第102話 イネちゃんとあっちの情勢

 交流センターのそこでミルノちゃんとウルシィさんを発見してから2日後、医学的な面と魔法的な面で2人は色々と検査され、多少の衰弱が見られたので今は病院で入院している。まぁ警察官さんが常駐している形での入院だけど。

 その間イネちゃんは……。

「んーイネも結構うまくなったよね」

「いやまぁこれだけ毎日プレイしてれば流石にね」

 お家で夏休み中のステフお姉ちゃんと一緒にゲームをしていた。

 いやね、本当やることが無いの、びっくりするくらいに。

 イネちゃんはミルノちゃんたちの護衛に名乗り出たんだけれど、あっちの世界で誘拐された貴族ってことで、いろんな思惑の上でこっちの世界の警察が護衛することになった上、錬金術師のほうはムーンラビットさんとココロさんがいるから入り込む余地が全くなかった。

 まぁ毎日病院でミルノちゃんたちに面会には行けるんだけれど、今日は追加の精密検査があるらしくって面会できませんって朝連絡があったんだよね。

 そんなわけでイネちゃんは夏休み中で暇を持て余していたステフお姉ちゃんと一緒にゲームをしていたのである。毎日っていうのは面会も時間が短いから仕方ないのだ。

「へぇ、こっちの娯楽ってこういうのが主流なのかな」

 ヒヒノさんも尋問するには性格とかが向いていないからって言ってイネちゃんと一緒にゲームや漫画を見ていた。

「んーいろいろあるかな、ゲームとか漫画も娯楽だけれど、人によってはスポーツが娯楽だったりするし」

「それだけ文化が成熟してるってことかなぁ、教会だと読書と畑仕事、それにお料理くらいだしね。私としてはこっちの世界の娯楽のほうが好きかなぁ。あ、そこのマス止まれるんじゃない?」

 ヒヒノさんはイネちゃんの後ろから指示する形でゲームを楽しんでいた。

 最初はコントローラーを渡す形でプレイしてみようとしたけれど、ステフお姉ちゃんが初心者にも容赦しないもんで、ちょっと涙目になりながらイネちゃんと一緒にプレイすることになった。

「ところで尋問ってどんなのなの?」

 ゲームで容赦のない行いをしながらステフお姉ちゃんが会話を始める。

「んーそのへんはね、こっちの人たちと一緒にーってお話だったからあまりそんなひどいことは無いんじゃないかな、知らないけど」

「いやいや、あっちの世界ではってことでね、どんなの?」

「んー魔法とか色々な面で向いていないってことで私はあまりそのへんやらないからなぁ、というかムンラビおばあちゃんが向き過ぎというか……他の人だと自由が無いだけでお話しましょってところからで、あまりに話さないとちょっと拷問って流れだけれど……絶食とかそんな感じだよ」

 絶食かぁ、ヌーリエ教会準拠の食事だと割ときついかも。

 お粥とかでも普通に美味しいからなぁ……上げて落とす流れかな。

「うわきつそー。でも痛みとかじゃないんだね」

「痛みに耐性が強い人のが多いからねぇ、その辺りだと効果が薄いんだって……まぁココロおねぇちゃんやササヤおばちゃんなら例外って感じにできるらしいけど、2人ともそういうのはやらないからなぁ」

「ほのぼのとしたボードゲームをやっていると思った娘たちが、殺伐とした会話をしていたのを聞いたお父さんは、どうしたらいいかな……」

 ジュースと菓子パンを持って微妙な顔をしているコーイチお父さんがドアの辺に立っていた。

 いやまぁ拷問だのなんだので殺伐といえば殺伐か、でも仕方ないじゃん、テロリストの1人を捕まえてこっちの法律じゃなくあっちの世界準拠でやるってことになったんだから、ステフお姉ちゃんが気になるのは当然のことだし。

 あ、ちなみにステフお姉ちゃんは19歳なんでヒヒノさんのほうが年上。イネちゃんとあまり変わらない体躯なのに20歳なんだよね、双子の姉であるココロさんは身長170超えのモデル体型なのに。

「コーイチおじさん、そこまで殺伐ってことでもないと思うんだけど」

「いや殺伐だろうに……せっかくゲームしてるんだからそっちの話題でもいいだろうに」

 ジュースとパンの乗ったお盆をテーブルに置きながらコーイチお父さんは言うと、やっぱり微妙な表情。

「あれから何か進展あったとか連絡ないの?」

 仕方ないのでイネちゃんの保護者なコーイチお父さんに連絡入っていないか聞いてみよう。

「いや、むしろ当事者であるイネが知ってるんじゃないかと思っていたんだが」

 これは進展無しっぽいかな?

 と思ったところにイネちゃんのスマホから着信音が鳴る、去年お気に入りだったアニメの主題歌だからちょっと恥ずかしい……。

 まぁそれはさておき着信はメールのようで、内容を見てみようとするとコーイチお父さんを除く2人がイネちゃんの肩口から覗く感じにのしかかってくる、いやヒヒノさんは問題ないだろうけれど内容次第ではステフお姉ちゃんは危ない可能性があるんだけれど……メールを開く操作したと同時だから事故扱いでいいか。

「んーはんらんぐんがべぇるにあにとつにゅうしだいきぼなせんとうが……」

 ヒヒノさんがかなり棒読みな感じに読み上げてる、あっちの世界の言語が未だ謎だけど日本語ベースなんで読めるみたい、言葉の意味も同じって意思の疎通は簡単なんだけどね。

 って今の短い棒読み部分の内容だけでもかなり重要な内容じゃないのかな!

