第52話 イネちゃんと大人たち

 見栄を切った後はかなりきつかった。

 まず近くに居たゴブリンはスパスで対応しようとしたものの、動けた2匹が散らばって左右から同時攻撃をしてきたものだから、右手のほうをスパスで押し付ける形で対応できたけど、左手側の奴が姿勢を低くして突撃してきたものだから対応が一瞬遅れる。

『ファイブセブン!』

 幸い頭の中のイーアの声で、太ももに保持しているファイブセブンさんで対応するものの、当たり所が浅かったのかすぐに切り返して来た。

 その2匹に合わせて奥から追撃してきていたゴブリンも突撃してきたのが見えたので、切り返してきたゴブリンを右足で蹴り飛ばし、体幹移動で右手を下げ、マントに下げてあるフラッシュバンの安全ピンに小指を引っ掛ける形で取り、ピンを口で咥えてからスパスを脇で持って、右手でフラッシュバンを投げつつ、体を回転させて目だけは保護する。

 状況的に耳が使えなくなるのは痛いけど、1対多数で乱戦を避けたい場合なのだから致し方ないところである。即効性と持続性的にも後方のゴブリンを止めるのに有効なのはフラグでもファイアでもなく、現時点ではフラッシュだと思うし。

 フラッシュバンが炸裂する音と共に一瞬周囲が眩しくなり、音も耳鳴り以外聞こえなくなる。

 それに合わせて私はゴブリンから少し距離をとってから改めて振り向き、P90を射撃姿勢をとってから斉射を始める。

 P90の連射力なら隙間なく並んでいるような数のゴブリンでも、確実に最前列から蜂の巣にしていけるので、1マガジン、2マガジンと撃ち込んでいると、3マガジンの途中あたりで耳鳴りが小さくなり、P90の発砲音が聞こえるようになってくる。

「この調子なら弾切れまでは何とでもなるかな」

『組織的な動きも考えられるから、油断しない』

 頭の中で響くイーアの声も、イネちゃんが調子に乗らない感じに抑えてくれるから助かる。

 それも5マガジン目を撃ちきってリロードするまでのことで、状況がそこから変わる。

「……突撃をやめた?」

 リロードを終えて構えるまで、今まで近づいてきていた奴を蜂の巣にしていく形だったのに、今はゴブリンが隊列を組んで待機しているようにも見える。

 そして地団駄の合唱って感じにゴブリンたちが一斉に地面を踏み鳴らすと、洞窟の奥から一回り体の大きいゴブリンが姿を現した。

「どう考えても、あれがこのゴブリンたちの組織的な行動の元凶、だよね」

『律儀に待つ必要は、ないんじゃないかな』

「それもそうか」

 グラググレネードのピンを外して投げてから、でかい図体のゴブリンの頭を目掛けてP90を発砲する。

 まずP90の弾がゴブリンの額に当たり、続いてグレネードが……。

 ドンッ!

 という音と共に大きなゴブリンがグレネードを壁にめり込ませるように、巨大な棍棒で叩きつけたところで、爆発した。

 無論ゴブリン側に多少の被害は出たものの、素直に爆発した時と比べたら圧倒的にダメージは少ないし、何よりも50mくらいの距離でP90の直撃を受けてびくともしていないあのゴブリンには驚き以外の感情が出てこない。

 そしてそのゴブリンが『にぃ』って感じの不敵な笑みを浮かべたところで、そのゴブリンの頭に2発ほど衝撃が走った。

「……かってぇ、戦車の装甲板でも入ってるのかあいつ」

「それなら目とか潰すだけだろ」

「おうてめぇ、イネになんて顔をしてやがる。ぶっ殺すぞ」

「ゴブリンである以上、どのみちやるだけだけどね」

 と後ろから声がして振り向くと、お父さんたちが凄い顔をして立っていた。

「イネ、大丈夫……のようだな。よく1人で持たせた、後は俺たちに任せろ」

「でもあのデカ物、P90のヘッショに無傷だし、グレネードは棍棒で野球するしで……」

「なる程、なら飽和射撃か、防げない攻撃をするだけだな。というわけでイネはこれを使ってくれ」

 ボブお父さんがそう言ってXM109のケースを渡してきた。

 いや、流石に洞窟内でこれぶっぱすると耳とか色々よろしくない気がするんだけど。

「よし、それじゃあ……まずは脱出するぞ」

「イネのスパスは回収。クレイモアが仕掛けてあるあたりは流石俺たちの娘だな」

 ボブお父さんの方針に合わせてムツキお父さんが言う。スパス自体は足元にあったけど、岩陰に仕掛けたクレイモアに気づくんだ……。

「というわけでイネ、走れるよな」

 とこれはコーイチお父さん。銃の扱いはあまり得意じゃないからか、ノートパッドを手に持って……驚くあまりに気づいていなかったけど、なんで洞窟内に2基もドローンが飛んでいますかね。

「むしろ擦り傷以外してないと思うけど……ここ洞窟だよ?ドローンとか大丈夫?」

 するとコーイチお父さんは。

「ん、なんだ2基じゃ足りなかったか?可愛いイネのためならリアルタイムで気流計算くらい軽いからもう2基くらい増やすか?」

 違うそうじゃない。

 ともかく立ち上がってふと、思ったことを口にする。

「……撤退するならコレXM109必要無かったよね」

 ケースを顔の前まで持ち上げて聞くと、コレを持ってきたボブお父さんが。

「……すまん、慌てていてうっかりしていた」

「まぁ、いいや。私のことを心配してのことだし、お父さんたちだから仕方ないよね」

 お父さんたちは私の事となったら割と見境ないから、このくらいでグダグダ言う事もない。そもそも状況的には時間かけることは不可能だしね。

「ともかく走ろうか、いくら急いでいたって言ってもお父さんたちが無策でそんなこと言うとは思えないし」

「じゃあドローンを殿にして戻るよ、ほら、ルースも」

「チッ、作戦って分かっていてもこうして背中見せるのは嫌なもんだぜ」

 とM4ライフルを拡張マガジン分ぶっぱしていたのは見えてたから、とりあえず下がろう?

