第65話 イネちゃんと寒村の現実
「いやぁ馬車がくくりつけてるのまでは気付かなかったんよー」
リリアさんと一緒にヌーカベに乗って戻ってきたムーンラビットさんは少しとぼけた感じで言ってから。
「ともあれ私とリリアは腕力とか、そういう方面はからっきしなんでねぇ。特に私なんて普段農作業をしていないもんだから、リリアよりひ弱よー」
「それは誇るところじゃないからね、ばーちゃん……」
「わたしゃぁ、おばあちゃんだからねぇ、力仕事は若いもんに任せるんよぉ」
唐突にそれっぽい話し方をしてごまかそうとしないで欲しいな、うん。
「まぁ、確かにばあちゃんって経理とかの数字が担当だもんね、昔もそんな感じだったらしいし……」
「はぁ、身内に証言されたら仕方ないか。それじゃあムーンラビットさんはキュミラさん……そのハルピーの女の子がサボらないように監視お願いします」
ムーンラビットさんへのイネちゃんの言葉でキュミラさんがすごい顔したけど、今はスルーしておく。
「それならいいんよー、むしろそういうのは昔からの得意分野」
常に笑みを浮かべるムーンラビットさんはどこか掴みどころがわからないけど、どうやらお願いは聞いてくれるっぽいし、万が一の時はリリアさんっていう孫アタックでなんとかなりそう。
「それにしてもササヤさんと違って、ムーンラビットさんってすごく軽い感じですね、こう、大物感がササヤさんより少ないというか」
「ん、親しみやすいっしょ。比較対象があの子なのは、まぁリリアの護衛だから仕方ないか。あの子は小さい頃色々あったかんなぁ」
うっかり熊さんを馬車に積み込みながら本音が漏れちゃったけど、怒られもせずに昔を懐かしむ表情になっちゃったよ。
「っと、ばあちゃん、それ話すとまた母さんに殴られるよ」
リリアさんも狼さんを積み込んで話を止める。
「んーそれは怖いねぇ、私が不死だからあの子、手加減無しでドーンってしてくるかんなぁ」
大物感が無いのはこんな感じの常時だるそうな、擬音混じりの口調が原因なんだとイネちゃんは思うのです。
後だるそうな上擬音混じりの特徴ある話し方のせいでスルーしかけたけど、ムーンラビットさんが今とんでもない単語を口走ったような。
「ははは、お嬢ちゃんや、この世界の淫魔は肉体の死じゃ死なないってだけで、他の言葉が作られなかったから便宜上、不死って単語を使ってるだけよー。肉体が死んだら魔力で再構築するなり、その魔力がなかったら適当に転生したりするだけなんよ。なんで淫魔の性質が強い場合は特定の手順でなきゃ滅ぼしたりはできないってわけよー」
「いやそれ言っちゃっていいんです?」
普通自分の滅ぼし方とか言わないよね。
「ばあちゃんはそのへん執着がなくて……」
「まぁ万も生きてれば、そりゃそうなるって話よー」
万って……検証や証明の仕方が無いから嘘なのかどうか本人の言を信じるしか無いやつかな?
と狼の積み込みが後2・3匹といったところでじっとこちらを見ている子供の姿が目に入った。
「あの子、どうしたんだろ」
丁度隣で狼さんを馬車に積み込んでたリリアさんに聞いてみると、少し表情が曇って。
「……多分あの子、あまり食べて無いんじゃないかな。このくらいの規模の村だとなかなか農地開拓するのも難しいし」
「それって、害獣がこのあたりに多かったりとか?」
そう聞き返すけど、リリアさんは首を横に振り。
「それもなくはないけど、多分単純に人が足りないんだと思う。本当はこういう村にこそヌーリエ教会が常駐するべきなんだろうけれど、神官の数も限られるし、少なくとも神官長でないと村に常駐するのは許可が降りないから……」
「というよりはヌーカベの世話ができて、尚且つ農業指導に医療行為、場合によっちゃ学業も教える業務が大量でな、それを全部こなした上で健康を維持できる人材が足りてないんよー。この大陸はどこも人材不足ってことやねー」
思った以上に世知辛いお話が2人から飛び出してきてしまった……。
しかしそうなると、イネちゃんたちが旅を続ける分の食糧をっていうのは少しきついかもしれないね。
「定期巡回でやばそうだったらシックの備蓄食料から当面の分は転送魔法で補充したりするんだけどねぇ。害獣被害とかの不測の事態が起きた場合、あの子みたいなことが起きちゃうわけよ。本当ならこの村を捨てて別の場所に移り住むのが最適解なんだが、住人感情とかを考えたらモアベターとして、ヌーリエ教会の定期巡回と状況に合わせた食料配給になっちゃうんよね」
「難しい問題だよね、人口は急には増えないし、増えても困るし……」
だからこそムーンラビットさんの言う最適解は、余裕のある町とかで暮らすほうがいいってことなんだろうけど、皆が皆、そう思うわけでもないし理解するわけでもないもんね。
