第108話 イネちゃんとお食事
「やはり私の記憶がおかしいのでしょうか……」
あのあとウルシィさんにも話しを聞いてみたけれど、ウルシィさんのほうは特に覚えていることが無いということで再び先ほどのお話の矛盾点とかをつつく感じになっていた。
「おかしいかどうかは、私の考えも証明ができない以上仮説でしかありませんしね、それほど落ち込まなくてもいいのですよ」
ココロさんはそう言うものの、ミルノちゃんはやっぱり落ち込んだような感じになっちゃって今日はこれ以上お話できないかなってなった辺りでアナウンスがかかる。
『お昼ご飯の時間となりました、歩ける患者さんやご家族の方は受け取りに来てください』
そのアナウンスと同時にウルシィさんのお腹の虫が大きな音を鳴らした。
「お腹、すいちゃった」
「あ、でもご飯ってどうなんだろう。2人が目を覚ましたのは今朝なわけだし」
普通に考えたら、出てこないよね。
最上階に食堂があったりして病院の中で作ってはいるらしいんだけれど、いくら問題はなかったとは言えご飯を食べていいかわからないし、そもそも大丈夫でも時間的に配膳に含まれるかどうかを考えたら難しそう。
「そんな……」
ウルシィさんがとてもわかりやすい絶望顔をしてしまった。
とは言え実際のところイネちゃんたちにわからないところなので、このウルシィさんの絶望を解消してあげることはできないのだ……。
「しかし確かに空腹感が……ご飯がでなければ少々辛いかもですね」
ミルノちゃんもやっぱりお腹すいてたんだね、まぁイネちゃんたちも空腹感を感じる辺りずっと寝ていたミルノちゃんとウルシィさんは仕方ないよねぇ。
「ミルノさーん、ウルシィさーん、ご飯ですよー……って多いですね」
「あ、私がもっていきまーす」
看護師さんがお盆を持って入ってきて部屋の状況を見て少し動きを止めたところにヒヒノさんがお盆を受け取って窓側のベッドであるミルノちゃんのところに持っていくと……。
「これってどこに置けばいいの?」
「あ、セットしてなかったね。これ、こういう台があって、これをベッドの横にある柵に置くようにすれば……」
「なるほど、これでベッドから動けない人でも体を起こすことで食べられるんですね」
案の定置く場所に困ったところでステフお姉ちゃんが、ミルノちゃんのベッドに医療用ベッドに備え付けられている台をセットするとココロさんもウルシィさんのベッドに同じように台を設置する。
イネちゃん、ミルノちゃんとウルシィさんと同じ向きを見る形でベッドに挟まれる位置……つまりこの部屋にいる人の中だと窓のそばに立っているティラーさん並かそれ以上に今動けないのだ。みんなごめんね。
「わーいごは……ん?」
台の上に置かれたお盆。病院のお昼ご飯を目の当たりにして言葉を失った。
本日の病院のご飯はお粥に酢の物、具の少なめなお味噌汁に焼き魚と水でしっかり煮込まれたお野菜。後牛乳。
腹ペコさんなウルシィさんにとってみればかなりの粗食って感じかな、普通の人でも粗食であることは違いないけれどお肉大好きだもんね、辛そうだなぁ。
「必要になったのが急だったもので……本当なら普通食でいいんですけど用意が間に合いませんでしたので申し訳ありませんが……」
「あぁいえ、急だったのに用意していただけただけでもありがたいです」
申し訳なさそうな看護師さんにミルノちゃんが答えると、ウルシィさんは。
「もっと、食べたい……」
「普通食が問題無いってことは1階のお店とかで食べてもいいんですか?」
ウルシィちゃんの呟きを聞いたのかステフお姉ちゃんが看護師さんに聞く。
「構いませんが……」
構わないにも関わらず看護師さんはウルシィさんを横目で見る形で言い淀んだ。
「人狼の方の食欲はすごいので、その……お金が少し心配になるかな」
思わず口調が砕けてる。
でもうん確かにウルシィさんって凄く食べるからなぁ、言い淀む気持ちは大変よくわかる。
あの量は一度見たら忘れないレベルだったし、お店でってなると心配されてしまうのも納得できてしまう。
「いやぁ大丈夫大丈夫……大丈夫だよね?」
ステフお姉ちゃん、そこでイネちゃんに確認を求めなかったらとってもかっこよかったよ。
「凄く、食べるよ、うん」
「ちょっと!そこで目線そらさないで!お姉ちゃん怖くなるよ!」
いやぁだってウルシィさんがかわいそうって感情と、ステフお姉ちゃんのお財布事情を考えると、どっちも大切だからイネちゃんとしてはこれが限界なのだ。
「お腹……すいたよぉ……」
あーウルシィさんが泣き始めた、お魚咥えながら。
ステフお姉ちゃんもそれを見て凄く悩んだ顔をしてから目を見開いて。
「あぁもうわかった!イネ!一度帰ろう!」
はい、お金を使わずにウルシィさんに満足してもらうステフお姉ちゃんの作戦、イネちゃんは超速理解しました。
「え、帰るってどういうことだ」
ティラーさんはわからないご様子、でもまぁここはみんなに任せればいいしイネちゃんは黙って立ち上がる。
「ティラーさんも来て!荷物運び!」
「荷物って……何を持ってくるつもりだ、ここは火を使えないだろう」
「大丈夫だよティラーさん、この時間なら多分朝一に作ったので棚から下げてるのがあるから、それと余分に作ってもらうんだよね、ステフお姉ちゃん」
「流石イネ、お姉ちゃんの考えを理解してくれて助かるわ」
ちょっとニヤついた感じのドヤ顔やめてくれないですかね、ステフお姉ちゃんや。
「それじゃあココロさんにヒヒノさん、ちょっと2人のこと任せても……」
いいですか。と続ける前に。
「いいよー、あ、でも食べ物を持ってくるなら私たちの分もお願いねー」
「はーい」
ヒヒノさん、察したんだね。
まぁココロさんはムーンラビットさんのお手伝いに専念してて、ヒヒノさんは暇になったり、そもそもヒヒノさんが役に立てないような場合はイネちゃんたちとゲームしてたりしてたからね、イネちゃんがパン屋さんに住んでいるって知ってる……ってそれだけならココロさんも知ってるじゃん!
