第64話 イネちゃんと王侯貴族と司祭様
そこに居た全員が大きな声のほうを見ると、やたらと装飾過多な格好をした恰幅の良すぎる男性が馬に乗って居た。
全員が振り返ってから少し経って、街道側からそこそこの人数の、兵士らしい人たちも慌てた様子で近寄ってきて、それを確認してから恰幅の良すぎる男性が、大きな声で更に口を開いた。
「ふむ、集団葬儀だったか。地図にない寒村とは言えヌーリエ教会は把握していたということか……ともあれ私が把握した以上は税を納めてもらおうか」
は、いきなり何言ってるのこのおっさん。
「えっと、あなた方は?」
ここでようやく、リリアさんが聞いた。
いきなりこういう無駄に恰幅の良すぎる偉そうな人が大声で現れると、動けないもんなんだねぇ。結構早く動けたリリアさんすごいよ、うん。
「私を知らんとな。まぁ地図にも載らぬ寒村の者なら仕方ないのか。不敬だが許そう。私は大陸王家に列なるイット=コーヴェイである」
うん、知らない。
リリアさんの表情を伺うかぎり、これはリリアさんも知らないっぽいし、どうにも知名度は低いみたいだね、このコーおっさん。
「いくら王家の方とは言え、今は葬儀の祈りの直後です。どうかお静かに旅立たれた方に追悼をお願いいたします」
うん、知らないっぽいけどすごく無難な対応してるね。
「王家の把握しておらぬ民草の葬儀に何故私が追悼せねばならんのだ」
うわ、こっちは真顔でそんな返答してるし。
ヌーリエ教会が主流宗教で、国教だからじゃないかなとイネちゃんは思うな、言っても無駄そうだから言わないけど。
「で、王位継承順位をお教え願いませんかねぇ」
「なにぃ!今のは誰だ!不敬どころではないぞ!」
いつの間にかリリアさんの真横に、見た目かなり小さいうさみみな女の子が立っていた。
「私ですよぉ、ほらほら可愛い可愛いうさちゃん」
「え、な、なにや……」
「少し静かにしてな~」
リリアさんが何か言いかけたけど、うさみみの女の子が制止した。しかもなんかこっちも偉そう。
「あ、それと王位継承順位58位さんは答えなくて大丈夫なんよー、正直その順位だと無いも同然よねぇ」
「え、な……」
「なんでわかったのかって、頭の中が筒抜けだからよー。まぁ今はあんたの中身しか覗いてないんけどねー」
「お、おま……」
「お前は誰だ、ねぇ、丁度この村に定期巡回に来ただけのうさちゃんよー」
これは……かなりえげつない人なんじゃなかろうか。
それに定期巡回って単語を聞いた途端リリアさんが納得したような表情をした辺り、ヌーリエ教会の関係者なんだろうっていうのはわかるけど、コーおっさんの表情の変化を見ている限り、うさみみの女の子の言葉は全部当たっているっぽいのは、どういうからくりなのか。
リリアさんとササヤさんの精神魔法や極めて高い読心術に似ているけど、あの二人と比べたらこの女の子のこれはレベルが違いすぎる気がする。
本当思考を丸裸にされてる感じっていうか、容赦が無さ過ぎる。
「んー今のでもわからないんか。王家の血筋にしては不勉強が過ぎないかねぇ、これでも歴史と現代史、双方からわかるだけの情報は与えてるんよー」
「いや、ほ、本当お前はなんなんだ!」
ついにコーおっさんが叫ぶと、うさみみの女の子は妖艶な笑みを浮かべて。
「相手の頭の中が筒抜けで、教会のある村に定期巡回する存在なんざ、今この大陸に私だけなんだけどねぇ」
「い、いや……そんなまさか。司祭職はシックから外には……」
「んなことないわな。司祭長クラスならまだしも、要所要所で司祭が出張るなんざ普通に通常業務内なんよ?ほれ、いくら末端とは言え王位継承権のある人間がこういう村を訪れるみたいに、さ」
女の子がそこまで言ったところで、リリアさんが女の子の肩に手をおいて。
「もうそこまでにしてやりなよ、ばあちゃん」
え、リリアさん今なんとおっしゃいました?
