第51話 イネちゃんと撤退戦

「イネ、リリアさん!」

 スパスのリロードを諦めて、P90のマガジンを2・3回交換したあたりでヨシュアさんとウルシィさんが戻ってきた。

「そっちの通路、滅却は?」

 まだゴブリンが出続けている通路にP90を指切りしながら撃ちながら私が聞くと。

「匂いを嗅いで隅々まで!」

 ウルシィさんの鼻なら大丈夫かな。私たちが滅却した後にお父さんたちかギルドの冒険者さんたちで何度か再確認するだろうし。

「じゃあリロード時間を稼ぐためにスイッチ、お願いできるかな!」

「わかった!」

 私のお願いにヨシュアさんが応えて前に出る。射線は大丈夫だったけどちょっと危ないから次からはやめてね?

 危なかったのはともかく、ヨシュアさんたちが戻ってきたことでゆっくりとリロードができる時間ができたから、P90をリロードしてからスパスにも弾を入れようとしたところで、クレイモアの炸裂音が洞窟内に鳴り響いた。

「ヨシュアさんとウルシィさんはそっち!挟撃される!」

 焼夷グレネードをクレイモアを仕掛けた通路に向かって投げながら叫ぶ。

 考えうる最悪の自体では無いけれども、今の状況は割とまずい。

 戦力の逐次投入状態になったゴブリンが、数をまとめて一斉に襲ってくる可能性が出てきたなぁ。

「い、イネさん……出口側の通路に」

 訂正、最悪のケースだ。

 ゴブリン側が戦力の逐次投入から、今は一斉に戦力を投入する形での、私たちを包囲するように動いている。

「……ヨシュアさん、ウルシィさん。一時撤退」

 下唇を噛みながら、私は皆にそういう。

「え、でも……」

「でもじゃない!死にたくなかったら出口まで走れ!」

 スパスにバードショットを2発、バックショットを1発、残り3発をスラグ弾マスターキーを順番に入れつつ、叫んだ。

 流石にこの状態でここに籠城は下策中の下策なので、撤退を選択する。こいつらを滅却するために必要な撤退なのだけれど、皆の動きが鈍い。気持ちはわからないでもないけど。

「でも、この状況だと!」

「ウルシィさんが撤退切り込み!その後ろは順にリリアさん、ヨシュアさん、私は殿!」

 再び叫ぶように指示を出すと、もう1個、焼夷グレネードをクレイモアの通路に投げ込む。一番やばそうなのはそっちだから、できるだけ時間稼ぎをしておきたい。

 向き直ったときに、ヨシュアさんの悔しそうな表情が少し見えたけど、すぐにウルシィさんの肩を叩いて走り出してくれた。この判断の早さは指揮する側としてはすごく助かるね。

 そしてウルシィさんとヨシュアさんが私の横を走り抜けたのを確認してから、私も走り始める。後ろを確認しつつ、前を追い抜かないようにしているからそれほどの速度は出せないけど、後ろに爆発物放れる位置を自然と維持できるのだから何の問題もない。

「ガッ……そん……匂い無かったのに」

 と少し走ったところで、先行しているウルシィさんの苦しそうな、水分の含んでいる咳き込みが聞こえてくる。

「ヨシュアさん、カバー!」

 まずい、ウルシィさんを先行させたのは嗅覚での奇襲対策だったのに、今聞いた内容だとゴブリンが、あっちの世界の軍人さんが戦場でやるような臭い消しをしていることになる。

 そして先行しているウルシィさんがやられたということは、絶賛、完全に挟まれたということを意味している。

「状況報告!」

「奇襲してきたのは5匹、ウルシィが内蔵を痛めたみたいで吐血!」

 吐血する怪我ってのは一見だけじゃ判別できない。

 だけど今の状況を考えると最悪を考える必要がある。ウルシィさんを戦力外として、走り抜けられるだろうか怪しい以上、ここで少し足を止めざるを得ないか。

「外の光は見える?」

「……まだ見えない、でも入ってきてからあそこまでの距離を考えるとあと少しのはずだけど」

「リリアさん、ウルシィさんに治癒魔法とかかけれる?」

「作物は持ってきたけど……私だと時間がかかる上に……」

「消耗して結局同じか……、それだと無理やり一点突破のほうが選択肢としては上位に来ちゃうね」

 今の短いやり取りで、隊長としては決断しなきゃいけない。

『イネ、最悪の場合は』

 頭の中でイーアの声が響く。

 勿論、最悪のパターンで考えるのならばあの時広場で私がやったアレを、今ここでやる。ただしあれは自分の意識ははっきりするけど、仲間のことを気にできるほどうまく立ち回れる自信が無い。だからこその最悪のパターン。

