第109話 イネちゃんと現状確認

 持ってきたパンも食べ終えて、病院から出された昼食のお盆はイネちゃんがナースステーションに持って行って戻った後、ミルノちゃんの発言からそれは始まった。

「ところで、おねえ……ヴェルニアの情勢ってどうなっているんですか」

 お姉ちゃんかお姉さまかわからないところで言葉を止めて、ヴェルニアの情勢を聞いてきたのだ、まぁ確かに心配だよね、イネちゃんも心配だし。

「そうですね、とりあえず問題はありませんよ」

 アレ、襲撃されてムーンラビットさんが戻る必要が出たから割と逼迫していたんじゃ……と思って口を開きかけたところで、ヒヒノさんに口に指を当てて止められた。ウインク付きで。

「それじゃあわかりませんよ!」

 唐突に声を荒らげたミルノちゃんに驚いてみんなの視線が集中する。

「ご、ごめんなさい……」

「いえ、気持ちはわかります。わかりますがここは病院の病室ですし、ミルノさんも病み上がりなのですから落ち着いてください」

 いやぁミルノちゃんってこんなに激情を表す子だったっけ。

 驚いているとヒヒノさんが耳打ちしてくる。

(えっとね、医学、魔法の両方で検査して何もなかったはなかったんだけれど、ココロおねぇちゃんが今のミルノちゃんに対してとある違和感を感じてね、今それの確認してるの、だからとりあえず様子見でお願い)

 先日巨大マッドスライムを倒したときに言ってた調律とかそんな能力だっけ、そっちのほうに引っかかったのかな。

 勇者としての特殊能力っぽい感じだし、ムーンラビットさんが気付かなかったのも仕方がない……のかなー?

「それに今のミルノさんがヴェルニアに向かったとしても、できることはあまりありません。全体の指揮は貴女の姉であるキャリーさんが指揮を執っていらっしゃいますし、平和的な解決の路線はムーンラビット様が担当なさいます」

「それでも一気呵成に攻められてしまった場合は……」

「師匠……ササヤが手助けをする協定ですので安心してください。あの方ならヴェルニア規模の街であっても全方位同時対応可能であると、弟子である私が保障いたします」

 ……いや、むしろそれはツッコミ入れたくなるよココロさん。

 しかしながらイネちゃんとしては表はササヤさんで良いにしても、地下道があるよね、あのお屋敷。

 イネちゃんたちは街の中に入ってから地下道にはいったけれど、下水道でもあるあの通路って絶対街の外にも繋がってるよね、脱出路を兼ねているのなら当然、城壁の外に繋がっていないと脱出路としての意味を成さないからね。

 ミルノちゃんはそのことを理解しているようで、それでも不安そうな顔をする。

「もしかして私たちが利用したあの地下道の心配をしていらっしゃいますか、あの通路でしたら有事の際はキャリーさんのご友人方が守られますから大丈夫ですよ」

 ヨシュアさんたちそんな担当になっていたのか。

 あくまで冒険者であるわけだし、万が一の要人警護ってことでその配置なのかな。

 とりあえずササヤさんの部分を除けばココロさんの説明は全部筋が通ってるね、正直イネちゃんとしてはササヤさんがぶっとびすぎててどう扱ったらいいのか困惑してきたよ。

「それでも長期戦となれば厳しいものがあるかと思いますが……、ヴェルニアの特性上、包囲戦と奇襲戦には弱いですし」

「そのどちらもムーンラビット様で対応できますよ、あの方は魔法を除く戦闘能力は低めですが、そのようなはかりごとを含めた指揮全般に長けていますし、ヌーリエ教会の地位も確か、転送陣も既に設置済みなので籠城するにしても餓死者は出さないですよ」

 ムーンラビットさんはまぁ経歴的にできるとは思うんだよね、元魔王軍幹部だしこれは納得できる。

 それにしてもミルノちゃん、なんかやたらと攻城戦周りに詳しい感じだけれどもそういう教育受けたりしたのかな。

「ともかく体調も不完全な貴女が戻っても足でまといになる可能性のほうが極めて高いです、今はここで療養をなさるほうがいいと思いますよ」

 ココロさんはそう言ってミルノちゃんの肩にをおこうとしたところでミルノちゃんがその手を拒んで布団をかぶる。

 その仕草に少し驚きながらもココロさんは左手を引っ込めて少しの間黙った。ミルノちゃんが話すのを待つのかな。

「悔しいですが確かに、ココロ様の言うとおりです。今の私はおそらく歩くだけでかなりの体力を消耗してしまうでしょうから……」

 そういうミルノちゃんは本当に悔しそうな口調だったけれど、とりあえず話しは一段落したのかな。

(本当はこっちのじえーたいが開拓町に小規模だけど出兵してくれることが決まったんだよね、表立っては動けないからって特殊部隊の一部だけだけど。で、この特殊部隊ってのが肝なんだけれど、こっちの世界では公表されないことになってるからかなりの自由がきいてね、ヌーリエ教会とギルドを通じて遊撃兵として動けるように色々手続き中なんだ)

