第37話 イネちゃんと街の情勢

「っていう状態だったね、勇者だって分かったら雇われっぽい人たちはごめんなさいしてきたけど、兵士さんは結構な敵意を向けてくる人ばかりだったよ」

 イネちゃんたちがご飯を食べ終わった辺りで、ヒヒノさんとヨシュアさんたちが申し合わせたかのように同じタイミングで帰ってきて、今ヒヒノさんの報告が終わった。

「そうですか、教会へのヘイトというよりは問題と認識した時点で実力行使に出られる勇者という存在相手に対しての感情のように聞こえますね」

 いや、割と訓練でそう叩き込まれたりしてるんじゃないかなと、イネちゃんは思ったりするよ。

「じゃあ今度は僕たちの方ですが……」

 次はヨシュアさんたちの報告……なんだけど、どうにもウルシィさんの表情を見る限りろくなものじゃないことが予想できてしまう。だって干し肉を前にしてゲンナリとした表情してるんだよ、あのウルシィさんが。

「表の大通りと商業区は一応平穏ではありましたが、居住地の区画は悲惨でしたね」

「なんだか貴族と奴隷しか居ないって感じだったわ、胸糞悪い……」

 ヨシュアさんの言葉の直後にミミルさんが低いテンションで言った。奴隷ってだけで胸糞なのかと思ったけど、よく考えたら皆一度奴隷商に関わってたんだっけ。

 イネちゃんも奴隷は勘弁ではあるけど、あそこまでテンション下がるっていうのはイネちゃんの想像以上にひどいことが起きてそう。

「こう、皆ガリガリだった……」

 まともな食事にありつけないってところかな、あまりそういうのを見慣れていないと確かに衝撃は大きそう。

 イーアもゴブリンに捕まった後、お父さんたちに助けられるまで泥水と偶然通りかかったトカゲだけだったからなぁ、本当辛いんだよね、アレ。

「一応平民は居るにはいるのですが、商業区と工業区で寝泊りして旧市民街には二度と戻らないという形ですね……アニムス様が統治当主になってから半年でここまで変わってしまったのです」

 あ、ギルドのお兄さん説明ありがとうございます。

「今では先代のヴェルニア様が着服していたということを信じている民は皆無ですね、当時は熱狂的に排斥し処刑を望んでいた人間ですら間違っていたと酒を飲みながら漏らすくらいです」

 うわ、勝手すぎるねその人。

 とりあえず今のお兄さんの説明を聞いてキャリーさんとミルノちゃんがどう思うのかが心配なんだけど……。

「……キリーが提示していた証拠について検証は行われたのですか」

 キャリーさんは泣きそうな声で、お兄さんに聞いた。ミルノちゃんも今は泣くのを堪えているのがわかる。

「当然、オーサ様から依頼を受け、オーサ様の名代の騎士様立ち会いの元調査いたしました。証拠を補強する物は見つかりませんでしたが、それを匂わす程度の物品はいくつか発見しましたが……」

 含みを持たせた引っ張り方するなぁ、もうちょっとズバっと言ってよズバっと!

「提示された証拠と照らし合わせると、矛盾があったのではないですか」

 ほら、ココロさんが我慢しきれないで突っ込んじゃったよ。

 その上でお兄さんは首を縦に振ってるし、イネちゃんは単刀直入を要求します!

「矛盾に当たる部分が多い物品しか見つからなかった、と同時に1つだけですが、矛盾点が無い物品もありました……がそれは安価で平民でも買えるものであったためギルドと立ち会われた騎士様は証拠とはしないとしましたが……」

 ここでも引っ張るんだ……、でもこの流れだと概ね予想がつくかな、この手のお話だと割と王道だし。

「娘へ。と記載されたカードが挟まれていた本でした。ヴェルニア様が処刑された当日が、キャリー様の誕生日であったことを考えると……」

 と、そこまでお兄さんが言ったところでキャリーさんとミルノちゃんが泣き始めた。いや、こうなるのわかっていたよね、お兄さん?

 とは言えここで説明止めたらお兄さんが最低野郎のままになってしまう。イネちゃんは2人を慰めようと席を立とうと思った時、ヨシュアさんが2人を抱きかかえるようにして、続けるように首を振る形でお兄さんに促した。そういうのが自然にできちゃうイケメン力は本当すごいと思う。

「ともあれ今、お話させてもらった内容はつい先日、ようやくわかったことです。オーサ様の名代の騎士様が到着なされたのが先週のことで、調査には3日ほどかかりましたので」

 ちょっと遅すぎないかな、騎士様。

 ただイネちゃんたちを襲ったあの謎生物がいたり、オーサ領首都からの道のり次第ではありえるのか。

 当主交代劇の後、処刑云々の情報が伝わるのにひと月以上かかった場合、名代を誰にするかとかの話し合いで時間かかりそうだし。教会に要望が送られてきたのも最近なわけだしね。

「アニムスがヴェルニアの街である程度の地盤固めを終えてから情報伝達の早馬を出したとするならば、半月でというのは迅速と言えますね」

 あ、速いんだ。

 諸国を旅して回っている勇者様の言葉なら、イネちゃんとしてもある程度納得できるのは本当不思議。地図とか見てないのにね。

「えぇ、しかしそもそもがおかしかったのですから、アニムス様があらかじめ下準備を全て終えてから、中央に報告せず事を起こしたと考えるのが妥当であると、騎士様も判断して帰られましたから、後ひと月もすればオーサ騎士団が大挙してくることになるかと思います」

