第55話 イネちゃんといんたーみっしょん

「は、はへぇ、そんなことがあったんッスねぇ」

 イネちゃんたちもお粥を食べながらにはなったけど、ハルピーの女の子に事の経緯を説明すると、そんな感じに軽く返ってきた。

「というわけで、これを食べ終わったら調べるから」

「調べるって……やっぱ大切な場所をこう、広げちゃったりするんッスよね?」

「それはまぁ、それ以外では魔法とかを使うことになりますけど……」

 ササヤさんが予定を言って女の子が不安がってリリアさんが提案する。

 こういうのってどこかで見たような……。

「いやぁ魔法も怖いッスし、こういろんな人に見られるのも抵抗が……」

「別に痛いわけでもないし、別室で最低人数で調べるだけなので大丈夫ですよ」

「うぅ、でも産卵前の大事な体ッスから……」

 あ、ハルピーって産卵なんだね。

「流石にそこにまで影響が出るようなものは無いですよ、ゴブリンの苗床にされていない限りは」

「ひぃ!ゴブリン産むのが一番いやッス!わかりました、調べてくださいッス!」

 あぁ、見たことあると思ったらこれ、病院とかでよくあるお注射しますねーからのいやだーの流れだ。

 魔法云々のところは精密検査って置き換えると完全にそのまんまっぽくなるね。

「じゃあ食器は……オオル、お願いできる」

「うん……わかったよ姉さん」

 うぉ、居たんだ……いや失礼だけど本当に気付かなかった。

 オオルさんってタタラさんとササヤさんの息子さんなんだけど、どうにも目立たない印象なんだよねぇ、顔立ちは整っているし身長も……他の家族さんと比べたら小さいけど、それでもイネちゃんの頭が胸の位置に来る感じだから170はあるはずなんだよねぇ、周囲のキャラが濃すぎるから隠れちゃう人の典型って感じ。

「さて、それじゃあ……お名前から聞こうか」

 リリアさんが立ち上がってハルピーの女の子に向かって名前を聞いた。そういえば聞くのを忘れてたね、状況的に仕方なかったとも言えるけど、イネちゃんも精神的に落ち込んでいたから本当に仕方ない。

「ん、え、あ、あぁ私ッスか」

 むしろ他に誰だと思ったんだろうか。

「私はキュミラって呼ばれてたッス。正直巣でピーピー言ってた時期の記憶だから怪しいッスけど」

「じゃあキュミラさんはこちらの部屋に。検査しますので」

「う、やっぱやるッスか……」

「まぁやらないとねぇ、別に痛みとかは無いから安心していいよ」

 ここまできて嫌そうな顔をして立ち上がらないキュミラさんに、イネちゃんが安心させるように肩に手をおいて笑顔で言うと。

「いや、該当者にしかこの気持ちはわからないッス!」

 とキュミラさんが言ったところで、イネちゃん以外の表情が固まって静かになった。

「……え、これどういう空気ッスか」

「10年前にイネちゃんも受けた検査だからね、まぁイネちゃんは小さかったからあまり今のキュミラさんの状況とは違うけど」

 と説明したらキュミラさんもなんだか『やっちまった』って感じの顔になって。

「うわ、やっちまったッス……ごめんなさいッス」

「んーとりあえず気にはしてないよ、ゴブリン被害者に対しての対応も毎回経験してるし」

「それはなんというか、この空気でなんとなくわかるッス……でもそれなら私は明るいままでいるッス!せめてもの侘びの気持ちッス!」

 それは口にしちゃったら意味がないんじゃないかなぁとも思ったけど、珍しい反応だったしイネちゃんもそっちのほうがありがたいのでツッコミは入れずに笑顔だけで返す。

「そうッスね、私より年下の人が10年も前に経験したのなら、私も受けないわけにはいかないッス!えーっと……神官さん!よろしくッス!」

 あ、これはイネちゃんこれもお決まりのちびっこに見られてる。

 まぁ検査受ける気になってくれたのだから今は指摘しないでおこう、絶対長くなるもん。

「私のことはリリアでいいので……じゃあこちらに」

 そう言ってリリアさんはキュミラさんを連れて2人で隣の部屋に……いやササヤさんが逃げないようにキュミラさんの真後ろについてるから3人か。

「あ、あ、本当に広げ……あっー!」

 一応言っておくけど、これは膜の有無を確認しつつ念のために魔法で胎内を確認しているだけだからね。

 この手の医療行為って勘違いされやすいよね、それだけソレを真っ先に考える人が多いってことなんだろうけども。

「で、母さんこれで……」

「えぇ、問題ないわよ。結果も……白ね」

「うぅ……もうお嫁にいけないッス」

 と隣の部屋から聞こえてきたとほぼ同時に3人が戻ってきた。

「キュミラさんは白だったわ、まぁゴブリンの巣滅却作戦の最中に中に入ったみたいだから、もとより白の可能性が高かったわけだしこんなものね」

 とササヤさんが皆に説明してくれた。

 あぁでもイネちゃん少し気になることが。

「ところで、キュミラさんは巣に入って食べ物を探している時にって言ってましたけど、原因とかってササヤさんはわかりますか?」

「あぁそれは多分リリアの魔法が原因ね」

 あぁサキュバス由来。

「基本的には精神魔法に耐性を持つのが、この世界の知的生命体なのだけれども、極希に耐性が弱い人が産まれたりするのよ。最も耐性の度合いを詳しく調べるにはシックまで言って司祭クラスの人に頼むしか無いのだけれど」

「突然変異とか、そういうものでしょうか」

 ヨシュアさんが突っ込んで聞いた。イネちゃんはそう頭の中で補完しちゃったけど、そうじゃないの?