 むしろそれでこっちの政府とかが納得したのが驚きなんだけれど、よくできたなぁ。

(そこはまぁ、この国とは別の国も噛んでるから。イネちゃんのお父さんの1人であの大きい人、あの人がその国の異世界対策アドバイザーやってるらしくてね、あの人が恩を売れるなら売っておいたほうが後々得だろうって言ってくれたんだよ)

 ボブお父さん何を言ってるんだ本当。

 でもそれはそれであっちの世界に不利すぎる条件な気がするけれど、そこはムーンラビットさんが連日の会議で何とかしたのかな。

「さて、と……難しいお話、終わった?」

 なんとも言えない空気の中、ステフお姉ちゃんがちょっとした静寂を破る。

「そうですね、本来なら私の左腕を使い記憶を覗くまであるのでしょうがミルノさんは罪人でもなんでもありませんからね、そのようなことはできませんしこれで終わりです」

 本格的なものならやるんだ……いやまぁムーンラビットさんも似たようなもんだし、教会の自治独立を守るのにも必要があった時期があるんだろうけどさ、ちょっとこわい。

「うへぇ、まぁ勇者っていっても教会……実質的な宗教国家に所属しているんだしそんなもんかね」

「一応勇者は無所属という扱いですがね、まぁ私たちはそもそもの出身がヌーリエ教会、それもシック……シックはわかりますか?」

「うん、ヌーリエ教会の聖地、だよね?」

「はい、そこの出身ですから、勇者としての使命は理解しているものの個人感情としてはどうしても甘くなってしまいますね」

「というか今の司祭長って私たちのお父さんだし、割とがっつり身内癒着って感じだよ、ムンラビおばあちゃんはそのへん配慮して手を回してるし、お父さんは公私切り離して公的な場では私たちに敬語使ってくるけど」

「中世っていうかもうちょっと前くらいの地球文化かなってくらいズブズブなんだねぇ」

「まぁその辺はこちらの世界と交渉を始めた直後に言われました、私たちとしては普通のことでしたが異文化……異世界と交流するのですからもっと配慮すべきだと実感はしましたね」

 ココロさんも大変なんだなぁ、真面目な感じなのがその辺色々ありそうでイネちゃんには無理だね、うん。

 ただヒヒノさんはもうちょっと配慮しよ?

 思いっきり身内のことを癒着だとか言っちゃって大丈夫なのですかね、いやはっきり言っちゃうくらいにはヒヒノさん自身は身内だとかはあまり考えてないのか。

「世界文化が異なる……というよりは発展中って感じか、とは言え何が正解かなんてわからないんだからこれはこれで……、それで世界が回るなら問題無いわけだし、私の調べている限りではヌーリエ教会はむしろ民間人に支持されてるからなぁ。胃袋を握るって本当大事」

「いや、胃袋を握るって……基本的に農法とかを伝授した後に個々人に奉納は任せる形ですよ、最悪なくてもいいくらいです。ヌーリエ教会は作付が神事として執り行われますので人手も、作付面積も大陸で最も多いですからね、わざわざ信者から取り立てる必要は皆無なのです」

「へぇ神事なんだ」

「神事って言っても厳かな感じじゃなくて、お祭りって感じ。誰が一番早く種や苗を植えられるかーとかそんな感じの。屋台も増えて楽しいよ」

「商業にも結びついてる……そのへんはこの国のお祭りとあまり変わらないんだね、神様怒ったりしないの?」

「ヌーリエ様は皆が笑顔でいることを望まれているのですよ、みんな笑顔で仲良く。それがヌーリエ教会の考えであり目的ですので。大地と豊穣を司っておられるので農作物を供物として捧げているわけなのです」

「むしろ畑を作ることも奉納って感じだよね」

「一次産業が無くてはならない神事か……なるほどなるほど」

 ステフお姉ちゃんが完全に自分の研究のための質問に終始してしまっている。

 ココロさんとヒヒノさんもヌーリエ教会のことだから律儀に全部答えちゃってるし、これは長引きそうかな?

「ヌーリエ教会の圏内ではそんな文化か、じゃあ貴族はどうなのかな、あぁそれと獣人の文化も知りたい。そのへんは政府のほうもまだ調査中ってことで公開情報にないし、そもそもその辺の情報が無いかもしれないって感じだから、社会制度と食文化周りをまとめるだけでレポートに優良のハンコ押されると思うのよねー」

「やっぱステフお姉ちゃん、自分のレポートのためだけに質問してたね?」

「いやだってお姉ちゃんもレポート書かないとだし……」

 あまり現状確認に必要の無いことが長引きそうだったのでイネちゃんはとりあえずステフお姉ちゃんを止めようとしたけれど……。

「現在の情勢的にはヴェルニアに関しては私とヒヒノも必要な状況ではありませんし、ムーンラビット様の完遂できなかった文化交流ができるのであれば私は問題ないと思いますよ。何よりヌーリエ教会の教えを知ってもらえる機会でもありますし、歓迎いたしますよ」

 ココロさんがステフお姉ちゃんの援護をしてしまった。

(雑談しつつさっきの続きもするからね、これでいいんだよイネちゃん)

 肩を落とすイネちゃんに対してヒヒノさんが耳打ちでフォローしてくれたけれど、それならそうとさっき教えて欲しかったかな!

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