第39話 イネちゃんと人だったもの
「では……開きます!」
ミルノちゃんの合図と共に、目の前の壁がガコンと小さく開いた。
その壁を少しだけ開き、イネちゃんは向こう側にピンを抜いたフラッシュバンを投げ入れて……破裂した音が聞こえてから1拍おいて、ジャクリーンさんと一緒に突入した。
とは言え動くなとかフリーズとか言わずに、とりあえずそこに居た人型の存在を格闘で無力化する形で、お互い一言も発することなく、イネちゃんは軽鎧を着た男の人を、ジャクリーンさんはなんとも言えない服を着た初老の男の人を地面に叩きつけるような形で押さえ込んでいた。
「き、キサマら、何者だ!」
鎧の人が叫ぶ。けど勿論、イネちゃんもジャクリーンさんも答えず、お互い押さえ込んでいる相手の喉元にナイフを当てて動きを止める。
「どこの差し金じゃ……ここまで徹底した人員なぞそう用意できるものではないぞ」
今度は初老の男の人が呟く感じに喋る。
んー、このまま待機してたら全部喋ってくれたりしないかな。
ちなみにミルノちゃんには消音しながら部屋の中を調べてもらっている。正直順番ミスったかなと思う、ミルノちゃんにまず男たちの手足と目を封じてもらえばイネちゃんとジャクリーンさんが動けない今の状態を短くできたことに、実行してから気づいたのは失敗だったなぁ。
「しかしだ、わしの口を塞がなかったことを後悔しろ侵入者。この地で実験を続けられないことは残念だが、わしはここで終わるわけにはいかんのでな」
初老の男の人がそう言うと、イネちゃんが抑えている鎧の人が慌てた様子で。
「お、おいちょっと待てよ。俺まで巻き添えにする気かよ!」
「ふん、何を言うと思ったら……侵入者を察知できぬ程度なら使徒にはどうせなれんのだ、せめて組織に礎となれ。……それにじゃ」
とりあえず初老の方を黙らせたほうがいいかなと思い、イネちゃんとジャクリーンさんがアイコンタクトで頷き合い、ジャクリーンさんがナイフを滑らせようとしたところで、それが起きた。
「組織は最初から、貴様も検体扱いにしておったのじゃよ。グリーブ」
初老の人がグリーブと口にした次の瞬間、鎧の人を抑えているイネちゃんの手のひらに刺激が走って、男の人がうめき声をあげて……溶け始めた。
「いたっ!?」
イネちゃんが慌てて鎧の人……だったものから距離をとってスパスを構えつつ、声のしたほうを目線だけで確認すると、ジャクリーンさんが地面に突っ伏す形になっていた。え、初老の人はどこいった?
「イネさん危ない!」
一瞬動きを止めていたイネちゃんに向かって、ミルノちゃんが叫び、それに反応して確認せずに横に飛ぶと、思っていたよりも部屋が狭かったのか棚にぶつかり、その衝撃で瓶のぶつかる音が聞こえてきて……今までイネちゃんの居た地点の石畳が少し溶けているのが確認できた。
これってアレだね、謎生物。
謎生物の正体は今そこに転がってる死体か、イネちゃんが取り押さえていた鎧の人のように生きたままだったのかは関係なく、人間だったみたいだね。
正直そんなところまでコーイチお父さんのゲームっぽくなくてもよかったんだけどなぁ……。
「ジャクリーンさん、館側の通路の警戒お願い。イネちゃんは……これを倒すから!」
とカッコつけて言いながらも、位置関係的にイネちゃんは今撃てないんだけどね、謎生物挟んでミルノちゃんとジャクリーンさんがいるから。
でも声を出したのがよかったのか悪かったのか、謎生物はイネちゃんのほうに少しづつ近寄ってきていて、ズルズルと引きずる音を立てている。
「普通に人相手だったらこんなに悩まないのになぁ……」
人相手だったらさっきジャクリーンさんとやったように無力化は簡単という意味で。
「ミルノちゃんもお願い、イネちゃんとこいつの直線上に入らないようにしてくれればそれでいいから!」
イネちゃんの叫びに、ミルノちゃんは何度か首を縦に振って隠し通路のほうに向かって移動を始めた。
急かしちゃったっぽいかな、何度かつまづくのが見える……と思いつつ元鎧の人である謎生物の溶解液を回避する。攻撃の頻度が低いのがちょっと気になるけど、とにかくこれで攻勢に出られるかな。
ちなみにスパスにはバックショットが装填済み、ミルノちゃんが射線から外れたと同時に発砲できるけど……ヘッドショットは効果なさそうなんだよなぁ、街の外で戦った時も効果なかったし。
ともあれ考えている間にミルノちゃんが射線から外れたし、ひとまず1発胴体に向けて発砲。
カイン!
