第105話 イネちゃんとお見舞い
「まぁやること、やれることが限定されてるわけで、しかも交流は普通に商店街で遊ぶだけでできちゃうからこんな感じになるよね、知ってた」
翌日、ココロさんとヒヒノさんが錬金術師のところに向かうのを見送った後、ティラーさんとステフお姉ちゃんと一緒に商店街で食べ歩きがてら錬金術師スライム事件で避難していた人たちと話していた。
幸いこの区画に住んでいる人たちは異世界、つまりあっちの世界に対して好意的な人たち……というか既にギルドやヌーリエ教会と商取引している人たちだから悪口、罵倒されることは一切なかったんだけれど、ステフお姉ちゃんがいうには区域外に住んでいる人たちにはSNSで殺害予告までしている人がいるらしい。
まぁ殺害予告した人は警察にマークされて逮捕寸前だって田中さんが教えてくれる辺り、やっぱデリケートな部分が多々あるみたいだね。
「暴れたのは確かに異世界の人だけど、こっちの他の国の人が手引きしなきゃこっちに来れなかったことを考えたら、異世界の人にとっちゃマッチポンプに見えるからねぇ、昨日帰ったえーっと……」
「ムーンラビットさん?」
「そう、あの人が言ってたように政治やってる人らは相互で不問にしたって言ってた以上、それなりの理由があるってことすら想像できない人らは何なんだろうね、私はイネの身内だしお父さんのこともあって異世界に対しては悪感情が無いだけかもしれないけれど、今は調べようとすればあっちの世界のこと、社会や文化、政治制度なんかも調べられる状態なのに知ろうともしないだけなんだよね」
SNSの話題の時ステフお姉ちゃんは早口で今のをまくし立ててたんだけれど、それに対してティラーさんに。
「そうは言っても知るってことはそれだけで重労働だしな、いくらこっちの世界では知識を得ようと思えばあっちに比べりゃかなり容易に得られるとは言え、そこにはいくつかの行動が挟まれるわけだろう?しかも情報が多ければ多いほど嘘が混じることもあるはずだし、多少の悪意や偏見は仕方ないんじゃないか」
と言われて頭を冷やすって言って少し黙っちゃった。
でもまぁ知らない人らは道への恐怖や、自分自身は絶対安全とか優位とかっていう心理状態になってるんだよってコーイチお父さんは言ってたけど、実際自分自身に危険が及びそうな相手に対して、安全と思われる場所からなら強気になるっていうのはわからなくはないんだよね。
イネちゃんだって気づかれていない状態で狙撃してくださいって言われたら慢心しちゃうし、多分それと似たような状態。
実際は相手の情報は与えられていないし、その相手がササヤさんとかだったら失敗からの反撃でこっちがやばいってこともあるから……今ステフお姉ちゃんが言ってたSNSの件だってムーンラビットさんは把握してるだろうし、いやぁ知らないってことはむしろ幸せなのかもしれない。
「まぁ外野は外野!ところでこのあと病院だっけ」
「そうだよ、ココロさんとヒヒノさんは錬金術師の尋問立ち会いだから、こっちはイネちゃんとティラーさんが行かなきゃ。ともあれ目が覚めてればいいような悪いような……」
復活したステフお姉ちゃんの質問にイネちゃんは答えるけれど、少し言葉を濁す。
「なんで、起きてたほうがいいじゃん」
「いやまぁそうなんだけれど、ほら目が覚めたら知らない場所って不安になるじゃない?」
「状況次第だけど私はワクワクしちゃうって先に思っちゃうなぁ、あぁでもその2人は攫われてだったっけか、それなら不安のほうが先にくるか」
「そ、だから知人であり更に仲のいいイネちゃんが目を覚ましたときに居た方がいいかなとも思うからねぇ」
イネちゃんがそう思うだけってだけではあるけれど、こっちに居たことがあるミルノちゃんはともかくウルシィさんは絶対混乱するからね、その上で衰弱してるかもしれないけれどウルシィさんの身体能力で暴れちゃうと大変なことになるだろうからね、できればイネちゃんが起きるタイミングで立ち会っておきたいのがある。
ともあれそんな話をしている間にも商店街のちびっこにティラーさんが集まってきたり、甘味屋さんからたい焼きをもらったりしつつ区域内でも一番大きい病院に到着した。
ここはあっちの世界でゴブリン被害にあったりして孤児になった子も最初に入院する場所に指定されてたりするから、お医者さんや看護師さんもかなり厳選されている……らしい。
イネちゃんもこっちの世界に来たときに最初に診療したのがこの病院なんだよね、正式名称はやたら長いから覚えてないけど。
「本当、こっちの建物は大きいものが多いんだな……」
ティラーさん、まだ慣れてないんだなぁ。
まぁこういう反応も含めての世界間交流って奴なんだろうから、むしろ役人さんたちからすれば望んだ反応なんだろうね。
「えっと、階と部屋、どこかわかる?」
そんなティラーさんを横目にステフお姉ちゃんがイネちゃんの目をまっすぐ見て聞いてきた。
「わかるけど、立場が立場な感じだから受付で面会手続きが必要だよ」
ムーンラビットさんやココロさんたちと何度か訪れたときに、ちゃんと手続きしてたのを見ているからここは間違えない。
そういうわけでイネちゃんは病院の受付に向かって事務員さんに手続きをお願いする。
「すみませーん、面会手続きをしたいんですけど」
というかこの辺も田中さんに同行してもらえばよかったかな、まぁ田中さんはどの道ココロさんたちと一緒に錬金術師の事情聴取という名の尋問に立ち会いに参加するらしいから無理ではあるんだけれど。
「はい、面会ですね。患者さんのお名前はわかりますか」
「ミルノちゃ……ミルノとウルシィです」
いつもの感じに呼びそうになったけれど、一応手続きだしちゃんは勘違いの元になるかもだから慌てて名前だけ。
名前を聞いた事務員さんは真剣な表情で。
「患者様のフルネーム、それと面会者様のお名前を頂けますでしょうか」
一気に堅苦しくなった!