「研究中としか言えないわね、分かりそうな人は知っているけど、やっぱりシックにいるのよね」

 結局聖地までいかないとダメってことか。

「ヌーリエ教会の人間としてはゴブリン被害が白だったのは別にして、精神魔法への耐性の度合いは一度調べることをオススメするわ、リリアの魔法を見たことがあるイネさんにはわかるでしょうけど、精神魔法は耐性が無い相手には非常に強力な魔法だから」

 あぁうん、ゴブリンの乗り物になってた狼さんが凄い状態だったもんね、あれが人だったりすると本当阿鼻叫喚っていうのは想像できる。

「ところでキュミラさんは冒険者を雇ったり、もしくは冒険者だったりしないのかしら」

「冒険者ッスか?正直ハルピーの移動は基本空ッスからどっちもやってないッス」

 飛べるなら護衛は必要無いもんね、でも……。

「でも誰かと一緒なら、飛んで移動は難しいかもだけどご飯には困らないと思うよ?」

「……そうかその手があったッス!飛ぶ場合荷物を極力減らすから食べ物も持てないから困るッスから、確かに冒険者と一緒ならご飯に困らないッス!」

 むしろいままで気付かなかったのか……。

 しかしササヤさんはキュミラさんに何が言いたいんだろう。

「そこでね、近々リリアに聖地巡礼をさせようかと思うのだけれど、護衛をやってくれないかしら。冒険者登録への斡旋口利きは私がやっておいてあげるから」

「いや、私が冒険者になってもご飯の問題は解決しないように思うッスけど」

「他の冒険者とチームを組めるわよ、厳密には冒険者じゃなくても組めるけれど、ギルドのサービスを受けることができるようになるし、飲食店や宿泊施設などで割引を受けることができるようになるわ」

「む、木の上で寝る必要がないのは少し魅力ッス、でもハルピーは元々外での生活ッスからあまり苦でもないッスが……」

 とやはりキュミラさんはあれこれと嫌がる。いやまぁ気持ちはわからないでもないけど、鳥さんなわけだから当然の如くベッドである必要性は無いもんなぁ。

「そう、なら。リリアと一緒に聖地に行ってくれるのなら……ヌーリエ教会に立ち寄った際に1食無料にするわ」

「乗ったッス」

 食べ物に釣られトリー!

「でも、私はそんなに戦えないッスよ?」

「そうね、そこで私はイネさんを指名して護衛依頼を出したいと思っているのだけれども……」

「えっ、え~……なんでイネちゃんだけ?」

「あら、なんでイネさん1人ってわかったのかしら、不思議ねぇ」

「いやだってササヤさん今のを言うときにイネちゃんしか見てなかったし、ヨシュアさんたちを含むのならササヤさんのことだから『イネさんたち』って複数形を絶対付けるよね?」

 それに複数形でない上に指名だしね、完全に単独って感じの言い回しだったもの。

「ヨシュアさんたちはこの後ヴェルニアに戻るでしょう?ウルシィさんはしばらく安静、ミミルさんはウルシィさんの治療に居た方がよいでしょう?なら自由に動けるのはイネさんだけでしょう。だから指名という形」

「イネちゃんとしても、満足に挨拶ができなかったキャリーさんたちに会いたいんですけど……」

 早朝、ヌーカベをもふもふした辺りから一気にゴブリンのことで思考を奪われちゃったからできなかったんだよね。

「でしたら、リリアの最初の経由地はヴェルニアの街ということではいけないかしら。オーサ領にも教会を誘致するという勢力がいますし、現盟主はオーサ領全体での食糧生産に関して改善を行うということを前々から教会に打診があったの。不幸ではあったけれども、ヴェルニアを農業改革の地にする腹積もりがあるらしいから、その初動をリリアに任せるのならば巡礼の目的からも外れないのだから」

 なんだか知らないところで色々とあるんだなぁと思わせられる内容だねぇ、ところでリリアさんがそんなの始めて聞いたって顔しているのはいいのかな。

「母さん、巡礼のほうはまだしもそれ始めて聞いたんだけど……」

「そうね、今始めて言ったもの。でも巡礼であるのだからある程度各地を巡るというのはわかっていたことでしょう。最初の目的地が決まっているというのは楽なものよ、本当……」

 あ、ササヤさんが遠い目に。昔はもっと大変だったのかな。

「ともあれ、リリア以外は当人の意思次第ではあるから、考えておいてくれると嬉しく思うわ」

 ササヤさんの笑顔には、断れないなぁと思わせるだけの凄みを感じたところで、イネちゃんたちは一度ギルドに戻ることにした。

 受けるにしても断るにしても、イネちゃんは補給をしないといけないし、お父さんたちがギルドにいるからお話はしないといけないからね。

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