第119話 イネちゃんと狙撃地点へ

「よし、イネの装備もこれでいいな。じゃあボブ、ジェシカさん、こいつら頼みました」

 駅から何事もなくお家に戻ったイネちゃんは、男の人たちのアレコレはお父さんたちに任せて自室でP90の組立を行っていつものマントも羽織ってから車に戻ると、ちょうど男の人達がボブお父さんとジェシカお母さんに拘束されながら軒先に正座させられているところだった。

「うん、でもジェシカお母さん大丈夫?」

 ボブお父さんは元教官してたくらいだし大丈夫だとは思うけれど、ジェシカお母さんはあまりそういうイメージがないんだよね、にっこり微笑むだけでボブお父さんが静かになる辺り強いのかもしれないっていう程度の認識だし。

「大丈夫、お母さんはこれでもボブお父さんより強いんだから」

 ジェシカお母さんは満面の笑みでイネちゃんの問いに答えて、それを聞いたボブお父さんは苦笑いをしていた。

 ジェシカお母さん、昔何かやってたのかな……騒動が落ち着いたらステフお姉ちゃんに聞いてみよう。

「よし、行くぞ。いくらあっちの勇者が強いって言っても籠城戦に持ち込まれてるからな、援軍は早いに越したことはない」

「ムツキの言うとおりだな、イネ、本当に忘れ物は……」

「いや遠足に行くわけじゃないんだから大丈夫……」

 コーイチお父さんに言われてささっと持ち物を確認するけど、やっぱり忘れ物はない、あえて言うならいつもの装備の大半は軽量化のために置いていくくらいで、グレネードもフラッシュバンだけにしてあるくらいだから特別気にするものも……。

「あ、マガジン忘れてた」

 急いで組み立てて、マントのホルダーからスパスとかを抜き出した勢いでうっかりP90のマガジンも抜いちゃってたみたい。

「危ないなぁ、P90とかすぐに弾切れになりやすいんだから忘れちゃダメだぞ」

 うぅ、これはイネちゃん何も言い返せない。

 急いで家の中に戻ってP90のマガジンをいつもより多めにマントに差して車に戻ろうとしたところでムーンラビットさんがこっちに持ってきた開拓町にある教会と連絡が取れる魔道具が点滅しているのに気づいた。

 とは言えイネちゃんたちも急いでいるので、持ち運びしても問題ないっぽかったし魔道具を手に取ってお父さんたちが待ってる車へと走る。

 あれ、そういえば誰か忘れているような……。

「お待たせ、あ、そういえばこのスマホどうしよう……ってルースお父さんはどしたの?」

 ルースお父さんのスマホをポケットから取り出したところで、ルースお父さんが居ない事に気がついた、ごめんよルースお父さん。

「あいつは店番、昼飯時は過ぎたとは言え菓子パンが売れる時間だからな」

 そういえばこの時間帯、イネちゃんもお店のほうに出てお手伝いしたことある。なる程そういうことか。

「ところでこの魔道具、使い方知ってる?」

 忘れていたルースお父さんのことを思い出したついでに、先ほど光っていた魔道具を見せる。

「いや、流石に知らん。魔道具関係は知識がなくても使えるものしか俺たちは買ったことないからなぁ、病院の方で合流したら聞いてみるでいいんじゃないか」

 そうなるとかなり時間がかかりそうだ、緊急事態だったら割と致命的になりそうだけれど、使える人がこの場に居ない以上仕方がないね。

 とりあえずどうしようもないことがわかったので、魔道具をマントにしまうと車に乗り込んだ。

 コーイチお父さんもイネちゃんが乗り込んだことを確認してから車を発進させて病院の方へと向かう。

「病院に行くんじゃなく、病室を狙撃している奴を始末するんだぞ」

「わかってるよ、どの道近寄らないとドローンも飛ばせないだろ、病院の近くまで行ったらイネ、病室がどのあたりか教えてくれ、概ねの位置はそれでわかるはず……だよなムツキ」

「まぁ室内を狙うとなると射線が限られてくるからな、壁ごと撃ち抜くならまだしも人物のみを狙う場合は限られるからな」

「ココロさんたちを狙うとなると壁ごと撃ち抜けるのを用意しててもおかしくなさそうだけれど……」

 イネちゃんの言葉で車内に沈黙が広がる。

 いやだってココロさんとヒヒノさん、既にこっちの軍隊とドンパチして無双したって情報はあるんだから最低限とか言って持ち出されてもおかしくないじゃん?

