第127話 イネちゃんと待機の日々

 病院大量失踪事件から数日、あっちの世界からの連絡はまだなく、こっちの世界での調査も失踪事件の際に認識阻害の魔法が使われていた事実から連日ココロさんとヒヒノさんに対して追加の聴取と、たまーに2人を連れて現場検証を行うだけの日々で病院からの帰り道でココロさんが言ったようにイネちゃんたちは暇な日々を過ごしていた。

「いやぁ、あれから何もないねぇ。あ、目的地一番乗り」

 ステフお姉ちゃんが画面の中のキャラを動かしながら急にそんなことを言い出す。

「でも本当に何もやる必要がないというか、動こうにも動けないし……というか動員数をムツキお父さんに教えられてから絶対に動いたら邪魔確定だしねぇ。あ、次はステフお姉ちゃんが1番遠い」

 事件は認識阻害の結界が壊れたことで瞬く間に広がりを見せた。

 3桁を超える被害者の数に連日報道のヘリが飛んでると思いきや、関係機関が全力でシャットアウトしたらしくマスコミの中には政府陰謀説を喜々として叫んでいるコメンテーター同士を討論させたりしてSNSで炎上したりと世論はとても盛り上がっている。

 そんな盛り上がりとは真逆な当事者ってのは皮肉な感じもするけれど、できることがないんだから仕方ないよね。

「これが電気を使った娯楽ですか……情報量がすごいですね」

「あ、ミルノちゃんもう大丈夫なの?」

「はい、体力も戻ってきましたので、ご心配をおかけしました……本当、2度も申し訳ありません」

「2度もって……いやまぁどっちもまず拐った人が悪いわけだし、ミルノちゃん自身は悪くないでしょ」

 明確に被害らしい被害が出る前にココロさんとヒヒノさんが回線切断してるし、むしろ拐った人間はよほど間が抜けているまであるけど、それならそれで2度も転送誘拐した上で刷り込み催眠とかできるとは思えないけどさ。

 ん、ちょっと待てよ。今イネちゃんなんて思考した?

「……ねぇ、もしかしなくてもミルノちゃんを拐った人って今回の事件の首謀者か、もしくは病院の人たちを誘拐した実行犯だったりする?」

 ゲームのコントローラーを置きながらイネちゃんは思ったことを口にする。

 今日はココロさんたちも公安の人たちのところには行ってないからちょうどいい感じに専門的なことも聞けるしタイミング的にはいいタイミングで思いついたのかもしれない。

「なぜそう思ったのか、根拠はありますか」

 ちょうどリビングに入ってきたココロさんが『話は聞かせてもらった!』みたいなタイミングで入ってきた。

「最初のはよくわからないけれど、少なくともヴェルニアで攫われたときは間違いなく強制転送魔法だったよね」

「あぁ今回も誘拐手段が転送っぽいからか」

「うん、一応この点に関しては共通点になるし。可能性は低くないかなってイネちゃんは思うのです」

「確かにその件は私のほうでも気になっていましたが、もしかしたらあれは転送魔法を付与した魔道具の可能性も否定できないのですよ。ヌーリエ教会では利便性は認めているものの好き放題に使用された場合の対処の難しさから規制しています。これは王侯貴族方々も同様だったはずなので意識の外でしたが、もしかしたら今回の事件は両方ともそれが使用されている可能性がありますので」

 ココロさん、イネちゃんたちはその情報知らなかったんですけど。

「でもココロおねぇちゃん、それってムンラビおばあちゃんからあくまで可能性の話しで確実とは言えないから断定しないようにって言われてなかったっけ」

「はい、私の今言ったものも、イネさんのものもあくまで可能性のお話ですからね」

 あぁそういう。

 今のイネちゃんの発言で皆の思考が転送魔法だ!って固まっちゃうのを危惧したわけだね、そもそもそういう流れを警戒して黙っていたわけだろうし。

「ただし可能性としては低くないとムーンラビット様も考えておられるようでしたので、今後父様がこちらに来られた後はどのように事態が動くのかは予想できない状態ですね」

「まぁ多分私たちのほうが魔法周りの調査を担当ってことになりそうだよね、魔力の残滓って簡単に霧散しちゃったりするから、正直難しいと思うけど」

 そう言ってヒヒノさん、イネちゃんの置いたコントローラーを持ってゲームに参加し始めてる、ここ数日は見てるだけだったしやっぱりやってみたかったのかな。

「ともあれやはり今は能動的に動くのは下策もいいところですね、こちらへの疑いが消えていない状態で余計に疑われるような行為をする必要はありません。事件直後にも魔力の霧散のことは伝えてありますので、今回はあちらの責任で全て処理できるでしょうからね」