 そうして出口に向かって走り出してから、ハッととあることに気づいて慌ててお父さんたちに聞く。かなり重要な事案なのに驚くことが連続していて聞きそびれるところだった。

「ウルシィさんは大丈夫だったの!?」

「それが今出るか……」

「デカゴブが出てきてから驚きっぱなしだったから……ウルシィさんごめんね」

 今この場に居ないウルシィさんに謝りつつ走る速度を早める。

「あの子なら治療魔法を受けて無事だ、町で待機しているはずの神官夫妻が来て、タタラさんが稲穂で1回撫でたらみるみるうちに、っていうか怖い勢いで傷と呼吸が落ち着いていってな。魔法ってすげぇ」

 ウルシィさん、助かったんだね。というかタタラさん凄い、リリアさんの治癒魔法と比べると段違いの効果なのは流石神官長ってところなのかな。

 ウルシィさんの無事を聞いたところで、後方から爆発音が聞こえた。どうやらクレイモアが爆発したらしい。

「よし、じゃあグレネードを……ってクレイモアで無傷らしいな。岩か何かぶつけて誘爆させたらしい。まぁともかく撃ち込みはするがな」

 ボブお父さんの言葉が気になったものの、今は確認する余裕もなく走る。

 ボブお父さんが足を止めることなくダネルさんで空間制圧っぽく後方を牽制できるし、今私ができることは可能な限り早く洞窟から出ることしかない。

 そのことに自分の未熟、無力さを感じつつも目の前の角を曲がったところで外の光に少し目がくらむ。

「イネ、っと危ない。目がくらんだか」

 コーイチお父さんに支えられてこけることは無かったけど、お父さんはノートパッドを落としていた。

 基本的にノートPCを使っているから洞窟内用に持ってきたものだろうけど、それをさせた自分に少し悔しさを感じる。

「よし、外に出るぞ!」

 ボブお父さんが必要以上に大きな声で叫ぶと、洞窟の外から女性の声が聞こえる。

「救出作戦、お疲れ様。では私が引き継ぎますね」

 とすれ違う形でササヤさんが洞窟の入口の目の前に仁王立ちしていた。

 すれ違う時に少し見えたけど、ササヤさんの瞳が黒じゃなく、吸い込まれそうなほどの真紅に輝いていた。リリアさんのお母さんなんだから、サキュバスとしての力なんだろうけど……それが全部身体能力に回されてる実力は、私がこっちに来る時には片鱗は知っている。だけど……。

「デカイゴブリンがいて、他のゴブリンに指示を与えている感じがしたよ!」

 すれ違った後に叫ぶように言うと、冒険者さんたちからどよめきが聞こえた。けど、ササヤさんは驚くこともなく不敵な笑みを見せて。

「歴史的に1度、そういう例があったのは知っているけど……なら歴史の二の舞を踏まないようにここで滅却しなきゃいけないわね」

 え、リリアさんは前代未聞って言ってた気がするんだけど……ともかく突入前にボブお父さんが陣取っていた場所まで走り、ケースからXM109を取り出して組み立てる。場合によっては援護する必要があるだろうし。

「恐らく、それは必要無い。ササヤなら大丈夫だ」

「でも、あのデカイゴブリンは……」

「そうだな、魔王と勇者、それ以外にも全ての人が手を合わせて撃退した相手だ、歴史書ではゴブリンとしか書かれていないが、それだけ強大な存在だったことは想像できる内容ではある……だが、その時にはササヤはいなかったんだ」

 タタラさん、凄まじいほどの奥さんへの信頼感ですね。

 正直、あれと対峙して攻撃を弾かれた身とすれば、結構厳しいと思うんだけど。

「そうね、他の雑魚が私の邪魔をしないように援護してちょうだい。当てないでね」

 と、聞こえていたのかササヤさんがそう言うと、お父さんたちは首を縦に振りつつ。

「当てようと思っても当てられる気がしないから、安心してください」

 と冗談めいたことを笑いながら言って、ササヤさんの一歩後ろのところでそれぞれの武器を構えた。コーイチお父さんはドローンだから私の隣でノートPCを開いているけど、外で待機させていたドローンをササヤさんの上に待機させている。

「確かにアレは遊び心もありましたけど、こちらの世界が下に見られていたことからの抑止力としてのものですから、そんなに言わないでくださいね」

 とササヤさんも笑いながら言う。

「そういうことならお弟子さんと含めて効果抜群でしたよ、あの時の上の連中の顔をお見せしたかったくらいですねぇ」

 とボブお父さんがダネルさんとレミントンをリロードしながら答える。

「それでは、子供達に大人の威厳を示すとしますか。時には背中を見せてあげないといけないものね」

 そこから起きた出来事は、まさしく一方的な流れだった。

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