いや確かにミルノちゃんはあっちの世界の貴族さんだけどさ、変わりすぎじゃないですかね。
「ミルノ・ヴェルニア……ウルシィのほうはフルネーム無しで、私は一ノ瀬イネです」
戸籍上はコーイチお父さんの娘だし、コーイチお父さんの苗字でいいよね。
「ご関係は」
「友人です。それとムーンラビットさんから2人のケアなどの依頼も受けてる冒険者……あぁウルシィさんのほうとは同業者でもあります」
ここまで来たらちゃんやさんもつけていいよね。
「少し確認いたしますのでお待ちください」
事務員さんはそう言って見える場所の電話ではなく、休憩室と思われる部屋に入って行った。
「ほぇー厳重だねぇ、流石異世界の貴族様」
「ミルノちゃんはヴェルニア家の次女だけどね、今家督継いでるのは姉のキャリーさんだし」
「それでもこっちで言う中世ヨーロッパの貴族階級に似た文化階級で、貴族の血筋っていうなら十分な権力者だよ、一応これでも夏休み中のレポート内容にする予定だし少しは知識あるんだぞー」
ステフお姉ちゃんちゃんと大学の勉強してたんだ……ここ数日ずっとゲームしてたからイネちゃんはてっきりサボっているものかと思っていたよ。
「お待たせ致しました、確認が取れましたので面会を許可いたします。こちらが鍵となりますので無くさないようお願いいたします。無くされますと再発行は24時間できなくなりますので」
戻ってきた事務員さんはそう言ってGUESTと印字されたカードキーを渡してきた。
「病室は9階の7号室になります、院内ではお静かにお願いいたします」
「はい、ありがとうございました。これは帰るときに返却でいいんですよね」
「はい、それで問題ありません」
それだけ確認してカードキーを受け取り、院内中央にあるエレベーターに向かう。
この病院、5階までは普通の総合病院と変わらないから学生は夏休み中とは言え結構賑わっている。
「病院って診療所とか、けが人や病人が来る場所だろう?なんでこんなに人が多いんだ」
ほら、ティラーさんが疑問を感じちゃった。
「単純に人口が多いのと、その人口が高齢者多めってのが合わさってるからね、加えて保険制度が他国と比べて優れていて安価で診療を受けられるから、寂しい老人が出会いを求めてきているってところかな」
「安価って、有料なのか」
「え、異世界って無料なの。ふむ……それは初耳、でも確かに宗教が強い力を持っていて健康長寿も面倒見てるみたいだからありえるのか」
ステフお姉ちゃんが説明し、有料ってところにティラーさんが更に疑問を持ったところでステフお姉ちゃんがメモを取り始めた。
説明役、ステフお姉ちゃんでいいかなとも思ったけれどちょっとダメそう。
2人の会話を聞いている間にエレベーターが到着し、乗り込む。
「ん、これは転送陣なのか、やたらと狭いが」
「物理的に移動する乗り物の一種だよ。はやく乗って」
エレベーターはまだ見ていなかったのか、ティラーさんが少しためらってしまった。会話を聞くのに集中せずに説明しとけば良かった。
「エレベーターに関しては紀元前……って言ってもわからないよね、こっちの世界の歴史だし、ともあれ2000年以上昔に開発されたものを電気で動かしている乗り物、いわば昇降機のすごいやつ。王侯貴族が使ったりしてるんじゃないかな、人力か魔法動力かは私は知る由もないけど」
「あぁ昇降機か……教会のは魔法動力、貴族のは人力で見たことがある。なるほどあれのすごいものか」
昇降機のすごいものイコールエレベーターに。いや確かに間違ってないけどこれ、エスカレーターと勘違いするパターンになりそう。
イネちゃんたちの他に同乗者は居なかった上に途中で止まることもなかったのでエレベーターは9階にすぐ到着した。
速さに関してもティラーさんが少し驚きはしたものの、魔法駆動の昇降機も速さに関しては凄かったらしいので『揺れなかった』という驚き方だった。
「えっと部屋は……あ、あった流石に名札付きは間違えようが無いから安心」
7号室の前で表札に書いてあるミルノちゃんとウルシィさんの名前を確認してから扉をノックする。
表札の大きさ的に2人部屋だろうけれど、ティラーさんがいるわけで……万が一看護師さんが2人の体を拭いている最中だったら目も当てられない事態が発生しちゃうからね、とりあえず確認するのである。
とは言え2人が目を覚ましたのかどうかもわからないので当然返事はない。しまった、ナースステーションで聞いておけば良かった。
「ん、とりあえず中を確認すればいいんじゃない?」
「まぁ返事がないってことはそうなんだろうけれど……看護師さんが身体を拭いていたりしたら大変だから、ちょっとナースステーションまで行って聞いてくるよ」
ステフお姉ちゃんの言うとおりではあるのだけれど、とりあえず2人に部屋の前で待ってもらうことにして、イネちゃんがナースステーションまで競歩な感じに向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます