第67話 イネちゃんと情勢のお話
オーサ領で反乱が起きたという情報を聞いてから1週間、早急に必要だった各種整備も一段落ついて、万が一に備えつつも皆教会に集まって居た。
「オーサ領の反乱軍ってのは今どうなってんだ?」
ぬらぬらひょんの代表としてティラーさんが出席して最初に質問を飛ばした。
「ヴェルニアの街、それにオーサの街に続く街道を封鎖して略奪しているらしいねぇ。ヴェルニアのほうはヌーリエ教会の庇護下である以上完全な封鎖はされてないんやけど、オーサの街のほうは割ときついらしいねぇ」
「トーカ領の方にもちょくちょくちょっかいを出し始めてるみたいで、野盗被害が増えているって話が街でされてるみたい」
ムーンラビットさんとリリアさんが現時点で把握している情報を話すと、ティラーさんは少し苦い顔になって。
「近くの街道はまだそういう事案はないが、物流に影響が出てるみたいで鉱物の値段が高騰しているのは、買い出しに出た連中の報告で確認できてる。街道封鎖に合わせて金属を集めているのかもな」
金属の値段が高騰かぁ、武器の材料の価格が高騰って完全に戦争の雰囲気だよね、むしろ食料品が高騰していないのが不思議だけど、これはヌーリエ教会の力だと思うから納得しちゃう。
「目立った被害はないのは対処が難しいよね、ともあれ村の外壁に関してはすごく簡易的なものだけれど一応は完成したよ。まぁ熊さんや兵隊さん相手だと時間稼ぎ以上の効果はないけれど」
外壁は当初の予定通り、いくつかの見張り塔とそれを繋ぐ形で柵を巡らせるものが丁度昨日完成した。
材料調達で結構森の木を伐採しちゃったけれど、おかげで動物さんに人間側がテリトリーを示す形になってそっち側の襲撃は激減したから、ちょっと申し訳ないけど村人の人たちはちょっと安心できたみたい。
「ヌーリエ教会のほうも中隊規模の部隊をヴェルニアに派遣することが決まったし、後の世では既に開戦していると歴史書に書かれても不思議じゃない状況やね。まぁ普通ならこうなった場合王家の軍が派兵されて鎮圧して終わりなんやけど……」
「ばあちゃん、何か気になることがあったりするの?」
「通商破壊……街道封鎖している連中にな、溶解液飛ばす泥の生命体が確認されてるんよ。あ、そいつの名前はマッドスライムに確定したから覚えておくよーに。まぁこいつの詳細に関してはイネ嬢ちゃんが詳しいだろうから、資料と合わせて詳しく知りたいなら聞くとええんよ」
あれが街道封鎖に居たのか……。
確かにあれって、普通の武器だと対応が難しいよね、金属は大丈夫かもだけど持ち手が木材とかだった場合溶けちゃうだろうしなぁ。
「イネちゃんが詳しいってどういうことだ?」
「イネ嬢ちゃんはマッドスライムと対峙したことがあるんよ、まぁ記録上2度だけっぽいが初見で相手にするにはかなーり厄介だから、実際矢面に立つかもしれん連中は聞いたほうがええんよー」
「いやもうそれだったらここでお話したほうがいいよね?」
イネちゃんがそう口にしたら、ムーンラビットさんの表情が満面の笑みに変わった。これはこの流れに誘導されたかな、別にいいけど。
「今の情勢だといつ出くわしても不思議じゃないからな、イネちゃん、聞かせてくれれば助かる」
うん、ティラーさんからもお願いされたからには話さざるを得ないね。
「んーちょっと抽象的かもしれないけど、それでもよければ」
というわけでイネちゃんが戦ったあの泥……マッドスライムの特徴とかを説明したんだけど……。
「教会に上がってた報告書は中途半端だったんやな、全身溶解液とか教会で見た資料には書いてなかったわ。まったくうちの勇者共は……」
「あ、姉ちゃん達の報告書だったんだ。まぁあの2人だとその辺りは無関係に潰しちゃいそうだし……」
「ともあれ、全身溶解液の上にそれを飛ばしてくるし、素体が鎧とかを着ていた場合はその装備の能力が付与されるっぽいんだよ」
むしろ強化されてるくらいかもしれないくらいだったんだよなぁ、至近距離のバックショットで抜けなかったから。
「素体……?」
あ、そっちに反応するんだ。
「それはこの……えーっと…………なぁリリアー、シックから持ってきた資料どこやったっけー」
「ばあちゃん、横に置いてあるやつだよ」
「あぁすまんすまん、おやつの板状ペレットと一緒にしとったわ」
板状のペレットとは一体……確か小さい塊を示す単語だった気がするんだけれども、もしかしたらこっちの世界だとちょっと違ったりするのかも。
「本当はチモシーにしたかったんだが、日持ちするのにほうにしたんよな。あぁこれだこれだ、ほい、目を通せば1発でやばさがわかるんよー」
とイネちゃんにも配られた資料の中身は、要所で情報が抜けているものの、ヴェルニアの街周辺の沼地に居た連中の特徴が、やたら可愛いイラスト付きで書かれていた。イラストを描いた人の名前も記載されていて、これは意外なことにヒヒノさんじゃなくてココロさんだったのは驚いたけど、イネちゃん以外の皆は別の場所で驚いていたのがよくわかる。
