第66話 イネちゃんとオーサ領動乱
「ふぅ、今日も特に変わったところも無ければ、動物たちも平和な日常だったッスよ」
「はい、おかえり。じゃあ教会のほうからいくつか木材持ってきてね、ここの柵を補強したいから」
「うぅ、今日も今日とてハルピー使いが荒いッス……」
文句を言いつつもキュミラさんは教会に向かって飛んでいった。
ぬらぬらひょんの人たちの葬儀から2週間、最初にムーンラビットさんが言っていたとおり、ヌーカベが走ると地面が耕されるという特性を利用して、農地だけじゃなくて村の周辺と街道までの道の整地を行った後は、かなり展開が早かった。
ふわふわな土壌になった場所も、ヌーカベに踏み鳴らしてもらって固めることで楽に村を囲う柵が作れたし、街道までの道もそれまでのほぼ獣道状態から比べたらかなり歩きやすくなったから、近くの町から道具を買ってくるのもかなり楽になったんだよね。
「イネちゃん、柵のほうはどうなってる?」
ティラーさんがクワを持って話しかけてきた。
平時はぬらぬらひょんの人たちは基本農作業で、少し土木作業してるんだけど、陣地造成に関しては知識のあったイネちゃんが主体になってやってたりする。
「んー今キュミラさんに木材取りに行ってもらってる。熊さんがそこそこ生息している地帯だから、もう少ししっかりとした、それこそ柵じゃなくて塀……壁くらいにはしたいんだけど、人が足りなくてどうにも進まないのが歯がゆいよねぇ」
「ぬらぬらひょん側からもう少し人を出せればいいんだが……新入りはこの村に滞在している間は見込めないからな、すまない」
「いやいや、むしろ農作業のほうもかなり重要だから仕方ないよ。この村の場合どっちが欠けても立ち行かなくなっちゃうだろうからね」
「いやまぁ、俺たちも話には聞いていたがヌーカベの走った土壌はすごいな……じゃがいもが2週間で2回も収穫できるとは」
それはイネちゃんも驚いたかな、普通なら2ヶ月くらいかかるはずなのに、1週間で結構大きいじゃがいもができちゃうんだもん。
ヌーリエ教会がこの世界で強い力を持つわけだよね、凄まじい食料生産能力を持ってそれを独占することなく、技術供与とかを行ったり、食料提供や孤児の受け入れとか全部やってるわけだから、外敵からは守ってくれるだけの王侯貴族よりも拠り所にする人が多くなるのは必然だよなぁ。
「持ってきたッスよー……なんでこんなでっかい木材ばかりなんッスか……」
「あ、こっちこっち、この穴に立てる感じにお願い」
「へーい」
ズドン、と重い音を立てて見事、指示を出した穴に丸太を削って四角にしただけのものが直立した。
「ふぃー、重かったッス……」
「はい、おつかれ。本当は今日中に後4本くらい立てておきたかったけど……」
「流石に休憩も無しは無理ッス!」
「うん、だからご飯食べておいで。イネちゃんはこれを基礎にできるようにしておくから」
返事すらせずにキュミラさんは教会へとすごい速度で飛んでいった。そんな元気があるなら後1本やってもらえばよかったかな。
「基礎ってことは、こいつは村の外壁にする予定なのか」
「うん、基礎となる柱をまず立てて、そこから柱を繋ぐ形で壁にして行きたいんだけど……流石にこれは時間がかかりそうだから、要所に見張り塔を建てる感じにしようかなと思ってる」
塔を繋ぐのは柵を少し頑丈にするくらいになるけど、これは資材と時間と、何より人手の関係で妥協せざるを得ないんだよね。
「それはまぁ、仕方ないな。急ごしらえの柵を村全体に巡らせるのに2週間もかかったわけだし、塔を建てるのも時間がかかる、イネちゃんたちはリリアちゃんの護衛であってこの村の専属じゃないから当然だな」
ティラーさん、見た目以外はかなりいい人だなぁ、モヒカン肩パットのヒャッハースタイルじゃなかったらモテそうなのに。
「そういうわけで、街道への道に生えてる木をいくつかまた伐採して、加工しなきゃいけないんですが……」
「それは俺たちがやるさ、イネちゃんは女の子にしては力が強いが、それでも丸太を持ち運んだりは流石に難しいだろうし、農作業の後ならぬらぬらひょんの大半は暇してるしな」
本当、なんでこの人たちはモヒカン肩パットのヒャッハーなんだろう。
子供への受けがいいからって完全に芸人の発想すぎて、能力の高さとヒャッハーがイネちゃんの中で未だにうまく噛み合わないのが本当残念。
「じゃあイネちゃんは測量と土台を作っちゃうから、ティラーさんはお昼ご飯食べてきていいですよ」
「ふむ、それじゃあお言葉に甘えよう。俺が手伝うと足を引っ張っちまいそうだからさっさと飯食って材木調達に出かけるとしよう」
「うん、お願いしま……」
と会話が終わろうとしたところで、リリアさんが走ってきた。
「い、イネさん大変!オーサ領で小領主の一部が反乱を起こしたって……ヴェルニアの街も攻撃を受けたって今連絡が!」
