第53話 イネちゃんと未熟さを知る

 まず、お父さんたちが一斉射をして、ゴブリンが顔を見せるなり蜂の巣になり、大量のゴブリンが同時に出てきたとしてもボブお父さんのグレネードや散弾で殲滅され、それを掻い潜って漏れ出たゴブリンはルースお父さんが、遠距離攻撃をしようとしたゴブリンはムツキお父さんが仕留めて、3人の攻撃でも漏れたのとか、リロード中はコーイチお父さんのドローンで風穴を開けて、洞窟には完全に蓋がされたようにねずみ1匹漏らさない感じで弾幕っていうのを、たった4人で行ってる。

 しかしながらその状況を打破しようとしたのか、あのデカイゴブリンが姿を現すとすぐ、お父さんたちが下がりササヤさんが前に出る。

「いいかしら、ゴブリンは学習能力を持ち、身体能力もある程度強力な個体に急速進化する特性を持つの」

 講義に似たことを口にしながら、デカイゴブリンが丸太と見間違うほどの棍棒の振り下ろしを片手で止めて、逆の手をギュッと握り拳を作って、続ける。

「それでも、この世界にはその領域を軽々と無視できる存在がいるわ、例えば勇者。例えば道を極めた達人……後者はある意味では道筋はゴブリンの進化と被るから不適切かしらね」

 そして半歩足を引いて、地面を踏みしめてから……。

「最も、生まれつき理不尽な強さを備えるものもいるのが、この世界よ。それを学習しておきなさい世界害獣ゴブリン

 その一言と同時に拳をゆっくりと伸ばし、ゴブリンに触れた時点で……ゴブリンがAパーツとBパーツに分離した。

「まぁその理不尽に屈する必要なんてこれっぽっちも無いのだけれどね」

 ゴブリンの血が降り注いでいる中心に居ながら、それを一滴も浴びることなくササヤさんはそこに笑顔で立っていた。


 洞窟入口でそんなことがあってから30分程経ってから、再度洞窟内の探索の編成が行われ、イネちゃんとササヤさん、それとお父さんたちで内部の探索を行い、中に誰も居ないことを確認することになった。

 結論から言えば洞窟内には見当たらないという結果ではあったのだけれど、あのデカイゴブリンを考えたらそこまで楽観もできず、少し暗い顔で探索していると。

「人を食べた……いえ、人以外もこの場合は含まれるけど、大型の野生動物以外のものは、私が腹を砕いた分だと確認できなかったし、ゴブリンの消化系では骨までは消化できないことがわかってる。そしてアレの腹にはそれが無かった……というだけでは満足できないのよね」

 ササヤさんの言葉に、イネちゃんは素直に首を縦に振る。

「お父さんたちに色々教わって、正直少しは追いつけている気になってた」

 でもお父さんたちが4人で連携し、それぞれの得意分野を全力で活かしたアレは、今のイネちゃん……イーアの声が聞こえている状態でもできないものだと思わさせられた。

「そんなの、当然じゃない。イネさんのお父さんたちは何年チームを組んでいると思っているの。アイコンタクトすら必要のないレベルでお互いを信頼できる関係というのは、私ですら羨ましくなるのに」

 確かに、お父さんたちは少なく見積もってもイーアを助けた時には既にチームを組んで傭兵業していたんだから、相当長い付き合いなのはわかる。でも。

「ササヤさんが羨ましいっていうのは……」

「私は生まれつき、力が凄すぎたから。信じられる相手が少なかったのよ……中にはヌーリエ様の教えに背いてでも消しておくべきだって言う人もいたから。当時無条件で味方に思えたのは母様と、幼馴染のタタラだけだったわ」

 とここまで言ってササヤさんは苦笑といった感じで言葉を止めて。

「いや、関係無いわね、ごめんなさい」

 少し気になるものではあったけど、人の過去になるので詮索はやめておく。それにしてもイネちゃんと同じ感じで、今回似たような思いをしたのは多分リリアさんだよね、両親との力量の差を目の当たりにしていたのだから。

「でもリリアさんも、落ち込んだりしてなければいいのだけれど」

「ん、あの子ならむしろ嬉しがる部分もあるんじゃないかしら。あの子にとってタタラは永久に追いつけなくてもいい絶対的な存在で、私のこともそういう感じに見ている節が多いから」

「それはどういう……」

「私に対してのそれは、まぁわかると思うし大きく外れもしないだろうから置いておくけど、あの子は好きになった異性を立てる子なのよ……母親としては困ったものだけれど」

 えー、なんか話がすごく吹っ飛んだ気がする。おかしい、イネちゃんはシリアスしていたと思ったのに、いけない方向に話が流れたのはサキュバス的なアレなのかな。

「……あぁ余計に関係のない話になったわね、ごめんなさい」

 イネちゃんの表情を読み取ってか、会話の間が長くなったのを察したのかでササヤさんが再び苦笑する。

 なんだか今までササヤさんに抱いていたのはちょっと怖い感じだったけど、今、ゴブリンの巣の中で関係無いことを話す姿はかなり可愛い感じ。女子っぽい雰囲気だけど、見た目が妖艶とかそっち系だからギャップを感じて余計にそう見えるだけだとは思うけれど。

