第107話 イネちゃんと目覚め

 ミルノちゃんが目を覚ましてから程なく、ウルシィさんも同じように目を覚ました。

 目を覚ましたのを確認して即座にステフお姉ちゃんがナースコールを押したため、今病室には看護師さんが数人、そして少し経ってからお医者さんも到着した。

 イネちゃんは仲のいい知り合いだってことで場違いながらも目覚めた2人の間にちょこんと座って、ティラーさんとステフお姉ちゃんはおトイレスペースに待機してる、こういう時扉がカードキーっていうのは問題だよね、完全に想定外なんだろうけれど。

 ともかくお医者さんの処置を受けている間、ミルノちゃんは静かに落ち着いて状況判断に頭を使っているようだったけれど、ウルシィさんはずっと涙目でイネちゃんを見つめて来たので、お医者さんが処置していないほうの手をギュッと握ってあげていた。

「とりあえず問題はない、かな。ムーンラビットさんがいるときなら魔法とかの残滓を測ってもらえたんだろうけれど、まだ機械のほうでそれはできないからねぇ」

 むしろ魔力探知って機械でできるの?って思うけれど、できればいいなぁっていう希望的観測っぽいし多分そうなんだろう、うん。

「ひとまずお話して上げてください、特にウルシィさんは混乱しているみたいですし落ち着いてもらうほうが良いでしょうから」

 そう言ってお医者さんは看護師さんと一緒に部屋を出て行って、おトイレに居たステフお姉ちゃんとティラーさんも出てきてベッドに挟まれる形で座っているイネちゃんのところに集まった。

 そして最初に口を開いたのは……。

「えっと……イネさん、ここはイネさんの世界、でしょうか」

 ミルノちゃんだった。

「まぁ正確にはイネちゃんが暮らしていた世界だけど、ミルノちゃん大丈夫?」

 と言ってから何を持って大丈夫なんだろうとイネちゃん自身が思ってしまった、本当大丈夫って何がって話だよね。

「大丈夫……ではないとは思いますが、命がということでしたら、はい」

 ほらー!やっぱり変な感じになったー!

「んーイネの言いたいことは全体的のことなんじゃないかな、身体や精神、全部」

「貴女は……?」

「イネの姉的存在であるステフ、ステフ・グレンディル。貴女のお名前は?」

「え、あ、わ、私は……ミルノ、ミルノ・ヴェルニアです」

「ミルノ……うん、かわいいお名前だね」

 ステフお姉ちゃんすごい、なるほどこういう時は本当に普通のたわいない雑談でいいんだ。

 雑談って案外しっかりとした思考ができないと難しいから、落ち着いているってことがわかるし、ミルノちゃんの方も雑談で気を張らないでいいから考えられる時間があるしね。

「……そうですか、私は転送魔法の強制転送で気を失っている間にこちらの世界に連れられてしまったのですね」

 ミルノちゃんはミルノちゃんで超速理解って感じ。

 ミルノちゃんも一度やられたことがあるからか、この辺の理解は早いよねぇ。

「イ、イネ……ここどこ……」

 ウルシィさんは完全に怯えながらイネちゃんの手を握ってきた。

「うん、今ミルノちゃんにも言ったけどイネちゃんが暮らしていた世界、そこの医療機関だよ」

 そういえばお医者さんはウルシィにも処置をしていたけれど、医学的には問題ないのかな、人狼で人間とは違うところ多そうなのに。

「え、なんで……私ヴェルニアに居たのに……」

 ウルシィさんは完全に混乱しているみたいで、体も思うように動かせないから余計に不安が加速している感じ。

「今はそのことは横に置いておいて、ウルシィさん、何か欲しいものとかない?」

 イネちゃんもステフお姉ちゃんのように混乱しちゃうことは横に置いておいて、たわいもない雑談をしようとする。

「ねぇ!イネ……本当のこと言って?私どうなっちゃうの」

 あ、あれ、ウルシィさんなんで更に混乱気味になってるの!?

「べ、別にどうにもならないよ、本当に大丈夫だから、ね?」

「どうにもならないくらいひどいの!?」

 あーこれどうしよう、混乱がひどいところまで行ってる感じがする、というか握られてる手がすごい握力で握られてて痛くなってきた。

(イネ、ギュッと抱いてあげて)

 とステフお姉ちゃんが耳打ちしてきてくれた。

 ちょっとなんのことかわからないというか、ステフお姉ちゃんが眼福したいだけなんじゃないのとか思いつつ、イネちゃんも混乱気味なので素直にウルシィさんを包み込むように抱いてみる。

「大丈夫だから、ね?」

 こういうのが定番……だよね?

「……う、うん。イネありがと……」

 まぁ、なんだ、ウルシィさんが落ち着いたから良しとしようそうしよう。

「……そういえばそこの人以外は皆知ってる人、さっきの人たちは知らないけど、私あの人たちに何されたの?」

 んーここを誤魔化すとまたさっきみたいになりそうだなぁ、とは言えウルシィさんにわかるように言うとなると……例えでいいのかな。

「ほら、いつぞや採血ってしたじゃない、アレと体に必要な栄養を体に補給するための……これ、点滴っていうんだよ」

「なんか……くすぐったい」

「あ、ダメだよ傷口が広がっちゃったりするし、栄養入れるための針が半端に抜けると割と痛い目を見ることになるから」

 イネちゃんはやらかしました、痛かったです。

「えっと、よろしいでしょうか。なんとなく覚えていることをお話したいのですけれど」

 ウルシィさんが落ち着いたのを確認したからか、ミルノちゃんが真剣な眼差しでそう言ってくれた、言ってくれたのはいいんだけれど、これは流石にイネちゃんたちだけじゃなくってココロさんとヒヒノさんも居た方がいいよねぇ。