反乱って……リリアさんの焦り方からすると小競り合いというレベルではなくって最低でも紛争の領域に足突っ込んでるのかな。
「受けたって連絡があったなら、大丈夫なんじゃないかな。今すぐ救援を送って欲しいとかなら別だけど」
とりあえずココロさんとヒヒノさん、ヨシュアさんが居る状態なら普通の軍隊相手なら問題にもならないだろうし。
「で、でも心配だよ……」
「心配なのはわかるけど、今イネちゃんとリリアさんがやるべきことって、この村の基礎を創ることだと思うよ。イネちゃんとしては知り合いだからこそ、直接的な救援を送ってくるまでは信じることが大切だと思うしね」
「イネ嬢ちゃんの言うとおりなんよリリア」
リリアさんにイネちゃんの思っていることを話したところで、ムーンラビットさんがゆっくり歩いてきた。
ムーンラビットさんは今もだるそうな目をしているけど、むしろ自分の足で歩いてくるのは珍しい。それだけリリアさんの慌てっぷりに急いでたのかな。
「少なくともあの街にゃギルドもあるし、転送魔法陣こそないけどヌーリエ教会の支部立ち上げも済んでるんよ。必要なら派兵要請できるし、そうなったら真っ先に動くのはあんたの母親、ササヤなんよ、それでも心配かい?」
「心配だよ、いくら母さんでも軍隊相手なんて……」
「まぁばあちゃんも異世界の軍が混ざってたりすればちょーっとは心配するんやけど、今ヌーリエ教会の把握している情報じゃそういうのは皆無らしいしねぇ」
うん、まぁササヤさんの実力は目の当たりにしたし、お父さんたちの証言からかなりの化物だって認識だったけど、実の母であるムーンラビットさんまでそういう認識なんだね……。
「何よりもヴェルニアの街への襲撃は1回だけで、追撃の予兆もないらしいからねぇ。勇者が街を離れたって情報を得た上でそれなんだから、ヴェルニアの街はひとまず安心で私は思うんよ」
ん、今勇者が街を離れたって……。
それにムーンラビットさんの一人称が少し違ってた?
「勇者が、ココロさんとヒヒノさんが離れたって、どういうことです?」
「勇者は忙しいからね、教会の立ち上げが一段落着いたら他の場所に向かうのは仕方ないんよ。知能あるゴブリン……まぁ今の時代では便宜上ゴブリンマスターって定義されたんけど、それの調査と合わせて逃亡中の錬金術師の捜索が、あの子達の直近のお仕事やね」
なる程、確かに世界的驚異になりそうな要素の調査って勇者のお仕事っぽい。
でもちょっと待てよ、オーサ領において食料確保が失敗した反乱軍って、より早く食料の確保に躍起になるだろうから……。
「それって、もしかしたらイネちゃんたちのほうが危なかったり……?」
リリアさんは何のことかわからない表情をしているけど、ムーンラビットさんは少し笑みを浮かべて。
「お、イネ嬢ちゃんは察しがいいねぇ偉い偉い。食料確保の最初の作戦が失敗した連中は、形振り構う余裕が無くなったわけだぁね。となると今度は食料確保が楽な手段に出るようになるわけで、オーサ領に隣接している3つの領土は、1つは山脈、1つは王家直轄領、となればお隣の森や平原で接しているトーカ領の辺境の村々から略奪するのが楽なわけやね」
ムーンラビットさんはかなりわかりやすく説明をしてくれた。かなり子供扱いされた気もするけど、ムーンラビットさんの年齢を考えたら皆に対してそんなもんだろうから気にしたら負けかな、うん。
「それだと……この村なんて一番危ないじゃないか!」
「そうよー、だから必要最低限、自給自足可能にして、ヌーリエ教会が神官長常駐判断する程度には開拓しないといけないわけよー。でもその体制が整うまでばあちゃんが対応するから安心しとくんよ」
あぁそういうことか。
ムーンラビットさん、リリアさんが不安を口にしたときに自分のことをばあちゃんって言ってるんだ。優しいおばあちゃんだね。
「で、でもばあちゃんだって戦闘は……」
まだ不安を口にするリリアさんの頭を、ムーンラビットさんは空中に浮いて撫でながら。
「ばあちゃんこれでも昔、魔王軍のトップ張ってたんよ。心配しなさんなリリア」
その顔は穏やかで、とても優しかった。
リリアさんも頭を撫でられることで落ち着いてきたようで。
「……うん、わかった」
やだ、今のリリアさん可愛い。
大きな体のリリアさんに対しての表現としては不適切かもだけど、子犬っぽい仕草や雰囲気がしてこう、撫でたくなるような可愛さっていうのかな、こういうのも天然チャームだったりするのかも。
「はい、それじゃあまずはお昼ご飯。リリアなんて作ってる途中に飛び出しちゃったかんなぁ、私は腹ペコなんよー」
リリアさんのキョトンとした表情にイネちゃんは更に和みつつも、ムーンラビットさんのその軽い口調に思わず吹き出して……。
ぐぅ~。
お腹がなった。
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