第48話 イネちゃんと因縁の地
えー、私は今とっても複雑な感情で洞窟の出入り口天井にC4爆薬を設置しております。
なんでゴブリンの巣が、よりにもよって10年前に私がさらわれた洞窟なんですかね。
これには流石の私もイネちゃんとイーアの意識共有状態になるってもんですよ。イネアモードとでも名づけちゃおうかな。
「ヨシュアさん、詳しい寸法とかわかるかな。あとこの岩盤の強度とか」
「流石にそこまでは……ごめん」
C4の炸薬量は結構な量を渡されたのはいいのだけれど、こういうのって多めでも少なめでもダメなんだよね、これを直感で適量仕掛けられるムツキお父さんは本当すごいと思う。
「……この天井はちょっと粘土質っぽい」
少し触っただけでリリアさんが言う。
「根拠は?」
「根拠はないけど、長年教会で農作業を手伝って来た勘かな」
「わかった、その勘を信じるよ」
リリアさんは驚いた顔をしているけど、こういう時は正確じゃないデータよりは職人的な勘のほうが信用できることのほうが多いんだよね。ムツキお父さんの受け売りだけど。
というわけでムツキお父さんに叩き込まれた、粘土質の土壌で落盤させるだけのC4を仕掛けてこの場を離れる。
「えっと、次はどこだっけ」
私が聞くとほぼ同時、ヨシュアさんが地形投影をする。
流石にもう1時間くらい仕掛けて回っているともなると慣れた感じになってる。
「……後は合流地点に近い場所に1箇所だね、しかし怖いくらいに順調だけど、こういう時ほど慎重にすべきかな」
「ヨシュアさん、それフラグになりかねないから。まぁ慎重にっていうのは同意だけど……リリアさん、周辺に生物は?」
「大型動物が数匹、小動物が多数。ゴブリンは洞窟の中以外に感じないよ……でもいいのかな、私がまともに判別できる範囲って半径で100リールくらいなんだけど」
「十分、ボブお父さんに連絡してこの辺もミミルさんの精霊魔法で監視してもらうね」
完全に把握できないのと比べると、リリアさんの生物探知能力ってかなり頼りになる。万が一獣に襲われたところでリリアさんのおかげで荒事無しで対応できるのも大きいしサキュバス能力ハンパない。
やり取りしながらスマホでボブお父さんに連絡を入れる。私もスマホじゃなくお父さんたちみたいな軍用もどきのPDAのほうがいいと思うんだけど、頑強さとバッテリーの持ち以外はスマホのほうが便利なんだよね、表計算ソフトで手荷物管理したりとか結構バカにできない。
ちなみにこのあたりは町からそこそこの距離ではあるけど、ゲートの最寄りのギルドに備え付けられた電波中継器のおかげでギリギリ届いたりする。ちょっと葉っぱの多い場所だと途切れたりするけど。
「その魔道具ってあっちの世界の道具なの?」
ウルシィさんがさっきから興味津々に聞いてくる。
実はさっきから聞かれているし、リリアさんもチラチラ見てきているあたり興味あるんだなぁと思うけど、通信機器は教えてもいいんだっけかなって思ってはぐらかしてる。
「それは魔道具じゃないんじゃないかな、イネの武器みたいに魔力以外の動力で動く感じの」
見てられなくなったのか、転生召喚系主人公なヨシュアさんがそれっぽい説明をし始めた。面倒かけてごめんね?
