第104話 イネちゃんと決断

「さて、イネ嬢ちゃんはどうするか決めたんかね……と聞く前にあらかじめ言っておくけど、あの子らの護衛を選んだとしてもギルドには私の護衛の延長ってことにしておくから報酬とかは安心してええんよ。悩む理由はそこじゃないだろうけれど、大切なことやから先に伝えておくんよ」

 翌日、朝食のピザトーストを咥えたところでムーンラビットさんが口を開いた。

 まぁ今日まで引き伸ばしてくれたってだけでかなりイネちゃんに配慮してもらったのは理解してるんだけれど、ちょうど食べ物を口に入れたところで聞くのはやめてもらっていいですかね、大人の人はよくやって来るけど。

 ともかく一口分トーストを噛みちぎり、よく噛んで飲み込んでから答える。

「正直まだ決めかねてるかな、キャリーさんも心配だしミルノちゃんとウルシィさんも心配。その上でどちらにしてもイネちゃんの力は役に立てるのかって不安も大きいんだよね」

「あーそのことに関しては私も無関係じゃないねぇ、良かれと思って色々整理する時間を確保させようと実家に居てもらったのが逆効果になったっぽいし」

 ムーンラビットさん……そんな意図だったんだなぁ、本当に気を使われてる。

「本来口を挟むことは失礼かと思うのですが、イネさんはご自身の実力に関しての自信を喪失なさっている状態であるのなら、自信が取り戻せる、もしくは新たに構築するのが先なのではないでしょうか」

 ココロさん……割とイネちゃんがいなくてもいいなってなる筆頭の人がそれをいいますか。

「例えば潜入に関してはムーンラビット様に届かないですが、制圧力に関してはイネさんのほうが上です。ムーンラビット様は手段を選ばなければという前提になってしまいますので、手段を問う場合に関してはイネさんのほうが適材と私は思いますし、戦闘に関しても私とヒヒノと比べては大半の方が劣ります。しかしイネさんの場合こちらの武器の習熟があるため超長距離から無力化という唯一無二……いえ、むしろ負傷兵を増やすという手段に長けています」

「なんだか褒められている気がしないんですが……」

「そうですね、私も考えながらなのでわかりづらくなっているかと思いますが……ともあれ私とヒヒノは勇者、英雄の部類です。ムーンラビット様は交渉人や軍指揮官、組織運営に長けていますがそれゆえに完全に自由には動けない。イネさんの場合それらの領域には居ないのは確かですが……それぞれを一定水準で満たしているかと」

 つまり。と言葉にしそうになるけどピザトーストを口に含むことでとりあえず言葉を飲み込む。とりあえず最後まで聞いとこ。

「つまりはイネさんは兵士……こちらに直すと軍人等に分類されるかと。それも能力としては一般ではなく特殊任務寄りではないものかと思うのですが、そうなればそもそも比べる相手が間違えているということになりますし、今までの出来事でイネさんの良いところを発揮できる事案のほうが少なかったのではないでしょうか」

 いやうん、お父さんたち……一際ムツキお父さんとボブお父さんの訓練で割とそっち系になってるのかもとか思ったりしなくはなかったけれども。

「つまるところイネさんが適材として動けるのは正面からの戦闘でも、交渉事でもなく……」

 ココロさんの言葉に皆集中して息を飲む。

「密偵、暗殺。そういったところでは師匠と、本気になったムーンラビット様を除けば私とヒヒノを含め、ヴェルニアにおられるイネさんのパーティーメンバーの方々と比べても唯一無二であるのではないかと」

「よりにもよってそういう!?でもイネちゃん狙撃とか苦手だよ!」

 1射目は気づかれていない状態で狙えるからいいんだけれど、次弾は感と経験でなんとかする感じ……前やったときは本当に偶然だもんなぁ。

「ムツキの奴、1射目で決めること前提で2射目は練習させてない、そこはボブに任せた。とか言ってたしなぁ……」

 コーイチお父さんそこちょっと詳しく。

 いや確かにムツキお父さんは潜伏とか奇襲とかは教えてくれたけど、対多数は基本的にボブお父さんだったけどさぁ、お父さんたちの得意な分野でってイネちゃん思ってたけど、割と皆イネちゃんのことをそっち側で育ててたのかな。

「とまぁ私がイネさんと行動を共にした際に感じたことからの推測でしかありませんが……」

 狼さんの群れは助けてもらったし、その後の一連のキャリーさん誘拐騒動のときは基本イネちゃんは狙撃手、ヴェルニア奪還の時はジャクリーンさんと一緒に潜入で、ゴブリンの巣と農村の時はイネちゃんの指揮能力が足りてなかったからなぁ。

「思い当たる節がたっぷりあります、はい……」

 もうこれでもかって感じにイネちゃんは前衛や指揮官っていうよりは、縁の下で足りないところを補いつつって感じなんだなぁ。

 お父さんたち、最初っからイネちゃんは単独じゃなくって誰かとパーティーを組む前提に育ててたんだ……。

「落ち込むことはないだろう、イネ。今のココロさんの言葉に思い当たる節がいっぱいあるっていうなら、長所と短所はわかるってことだから何も悪いことじゃない」

「そうだよ、何よりイネはかわいい!それは確実に長所なんだし、こっちの世界だと環境的に難しかったけど、あっちの世界に行ってすぐに友達が作れるんだもの、そこも長所でしょ」