 え、ちょっとザルすぎないかな、そのアニムスとかいう貴族さん。

「少し不用意すぎないかな、もしかしたらオーサ騎士団を敵に回しても大丈夫という自信を持つだけの何かがあるのかも」

 お、ヨシュアさんもそう思いますか。

「もしくは全てが茶番であるか、ですかね。勇者が呼ばれる事件だと希にあることですし」

 前例があるのか……、でもそういうのって基本失敗に終わるまでがテンプレだったりするよね。

「そういう稀な場合って、過去にあったんです?」

 興味が出たイネちゃんは聞いてしまうのだ、もしかしたら事実は小説より云々の流れもあるかもだし。

「そうですね、対話で解決しようとした過去の勇者様が奇襲を受けて逃げたという事例ならあります。最もその後その組織とヌーリエ教会による全面戦争になって、結果組織が拠点にしていた町が……」

「なくなったの?」

「農地になりました」

 耕されちゃった!?更地の先まで行ってた!

「え、なんで農地……」

「ヌーリエ様が五穀豊穣の女神様ですからね。他にもありますが、最もヌーリエ様に捧げるべきとされるものが農作物ですので」

 そうなんだ……恐るべし五穀豊穣の女神。いや、実行するのは信者だけど。

「ともあれ、警戒はしておいて損は無いでしょう。どちらにしても相応の戦力を保有しているのは確実なわけですし」

 話を戻したココロさんがそうまとめる。

 まぁ慢心油断するよりは拍子抜けになるほうが安全だし、イネちゃんとしても警戒するのは大賛成だね。

「でも、どうするんです。証拠に矛盾があるのはアルクさんの説明でわかっていますけど、貴族を攻撃するには弱いのではないですか」

 ヨシュアさんがココロさんに向けて質問する。

 いやぁイネちゃんとしては、キャリーさんたちが追い出された時の流れを考えると今回もできそうな気がするぞぉ。

「勇者に対して直接要望が来ていれば問題なかったんですが、教会名義に出されたものですから最低限の体裁は整えたいですね」

 最低限は整っているんじゃないのかとイネちゃんは思うけど、足りないのかな。

 キャリーさんのお父さんが不正していたって示した証拠は矛盾だらけだったということがわかっていて、オーサ領の一番偉い貴族さんの名代の人も確認済みなわけだし。

「整えるにしても物的証拠が欲しいんだよねぇ、勇者だからって好き放題しすぎだーって教会が叩かれた時代もあるから、色々制限付けられてる感じ」

「自主規制みたいなものですけどね、一応やれなくはないですが、やったら師匠にはたかれるのでやりたくはないです」

 勇者姉妹がイネちゃんの頭の中を覗いているのかとのかって感じに的確な説明をしてきたけど、ココロさんの言うやりたくなり理由がすごく軽い感じがするのは気のせいだろうか。

「でも現状情報の確保とかって無理だよね」

 既にギルドが調査済み、一番偉い貴族さんの名代さんも立ち会ってるし、状況証拠としては一応申し分無いんじゃないかな、推定黒ではあるし。

 イネちゃんとしてはこっちの世界の文明、文化レベル的にも情報は十分揃っている気もするんだけど、物的証拠のほうも乗り込んで確保するくらいじゃないと多分無理だし。

「そうですね、イネさんのおっしゃることも確かなんですよ。現時点で穏便な手段での調査は実際無意味でしょうからね」

「現在進行形で何かやってればいいけど、普通なら処分しちゃってるよね、半年も前だし。但しギルドと騎士の立ち入り調査で矛盾点は見せちゃうという……判断に困るなぁ」

 キャリーさんたちを蹴落とした感じなら、決定的な証拠は残しているはずはなくって、立ち入り調査でゴロゴロ矛盾点が出て来る程度には詰めが甘いって、普通に考えたら罠だよね。

「まぁ普通に考えたら牽制込みでの罠でしょうね」

 ヨシュアさんなんだか最近意見が合うねぇ、牽制っていうのは今のイネちゃんたちの状況が相手にとって思惑通りってことだろうし、現時点だとまんまと手のひらって感じだなぁ。

 このまま話が進まない感じに時間がすぎるのかなぁと、イネちゃんが思い始めたところでヒヒノさんが。

「じゃあ、いっそ罠を踏んで踏み抜ききってみようか。こう、豪快にドーンって感じに派手にさ」

 ……流石にドーンって感じには踏み抜きたくはないかな、イネちゃんは。

「まぁ正直に正面から行けば師匠にも面目が立ちますので、いつもどおりその手にしますか」

 いつもなんだ、罠ごと踏み抜くのが日常ってぶっ飛んでるなぁ、勇者様は。

「とは言えヴェルニアのお二人に関しては危険ですので正面はやめたほうがいいでしょうね、私は誰かを守りながら戦うのには慣れていますが、場合によっては街の住人もまとめてということもありえますので」

「そっか、キャリーさんたちを追い出したことを後悔している人もいれば、そうじゃない人も当然いるもんね。じゃあ2人はギルドで待機かな」

 イネちゃんの相槌に似た質問に、ココロさんは笑顔で答えた。

「いえ、むしろお二人にしかできないことをやっていただきたいと思いまして、作戦なのですが……」

 こうして、ココロさん主導による、イネちゃんたちの旧ヴェルニア邸の調査作戦が始まるのであった。

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