「ヴェルニアで大規模戦闘って……キャリーさんたち大丈夫なのかな」

「ササヤおばちゃんが対応お願いされてるんだったら大丈夫じゃないかな、初動対応次第ではあるけれど、連絡が飛んできたってことは対応はできたんじゃない?」

「だといいんだけれど……」

 反乱軍がヴェルニアに突入して大規模戦闘が発生、外壁が複数箇所で破られるも駐在していた傭兵、冒険者が対応し連絡を受けたヌーリエ教会の鬼神ササヤの援護もあり居住区と農地の一部が焼かれはしたが撃退成功。しかしながら人的損害は深刻なものがあり、人的資源において街の維持だけではなく復旧作業は困難を極めるものと思われるため、異世界交渉に向かったムーンラビット司祭に催促を行ってもらいたい。

 尚本人にこの連絡を入れても受け流される可能性が極めて高いため、護衛役の2名に対して連絡を送付した次第です、連絡のほど宜しくお願いいたします。

 また、拒否する態度を見せた場合ササヤの名を使っていいとのことですので、活用してください。

「が全文かな……」

「まーたおばちゃんが鬼神って言われてるなぁ、でも今なんでヴェルニア攻められるんだろう、理由でもあるのかな」

 そういえばヒヒノさんには説明してなかった。

「今オーサ領の盟主さんがヴェルニアにいるから……」

「あ、そういう。それなら相手さんは必死になるよねー、現体制を全部ひっくり返そうとする人たちなんだから、でもとりあえずササヤおばちゃんが介入しているならそれだけで抑止になるだろうし、よほど多方面からってならなければ大丈夫と思うんだけれど……むしろ血の海が出来てそうで土地が心配」

「血の海って……一応ヤらないようにするんじゃないの?」

 ヌーリエ教会の教義的にあまりそういうことにはならないようにすると思うんだけれども。

「協力してて、更に教会にも火の粉がかかってたらしいし、火の粉を払おうとしてオーバーキルって感じだから大丈夫大丈夫」

「あの人ならありえるな……」

 コーイチお父さんも今のを同意しないでもらえないかな、オーバーキルで血の海は流石にやりすぎだから。

 ……いやまぁ比喩表現であるのならそのとおりかなとも思うのだけれど、ササヤさんなら直球で言葉通りの状況作れそうな気がしてね、というかそういう意味で聞こえてくる辺りあの人の抑止力ってABC兵器並だよね。

「私だけその人のこと知らないっぽいけど、異世界って地上最強生物でもいるの?」

「いやぁあれは地上最強っていうよりは無敵……最強って概念そのものって印象だな」

「なにそのチート、なんだか私会ってみたくなってきた」

 ステフお姉ちゃんが興味を持ってしまった、これはボブお父さん卒倒しそう。

「ただいまよー、いやぁ私がつかれたのに皆は楽しそうやねぇ、あ、このジュースもらうんよー」

 帰ってくるなりコーイチお父さんの用意したジュースをコップ一杯飲み干すと、ムーンラビットさんは今までイネちゃんたちが話していた内容に興味を示す。

 別にそのへんを話す分には問題ないのだけれど、とりあえずお仕事から。

「さっきあっちの情勢が動いたってメール……連絡があったよ、ムーンラビットさんには早急に援軍なり連れてきて欲しいって。まぁ実際のところ土建屋さんが欲しいっぽいけど」

「ってことはヴェルニアがまた攻められたんか、昨今のヴェルニアはあっちの世界情勢の中心やなぁ。それと援軍のほうはやっぱ無理、土建屋のほうは一応できなくはなさそうで、そいつら守るって名目なら限定的に派遣は可能っていう曲芸解釈はできるみたいだが……あちらさんが言い出したことだし、今すぐ連絡いれるかー」

 そう言ってムーンラビットさんは服の中をゴソゴソとまさぐってスマホを取り出し、慣れた手つきで操作して電話を始めた。

 ムーンラビットさんってワンピースのはずだよね、どこにしまっていたんだろう……。

「あぁ私、私って誰って失礼やなぁ、ヌーリエ教会の者だよ」

 そして電話の最初でこれでもかってくらい怪しさ抜群の流れをしてから、さっきの説明をして、少し揉める感じのやり取りをして……。

「んじゃそゆことでよろしくー、まぁ派遣時期は1・2週間を目処にお願いなー、それ以上だとこっちの情勢が激しく変わって大量に人死にが出てる可能性があるかんなー」

 相手の返事を聞くことなく通話を終了させたムーンラビットさんは満面の笑みでイネちゃんたちを見て。

「明日あっちに帰ろっか。情勢が変わった以上は悠々自適な感じでこっちでだべってられないかんな……錬金術師はこっちの技術と私の結界で確保してあるから、大丈夫やからね」

「ただ……それだとミルノちゃんたちがどうなるの」

 イネちゃんたちがあっちの世界に行ったら、ミルノちゃんたちはこっちの世界で知ってる人が居ない状況、目が覚めた時に知らない天井って結構混乱するし、その直前の状況次第では結構な不安になるからなぁ。

「そこはココロとヒヒノに頼もうと思ってるんやけど……」

 ムーンラビットさんがヒヒノさんに見ながら言うと、ヒヒノさんはキョトンってした顔で。

「んーココロおねぇちゃんの考えもあるだろうけどなぁ、私としては追っていた錬金術師を捕まえられたんだからフリーになってるとは思うのだけれど」

「いやまぁ戦力として連れて帰りたいとも思うから、2人で決めてくれな、少なくとも私は戻らないとあかんだろうから、明日の朝ごはんまでってことで」

 そういうとムーンラビットさんはイネちゃんとステフお姉ちゃんの間に座り。

「というわけで私もげぇむってのに混ぜてなー」

 すごろくゲームで思考が読めるムーンラビットさんは凄く強かった。

 でもイネちゃん、戻るのかミルノちゃんたちを護衛するのか……選べそうだなぁ。

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