「……後ろ、精神魔法をかけるから皆は正面をお願いできるかな」

 今の一瞬の思考に割り込むようにリリアさんが提案してくる。

「……それは年長者としての責任感?」

「ううん、皆で帰るために、私ができると思う最大のことを提案」

 リリアさんが自分が戦えないことを自覚していたのは知っている以上、年長者っていうことを理由にせずに提案してきたことで、そのケースを考える。

「今は考えうる限りの最低最悪の状況ではないけれど、最悪の状況なのは確か。それを打開するにはリスクを取らないといけないのも事実。でも想定していたくせに防げなかったのは隊長である私の責任……」

「私はそんなイネさんの判断補佐としてボブさんから頼まれてた。アドバイスできなかったのは私の責任。おぼろげながら感知できてたのに、ネズミかなって勝手に思って報告しなかった私の責任」

「……実行してもいいけれど、最悪の場合戻れずに消耗戦になる上、サキュバス由来の魔力で発情したゴブリンの苗床になるかもしれない。それでもいいの」

 流石に現時点からの考えうる限りの最悪パターンを提示すると、リリアさんは少し考え込む。

 無論その間、ヨシュアさんは前方を牽制し、私は後方に向かってグレネードとバスパスを撃ち込んでいる。そこまで悩める時間はもうなくなってきているのも事実なので、あと10秒くらいで返事がなければ私とヨシュアさんで全力の一点突破で出口に全力で走ることにする。

「わかった、でも私が全力で魔法を使うことで、もしかしたら援軍が期待できるかもしれない」

「それはどういう……」

 意味という言葉を口にする前にヨシュアさんが割り込んできた。

「ウルシィの呼吸がおかしい!」

 その言葉で洞窟の奥の方にグレネードを投げつつ、前方にスパスを発砲して2人に近づく。

 耳を澄ませる必要すらなく、ウルシィさんの呼吸がヒューヒューと明らかにまずいことになっているのがわかった。

「……最悪は何もせずに皆ゴブリンにやられることだ。だから、やっぱりやるよ」

「わかった、でもリリアさんは精神魔法をかけたらヨシュアさんと一緒にウルシィさんを外に連れて行ってあげて。すぐに治療を」

「イネさんは?」

「最初に言ったとおり殿をする。全力を出すけど多分、体力的な問題で長くは持たないし、脱出する余裕はないと思うから……お父さんたちにお願いしてもらっていいかな」

 勿論、救援要請のこと。

 リリアさんはすぐに頷いてくれたけど、ヨシュアさんは。

「それなら僕が殿を……」

「ごめん、悪いけどウルシィさんを背負った場合、そこまで速度を出して走れる自信はない」

 確かに色々お父さんたちに鍛えられてはいるけど、私は可愛い女の子なのだ。体躯で言えば明らかに小さくって、ウルシィさんよりも少し身長が少ない。

 自分より体格の大きい人を担いで走る技術はあるものの、そこまで速くは走れない。こればかりは適材適所。

 今の言葉でヨシュアさんもわかってくれたのか。

「……できるだけ早く救援を呼んで戻ってくる、だからできるだけ粘って」

「うん、私だってこういう戦闘の手ほどきはされてるから。じゃあリリアさんの精神魔法に合わせて正面にスパスを撃つから、その後走ってね」

 正直少し長く話しちゃったから、もうゴブリンがジリジリと近づいてきている。

「じゃあ、ウルシィさんをお願い!」

 私の言葉に合わせて、魔力の余波を感じられるくらいの強い精神魔法をリリアさんが使うのを確認してから、スパスを正面に向かって発射する。幸いにも3発目はバックショットで散弾なのだから、弾の広がりを考慮してできるだけ多くのゴブリンに当たる位置に向かって発砲した。

「今!精神魔法の効果とか確認している暇は無いから走って!」

 そう叫びつつ、前方のゴブリン集団にスパスを……狙った1体だけがパーツ分離しただけで終わった。いや、ゴブリン側に動揺が広がったってのはあるけど、こっちも想定外……いや、3発目からはスラグ弾だったんだった……。

 とは言え想定外にゴブリンが動揺したところでこちらの作戦が想定通り進むだけだから別にいい。

 今はヨシュアさんたちを外に逃がすことが最優先なんだからむしろ願ったりって奴だね。

「それじゃあ、殿の役割を果たしちゃおうかな!」

 ウルシィさんを担いだヨシュアさんとリリアさんが走っていくのを確認してから、私はあえて大きな声でそう言った。

 こういうのは自己暗示の効果が大きいってルースお父さんから聞いていたし、実際に対人戦であるのなら相手にそれを認識させるっていう効果も期待できたりするけど、ゴブリン相手ならあまり関係無いけど。

 スパスにバックショットを2発、スラグを2発リロードしながら出口へ続く道を塞ぐように、真ん中に立って、改めて見栄を切る。

「1匹たりともここを通れると思わないでね……10年前のあいつらじゃないだろうけど、全力で駆逐させてもらうから!」

 実際には短かったんだろうけども、私にとってはとっても長い時間の始まりの合図でもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る