第54話 イネちゃんとハルピー

「教会に到着、っと……」

 助けた女の子の処置と検査のためにお父さんたちとは別に、ササヤさんたちと一緒に教会までイネちゃんが1人で背負ったまま運んだので流石にちょっと疲れた。

 いやまぁイネちゃんが自分で言い出したことだからそれはいいんだけどね。

「お疲れ様、まさか本当に1人で洞窟から背負い続けるなんて……」

 リリアさんが何か考えるような感じの表情かおで苦笑している。

「イネちゃんとしては少し負荷をかけて動いていたい感じだったから、むしろよかった……っていうのはおかしいけど、あれこれ悪い方向に気持ちが行かなかったのはこの子のおかげかなって」

 正直、想定外だったとは言えイネちゃんの撤退判断が遅れたのが原因でウルシィさんが大怪我を負った責任があるし、判断材料自体はあったのに最悪を想定して動けなかったのも突入部隊の隊長としてダメダメだったわけで……。

 ボブお父さんは気にするなと言ってくれたけど、訓練とは違って本番。実戦だった上に、大人たちがいなかったらどうなっていたかもわからない怪我をさせてしまったっていうのは、時間が経てば経つほど実感となって圧し掛かってくる。

「小隊編成はボブさんが、全体指揮はケイティさん。その上でゴブリンマスターの存在を知っていたのは私とタタラだけだったのだから、1人だけで責任を抱えなくてもいいと言ってもこれだもの……責任感が強いというよりは自分自身が許せなくって自分への罰としてとしか思えないわよ」

「それでも、突入した4人の安全に関してはイネちゃんに責任があったわけですから……」

 ササヤさんの言いたいこともわかるんだけど、やっぱりイネちゃん自身が自分に何かしら負荷をかけないとウルシィさんに申し訳が立たないと思ってるのが大きい。

 その点も含めてリリアさんの肩に手をおいて言ったササヤさんの言葉は正しいんだけど。

「あれは私が油断したからだし、あの後はイネの行動があったから私たちはすぐに脱出ができたんだから、責任を感じられるほうが、私は嫌なんだけどな……」

 治療後の衰弱のためヨシュアさんに背負られているウルシィさんが呟くようにいう。ウルシィさんの中では脱出のときにイネちゃんが殿を務めたことで十分って思っているみたいだけど……。

「でも今は、気が済むようにさせてあげよう」

 背負っているウルシィさんの呟きに対してヨシュアさんがそう言ってくれた。

 いやまぁ惚れたりはしないけどさ、精神的に弱ってるとは言えこれだけで惚れたらチョロいってレベルじゃない。イネちゃんは軽くもないし簡単でもないのだ。

「……ともかくご飯にするぞ、ウルシィさんとそのハルピーの子は空腹による衰弱だからな」

 あ、この子ってハルピーって種族なんだ。あっちの世界でいうハーピーとかハルピュイアとかっぽかったけど、割と近しい感じの特徴ではあったけど名前まで近いなんてね。

「あ、じゃあ私が作って……」

「今日は私が作ろう。リリアは今疲れているからな」

「え、そんなことは……」

「精神魔法を使ったのだろう、顔色が少し悪い。こういう時はしっかり甘えておけ」

 そういえば自分のことで割といっぱいいっぱいだったけど、リリアさんの顔は確かにタタラさんの言うとおりに目に見えて衰弱しているように見える。

「そういうなら余計に料理させて、私が料理に対してどういう姿勢なのかは、父さん知っているでしょう?」

「む、確かにリリアは落ち込んだ時には料理か裁縫をしているが……しょうがない、手伝うだけだぞ」

「うん、父さん、ありがと」

 そんなやり取りの後タタラさんが、タタラさんを見上げるようにしていたリリアさんの頭をポンとおいて撫でると、2人はそのまま教会の中に入っていった。

「なんだ、その……親子のやり取りっていうより」

 こう、恋人とかそんな雰囲気のやり取りな感じがしたのはイネちゃんの気のせいなんだろうか。

「まったく、あの人はリリアに甘いんだから……」

 えーその反応でいいんだ……。

「あの人は父親として慕われていると思っているからセーフ。今日はあの子も自身を未熟だとか落ち込んでいたから特別ね」

 あ、そういう……ってササヤさん、今のはナチュラルにイネちゃんの思考を読んだね。

 ともあれとりあえずハルピーの子を横に寝かしてあげないといけないかな。

 そう思って縁側にハルピーの女の子を降ろしていると、ササヤさんが溜息を1つ付きながら。

「しかし、未熟さで落ち込む。ねぇ……そういえばあの子はやっていなかったし、年齢的にもやるべきかしらね」

「……やるってどういうことですか?」

 と気になることを言ったのでイネちゃんは反射的に聞いてた。

「あぁ、聖地巡礼って奴ね。私たちは10年前までは聖地シックで暮らしていたのだけれど、あの子の場合面倒くさい手順で行う里帰り程度になりそうだったからって見送っていたのよね……」