 実際それ並の戦車砲は対処可能なのわかってるのに対策無しはないと思うんだよね、相手だって一応はプロなわけだし。

「……ともかく今は現地に向かうのを優先だ、今でも撃たれているなら病室に対して跳んでる弾を見つけられればいいだろ」

「いや音速の弾、見つけられる?」

「病室への入射角からの逆算でいいからな」

 あぁそうか、さっき駅でやった感じでいいのかな、あの時はコーイチお父さんのスポットドローンの情報があったけど、最終的な確認は相手の弾の入射角からだったしね。

「さて、角を曲がれば病院まで直線だが……」

 ハンドルを握るコーイチお父さんがそう言ってハンドルを切るとフロントガラスの向こう、前方に病院が見えて、大きい銃声がいくつか窓ガラス越しでも聞こえてきた。

「コーイチ、止めろ。今のは対物の発射音だ」

 ムツキお父さんの言葉を証明するかのように、コーイチお父さんがブレーキをかけたとほぼ同時に病院の窓の外で炎があがって爆発が上がった。

「というかありゃもう榴弾だな、最初の炎は勇者のお嬢さんの力だろうが……そんなもんまで持ち出すなんて完全な戦争行為、何か言い訳でも考えてるんかね」

 ムツキお父さんが呆れながら言葉を漏らす。

 ちなみに榴弾っていうのは空中炸裂する砲弾全般を指す言葉なのだ、手榴弾に関してはまぁ、それやろうとすると事故る可能性もあるからできれば避けるべきなんだけどね。

「それは俺たちの考えることじゃないだろ、でどの辺だ?」

「炸裂時の爆炎からすればこの辺なんだが……オフィスビルばかりだから立ち入れるか怪しいな、連中は偽装で入ってるだろうが」

「目の前でドローン飛ばして自社ビルの屋上見せてやればいいんじゃねぇか、自分たちの会社が病院を狙撃して患者殺そうとしてるなんて風潮されたくはねぇだろ」

「それやるならあらかじめドローンで録画確認必須だな、ちゃんとビル名とか見えるように」

「もう準備してるよ、ほら、飛ばすからドア開けてくれ」

 お父さんたちはそんなやり取りをしてちゃっちゃと事を進める。

 というか手際良すぎて予めこれをやる予定だったんじゃないのかって感じるあたり長年の付き合いと経験なんだろうなぁ。

「ビルの看板録画して回転上昇っと。一応プライバシー云々言われても言い訳できるようにしといてっと……」

 そういうコーイチお父さんのPCのモニタにはくるくる回転しながら登っていくドローンの映像が流れている。

「よし、ビンゴって1発かよ。まぁ楽でいいが……イネでもムツキでもいいがビルの人間呼んできてくれ」

「俺が行ってくる、なんだかんだで自衛隊も動いてるだろうから都合がいいはずだからな」

 ムツキお父さんはそう言って車を降り、ビルの中に入っていくと予想どおりあれやこれやの口論っぽいやり取りをしているのが見えて、責任者っぽいお髭が凄い初老の男の人が大股で車まで近づいて。

「嘘だったら名誉毀損その他もろもろで訴えさせてもらうからな!」

 とテンプレートみたいな感じのセリフを言ってから、コーイチお父さんがドローンを戻して。

「録画映像と同時にドローンからの映像を同時に見せますので、あぁビルの中は映してしまっても?」

「構わん、やれ」

 髭さんが偉そうに言うとコーイチお父さんは再びドローンを上げ、PCで映像を2画面で流す。録画のほうはぐるぐる回転しているけれど、今ドローンから送られてきている映像のほうはまっすぐビルを映していた。

「まったく、病院の方でテロ事件があったとかで仕事が中断されたのがようやく再開できたところだと言うのに……」

「気持ちはわからないでもないですが、事実だとしたらライバル企業どころか病院から訴えられて大変なんじゃないですか?」

 コーイチお父さんが髭さんにそう言ったところでドローンが屋上に到着して……同時に発砲音。

「な、何事だ!」

 髭さんが慌てるのに合わせるようにドローンの映像は伏射している清掃員の格好をした人が、映像の距離だとちょっと判別が難しいけれど対物銃を病院に向けている映像が映し出された。

 この人2回も撮られてるのに動いていないのかと関心するけれど、病院の銃声が小さくではあるもののここまで聞こえてきてるし、そもそも対物銃をリロード出来次第撃ってるんだから静音ドローンの飛行音には気がつかなかったのかな。

「まだいましたね、それじゃ先ほどのお話の通り従業員通路とエレベーター、使わせて頂きます」

「い、いやまだちょっと待ってくれ、あんたらがこいつの仲間じゃない保証がない。もし仲間だとしたら我社はさらに不利になるじゃないか」

「部隊章は見せたはずですが?」

「偽造かもしれんだろ、あんな銃を持ち込むんだからそれくらいできて当然だ!」

 それを言いだしたらもう何もできなくなると思うんですけど……。

 イネちゃんがそう言おうとしたところで。

「じゃあ登るのはこの子だけ、というのはどうでしょう」

「子供1人だけ?はっ、やれるものならやってみろ」

「はい、言質いただきましたので、イネ、やれるな?」

「ずっとあのままならまぁ、余裕だと思うけど……」

 お父さんたちと髭さんのやり取りで急にイネちゃんの名前が出てきて驚いたけど、フォロー無しでイネちゃん単独かぁ、相手もプロだからタイミング見計らいながらのだるまさんがころんだになりそう。

 髭さんの素っ頓狂な顔を眺めながらイネちゃんはそんなことを思うのであった。

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