第110話 イネちゃんと襲撃
「なるほど、獣人と一括りにしちゃダメだねぇやっぱ」
あのあとミルノちゃんからは貴族の、ウルシィさんからは人狼族の生活を聴いてとてもご満悦なステフお姉ちゃんがノートパッドにキーボードを繋いで叩いていた。
「へぇパソコンってこんなこともできるんだ、なんだか難しいことを調べるところしか見たことなかったからただの重くてごつい辞書なのかと思ってたよ」
とヒヒノさんはヒヒノさんでタイピングをするステフお姉ちゃんを後ろから覗き込むように見てずっとそんな感じのことを言ってたし、これはこれで文化交流になってるのかな?
「しかしながら、こうして異世界の、それも民間人の方から質問を受けるというのは改めて私たちのことを再認識できるきっかけになりますね」
「えぇ、自分たちがどれだけ視野が狭くなっていたのかを分からせてもらえました」
そしてココロさんとミルノちゃんはかなり好意的。
2人とも権力側だからこそって感想だとは思うけれど、2人とも実務はあまりやってないよね、ミルノちゃんのほうはキャリーさんのお手伝いが主だし、ココロさんは勇者として独立してるから統治のお仕事は絶対してないよね。
「それにしても人狼にハルピー……キュミラって子にもお話聞きたいなぁ」
「かなり軽い子だよ、キュミラさん。聞かなくても勝手に色々余分に話してくれるかも」
「へぇ、その軽いには色々含まれてそうだねぇ」
まぁうん、お空を飛ぶから身体は軽いからね、イネちゃんは間違ったことは言っていない。
「そういえば今あいつ、何してるんだろうな。まだあいつがこっちに来るには色々と整備が進んでないってことでリリアちゃんの手伝いにあっちに残してきたが……」
「そういえばそうだった、キュミラさんふらふらーって飛んでいこうとしたりするからなぁ……まぁリリアはその辺り問題無いから大丈夫だろうけれど」
キュミラさんのことをティラーさんとイネちゃんが話したところで、ステフお姉ちゃんが驚いた表情で固まった。一体何があったっていうのか。
「イネが……イネが他の人の名前を呼び捨て……」
あ、そういう。
「そういえばイネさんは基本的に敬称をつけていますね、お父さんが複数いるという環境がそうさせたのでしょうか。しかしリリアには敬称無しですか……」
「リリアちゃんだからなぁ、リリアちゃんのほうがそう求めたんじゃない?」
「まぁそうですね、リリアならそうでしょう、うん……そうですよねイネさん」
ココロさんも一瞬声が低くなったよね?
「あーうん、キュミラに関してはこっちに来られるだけの相互理解ができてからだな。あいつのほうが理解できるか怪しいところだが」
「まぁキュミラさんだしねぇ……ただ調子に乗ることが多いだけで基本は臆病だからなんとかなりそうな気もしなくはないんだよねぇ」
「確かに、キュミラのやつはそういうやつだな。基本のところは臆病だがいいやつなんだがなぁ……」
ハルピーっていう猛禽類のほうなのに、狼さん相手に逃げ腰なんだよねぇ、あの辺は一体なんでなんだろう。
「ハルピーって確かに身体能力とかは高いんだけど、戦士でもない民間人のほうだと生存本能のほうが強くなっちゃうらしいよ。元々獣人の中でも臆病な子らが空に逃げられるように進化したっていうのが、今の大陸での定説だったかな」
「へぇ獣人ってそういう進化……って進化論なんだ、神様がみんなつくったーとかじゃなくって」
「大地と繁栄、豊穣を司るヌーリエ様は万能ではありません、優しく見守ってくださるだけですので」
「こっちでいう子孫云々ってのはむしろムンラビおばあちゃんの領域だしねぇ」
むしろあの人、そんな神様の領域だったのか……イネちゃんそっちの驚きでいっぱいだよ。
今のキュミラさんのお話とかでも研究内容としてはいい題材だったらしくステフお姉ちゃんがうっひょーって実際に声に出しながらキーボードを叩いていると、少し室内が暗くなった。
何事かと思って窓の外を見るとそこには、ラベリング中の全身黒でコーディネートされた特殊スーツを身にまとった数人が太陽の明かりが室内に入るのを妨害していたのだった。
明らかに目が合っているのだけれども、怪しさ満点の特殊スーツの集団は動かない。イネちゃんたちも驚きで動けないという沈黙……いやステフお姉ちゃんは我関せずでキーボート叩いてるからその音だけは響いているけれど、沈黙が部屋の中を支配した。
「何者ですか、この人たちは」
ココロさんが聞いてくるけれど、これ多分答えが返ってこない前提だよね、誰も答えられないし。
「まぁ悪いこと企んでいなければ正規の方法で正面からくるよね、とりあえずここが目的であるなら私たちにとって悪いことを考えてる人たち、別のところだとしても窓ふきじゃなきゃ誰かに危害を加えようとしている人たちだよね」
ヒヒノさんが普段の口調でそうは言うけど、顔が結構邪悪な笑顔になってるのをイネちゃん見てしまった、結構こわい!目が笑ってないのって結構こわい!