 んーでもそれが今回のリリアさんの力不足と何か関係あるんだろうか、行脚するだけなら体力の増加とかくらいにしか影響なさそうなんだけど。

「巡礼で……なにかあるんですか?」

 お、ヨシュアさんいいタイミング。

 そのヨシュアさんの疑問にササヤさんは表情を変えず、それでも丁寧に説明してくれる。

「普通なら、それほど無いわね。信仰心の確認とか体力の向上とか、あってもその辺りくらい。あの子の場合は母様……あの子の祖母があちらにいるというのが最大の理由ね」

「元魔王の幹部とかでしたっけ」

「別にやんちゃしていたってわけでもないのだけれどね、母様の時代は差別や偏見との戦いだったみたいですし」

「その辺り、歴史の授業になりそうだけど、少し知りた……」

 ぐぅぅぅぅぅぅぅ……。

 聞こうと思ったところでハルピーの女の子のお腹が大音量で鳴いた。

「あら、大きな音。まぁお米の匂いが漂ってきているし、仕方ないわね」

 ササヤさんの言葉でイネちゃんも少し嗅覚に意識を傾けると、確かにお米特有の匂いと合わせて、いくつかの草の匂いが漂ってきている。

「うぅ……これ、お粥……」

 とウルシィさん。まぁウルシィさんはお肉のほうがいいんだろうけど、以前食べさせてもらったお豆腐料理はすごく美味しかったから、イネちゃんはお米だけでも期待しちゃうかな。

「戦闘後は味の濃い重いものより、お腹に優しいもののほうがいいわよ。それに……タタラとリリアのお粥は皆さんの想像しているものとは一線を画すわよ」

 これは……お米農家さんの炊くご飯は絶品とかそういう流れだね?

 そしてこの流れでそのお料理が運ばれてくると、一層濃いお米のいい香りが辺りに広がる。

「急ぎで作ったから味の方はあまり期待しないで欲しい。そして私はこの後、広場で炊き出しを行うので申し訳ないが席を外させてもらうが……ウルシィさんはしばらく安静にしておくように。リリアはハルピーの子の検査をしておいてくれ」

「あ、うん。……私にできるかな」

「むしろ女の子相手だ、私よりササヤかリリアが妥当だろう。そして私はリリアにやって欲しいと思っている」

「……わかった、やってみる」

 自信なさげのリリアさんに、ササヤさんが無言で肩に手を乗せる。

 それを見たタタラさんは無言で首を縦に振ると、再び台所に入っていって大きな釜を持ち、口笛を吹いてヌーカベを呼んで釜と材料を大量に乗せてからまたがり。

「それではリリア、任せた。ササヤも手助けを頼む」

「えぇ、行ってらっしゃいあなた」

 夫婦のやり取りで行ってきますのキスをしてから、タタラさんを乗せたヌーカベが広場に向かって歩きだした。というか行ってきますのキスってあそこまでナチュラルにできるものなんだなぁ……。

「……それじゃあ、食べようか。七草粥っていうイネさんの居た世界の料理らしいんだけど、お腹に優しいらしいからハルピーの子にもいいと思うよ」

 リリアさんはそう言ってお釜からお粥を木で出来た食器によそってから、ハルピーの子の口にスプーンで食べさせる。

「あっつ!あっつぃ!……でもうまいッス!!」

 横になりながらだとそりゃ熱いよね。

 そして起きてたんだ……イネちゃんが背負っていたときはかなり重たかった気がするんだけども。

「あ、後は自分で食べるッス、ありがとうッス」

 一口食べただけでそこまで元気になるのかって勢いでリリアさんからお粥を受け取って、ハルピーの女の子はがっつき始める。というか腕が完全に鳥さんの羽根なのに器用に食器を持って食べるなぁ。

「うまーい!」

 とウルシィさんもそう言ってがっつきはじめた。お肉大好きウルシィさんがあそこまでがっつく七草粥って、もしやとてつもなく絶品なんじゃなかろうか……。

「とりあえず、食べようか。イネちゃんもお腹空いたし」

 実のところ朝から何も食べていなかったからお腹が空いていたり。判断があやふやとかそういうのの原因とかにはしないけど、やっぱり空腹は辛いんだよなぁ。

「そうですね、今日は朝から大変でしたから……私もお腹空いていたり……」

 とリリアさんが少し照れた顔をして言う。

 そういえば朝の段階でササヤさんがヴェルニアの街についた段階で情報があったわけだし、戻った時には戦闘があったのだから、こっちの町では朝ごはんどころかゴブリンにたたき起こされたって感じだったんだろうなぁ。

「……そういえば皆さんはなんであそこに居たッスか?」

 空の食器をリリアさんにつき出しながら、ハルピーの女の子はケロッとした顔で聞いてきた。

「え、むしろこっちが聞きたいんだけど……」

「いやぁ空を飛んでいたけどあまりにお腹が空きすぎて、洞窟に入ったところで藁が積まれていたんでごはんがあるかなーと調べてみたところに、なんだか気持ちよくなってきてそのまま寝ちゃったッス」

 えー……あそこゴブリン居たよね……。

 今のを聞いてササヤさんなんて頭抱えちゃってるよ、リリアさんはおかわりに応えて食器にお粥注いでるけど。

「あそこはゴブリンの巣だったのよ……私たちは巣の滅却のためにあそこに居たの。あなたが無事だったのは、私の予想ではあるけれどあなた、ゴブリンに鶏肉と認識されたんじゃないかしら」

 リリアさんからおかわりを受け取ろうと翼を伸ばした女の子は笑顔のまま固まって……。

「な、なんですとー!?」

 叫んだ。

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