第38話 イネちゃんと潜入作戦

「こちらです」

 えー今イネちゃんはミルノちゃんとジャクリーンさんの2人と、街の下水をさかのぼる形で旧ヴェルニア邸の裏ルートを進行中であります。

 ココロさんの提案した作戦は、勇者組が正面から敷地内に入って囮になり、キャリーさんとミルノちゃんの案内で貴族の館なら大抵存在しているはずの非常路から潜入するというものだった。

「このレンガを押せば……」

 ガコッ。

 そんな感じの音がして表面だけがレンガで作られた扉が開いた。

 いやぁ実際こういうのってあるんだね、イネちゃん状況には相応しくないのはわかっているけどすっごくワクワクしてる。

 で、なんでイネちゃんを含めてこの3人だけなんだってお話なんだけど、ココロさんの作戦には1つだけ誤算があったのだ。

「でも脱出路が複数あるってことは、襲撃とか絶対想定していたってことだよね」

 旧ヴェルニア邸から伸びている脱出路が複数存在したのであった。

 本当ならヨシュアさんたちと一緒に同じ進入路から、って考えだったらしいけど、イネちゃんたちのメンバーは明らかに人数が多かったのもあって、いっそのことメンバーを2班に分けようということになった。

 そしてなんでイネちゃんとジャクリーンさんがミルノちゃんと一緒なのかというと、ミルノちゃんはキャリーさんと違ってそこまで魔法は得意ではないけど、消音と光学迷彩に当たるものはお父さんから叩き込まれていたらしくって潜入向けだったこと。

 イネちゃんとジャクリーンさんに至っては魔法を用いなくても隠密潜入の技術があったという点で技術特化組として編成されたわけである。まぁ潜入なら少人数のほうが圧倒的に楽だしね、場合によっては1人の方がいいけど、今回の場合は道案内がないと厳しい上、その道案内役であるミルノちゃんは戦闘能力を持たない非戦闘員であったことで、そんなミルノちゃんを守るために最少人数でチームを編成したということである。

「お父様はトーカ領から技術を学んで、この周辺一帯に広がる湿地帯においても農業ができるようにと動いておりました。その努力の結果、館の周辺に農業区画として整備ができて、シード・オーサ様にも一目おかれるようになったのですが……」

「他の貴族の嫉妬を全力で買っちゃったわけだね」

 イネちゃんがそう言うとミルノちゃんは首を縦に振った。

 まぁ小領地を任されてる小貴族同士のゴタゴタはよくあるし、このあたりは予想できるかな。イネちゃんはお父さんたちから聞いてただけだけど。

「ところでもう館の敷地内なんだから、静かにしない?」

 ジャクリーンさんが至極まっとうな提案をする。

 潜入特化組なんだからむしろ無言くらいで丁度いいもんね、ごめんね?

「いえ、サイレンス魔法を使っていますので、大声で叫びながら踊ったりしなければ大丈夫ですよ。それにこの通路は館の穀物倉庫に繋がっているので人が常駐していたりしないかと思いますし。何より……静かだと怖くて」

 そうやってミルノちゃんは弱々しい笑みを見せた。

 くそぉ可愛いなぁ、イネちゃんも可愛いけど、こういう健気可愛い感じってイネちゃんに似合わないからなぁ。イネちゃんは健康的可愛い。

「そう、でもできるだけ警戒はしたほうがいいと思う。街の様子ですら半年で大きく変わったというのなら、館の中はもっと変わっていると思っていいしね」

 ジャクリーンさんは正論ばかりだなぁ、真面目というかなんというか。

「ただイネちゃんの武器はナイフ以外、結構な音が出るものばかりだから使う状況に陥った場合は速やかに無力化できなかったら……」

「なるべくそのプランは考えたくないわね……私たちって一番人数少ない上、非戦闘員を抱えているんだから」

 うん、これに関してはミルノちゃんが落ち込む表情を見せても、イネちゃんも同意しちゃうかな。

 念のためファイブセブンさんにお父さんたちが作ってくれたサイレンサーを取り付けてはあるけど、あれって消音器っていうか減音器っていう方が正しいしね。銃の口径も大きいほうだしで効果はあまり期待できないから、ムツキお父さん直伝の白兵戦技術でなんとかしないといけないのが辛いのだ。ほら、イネちゃんちっちゃ可愛いから。

「完全に回避っていうのは難しいだろうから、最悪を想定しておくのはいいけどね。館の奥の部屋でバレた場合とか、想定しておくと気の持ち方だけでも楽になるし」

「それ、結局力技で解決コースよね……」

「その手に限る」

「お二人共、この先が穀物倉庫です」

 ちょっと長めの直線通路の行き止まりでミルノちゃんが呼びかける。

 万が一探知魔法とかで潜入が悟られていることを考え、イネちゃんはファイブセブンさんとナイフを、ジャクリーンさんは両手にナイフ……というにはちょっと大きめの刃物を持ってお互い構えて、聞き耳を立てた。

 お互いの顔を向き合わせる形で、ミルノちゃんが穀物倉庫と言った方向の壁に耳を当てて壁の向こうの音を聞こうとしてみる。

 とは言えイネちゃんはこの辺の技能はあまり好きじゃない、こうなんというか壁に当ててる部分がぞわわーってするんだよねぇ。

「……何かが動く音がする」

 ジャクリーンさんの言葉を聞いて、イネちゃんも本格的に集中して壁の向こうの気配を探すと……。

 ズル……ズル……。

 カツ、カツ、カツ。

 ベチョ。

 どうにも穀物倉庫にはありえない音が聞こえてきたんだけど、ミルノちゃんの記憶違いじゃないなら結構大胆な模様替えがあったみたいだね。

 ともあれ音から察するに最低でも1人、この壁の向こうにいることになる。カツカツっていうのは革靴あたりで石畳を歩いた際の足音だろうし、他の2つは引きずる音と水分の多い柔らかいものが地面に落ちた音だろうからね。

「ここって、どういう開き方をする」

 ジャクリーンさんがミルノちゃんに質問してる。

 え、この状況で突入するの?

