らないしね、マッドスライムの群れから脱走できるのかっていう問題もなくはないけれど退路があるっていう安心感は割と重要だからイネちゃんとしては欲しいっていう心境ではある。
「でもそれだと確認されてた指揮官の暗殺に支障が出るんじゃ……確か規模が大きいから少なく見積もっても10人以上いるとか言ってなかったっけ」
「うん、それイネちゃん聞いてないや。となると元々こちらの戦力が足りてないところで減らすのはちょっときついのか……」
とは言え即バレしそうな2人を連れて行くリスクを考えると悩ましいところで……科学的な手段で明細とか消音できればワンチャンあったんだろうけれど、こればかりは仕方ないか。
「じゃあ2人は隠密を考えない囮としてもらっていいかな、もしかしたらもう始まってるかもしれないからあまり意味がないかもしれないけれど……」
イネちゃんがそう言ったとほぼ同時、ヴェルニアの方から爆音が聞こえた。
「うん、始まっちゃってるね……」
イネちゃん、遅刻確定の瞬間でもあった。
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