第101話 イネちゃんと救出
「お、お待たせ致しました……」
交流センターのメインロビーにある待合ソファーで休憩していたイネちゃんたちに向かって田中さんが息も絶え絶えに謝罪を口にする。
うんまぁイネちゃんとしては早く来て欲しかったかな、ココロさん変身状態から戻らずに座ってるもんだから凄く違和感のある光景だったし……まぁマッドスライムの件で一部職員を除いて避難していたからまだマシなんだと思うけどさ。
「んじゃ行こっか、すぐそこではあるんやけれども」
田中さんを横目に確認したムーンラビットさんが、田中さんの息が整うのを待たずに歩き始める。そんなに急ぐ必要があるの……?
「この階の1番奥、そっちのほうに魔力反応を感じてな……広場に向かわずこっち調べたわけなんよ。結局のとこ錬金術師は広場にいて、こっちには居なかったわけなんやけども……」
とようやくここに連れてきた理由を話し始めた。
それ、最初に言っても問題ない内容だよね……。
「んで、正面に見える大仰な扉に出会ったわけでな、避難していなかった職員に聞いてみたら特定の国の所有……ってわけではなく、連名で使用されてる倉庫だって話しだったんだが……」
「べ、別におかしいことではないですよ。異世界……皆さんの世界と交流交渉を行う際に単独では経済的、政治的に難しい場合連名で行いますし……」
「その時に交渉材料となる特産品とかを保存するために使う。だったよな、交渉役なんでそこはわかるんやけれど……よくよく考えてみ、それだけの倉庫ならこんな扉と鍵は必要ないよな」
ムーンラビットさんが指し示す言葉のとおり、明らかに倉庫というにはかなり厳重なセキュリティに思える。
シェルターに使われるような鋼鉄の扉になぜか物理的な鍵穴があって、扉のすぐ横の壁には電子認証のための様々な機器が設置されていた。
それにしても指紋に静脈に網膜ってちょっと厳重すぎない?
「……確かに、言われてみればこれを不信に思わないほうが不思議ですね」
えぇ……田中さんこれおかしいと思ってなかったの……。
「しゃーないよ、これ認識齟齬の魔法が付与されてるし……でココロ、私が急ぐ必要がある理由、わかったか。口頭で説明するよりもその状態なら現物見せたほうが早いと思ってな」
「……そういうことですか、確かに猶予としては後数時間と言うところでしょうか。それに強攻策対策もされていて、これは私でも突破するのは難しいと思うのですがムーンラビット様、どのようにお考えで?」
「そこはまぁ、調律でちょちょいとなんとかできんかなーと」
「流石にこっちの技術は構造や原理がわからないので難しいです。私のほうに知識がなければそれだけ時間がかかりますので」
んーどゆこと?
「そっか、じゃあ……イネ嬢ちゃん、なんとかできん?」
「え、まさかこれ開けろって?」
ムーンラビットさんは首を縦に振る。
いやまぁその反応は予想していたけれど、流石に電子認証周りはイネちゃん難しいよ。
「物理で開けるのはダメなのかな、扉は無理でも壁とかできそうなんだけど」
ムーンラビットさんやココロさんなら、むしろそっちのほうが早いと思うんだけど、中に人が居たとしても避けて破壊できるだろうし。
「ココロが強攻策対策されてるって言ったやろ、そういう乱暴な物理的開通に対して対処されてるんよ、ついでに魔法その対策を強制解除する方法にも対策がされてる」
「具体的にはそれらを行おうとした際、内部の空間が破裂するか、圧縮される魔法が仕掛けられています。しかも時限式でもありますので、早急に正攻法で解除するのが最も安心で安全ということですね」
「どっちかわからないってこと……ってどっちでも中は悲惨なことになるのか……となると科学的な鍵をこっちの世界の手段で開錠しないとってことで……」
「俺の出番か、この手のって管理権限に対して無力だったりするからな……あぁそれと物理鍵もあるようだから、イネ!」
会話中にコーイチお父さんがPCを開きながら前に出てきて、更にイネちゃんに向かって1つの道具を投げてきた。
その道具は、十得ナイフのような構造をしていて、一部針金のように細い棒は取り外せるようになっており、本体にはLEDライトが付属、ソーラーパネルが見えるところから完全に電源は独立していて自己完結するタイプのようである。
「ってこれキーピックじゃん!」
「ムツキがいないし、今できるのはイネだけだろう?」
「いやイネちゃんこんなごっつい鍵やったことないって!」
「ムツキの訓練メニュー全部合格したなら大丈夫だと思うぞー、あいつの用意したのはこの手のも開けられるようになるマスターキー育成プログラムだから」
ムツキお父さんはイネちゃんをどういう育成を目指していたのか。
そしてコーイチお父さんもなんで解除できるんですかねぇ。
「いやぁ前職の経験って生きるもんだなぁ、というかセキュリティアップデートしてないなこれよーしアップデートしていないと危ないぞっていうことを教えてやろう、イネのほうも手が止まってるぞ」
ノリノリだぁ……というかパン屋さんやる前ってセキュリティ会社の社員さんだったんだ、しかも取り扱ってたパターンだこれ。
ともあれ目の前の扉を開けないといけないのは確かなのだから……って思い出した。