「うん、それって証拠がなくなってて犯人を追えなくなっても初動判断したそちらの責任って言い方だよね」

「そのとおりですからね、協力しようにも私たちも容疑者でしたでしょうし、ある意味では仕方ないでしょうが……被害者ご家族に説明責任等の少し精神的に辛いところも担当してくださるということですから、私たちはそれに甘えさせていただいただけですよ」

 うわ、ココロさん凄くいい笑顔。割とムカッとする事情聴取内容だったのかな。

「まぁ協力を申し出て断ったのはあの人たちだし、ココロおねぇちゃんが怒るのも仕方ないとは思うよー。私はもう協力断られたときに今ココロおねぇちゃんの言った内容を全部伝えた上で、じゃあお手伝いしないでいいの?って聞いたらそれは困るとか言い出したし。あの田中って人と比べちゃうとどうしてもねー」

「その田中さんも行方不明者リスト入りしちゃってるからなぁ……」

 そのへんってムツキお父さんの言ってたようにそれぞれの領分がーってことなんだろうしね、大人の世界の複雑な事情ってところなんだろうとは思う、非効率どころか誰も幸せになれてないけど。

「ま、縦割り行政とかの弊害だわねー、とイネの番ってヒヒノさんがやってもいいの?というか既に動かしてるけど」

「へへん、イネちゃんのお家に来てからずっと後ろで見ていたわけじゃないよー、操作することはちゃんとできるのだ」

 ヒヒノさんはそう言ってコントローラーを操作してゲームのサイコロを振っていた。いやまぁすごろくゲームで難しい操作は必要ないから、コントローラーをどう使うかを見てれば大丈夫だよね。

「まぁうん、別にいいけどヒヒノさん。このゲームってすごろくのようなカードゲームだから気をつけてね、ステフお姉ちゃん誰にでも容赦ないから」

「え、カード?」

 イネちゃんが言った時には既にヒヒノさんの手番は終わっており、NPCの順番がTVで流れている隣でステフお姉ちゃんの口角が上がるのが、イネちゃんからは見えた。

「後ろで見てたならこういう部分も知ってないとねー」

 ステフお姉ちゃんはそう言いながら妨害系カードを全力投球して、ヒヒノさんの操作している元イネちゃんのキャラが全部被害を受けて……。

「うわ、なにそれずっこい……ずっこいけどルールに則った行動なのか」

 普通ならリアルファイト確定のような流れだけど、ヒヒノさんはむしろ関心したような感じの反応をして。

「よし、次に私の手番になったら私もやってみよう。そういうゲームなんだよね」

「お、飲み込みが早い、そうわかっていても割と現実で取っ組み合いになったりするのにヒヒノさんすごいなぁ」

「そういう物だってわかってれば、まぁちょっとイラっとはするけど飲み込めないほどではないよね、ゲームだし」

「へぇ、異世界のゲームって気になるなぁ。こっちはまぁ今主流なのはこういうコンピュータゲーム。ビデオゲームとも言われたりするけど、電気を利用してプログラムっていう文字、文章で構成されたものなんだけど」

 なんかステフお姉ちゃんによるゲーム解説が始まった。

「私たちのほうはカードが主流かな、ただ紙が高価だからそれほど普及はしていないけど……となるとどうなるのかな」

 ヒヒノさんはそう言いながらココロさんの顔を見る。

 ヒヒノさんって見た目や言動が箱入りっぽい印象だけど、自分たちがわからないっていうことは素直に認めたりして詳しく聞くって結構難しいことなのに無意識に自然とどういうことなのか聞いて、こうやって長年の友人とやるように会話するんだもん。

「そうですね、木札で代替したり、道具を使わずに行う遊びが多いですね」

 ところで1つ気になったことが。

「ココロさんとヒヒノさんって常に一緒にいる印象だけれど、知識の差があるのはどういう?」

 ずっと一緒にいるなら知識も概ね同じか、近くなるのに、ココロさんは魔法の、ヒヒノさんは世事の知識が疎いんだよね。

 前から少し気になってはいたけれど、ちょうど聞けそうなタイミングだったし聞いてみてしまった。思いっきりゲームの話題をぶった切る形になったからステフお姉ちゃんには悪いけど気になったんだから仕方ない、というか口が勝手に動いてたステフお姉ちゃんごめんね。

「ん、単純だよ。ココロおねぇちゃんはササヤおばちゃんのところで修行で諸国回ってたけど、私はシックでお嫁さん修行してたから。正直家事全般趣味でやってるリリアちゃんに勝てないからちょっとアレなんだけどさ」

「そうですね、正直あれは辛く厳しい日々でした……2年もヒヒノに会えなかったのですから……」

 ココロさんが完全にシスコンモードに入り始めたところで、イネちゃんの家の固定電話とヒヒノさんのセフィロトに着信が入った。

 イネちゃんが固定電話の受話器を取り、ヒヒノさんがセフィロトで通話を開始すると同時に……。

「「緊急事態」」「です」「なんよー」

 どうやら待機の日々は終わりそう。

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