外にいる人たちにもヒヒノさんのこの顔が見えたのか、目出し帽っぽい感じの防具から見える瞳はどことなくおびえているように見えたのはイネちゃんの気のせいなのだろうか。
そんなことをイネちゃんが思ったのとほぼ同じタイミングで、外の人のひとりが窓を蹴って大きく振りかぶったのが見えて、イネちゃんは防御姿勢を取ろうとしたところで、ココロさんが。
「蹴破るのは病院の方に迷惑をかけますので、開けてあげますか」
気がついたら窓のそばに移動していて、そう言いながら外の人が蹴破ろうとしていた窓を開けると勢いよく黒づくめの特殊部隊っぽい人が部屋の中に飛び込んできた。
最も相手さんは完全に想定外だったみたいで、受身すらとれずにベッドの縁に顔を強打して動かなくなったけど、まだ外に居た数人が雪崩込むように入ってきて。
『この2人は引き渡してもらおう、我が国に必要な方々だ』
と英語で言ってきた。
『乱暴な手段は認められない……というか既にある程度開かれている体制が整いつつあるのに拉致するような手段を取るってあっちの世界を敵に回す気まんまんだよね』
あっちの世界のみんなが何を言っているのかわからない様子だったので、とりあえずイネちゃんが答えておいた。
というかステフお姉ちゃんそろそろこっち戻ってきてもらっていいですかね、戦闘になりそうだし部屋の動線でタイピングされると大変動きにくいんだけれど。
『既にあちらの世界の人間とは交渉済みだ、引き渡してもらおう』
『それって先日この区域で暴れた人たちかな?』
『答える必要はない』
『残念だけれどあちらの世界で、こっちの世界と交渉している中心であるヌーリエ教会はこちら側なんだけれど、受け渡す気はないと思うな。となると今この場でこの2人を相手に大立ち回りすることになると思うけれど、あっちの世界の勇者を敵にして大丈夫?』
『答える必要はない』
むー、情報は一切出さない感じだなぁ。
こうなると信用なんて皆無だね、仕方ないからドンパチやらざるを得ないかな。
「この人らはミルノちゃんとウルシィさんのお迎えとか言ってる、あちらと交渉は済んでるとか言ってるけど、ムーンラビットさんってそんなこと言ってたっけ?」
というわけで要約してココロさんたちに伝える。
言語による意思の疎通ができないのは大変だからね、とりあえず今はイネちゃんが通訳できるけど日本語と英語しかできないから今回は本当偶然よかったって感じだよ。
「いえ聴いていませんね、誰がとかは仰っているので?」
「ううん、要件を言ってきたあとにイネちゃんの質問に対しては交渉済みってことだけ。後は答える必要はないの一点張り」
「ムーンラビット様が居ないタイミングを狙いましたか、あの方なら言語は關係なく全てを理解できるようですのでこういう輩に対して無敵に近いのですが……」
「私たちはドンパチ武力で交渉せざるを得ないからねぇ、言葉による意思疎通ができない以上お話もできないわけだし」
勇者である2人がそう答えたことで通訳であるイネちゃんも次に進められるね。
『勇者である2人はそんなこと知らないと言ってるよ、それと強行に連れて行こうとするなら武力行使も辞さないって言ってることを伝えておくね』
『そうか、こちらはそもそも迎えに来ただけだ、交渉しに来たわけではない。やれ』
イネちゃんと話していた代表者っぽい人がそう言ったと同時、残りの黒づくめの人たちも突入してきてみんなの意識がそちらに向いたところで、それが起きた。
ウルシィさんが目を虚ろにしながらヒヒノさんを羽交い締めにしたのである。
「あーこっちだったかぁ。ココロおねぇちゃんごめん」
「いえ……っと、流石にヒヒノの自衛で対応するわけには行きませんでしたから想定内です。元々おふたりが揃って誘拐されていたわけですからね」
凄く冷静ですね、おふたりとも。
普通味方のはずの人が唐突に妨害してきたら慌てたりするのに……いや、元々ミルノちゃんが前にあったみたいに操られるんじゃないかって考えてさっき尋問っぽいことしてたんだった、今ココロさんが言ったようにウルシィさんも一緒だったんだから当然疑ってるよね。
とは言えヒヒノさんがウルシィさんに拘束されたドタバタでミルノちゃんも拘束されてしまう。
ちなみにティラーさんは掴み合いで止まって、ココロさんはヒヒノさんに返事をするときにひとり戦闘不能にしたので今自由が効くのはココロさんとステフお姉ちゃんだけである。
イネちゃんは要求を突きつけてきた人の攻撃を回避しつつ関節を極めようとしたら逃げられてにらみ合ってる状態だから自由ではないのだ。
『小娘と侮ったか』
『小娘なのは確かだけど、これでもお父さんたちに鍛えられてるからね』
今のイネちゃん、なんだか主人公っぽいぞ!状況的に喜んでいられないのが悔やまれるけれど!
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