 コーイチお父さんにステフお姉ちゃん……ってステフお姉ちゃんはなんでいるんですかね。

「となるとどっちにしろイネ嬢ちゃんは第二線を支える縁の下ってことになるな、どっちにしろあまり差は無いんよ。あっちなら情報収集役をやってもらうことになるだろうし、こっちではあの子らの心理的な安定とかを頼むことになるんよ」

 ムーンラビットさんが提示したのを要約すると、あっちは戦争だし冒険者として動いてるイネちゃんは主戦場には参加させられないっていうことで、こっちに残る場合はココロさんたちと一緒だから、むしろ勇者様じゃ難しい心理的な部分のサポートを頼みたいってことだよね……。

 どっちにしろ心配は残ることになるけど、それならまだイネちゃんの長所を……ってどっちもどっちか、うー本当に悩む……。

「そこまで悩むんだったらこっちに残ったら?何より私がこのお家を尋ねる理由になるから私はそっちのほうがありがたいんだけど」

 イネちゃんが全力で悩んでいるところに、ヒヒノさんはとっても軽い理由で残ることを提案してきた。

「俺としてはイネちゃんにはあっちに戻ってもらいたいが……個人の意思が村長されるべきだからな」

 ティラーさん……しばらく影が薄かったけれど、普段無口なだけあって結構くるものがあるなぁ。

「ってティラーさんはどうするの?」

「俺は戻ろうとは思うが……正直なところ俺はイネちゃん以上にできることがないんだよな。俺にできるのは戦うことくらいしかないが……まぁこっちで色々な文化に触れるのも、許されるのならやってみたいが」

「別にええんよ。この区域……塀のゲート側は今後世界間で交流を行うテストケースにしよっかって話しも今回ちょっと進めたかんな。そもそも私がアレコレ政治的なのやってる間出歩けてたやろ、あんたならテストケースとして問題ないしなー」

 よもや許されるとは思って居なかったティラーさん、ムーンラビットさんっていうあっちの世界代表に許可がもらえて開いた口が戻せないご様子。

「むしろそういう意味でギルドが素性を保障できる連中は歓迎なんよな、教会は教会で人材の選択は私がするしな」

「まぁ、こちらで悪さをされると言い訳のしようがありませんしね。その点であの錬金術師は少々やらかしてくれたと言えますね」

「あれはこっちの世界の人間も関わってたってことで双方が責任を問わないってことで片付いてるんよ、その代わり私らの世界からアレ担当を出す羽目になったわけやが、まぁココロとヒヒノがやってくれるからそこは問題ないしな」

 ……これは選択肢があるようで実はない奴だ!

 ティラーさんの補助って感じにイネちゃんこっちに居た方がいい感じだね、改めて考えればミルノちゃんとウルシィさんはこっちの世界で不安になるのは確実だし、あっちの世界はササヤさんとムーンラビットさん、それにヨシュアさんもいるしなんとかなるよね。

 リリアとキャリーさんのことは心配だけれど、ムーンラビットさんとササヤさんが手段問わずで守るだろうから……。

「……よし、決めた。イネちゃんは残るよ」

 決意を固めたイネちゃんのその言葉を聞いた皆の反応は、ステフお姉ちゃんが抱きついてきてイネちゃんを撫で回したからそれほど確認はできなかったけれど、チラッと見えたムーンラビットさんの表情はこれでもかってくらいのいい笑顔だったのが見えた。

 やっぱりイネちゃん、こっちに残るように誘導されてたっぽいなぁ、まぁ最終的に決断したのはイネちゃん自身だし別にいいんだけどさ、ムーンラビットさんはちゃんと説明できる人なのにこういうところあるんだねぇ。

「了解よー、それじゃ私の護衛依頼を受けた2人はお仕事完遂ってことで……新しいお仕事としてこっちの世界で交流事業と錬金術師監視、それとヴェルニア卿の妹さんの護衛を依頼するんよ。イネ嬢ちゃんはアドバイザーとしてで少し色つけるとして、ヌーリエ教会からはココロとヒヒノの両名ってことになるんで、錬金術師のほうは2人に任せときゃええんよ」

「つまり人とお話してミルノちゃんとウルシィさんに会いにいくだけだよね」

「錬金術師の裏にいるだろう連中への対応もあるんよ、なんで戦闘能力、特に武器を使わない白兵戦の技量が重要になるかんな、ココロでもええんだがイネちゃんでも似たようなことはできるだろうし適材なんよ」

 いやまぁ室外からアウトレンジから狙撃とかでもなきゃ対応できなくはないけど、銃は欲しいかなぁ、この国だとモテるかどうかわからないからなぁ。

 いろんな不安を残しつつ、ムーンラビットさんは1人であちらの世界に帰っていった。

 さて、せっかく落ち着ける環境をお膳立てされたわけなんだから、イネちゃんはしっかり自分のやれることとかを考えないとね。

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