第106話 イネちゃんと異文化交流

「今は巡回していないので大丈夫ですよ」

 この時間担当の看護師長さんからニコニコ笑顔で教えてもらってから、ステフお姉ちゃんとティラーさんのところに戻る。

 ちなみに部屋は受付でもらったカードキーで入るらしい、エレベーターでも9階のボタンを押すために使う必要があった辺りこの階は結構厳重に管理されているのかもしれない。

 まぁ異世界の人間専用の病棟ってことで悪意ある誰かが襲ってこないとも限らない以上仕方のない処置なのかもしれないけど電子キーは先日コーイチお父さんが全力で解除したのを見てるから鉄壁感を感じない、こういう時って南京錠とかの物理鍵がかなり有効になるんだけれど、病院で病室だからね、そこまで必要無いもんね。

「お、帰ってきたぞ」

「今大丈夫だって、それと鍵もかかってるみたいだから今から開けるよ」

 戻ってくるなりカードキーを胸ポケットから取り出して、扉の隣に設置されてたカードリーダーに読み込ませる。

 というかこれさっき気付かなかったのかイネちゃんたちは、割とがっつり見過ごしてたなぁ通りで扉に取っ手がないわけだ。

 GUEST刻印のカードのデータを読み取った機械が稼働してドアが音を立てないようゆっくりと開く。

「な、触ってないぞ!」

「はいティラーさん静かに」

 予想通りティラーさんが驚いたところでイネちゃんがツッコミを入れて止めると、部屋の中に入っていく。

 2人部屋で少々狭い感じはあるけれど、他の病院よりは広い部屋面積らしい……っていうのはジェシカお母さんから聞いたことがある。

 イネちゃんの場合あっちの世界の人間でこっちの世界の入院最初だったから個室だったんだよなぁ、だから小さく感じるだけなのかもしれないけれど、でもまぁ色々検査をここでやる必要があるってことで広く設計してるのかもね。

 そして片方の壁に並べるようにベッドが設置されていて、それぞれが簡易的に個室状態にできるようにカーテンで覆えるようになっている、今は2人とも起きていないのもあって使われていないけど。

「うわ、綺麗な子……こっちが?」

「うん、ミルノちゃん」

 貴族って点を差し引いてもミルノちゃんは綺麗なんだよね、姉のキャリーさんはかわいいって感じでミルノちゃんもかわいいんだけれど、キャリーさんはそのままかわいい感じで成長しそうなのに対してミルノちゃんは美人さんになりそうっていうか。

「そ、そしてこっちの子が……!」

 ステフお姉ちゃんは何興奮しているんですかね、っていうのはひとまず置いておいて……。

「ウルシィさん、獣人の人狼族の女の子」

「ケモ耳!ケモ耳!うわぁぁぁ触りたい……!」

 ダメだこの姉。

 まぁテンションが上がっても声を殺す感じにしてくれてるからいいんだけどさ、とりあえず目を覚まさない2人の顔は見れたけれど、イネちゃんこれどうしようか。

「とりあえず花瓶の水換えとかしよっかお花買ってきてるし」

 花言葉的にはアロエとかガジュマルだって言われたんだけど、鉢植えになっちゃうらしいからマリーゴールドとガーベラにしといたんだよね。

 ちなみにお財布的にブリザーブドフラワーじゃない、目を覚ましてーって気持ちだし時間もそこそこかかりそうだから花瓶で、手術とかは必要無いから問題ない……ってこれ全部ムーンラビットさんとジェシカお母さんからの受け売りだけど、それならブリザーブドフラワー買える金銭的援助が欲しかったかなとも思うイネちゃんなのです。

「全部部屋の中で完結できるのか?」

「そうみたいだよ、出入りにカードキーが必要な関係上お風呂までは流石にないけれどおトイレとかは全部あるんだよ」

 イネちゃんが入院していた時、イネちゃんは病室から出た記憶がご飯とお風呂しかなかったもんなぁ、かなり快適なんだよねぇ。

「というわけでステフお姉ちゃん花瓶のほうお願い、放置するとウルシィさんの耳をもふもふしそうだし」

「そ、ソンナコトシナイヨー。……はい、やってきます」

 イネちゃんが細目で顔を見るとステフお姉ちゃんは素直に備え付けの花瓶の掃除とお花のセットに行ってくれた。

 目が凄く輝いていたからなぁ、ステフお姉ちゃんってもふもふした動物さんには凄く弱いから、ウルシィさんの耳とか尻尾は絶対狙われちゃうと思うからこれでいいのだ……ちょっと申し訳ないから帰りにうさぎ喫茶にでも寄ろう。

「しかし目覚めない原因はわかっているのか」

「わからないらしいよ、魔法的、医学的、薬学的に全部調べてみたけれどどれも使われた形跡が無いってムーンラビットさんから聴いてるし……リリアがこっちに来てれば回復魔法も試せたのにってぼやいてたし」

「いや、あの人も使えるだろうに」

「なんかエルフの使う回復魔法に近くって、ヌーリエ教会で運用している儀式魔法とは違うらしいんだよね。だから試してみたかったんじゃないかな」

 昏睡状態の人に稲穂や麦を練りこむとか、こっちのお医者さんたち卒倒しそうだけれどまぁそこも異文化交流だよね。

「それでこの腕に刺さっているのはなんだ、こんなのやって大丈夫なのか」

「それは点滴、患者さんの脱水を防げるし栄養も直接血管に入れれるから即効性と持続性に優れた治療法の1つ。まぁ色々お薬も入れれて汎用性が高いっていうのもあるけどね」

 花瓶に持ってきたお花を生けてステフお姉ちゃんが戻ってきた。

 ちょっとお花の処理がされていないのが気にはなったけれど、帰り際に看護師さんにちょっと頼もう、この病棟所属の人はかなり暇になるらしいからそのへんもやってくれる……らしいってこれもお父さんたちから聞いたんだけどさ。

「血管って血の通り道だろ、水なんて入れて大丈夫なのか」

「こっちはこういうものを研究しまくって、ちゃんと大丈夫なものを開発してるから大丈夫。異世界とは違って魔法なんて無いから、こういうのに頼らざるを得ないわけだからね」

「そうか、魔法が無いのか。しかし不思議なもんだな、元々魔法がないこっちの世界で魔法が使えたり、俺たちの世界はこっちとは色々違うところがあるのにこっちの技術がそのまま使えたり、俺は学がないんだがそういうのは色々おかしいんじゃないのかってことはなんとなく思うんだが」

 ティラーさんって学がないっていう割には、こういう難しいことをよく考えてるよね、むしろ謙虚すぎるから学べる機会が多くって下手な知者よりも頼れる知識が増えてたりしないのかな。

「私の研究テーマの1つがそこなのよねー、正直こっちの世界だけだとそのへんがまるで進まないから、今度国の施策で行われる予定の学術派遣に参加しようかと思ってるのよね」

「え、それ初耳なんだけど、ステフお姉ちゃんあっちの世界に行くの?」

「行われるなら参加に立候補しようってだけだよ、まだ研究は必要だがチームリーダーと実行責任者をどうしようとか話し合ってる段階。つまり政治家がしっかりお仕事しなきゃ永遠に行われないものだしね。まぁその時はイネと一緒に冒険者とかやるのもいいかなとは思うけど」

 え、それも初耳。

「それ、ジェシカお母さんには?」

「もう言ってある、むしろ問題はお父さんのほうかな……イネの場合は元々あっち出身だからってことで全力サポート体制ってことで良かったけど、お父さんはずっと心配し続けてるからなぁ」

「あぁうん、そこは実感してるからわかるけど……」

 最新試作武器まで調達して弾も充実とか普通じゃないもん。まぁあれはデータ渡す必要があったからお父さんたちが持って帰ったんだけど。

「実の娘がってなると余計ひどいことになると思わない?イネのことも実の娘のように思ってるのは確かだけれど、私の場合ってこっち生まれこっち育ちなわけでさ」

「話の流れ的に多分思ってる通りなんだろうけれど、ジェシカお母さんは賛成してるんだよね」

「そこは流石にクリアしてる。というかお母さんに反対されたら今こんな話しをイネにしてないよ」

 ですよねー、ジェシカお母さんも心配は心配なんだろうけれど、子供がやりたいことならって悪いことじゃなきゃ基本的に許してくれるし、きっとそうなんだろうと思ってた。

「……凄く無粋なのは承知しているが、年長者として意見させてもらっていいか」

 ミルノちゃんとウルシィさんの掛け布団を直してあげてたティラーさんが会話に混ざってくる。

 ステフお姉ちゃんは首を縦に振り右手で発現を促すと、ティラーさんは一礼してから続ける。

「俺は独身だし子供も居ないからアレなんだが、父親が娘のことを大切にするのは当然だと思うし、研究者が何かを知りたい人種だってのもわかる上で言わせてもらうとだな、戦えない人間が俺たちの世界に来ると悲惨な目に遭うぞ、人じゃなく獣やゴブリン相手にだが」

 ぬらぬらひょん解散の原因も狼さんと熊さんに手酷く仲間を蹂躙されたからこその言葉だなぁ、それを知ってるイネちゃんはティラーさんの言葉が重く感じる。

「だからこそ親父さんの心配もちゃんと正面から受けてやったほうがいいと思うぞ。と部外者が口を挟める問題でもないが、それを承知の上で言いたくなった」

 ティラーさんの言葉にステフお姉ちゃんは少し俯く感じに静かになると……。

「それは……わかってはいるんだけれどね、うん、老婆心って奴は受け取っておく。今日帰ったら父さんに話してみるよ」

 諦める気はないというステフお姉ちゃんの言葉に、ティラーさんは苦笑って感じの顔になったけれど否定もしなかった。

 まぁあくまで無関係の第三者ではあるからこその意見ってお互いわかってるからこそだろうけれど、どっちも知ってるイネちゃんはもっと苦笑しちゃうんだよね。

 ステフお姉ちゃん、フルコンタクトの格闘だとイネちゃんより強いし、銃の扱いもボブお父さんに連れられて大口径のハンドガンとかが好みっていう武闘派なお姉ちゃんに、あっちの動物さんの凶暴さを理解しているからこそそれだけだと足りないけど、行くのを認めた場合お父さんたちのフルサポートでなんとかなりそうと思えるからイネちゃんはこの件に関しては特に意見しないのだ。

「……ネさ……」

 とちょうどステフお姉ちゃんの進路の話題が終わったところで、消え入りそうなつぶやきが聞こえてきた。

 3人が全員聞こえたのか一斉にその声の元を見ると、ミルノちゃんが目を開いているのが確認できた。

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