「さて、色々話は逸れたけれど、この巣の探索はここで終わりね。私の予想では人は居ないと思うのだけれども……」

「なんだかササヤさんが口にすると本当にそうなんじゃないかとか思っちゃうんですが、そんな都合よくいかないとは思うんですけど」

「いや、私だって私が認知できないところまではどうにもできないわよ。そういう意味では勇者のあの子達のほうが神託を受けて対応できる分、上よ」

「でも町の防衛をしていたはずなのに……」

 夫婦揃ってきましたよね。という言葉を発する前にササヤさんは答えてくれた。

「それはあの子が精神魔法をリミッターを外して使おうとしたからよ、母様……あの子にとっての祖母だけど、母様が施した制御魔法があってね、あの子が力を必要以上に大きく使おうとしたときに私にわかるようになっているわけなのよ」

「いやそれだと町のほうが危なかったんじゃ」

「聞いていないのね、邦人を助けるためとか言ってあちらの軍隊が、小規模だけどあの直後に来て、そこにコーイチさんとムツキさんがいたのよ」

 それであのタイミングでムツキお父さんが来たわけだね、というかボブお父さん達のほうじゃなくってムツキお父さんのほうが上司を脅したのか……。

「それはそうとして、この空間も他の場所と変わらないかな……」

 雑談になりつつあった弱音を切り上げ、やけに見覚えのある空間を見渡す。

『私たちが居た場所、ミアちゃんやアッシュ君の遺品があるかも』

 気分が落ち着いてきたとは言え、まだ脳内でイーアの声が聞こえる。

「……まぁ制御の仕方は後で教えるわ」

 ササヤさんが溜息でそう呟いた。

 町でササヤさんがあまり使うなと言っていたからね、イネちゃんは制御法を知らないのだからこの辺は仕方ない……けど、制御できないリスクも聞いているから、町に戻ったらしっかりと教えてもらおう。

 イネちゃんは愛想笑いを浮かべながら、10年前に自分が居た場所の付近を探そうとすると、違和感に気づく。

「ササヤさん」

 こういう違和感のときは、例え安全だろうという算段があっても仲間に声をかけるのが大切。

 戦闘ではあまり役に立てなかったからこそ、こういう部分ではしっかりとしないとね。

「……これは、確かに人ではないけれどまさかいるとは思わなかったわ」

 藁に隠れる感じだったから、近寄るまでわからなかったけど、1人?の女の子が10年前に私が寝ていた場所で眠っていた。

「翼の腕に、この三つ爪の足。翼の色が藁と同じで、ほかの部分は藁に隠れていたから気付けなかったんだね」

「それよりもリリアや私が認識できなかったのだから、かなり衰弱しているか、既に……」

 ササヤさんが不吉なことを口にする直前、その女の子が寝返りをうった。

「生きてるよ!」

「この衰弱状況ではゴブリン災害の被害者深度を調べるのは無理ね、私の責任で一度教会で保護します」

 私のときとはこの辺が違いそうだなぁ、お父さんたちはそのへんの不文律を知らなかったか、あえて無視したっぽいし。ケイティお姉さんは義憤に燃える新人さんだったって聞かされたから、当時はこの辺の反発が凄まじかったんだろうというのがよくわかる。

「イネちゃんはお父さん達が最初に調べてからって聞いたけど……」

「10年前は致し方ないでしょうね。今ならある程度魔法でも、最悪あちらの技術でも処置ができますから、世論感情はあの時のようなことにはならないのよ」

 それなら安心。とは言えないまでも、あの時のイーアと同じ扱いはされないならまだいいかな。とにかくこの子を外に連れ出さないとだね。

 そう思って女の子の手……この子の場合は翼だけれどもともかく縛ってから、できた翼の輪にイネちゃんの首を通して背負う。こうすると気を失っている人でも楽に背負うことができるから、担ぐ人間の負担が結構減るらしい。実際今のイネちゃんとしては楽な気がする。

 そしていざ歩き出そうとした、その瞬間。

 ぐぅぅぅぅぅぅぅ…………。

 獣の鳴き声のような低い音が洞窟内に鳴り響いた。

 ササヤさんと目が合う。うん、イネちゃんのほうを見るのは大変よくわかるんだけど、今のはイネちゃんじゃないからね。

「お、おなか……」

 女の子が今の音で気がついた……わけでなく、その声で今背負っている女の子の衰弱原因がとってもわかりやすい、テンプレートのような展開でよーくわかった。というかイネちゃんは背負っている服とマント越しですらお腹の動きが分かるほどだったよ、あんなにお腹って動くものなんだね。

「そう、衰弱理由がそれであるのなら心配はあまりないのかもね。はぁ、まだ気を引き締めなきゃいけないのに気が抜けたわ」

 イネちゃんは、苦笑するしかなかった。

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