「先ほどのものとほぼ同じ……だったはずです」

 つまり短いけど鈍く重い『ガコン』だね。突入は却下かな。

「サイレンス魔法って、どの範囲までの音を消音できる?」

 え、本気で突入しちゃうの?

「開く音を完全に消すのは流石に……今ここでの会話の音量程度なら問題ありませんけど」

「そう、じゃあもう少し待機ね」

 うん、というか現時点であちらには最低1人って情報だけだから待機しかないよね、なんで聞いたの?

 と待機を決定した次のタイミングで、話し声が聞こえてきた。危ない危ない複数人数確定。

「この頃検体の補充が滞っているようじゃが、お前らの主は何をしておるのじゃ」

 ちょっと年老いている感じの男性の声かな、検体とかちょっとアレな単語が会話の頭にあったけど。あ、ちなみに念のため録音機は回してるよ。

「おい、いくら奴隷とは言え貴重な労働力だぞ、あんたの実験にばかり回せるわけがないだろう」

 こっちは若い感じの男性かな、奴隷に実験とかいうもうど直球でアウトな単語を出してるけど。

「ふん、わしのおかげで農業基礎ができたこの土地を刈り取ることができたというのに、最初の約束では実験用の検体には困らせないという話だったんじゃがな」

「そんなこと俺に言わないでくれよ、俺はキリー様にあんたとの連絡役に雇われているだけの男だぜ、数をどうこうする権限なんてあるわけないだろう」

「まぁよい、今表で大声を上げている勇者を名乗っている小娘や、オーサ騎士団の一隊をまるまる検体にすれば満足できる結果が得られるじゃろうて」

 うん、これ確実に真っ黒ってやつだね。

 ともあれ2人っぽいなぁ、こっちの世界だと銃口を突きつけて動くな!ってできないし何とかして接近しなきゃいけないんだよねぇ。

「これは、流石に分が悪いか……」

 とジャクリーンさんが苦虫を噛んだような顔で呟いた。

「さっき乗り込む気満々だったけど、どうしたの」

「魔力の反応がある。多分老人のほうが魔法使いだと思うけど……勇者かあっちのほうでドンパチしてくれないかしら、こっちの音が感づかれない程度でいいんだけど」

「やっぱちょっときつい?」

 イネちゃんは魔法に詳しくないから、驚異の度合いってわからないんだよね。

 だから魔法に対しては把握しているだろうジャクリーンさん頼りなんだけど……。

「魔力の反応しかわからないからなんとも、私だって魔道具無しじゃ感知もできないし……」

「老人、そして魔法使い……もしかしたら、アニムスが雇っていた錬金術師かも」

 錬金術師?

 なにそれイネちゃん知らない。

「錬金術師……そいつの熟練具合とかはわかる?」

 ジャクリーンさんは知っているっぽいね、とりあえずイネちゃんは黙っておこう。

「私も詳しくは……ただ生命に関する研究をしていると聞いたことがあります」

「それだけだと判断しかねるわね……」

 んーなんとなく、今まで出た単語と情報をつなぎ合わせると、イネちゃんの知識でそれっぽいのが思い浮かんできたんだけど。

「死体活用とか、そういうのはないよね、流石に」

 そう、無意識につぶやいてた。

 2人はイネちゃんの呟きに対してまっすぐ見つめて来て。

「……その予想、詳しく話して」

 えー、イネちゃんはコーイチお父さんのゲームに出てきそうだなって思っただけなんだけど。

「怪しい実験をしていて、おあつらえ向きに地下のある程度広い部屋。その上にさっき聞こえてきた検体、実験、奴隷って単語を考えるとー……」

「錬金術の中には、そういった死者を冒涜するような分野があるっていうのを聞いたことがあるわ、確かにイネの言うとおりの要素が含まれていた気がする。私も一度本で読んだことがある程度だから怪しいところだけど」

 まさかの正解ですかー!

 となるとイネちゃん、割といやな予感がたっぷり湧き出てきたんだけど。

「じゃあさ、街の外にいたあの謎生命体って……この実験の失敗した成れの果て、とか?」

 イネちゃんのその言葉に、2人は静かに、だけどゲンナリするような表情になっていった。いやゲンナリというよりは最悪っていう感情を隠すことなく表情にした感じか。

 ともあれ現時点でイネちゃんたちがやるべきことが、概ね固まった気がする。

 現時点なら恐らく2人、街の外の奴らが失敗した検体だというのなら館の防衛に使っている可能性は極めて低い。

 それなら……。

「突入しよう、今なら多分2人の無力化でいいと思う」

「……その提案に至った理由は」

「街の外にいたのが失敗作だっていうのなら、館の防衛には使えないだろうという点。その上でこの手の実験は知っている人間が少なければ少ないほどいいから、会話していた2人のほかに多くて追加で1人いるかいないかだろうという予想ができる点で2点。その上で……」

 イネちゃんはジャクリーンさんへの説明を、ここで少し溜めてから。

「こういう突入時に最適な装備を持っていますので」

 マントからフラッシュバンを取り出しながら、イネちゃんは笑みを浮かべながら言った。

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