「人を媒体にって……これを生み出したやつは正気なのか?」
「厳密には今のところ人を媒体にしたものしか確認されていないってだけやけどねー」
ティラーさんとムーンラビットさんの会話を聞いて、ふとイネちゃんはとあることを思い出して。
「あ、そういえば……」
と口にしていた。
もちろんこの話し合いに参加している全員がイネちゃんを見るわけで、今更思い違いかもなんて言える雰囲気ではなくなってしまった。
「んーもしかしたら程度のことだから、混乱させちゃうかもだけど……開拓町のゴブリン災害の時、巣の出入り口を封鎖している時にもアレに出くわしたんだよ」
「……そういえば、確かに居た」
あ、あの時リリアさんも居たんだった。
「あの時のマッドスライム、どうにも出現場所と行動が他のと違った感じがしたんだよね」
「ふむ、どう違ったのか話してみ。思い違いならそれでいいし、本当に違っていたんなら重大な情報になるもんやからねぇ」
ムーンラビットさんに促される形でイネちゃんは必死に思い出そうとするけど、あの時はムツキお父さんが颯爽と現れて倒しちゃったんだよねぇ。
「んーごめん、ムツキお父さんが速攻しちゃったからこれと言ったものは……」
「そっか、リリアのほうは気づいたことあったん?」
イネちゃんの答えを聞いてから、リリアさんに聞いているけれど。
「私はあの時が最初に見たけど……視覚がない感じで、聴覚に特化してたように記憶してるかな」
あぁそういえば、確かに音で判別してたよね。
ヴェルニアの街の辺りにいたのは、視覚もあったみたいだからそれが違和感になってたのかな。
「ゴブリンの巣近くで聴覚特化、ねぇ」
あ、ムーンラビットさんが考え込んじゃった。
「ばあちゃん、聴覚に何かあるの?」
「あぁいやな、ゴブリンの巣付近で聴覚を頼りにするとなると、コウモリくらいなんじゃないんかねと思ってな。人間を素体としていたヴェルニア周辺のものは視覚があったらしいし、街道を封鎖してるのも視覚持ちであるのは確認取れてるんよ」
「それはもう答えなんじゃ……」
「そうやね、動物もマッドスライムになりうるってことは現時点のうろ覚えな2人の記憶だけでも確率が高いってことやね」
ムーンラビットさんが確実と言わないのは、イネちゃんとリリアさんの記憶違いである可能性と、そういう個体が人間から作られた場合でも出ないとは言い切れないからなんだとは思うけど、その言い回しにティラーさんは少しもやもやしたようで。
「確実じゃないとなると対策のほうが困るな……ぬらぬらひょんのほうでどう訓練させるか、イネちゃんが勧めている防壁の対応にも関わるわけだしな」
「そっちもだけど、可能性の話じゃぁヌーリエ教会のリソースもあまり割けないって点が厄介やねぇ。まったく割けないわけではないが、調査研究でしか動けないわけやからねぇ」
ムーンラビットさんはそうティラーさんに答えながらペレットをもきゅもきゅし始めた。やだ口の動きが完全にうさぎさんで可愛い。
ただ話し合いのほうはムーンラビットさんの口の動きに癒されつつも、ここで止まってしまった。
まぁ外壁のほうとかが追加で対策必要になるかどうかってところだから、人的リソースが足りていない現状では悩みどころではあるよ。
「た、大変だ!」
とそんなところにぬらぬらひょんの人が1人、すごい勢いで走ってきた。
あ、この話し合いは教会の居間でやってるから、縁側からすぐに対応できるんだよね。それなのに防御力が高いっていうのは未だに理由がわからないけど。
「何かあったのか!」
ティラーさんが武器である斧を手に取って立ち上がりながら聞く。
このあたりは流石、傭兵団の副団長っていうのを感じるね。
「わ、わかんねぇがなんか変なのが街道への道に大量に……」
でもこっちはどうにも要領を得ない、恐慌状態にあるようで口調すら安定していない。
「……俺が直接確認したほうが早い。ついでにイネちゃん、ついてきてくれないか」
「それは構わないけど、ティラーさん今、何考えてる?」
いやまぁ予想はつくけど、一応ね。
「こいつは比較的冷静なやつなんだが、ここまで狼狽えるっていうことは今まで見たことのない、とんでもねぇ奴が相手ってことだ。なら直接戦闘ができる奴で、今この村で一番実力があるだろうイネちゃんに頼むのが筋ってところだろう」
「褒められてるのはわかるけど、一番実力があるっていうのもこう、イネちゃんみたいな未熟者が言われるとむず痒い……」
「戦闘能力は間違いなくトップだからな、戦術、戦略云々は座学ができる奴に投げておけばいいんだよ。じゃあイネちゃん、行くぞ!」
そう叫んでティラーさんが外に飛び出していったので、イネちゃんも後を追って飛び出したところで。
「とりあえず探知かけておく、気をつけて行くんよー」
ムーンラビットさんの言葉を背中に受けながら、ティラーさんを追いかけた。
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