「えっと、できればココロさんとヒヒノさんがいるときのほうがそういうのはいいかなと思うんだけど」

「勇者様もこちらにいらっしゃるんですか!?」

「先日まではムーンラビットさんもね、あっちの情勢が動いたってことで帰っちゃったけど」

「そうなんですか……」

 残念そうな声でミルノちゃんが俯く……ってアレ?少し口元がおかしかったような。

「はーい、勇者様ですよー」

「ちょうど尋問が終わったタイミングで良かったです、おふたりとも大丈夫でしょうか」

 本当にちょうどいいタイミングですね、いやまぁ2人が目を覚ました段階で病院から連絡つけてくれたんだろうけれどそれにしても早すぎませんかね。

「こちらのお医者様はなんと?」

 これはイネちゃんに対して聴いてる、まぁ双方に対して一定以上に会話できるのがイネちゃんしか居ないし、ミルノちゃんとウルシィさんとの仲を考えたらイネちゃんが対応したって認識なんだろうけどね。

「医学的には問題無いだろうって、一応簡単な検査と点滴はするけど特に何もなければ3日くらいで退院できるんじゃないかって」

 処置しながら驚くような感じに漏らしてました。っていう部分は口にしない、だって必要無いし。

「なるほど、では今は何をなさっていたのでしょう」

「えっと、私がうっすらと覚えていることを話そうかと……」

「では聞かせてください」

 ココロさんが促すと、ミルノちゃんは数秒間目を瞑って開いてからココロさんをまっすぐ見る形で話し始めた。

「ヴェルニアのギルド前で強制的に転送をされた私たちは、その衝撃で昏倒してしまったものと思われます、ですが完全に意識を失ってはいませんでしたので、飛び飛びですが見聞きしたことを本当に少しですが記憶しています」

 ここからミルノちゃんは呼吸を整えて、話した。

「私の記憶している内容はこうです、まずまどろみの中に見えたのは薄暗い部屋で話をする声……申し訳ないのですが内容はおろか人数や性別は覚えておりませんが、その部屋の次の記憶は重い空気……この時は光や音は感じませんでした」

「その辺りは別にいらないかな、あ、でも最初のはいいのか、転送先が薄暗い部屋だってことだし……まぁどっちの世界にも似たような場所は多いからやっぱり特定できる情報ではないけどさ」

 ミルノちゃんの話しに割り込んでヒヒノさんが発言する。

「後ろのほうも重い空気ってだけだから、どれかと言えば湿度の高い場所でしょ。それこそあっちからこっちに来れば、時期にもよるけれど誰でも感じるものだと思う」

「今の2つでわかることは、一度多人数のいる薄暗い部屋に転送させられた後にこちらに運ばれたということしかわかりません、とりあえずミルノさんの話を聞きましょう、ヒヒノ」

「はーい」

 本当にわかったのか不安になるような返事だなぁ、まぁヒヒノさんのことだからココロさんに言われたからってことで律儀に守ってくれるんだろうけれど……逆にもう一度割り込んでもココロさんなら許しちゃう気がするんだよなぁ。

「あの、続けても?」

「えぇ、お願いします」

 まぁ止められたらこうなるよね、ヒヒノさんはまとめるのは後にしてね、本当に。

「空気が重くなった後再び意識を失い、次に意識が少し戻ったときに男の声で『お前には役に立ってもらわねば困る』と言ったような言葉が聞こえて……そこからは意識が完全に途絶え、目が覚めたらこのベッドの上でした」

 今度こそ終わったのかな?

 まぁ目が覚めたらここだったってことは終わりでいいと思うけど、今の話で重要なところはやっぱ男の声かな。

「役に立ってもらわねば困る、ねぇ」

 ヒヒノさんもそこが気になったみたい。

「でもさ、私たちの世界の人間が一発で昏倒するレベルの何かって、何かな」

「ですね、最大の謎はそこです。攫った人間はミルノさんたちを利用しようと思っていたのは確実ですが、ムーンラビット様と共にこちらの薬物を調べた際にこちらの薬物では私たちの世界の人間、特にヌーリエ様の加護を持つものには効果は極めて低くなるという結論が出ています。全く効かないわけではありませんが、特に自由を奪うようなもの、当人の自我をどうにかするような薬物は完全に無効化されるはずなのです」

 完全な薬物耐性に近いもの、イネちゃんにもあったのかな……。

 ということはミルノちゃんとウルシィさんの点滴って完全に保水液とかそんな感じになりそう、というかイネちゃんの時もそうだった可能性が。

「じゃあそこから導き出される結論って何かあるの?」

 ステフお姉ちゃんがココロさんたちに聞く。

 当然、気になっているのなら何かしらのものがあるはずなんだけれど……。

「今はわかりませんよ、ただ間違いなく何かしらの矛盾点になりうるところであるということです。魔法でも昏倒レベルのものはムーンラビット様レベルでなければ難しいですからね」

「まぁ、薬物の開発なんてそうそうできるわけでもないし、ココロさんの言い分が今のところ有力……なのかな?」

 ミルノちゃんの説明に矛盾点があると盛り上がる中、イネちゃんは心配で見たミルノちゃんの表情はそれほど落ち込んだりしていなかった。

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