高めの、金属のぶつかる音が聞こえて来た。まるで楽器みたいな感じのアレ。
しかも元鎧の人だったものは、ダメージを受けている感じがないみたいでイネちゃんに溶解液を飛ばしてきた。
「イネさん!」
ミルノちゃん、叫ばなくても回避するよー。
とは言え想定外に音で少し反応が遅れちゃったから、マントと靴に少しかかっちゃった。
マントは一番外の部分が金属メッシュだから別にいいんだけど、靴は化学繊維……あの溶解液の対象外と思ったけども、どうにも嫌な臭いと音がしているあたり化学繊維もあの溶解液の守備範囲内だったみたい。
ともあれ今靴を脱ぐこともできないし、溶解液がイネちゃんの可愛い足に到達する前に終わらせたいところだよね。
「今の音でいくつか降りてくる足音が聞こえる!」
「そっちは任せた、ジャクリーンさんの装備だとこれ相手はきついだろうし」
ちょっと大きめとは言え、ナイフだと溶解液で結構危ないもんね。
ジャクリーンさんも一度奇襲で覆いかぶさられたのが軽いトラウマになっているのか、無言で首を縦に振って廊下のほうに躍り出ていった。奇襲アタックしなくてよかったのかな。
と、今はジャクリーンさんよりもこっちをなんとかしないとだね。
さっきの金属音はもしかしなくても、コレの元になったあの鎧の人の軽鎧に当たった音だよなぁ。
普通に考えたらバックショットで板金1枚程度の軽鎧が抜けないわけないんだけどなぁ、距離的にも有効射程内だったし。
というわけで次は抜けるようにスラグ弾を装填、すぐに発砲。
今度は貫通したらしく、後ろの壁に弾痕がつくけど……。
「シャァァァ……」
ちなみにこれは蛇の鳴き声ではない。どれかと言えば水の流れる感じの音に近い。音はこもってるし目の前の状況を見ると清流とかこれっぽっちも思い浮かばないけど。
ボト。
うへぇ、ただの溶解液の塊だろうけど、そういう落ち方やめてもらっていいかな、ちょっとグロイ。
まだ動きが止まらないあたりスラグ弾でも無理なのかなぁ、弱点があってそこに当たっていないだけかもだけど、確実性が欠ける攻撃を何度も行える状況とは言えないしどうしたものか……。
ちょっとだけ溶解液のかかったほうの足に熱を感じ始めたし、本気で急がないとまずいんだけど……とにかくできることはやらないとね。
しかしこの部屋、単独で立ち回る分には問題ない広さではあるけど、グレネードを使うには危険っていう絶妙な広さなのがきつい。まぁそもそも証拠の山っぽいこの部屋で爆発物はフラッシュバンまでだよね、うん。
現状の位置関係は、イネちゃんが侵入してきた通路とは別の扉、館に通じている扉の前に居て、謎生物は部屋の中央。
ジャクリーンさんは今館に向かう廊下側で、ミルノちゃんは脱出路の通路から顔だけ出しているのが確認できる。証拠保全のために爆発物が使えないのなら、ここから出せばいいのだけれども……。
「こいつら、どれだけ湧いてくるんだよ!」
うん、ジャクリーンさんのほうは今取り込み中。こっちはダメ。
ミルノちゃんのいる通路のほうも実際なところ、誘導して爆発物を使いたくないんだよなぁ、イネちゃんたちにとって唯一の撤退経路だし、万一崩落でもしたら正面きって表門までゴリ押しで突破する羽目になるから。
「ブシュッ!」
イネちゃんが次の手を考えている間も謎生物は溶解液を飛ばしてくるね、当然だけど。
回避はしているものの、ちょっと溶解液がかかったほうの靴がかなり動きにくい感じに溶けてきているのがわかるほど、動きが阻害されてる。
しかしながら、貫通力の問題でバックショットじゃ……あれ、貫通力。
賢いイネちゃんはここで唐突なひらめきを得た。スパスをマントに入れている暇はないので一旦部屋の外に軽く投げてP90を抜く。スパスさん後で整備するからごめんね。
そして……フルオートで目の前の謎生物に対して、できるだけ体と思われる場所の広範囲に当たるように発砲する。
「とにかく、もう、うごくなぁぁぁぁぁ」
1マガジン撃ちきったところで、謎生物は溶解液を吐く動作が止まるのが確認できた。だけどイネちゃんはすぐにリロード、再びフルオートで発砲して2マガジン目も全弾撃ちきったところで、左手でファイブセブンを抜き、構えて謎生物の様子を注視する。
「できれば、もうちょっと追撃したいところだけれども……」
生態もなにも分かっていない生物っぽいなにかが、本当に無力化できたかなんてわからないからね、可能なら念入りに、もう火葬レベルのことまでやっておきたいくらいだけど、今のイネちゃんの手持ちでは焼夷グレネードでドカンしかないのでやれないのだ。
「イネ、終わったんならこっち手伝って!」
ジャクリーンさんの声が聞こえてくるけど、まだ動く可能性を考えたら迂闊に後ろを向けないんだよなぁ。
「ミルノちゃん、先にジャクリーンさんのいる廊下に。さっきイネちゃんが投げた武器を拾っておいて」
というわけで護衛対象を先に行かせるという愚策を使って後方の憂いを軽くすることにする。最悪通路の向こうにグレポイしちゃえばいいかなって。
まぁ隠密組が全力でバレた時点で撤退OKのはずなんだけど、流石にこの証拠っぽいものの山を放棄して行くのは無理だし仕方ない、篭城戦に移行してヨシュアさんかココロさんが来るまで耐えるしかない。
そしてミルノちゃんが廊下でスパスを拾っているのを横目で確認してから、イネちゃんも廊下に出たところでソレが館中に聞こえてきた。
『ウヴォァァァァァァ』
……なに、ラスボスでもいたのこの館。
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