「というわけでリリア、聖地巡礼の旅の最中の役目としてこの村の食料事情、及び街道へのインフラ整備を頑張るよーに」
ん、なんだか唐突に何か決まったような。
「ちょ、ばあちゃん。それだと年単位かかるような……」
「そのためのヌーカベよー。人の手だけでやるなら年単位かかるものも、ヌーカベを頼れば1・2ヵ月……扱いが上手ければ半月もあればできると思うんよー」
「で、でもそれでも護衛を頼んでいる2人に悪い……」
「拠点をここにしてもらうだけで、冒険者としての活動はしてもらう形で問題ないと思うんよー。まぁ聖地巡礼中の神官が単独でっていうのは後で色々問題にされたりするんで、その間は私も手伝うんよー」
「いや、ばあちゃんはむしろシックの司祭なのに……」
「だから誰も文句言えないじゃろ?」
あーこれは有無も言わさずに完全に決定しちゃってる感じだ。
まぁイネちゃんは特にこれといった目的はなかったし、いろんな経験が出来そうだからいいんだけれどね。
「えっと、その間ご飯は食べられるッスか?」
そういえばキュミラさんはそれが目的だった。
「ヌーリエ教会が本腰ではないにしろ関わる以上はそのへんは安心するといいんよ」
そう言いつつムーンラビットさんはヌーカベから降りて、懐から干し芋を取り出して子供達に配り始めた。
「まぁ今は想定していなかったんで、おやつとして持ってたこれしかないんやけどな。今後の詰めを話す前に私は一度シックに戻れば色々持ってこれるかんなー」
ともかく今日は今馬車に積み込んでいる動物のお肉で大丈夫として、明日からの食べ物のことなんだろうけれど、当面は安定するのは重要だよね。
「それなら私は問題ないッス、残りの狼も運んじゃうッスね」
キュミラさんはまぁ、そうだよね。
飯の種として護衛依頼を受けた以上は食べられるなら問題ないよね。
……特に意思表明をしていなかったからか、リリアさんの視線がイネちゃんに注がれている。
「イネちゃんとしては、世界を見て回るって目的の手段の1つとして護衛依頼を受けたから……そういう意味ではこういう村の事情を知ったり、人を守るっていうのも勉強になるかな、って……」
あーリリアさんの表情が何とも言えない表情に。
でもすぐに諦めた顔になってムーンラビットさんのほうに向き直すと。
「もう、わかった!でもばあちゃんは手伝うって言ったんだから、しっかり使わせてもらうからね!」
「おうおう、私をしっかり使いこなしてみるのだ我が孫よ。じゃあ早速動物を積み込んだ馬車を教会に運んで解体しようかねぇ、教会の場所は村で一番デカイ建物だからすぐにわかると思うんよー」
最後の狼さんを積み込んだのを確認したムーンラビットさんは、またピョンっとヌーカベに飛び乗り、再び村の億に向かって移動を始めた。
「ほれほれ子供達よ、危ないからヌーカベに近寄っちゃあかんよー。ヌーカベはでっかいから足元は見えないんだから踏まれちゃうぞー」
ムーンラビットさんのその言葉に、ヌーカベをもふもふしていた子供たちがキャーと元気な声をだして離れていった。
でも元気、と言ってもやっぱりどことなく痩せているように見えるあたり、この村の食料事情が芳しくないことが伺えちゃうのは、もうかなりやばい状態なんだろうって思わせられる。
「……よし、少なくともイネちゃんにも出来そうなことは多そうだね」
「農作業は体力勝負、まぁ冒険者のお嬢ちゃんにゃ常駐の傭兵団と協力して村周辺と街道までのルートを見回りが中心になると思うから、今から覚悟するんよ」
独り言にムーンラビットさんが答えちゃった!
でもまぁ、そうだよね。やることは本当多そう。
「荒事のほうがイネちゃんには楽かなぁ……流石に農業の訓練はしてないし、設営は簡易キャンプ程度だけども、挑戦してみるかな」
「いや、そこまで手広くは。戦闘ができる連中にはできるだけそこに専念してもらったほうが村人も安心できるかんね」
「でも、いいんです?」
「いいも悪いも、私を含めて村人は戦闘方面はからっきし。無駄に士気だけ高くても足でまといどころか全滅を招きかねないからね。戦闘に関しては戦える人間に全部投げつけちゃったほうがいい。異世界の言葉では餅は餅屋ってところやーね」
でも農作業はやらせるんだね。
足腰が鍛えられるし、クワの振り方とかで腕の筋力トレーニングにもなるとか聞いたことあるから……いいのかなー?
「イネさん頑張ってくださいッスねー」
「いや、キュミラさんもやるんだからね。最低でも村の周辺警戒はしてもらうからね?」
「あ、やっぱり私はこのあたりでお暇を……ッス」
キュミラさんが逃げようとしたところで、リリアさん以外の皆が笑顔で確保したのは言うまでもない。
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