「あぁそういうことか、さっきからイネさんがはぐらかしてるのって話していい内容かどうか怪しいラインだからかな」
とリリアさんはそのヨシュアさんの説明で納得した。
そういえば教会の人には問題ないんだっけか。
「うん、でも教会の神官さんであるリリアさんには大丈夫な気はしなくもないかな。元々こっちの世界であっちの世界と一番交流している組織の人だし」
「そうだけど……私自身は新米もいいところだからなぁやめておくよ」
リリアさんはかなり真面目なんだねぇ、こういう時なら聞いても罰は当たらないんじゃないかとか思う人のが多そうなのに。
まぁリリアさん、スマホ以上のものに既に触ったりしてたんだけどね、検問所でPCでレシピ見せてもらっていたわけだし。
「よし、とりあえず連絡入れたから次に行こうか」
「待って!そっちのほうに……」
私が足を踏み出そうとしたところでリリアさんが制止の言葉をかけた。
「嘘でしょ、さっきまで無かった反応がしてる。多分ゴブリンだと思うけど……ちょっとだけ違う感じがするから注意して」
サキュバスの精神魔法である程度の判別ができるリリアさんがそこまで言うあたり、本当に注意すべきか……ここで荒事になるのは避けたいんだけど、無理そうならムツキお父さんみたいにスニークしなきゃだけど、できるかなぁ。
それにしてもゴブリンだと思うけど違う感じのする存在か……。
「それって人間だったりとかは?」
「違う。イネさんの居た世界の人でも、私たちの世界の人と同じ感じだから。さっきのボブさんとルースさんで確認済みだからそこは間違えないかな」
即答で断言された。
しかもお父さんたちで確認済みって抜け目ないなぁ、それだけ真面目なのだろうけど。
「とりあえず、音の出ない攻撃手段で皆お願い。どうしても音は出ちゃうだろうけどもなるべく中のゴブリンに気づかれない程度に抑えて」
ファイブセブンさんにサイレンサーを取り付けてからナイフを抜く。
実はファイブセブンさんのグリップは少し削ってナイフを握りやすくしてる。これはコーイチお父さんのゲームで渋いおじさんのフィクション的なものではあるけど、やってみたら私的にしっくりした感覚だったからついやっちゃった。
まさかこれが役に立つ時が来るとは流石に思わなかったけどさ。
「こっちに来てる、そろそろ見えると思うけど……」
リリアさんの言葉に全員が身構える。
森の中で肉眼で確認できる距離ならウルシィさんが分かりそうなものだけど……。
「ウルシィさん、匂いで分かったりしない?」
「……これ、キャリーのところのアレと似た感じがする」
「え、それってあの謎生物……」
ゴブリンっぽいアレって、もしかして一部そういうのが混ざってたり?
でも共存とかできるのかな、できるのならココロさんたちがそれっぽい対応してそうなのに……ゴブリンとは親和性が高かったりするのかな。
「となるとちょっと面倒かな、音が出ない武器だと極めて相性が悪いし」
「え、どういうこと?」
あぁリリアさんは見たことないだろうし、情報はまだ教会のほうに行ってないだろうから仕方ないね。
「全身が溶解液で覆われた凄まじくくっさい存在。魔法とかで遠距離から、溶解液を突破してコアを砕かないといけないっぽい相手なんだよ」
「説明がふわっとしてるね、コアを砕かないといけないっぽいって……」
「まだよくわかっていないからね、仕方ないよ。調査のほうはココロさんとヒヒノさんがキャリーさんと協力してやってると思うけど、判明するって保証がないから……ともう来たね、臭い」
「うっ、確かにこれは……」
リリアさんが口と鼻を抑えたところで、木々の隙間から目視で確認する。
2・3本くらい挟んだ辺りにアレがいるのが見えるものの、どうやらこっちに寄ってきたのは偶然でまだこちらに気がついていないようで、アレは左折して私たちから離れる感じに遠ざかり始めた。
とは言え今は静かにして動かずに様子を見る。
さっき連絡に使ったスマホはしっかりとサイレンスにしてるからバイブ機能すら発動しないので安心。こういう時にゲームに出て来る渋いおじさんみたいに骨伝導式通信機とかあればいいのにと思わなくはない。