「もう、すんなり答えを出すんじゃないんよー。もうちょっと楽しませてもらってもよかったんじゃないかと祖母は思うわけよ、我が孫よ」
「その昔魔王の最側近と呼ばれ、以降はヌーリエ教会の司祭職に収まっている淫欲の悪魔……」
コーおっさんもなんかすごいこと口走ってないかな、魔王の最側近だとか淫欲だとか。
「こんな小うさぎを捕まえて悪魔はひどいんよー、淫欲のほうは当時から気に入ってるから別にいいけど。それと今名乗ってる名前はムーンラビット、うさちゃんなんよー」
ムーンラビットと名乗ったリリアさんのおばあちゃんは、コーおっさんに歩み寄ると。
「で、あんたはここに来た理由を教えてもらえるかねぇ。今失礼なことに私にすごく恐怖してるから、頭の中が謝罪で埋まってよくわからんのよー」
普通に赤い瞳が明確に発光し始めると、コーおっさんが突然スイッチが切れた感じに顔がとろーんと溶けて。
「ゴブリン災害のあった町の視察を現王に命じられ、向かっている最中に戦闘跡を発見し、血の跡を辿ってきただけです……」
とすごく素直に答えた。
いきなり変わりすぎじゃないですかね。とも思ったけど、微妙にコーおっさんの瞳も赤く発光してたように見えたし、もしかしたら精神魔法とかかけたのかな。
でもこの世界の人って基本的に精神魔法に耐性を持っていた気がするんだけど、こうもあっさり精神魔法がかかるって……。
「そこのお嬢ちゃん、その疑問については後で話して挙げるんよー。まぁともかく聞きたいことは聞いたし、もう大丈夫なんよっと」
ムーンラビットさんはそう言って指を鳴らすと、コーおっさんがビクンビクンって一瞬体が跳ねてから、肩で息をして。
「こ、この件は問題に……させてもら……いますからね!」
あ、口調が丁寧になってる。
「別にええんよー、でもちゃんとムーンラビットちゃんにやられましたーって言うんよ?」
こっちはこっちで妖艶から可愛らしいと表現するのがしっくりくる笑顔でそう言って。
「じゃあ道中気をつけるんよー、まぁ殺気立った動物はこの村に滞在している傭兵とうちの孫の護衛をしている冒険者が討伐した直後だし、安全だと思うけど一応ねー」
「ふ、ふん。皆の者、行くぞ!」
唾を吐き捨てるようにコーおっさんがお馬さんを翻して街道に向かい始めたところで、ムーンラビットさんが追加で叫ぶように。
「下着はちゃんと履き替えるんよー」
って言った。
……どういうこと?
「さて、ばあちゃん。定期巡回だとしてもタイミングよすぎないかな」
「ちょい待ちリリア。それより先にな……」
ムーンラビットさんはそう言ってぬらぬらひょんさんたちのところまで歩いて行って。
「この度はお悔やみ申し上げるとともに、勇気ある彼らの御霊が皆さんと共にあることを祈ります」
と言って祈りを捧げてからリリアさんのところまで戻って。
「で、定期巡回は本当よー。タイミングにしても村の人たちは今日、教会から誰か来るって把握しているわけだしねぇ」
「誰かって……ばあちゃん……」
「えっと、いいかな?」
何か長くなりそうだったので、2人の間にイネちゃんが割り込む。
「あ、イネさん」
「なんだい、お嬢ちゃん」
あ、今は頭の中を読んでないのか。
「その人……ムーンラビットさんのこともだけど、ひとまずは動物の解体とか、色々やること手伝ってもらってもいいかな?」
イネちゃんの言葉に2人は少しキョトンとした表情をして。
「そりゃそうだ、じゃあこの村に滞在している傭兵団……えーっとなんて言ったっけか」
「ぬらぬらひょんです」
「そうそう、ぬらぬらひょんは墓地の整備と村の防衛の見直し、人が減ったんだから色々やることあるだろうしまずは自分たちのことをするように。んで村の人たちは畑が荒らされてないのか確認して、ご飯の準備。で、私とリリア、リリアの護衛の2人には馬車と動物を教会に、解体と肉の塩漬け作業しながら話そうか」
ムーンラビットさんはほぼ一息でこの場にいる全員に指示をだしてから、助走も踏ん張りもせずにピョンとヌーカベに乗ると。
「んじゃ行動開始。死者を追悼する人もほどほどにしとくんよー」
と言って馬車をヌーカベで引いたまま村の奥へと行ってしまった。
皆少し呆気にとられたものの、すぐに動き始めたけれど、イネちゃんは動く前にリリアさんに一言。
「なんというか、すごい人だね」
「恥ずかしいような誇っていいような……ちょっと複雑だけどね」
まぁ、パワフルというかなんというか。
ぱっと見渡しただけであの指示を出したと考えれば、誇ってはいいと思う。
王侯貴族相手にあの一歩も引かない態度もすごいとは思う、ちょくちょくなんかおかしな感じはあったけれど。
「ところで、馬車まで持って行っちゃったけど、降ろしちゃった動物はどうしようか」
流石に疲れている状態で熊さんとかを担ぐのは辛すぎるんですけどー。
「あ、わ、私がばあちゃん連れ戻してくる!ばあちゃーん!」
今度はリリアさんが走って行ってしまった。
「じゃ、じゃあ私も呼んでくるッス」
「キュミラさんは行かなくていいから、ぬらぬらひょんの人たちのお馬から動物を降ろそう、ね?」
イネちゃんが笑顔でそう言うとキュミラさんはヒィとか言って泣きそうな顔して荷下ろしを始めたけど……失礼しちゃうなぁ、可愛い笑顔のはずなのに。
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