「ちょっと待って、錬金術師を捕まえたのってこのためなんじゃ……」
「まぁそうだったんやけれど……こう、なんともノリノリだったんでなんか悪いかなぁと思ってしまってな」
そこはしっかりやってくださいムーンラビットさん。
「別に魅了とかしてもええんやけれど……後で洗脳だーとか言われるのは嫌なんやけどなー、ってわけでその腕戻したり、鍵を持っていたりはしないん?」
イネちゃんの指摘に錬金術師を相手にムーンラビットさんは目線を合わせるように屈んで聞く。
いやまぁ引きずっていたのはムーンラビットさんだから、そのへんどうなんだろうね、優しいとかそう思われたりするんだろうか。
「…………っぺ」
「いやぁ私唾をかけられるのは流石に興奮とかしないんやけど。あんたそういうプレイがええん?」
「ムーンラビット様?」
「いやぁそっちの手段で平和的に行ければそっちのが楽だし、気持ちいいし?」
「私情を挟まないでください……」
「私情もなにも、ヌーリエ教会でも最も優しい私が穏便に解決できる方法を提案してるだけよー、ここまでして何も聞かずに処断ってのは流石にな」
本音と建前で、今本音を聞いたら自分がヤリたいだけとかすんなり言いそう。
というかイネちゃんとしてはえっちぃっぽい何かだろうって程度の知識しか無いんだけどね、ステフお姉ちゃんの漫画とかコーイチお父さんのゲームとかだと概ねそっち方向に進むし、ジェシカお母さんからも知識として持ってないと逆に危ないからって教えて持ったりはしたんだけど……実践とかはやってないし、実際現物は見たことないからなぁ。流石に動画とか見るのは止められたし。
まぁそこまで詰め寄っても錬金術師は何も話さなかったんだけど……ムーンラビットさんがこっちを見て見事な笑顔を見せてきた辺り、とりあえず進めちゃっていいのかな……イネちゃんのほうは失敗したら本来の鍵が使えなくなったりするんだけど、責任重大だなぁ。
「管理人権限が使えるんだったらあまり穴を付く必要はないなぁ、それはそれで微妙につまらんが……もう少しゲーム感覚になってもよかったか」
いやコーイチお父さんはもうちょっと慎重になろ?
ともあれ周囲の流れ的にイネちゃんがやらなければいけない雰囲気で、技術的な面でもやらざるえを得ないので覚悟を決めてキーピックのLEDライトを点灯させて鍵穴の中を見てみる。
正直専用器具がキーピックのみで、厳重って言っていい鍵穴を開けるのってイネちゃんくらいの技量だとほぼ不可能なんだよなぁ……ってアレ?
「……これって市販の貯金箱くらいの構造でしかないっぽい?」
「セキュリティアップデートすらしない連中だからな、こっちを厳重にして満足したか、そっちが不安でこれを急遽取り付けたのか……まぁそこは気になって眠れそうにないのなら後で職員に聞けばいいが、そんなところじゃないか」
とは言ってもだよ、本当にシェルターのような鉄扉に付いてるような鍵じゃないよこれ。
あぁでも何かの本で見た記憶があるなぁ……そこそこ頑丈な鉄扉なのに、付いてる鍵は凄く簡易的な扉……。
「あぁ防火扉」
ムツキお父さんにキーピック周りでいろんな鍵に対して練習させられてたときに、鍵のしおりとか表紙に書いてある手書きの奴で見たんだ。
ピッキング技術に関してもそこに『遺跡の宝箱、レンタル金庫の鍵をなくしたときのため身につけておくと便利』って書いてあったのを今思い出した、なるほどあっちの世界は物理的な鍵をなくしたときに、鍵開け魔法が使える人に頼むしかなくなるからね……ってこれムーンラビットさんできるんじゃないかな。
「いや私そのへんの小手先でできるのはあまり無いんよ」
「ナチュラルに思考読まないで?」
「ともあれなんとかなりそうやね、後どんくらいかかりそうなん?」
「順番的にコーイチお父さんが終わってからじゃないと、電子側で動かないようにロックされてるっぽいから……」
「よし、終わったぞ」
会話中にタイミングよく終わらせるとか、狙ってたのかな?
まぁコーイチお父さんが終わらせてしまったのなら仕方ない、この程度の鍵ならムツキお父さんから何度もやらされたから、数分もあれば……。
イネちゃんが鍵穴に対してカチャカチャすると、カチャリと扉に似合わない軽い音が鳴って開いたことを皆に知らせる。
「それじゃあ、開けるよ?」
イネちゃんが鍵を開けたので、物理距離で1番近かったイネちゃんが開けることになるのも想定内。まぁこの辺はピッキングしてって言われたところで想定済みだよね。
「うんしょ……っと」
船とかの扉でよくあるバルブハンドルを回して開けるタイプだったので、少し力を込めて開くと、ムーンラビットさんたちが言ったような魔法は発動せずに、すんなりと開いた。ちょっと重かったけど。
そしてその部屋の中は、電気は当然ついておらず暗かったので、イネちゃんがさっきのLEDライトで照らしつつスイッチを見つけて明かりをつけると。
「いましたね、2名……確かに見覚えのある2人です」
ココロさんがそう言ってお姫様抱っこしたのはミルノちゃんで、その足元にはウルシィさんが寝かされているのが見えた。
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