「イネ、どうする」
ヨシュアさん、もうちょっと待って欲しかったかな。
「プシュ……」
ほらー、ちょっと振り向いてる。
あれ聴覚で獲物判別してるっぽいんだよね、正直森林内部なら他の音のほうが大きいから油断してたらこれだよ。
「イ……」
また声を出そうとするヨシュアさんの口を指で押さえる。
警戒状態なだけなら静かにしてじっとしていれば、鹿さんなり熊さんなり狼さんなりが動くだろうし、最悪鳥さんでもいいけど、もっと大きな音がを出すだろうから待機を指示する。ハンドサインで。
しかしながらあれは見逃さないほうがいいんだろうけど、今の目的はゴブリンの滅却作戦のために支道の出口にC4を仕掛けて回ることだから、アレに関しては確認だけして後日に回す。
山狩りが必要になるけど、あれもこれもやれるなんていうのは物語の主人公みたいな人くらいしかやれないしね。身近にいっぱい居る気もするけど。
「シュゥゥ……」
むぅ、葉っぱの擦れる音はするけど、どうにもそっちにはまるっきり反応しないみたいで、少しづつだけどこっちに近づいてくるのがわかる。
これは所謂プランBに移行するとかそういう展開なのかな……私としてはそんなもの用意していないし、全部行き当たりばったりになるからなって欲しくないんだけども、そんな思いとは裏腹に徐々に近づいてくる。くそぉ、あっち行け!
「プシュ……シュゥゥゥ……」
ついに木を1本挟んだ距離まで近づいてきて悪臭を撒き散らし始めましたよこいつ。
と、いよいよもって対応しなきゃいけないかなってところで、洞窟正面の方角からかなり小さいけれど何かが走ってくるような音が聞こえて……謎生物に対して発砲した。
発砲音もかなり小さい、軽いものであったにも関わらず、謎生物がこぽこぽ音を立てながら溶けていくのが横目で確認できたところで、ソレを倒した人が話しかけてきた。
「大丈夫だったか、イネ」
「……いや、ムツキお父さんちょっと待って」
「どうした、どこか怪我でもしたのか?」
「ルースお父さんとボブお父さんからムツキお父さんは演習だから来れないって聞いてたんだけど……」
「あぁ流石にサボれないから、本気だして速攻で勝ってきた。表彰式はぶっちぎってきたが」
自衛隊ってそんなに緩かったっけ?
いやまぁ10年前からの素行を考えれば確かにやりかねないけども……。
「まぁ自衛隊の装備は全部ちゃんと主計科に怒られないように報告書も添えて置いてきたから大丈夫だ。武器に関しては傭兵をやる上で買っておいたものだから問題ないぞ」
そう言ってSPRを私に店ながら言うけど、割とそういう問題でもない気がする。
ともかく今この場にムツキお父さんが居る事実はもう変わらないので、溜息を1つついてから。
「また減給処分とかされそう……まぁ来ちゃったのなら仕方ないし、手伝って。ムツキお父さんの劇的な登場で皆開いた口が塞がらないっぽいから私が説明するけどさ」
そう言って現状を報告する形でムツキお父さんに残りのC4を手渡す。
正直なところ私よりムツキお父さんのほうが確実だからね、私はまだ師匠を超えられている自信はないのです。というか最近まともに練習できていないから間違いなく超えられてない。
「後一箇所か、それなら戻る最中に仕掛ければ問題ないな」
「私たちの動きとは逆回りで来たんだね……」
こっちの世界だとGPSが無いからだろうけど、そこでピンポイントに、しかもあのタイミングで来れるって凄すぎないですかね?
「いや、コーイチの奴もパン作ってる場合じゃねぇ!って叫びながら一緒に来たからな、ドローンで確認してもらった」
うわぁい、お父さんたち勢ぞろいだぁ。
このあと、開いた口がふさがらなかったヨシュアさんたちを引っ張る形で、残り1個の出口にムツキお父さんが私の半分の時間でC4を仕掛けて合流箇所まで移動した。やっぱりまだ師匠は越えられないみたいです。
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