そう思いココロさんの表情を伺うと笑顔で頷くだけなので、ヒヒノさんに任せただけみたい。もう完全にツーカーな双子なんだなぁ、性格は結構違うのに。
「というわけよティラーさん。いくらパンが軽いとは言え女の子に大量のパンを持たせるつもりかね」
「いやイネちゃんに関しては俺より力があると思うが……絵面的に俺の肩身が狭くなりそうだな、わかったよ」
満面の笑みで割と強要っぽい感じのことを言うステフお姉ちゃんと渋々自分を納得させるティラーさん、うんコーイチお父さんの持ってる漫画のやたら女の子にモテる系主人公がこんな感じの絵面な気がする。
まぁティラーさんの場合見た目から貧乏くじを引く脇役っぽいけどね、ともかくこれでコーイチお父さんにパンをもらいに行けるので、イネちゃんたちは3人でお家に帰り、コーイチお父さんにちょっと嫌な顔をされながらもパンをゲットして病室に戻ってきたところでそれは起きていた。
「うっすーい!」
「ね、これじゃ食べた気にならないよぉ……」
「うっそでしょ、お味噌汁はまぁわかるけれど、お野菜まで味がほとんどない!」
「ある意味すごい技術ですね……リリアが知ったら大変なことになっていたことでしょう」
「塩を減らして体に負荷を極力掛けないということでしょうか、少々物足りないものはありますが、これはこれで体力の落ちているときには良いのかもしれませんね」
と病院食の品評会が始まっていたのだ、イネちゃんも食べたことあるからわかるけどアレ恐ろしく薄いよね、素材の味まで全力で落ちてるのが本当もう……。
戻ってきたイネちゃんたちに気づいたのか、持ってきたパンの匂いに気づいたのか。
「イネパン!」
ウルシィさんのそんな叫びが聞こえてきた、イネちゃんはパンではありません。
「はーい、イネのパンツじゃないけどパンを持ってきてあげたぞー」
ステフお姉ちゃんは突然何をおっしゃっているのですかね。
イネちゃんが無言の笑顔でステフお姉ちゃんにチョークスリーパーを軽く極めると、慌ててタップしてきたのでとりあえず外して、ウルシィさんの前にある台に惣菜パンを置くと同時にウルシィさんが奪い取るようにしてパンを食べ始めた。
「ほーら、みんなの分もあるからねー、お行儀の悪いわんちゃんだなぁ……」
ミルノちゃんのほうに持っていたパンを置いたステフお姉ちゃんは、両手の指をわしゃわしゃさせながらウルシィさんにじわじわとにじり寄ってそんなことを言うと、ウルシィさんがパンを1個食べ終えたところで飛びかかった。
どうでもいいけど結構パンカスがおふとんに溢れちゃったなぁ、ステフお姉ちゃんのような下心はないけれどこれはイネちゃんもちょっと気になってしまう。
「やーめーてー!耳!耳の後ろは……あんっ……」
「ステフお姉ちゃーん、それ以上はダメだよー」
流石にウルシィさんが変な声を出し始めたので止める。
それにお腹空いたし今はご飯の時間なのである。
「しかしパンと言ってもいろんな種類があるのですね……食への探求はリリアが一番と思いましたが、こちらの世界はかなり先を行っている気がしますね」
「シックだと堅パンとかアンパンが主流だったから、こういうの新鮮だったんだよねー」
「ヒヒノ、もしかして一度食べたことが?」
「イネちゃんのお家行くと確実にお茶請けで出てくるからね、種類は毎日違ったけど」
「まったく、ご馳走になったのなら行ってくださいね……イネさん申し訳ないです。後日代金はお支払いしますので」
ココロさんとヒヒノさんの反応も面白いなぁとやり取りを聞いていたら思いがけない言葉が飛んできた、別に代金とかいいんだけどなぁ。
「ここにある半分は午前中の売れ残りだからあまり気にしないでいいよ、お惣菜パンだと食中毒対策とかで一定時間売れなかったら下げるようにしてて、消費しきれなかったら捨てちゃうものだからね」
お惣菜パンは美味しいけれど、保存面で弱いんだよねぇ。
元々が保存に向いている食材ならいいんだけれど、サラダ系とかだと美味しさ的にも劣化が激しくなっちゃうから商品としては下げざるを得ないってコーイチお父さんが愚痴のようにこぼしてたし。
「もったいないですね……」
「利益主義なのはわかってたけれどちょっと勿体ないよねぇ、でもイネちゃん、これって残ったら完全に焼却とかしちゃうの?」
「んー全部が全部じゃないだろうけれど、大抵は肥料に再利用とかだったと思うよ。もしくは家畜の飼料とか」
「あぁなるほど、それならわからなくはないです」
とは言え食品ロスだとか騒がれてるし、再利用できない分はイネちゃんが思っているよりもはるかに多いのかもしれないけど。
でもココロさんは納得してくれたっぽいしこれでいいのかなー?
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