第36話 イネちゃんとヴェルニアの街

「さて、到着ですよ皆さん」

 ココロさんが手綱を引いて馬を止めてから、馬車の中に向かって言う。

 色々あった道中は予定の日程を半日程短縮したけど、イネちゃんはそれ以上に今気になっていることがあるんだ。

「スタァァァァップ!スタァァップつってんだろ!」

 うん、街門を抜ける時止まらずに突っ切ったからね、ずっと追いかけてきてたのが見えてた。衛兵さんお疲れ様。

 止まった馬車に追いついた衛兵さんは、体全体で息をしながらも呼吸を整えてから顔を上げる。流石にかわいそうだしイネちゃんたちは待ってあげてるよ。

「審査を受けずに突っ切った奴は俺が配属されてからお前らが初めてだ!まったく、何考えてやがる!」

 すっごく怒ってるなぁ、当然だけども。

「いえ、街まで半日くらいの湿地帯で野営をしてから翌日の朝到着予定だったのですが正体不明の存在に襲撃されてしまい、急いで逃げ込んだのです。気が動転していたので申し訳ございませんでした」

 ココロさん、すっごく堂々と嘘を交えたね?絶対動転なんてしてなかったもん。

「あぁあの湿地帯か……この街を収める貴族が変わってから度々商人たちから目撃情報が上がってはいるが、そんなことも知らずに来たということは商人ではないということだな。どこの誰で目的を言え!」

「私は築防ココロ、妹のヒヒノと合わせて勇者をさせていただいています。他の方々は私たちの補助をしていただくために雇った冒険者の方々ですよ。そして街を訪れた理由ですが、オーサ領当主シード・オーサから出された教会への要望に答える形でこの街の調査に訪れたわけですが……まだ説明が必要でしょうか」

 勇者様って名字あったんだ……。

「当然でしょう。今日日勇者を語って商人を騙す輩が多いのだから証拠を提示してくれないか。教会の印章は大量に出回っているから証拠とは認めないぞ」

「そうですね……ありません」

 え、ココロさん今なんて?

「そうか無いのか……では……」

 認められない。って続けようとしただろう衛兵さんを遮って、ココロさんが続ける。

「ヌーリエ様から神託を受けた以外は魔法とは違う特殊な能力を授かるだけで、勇者ということを示す物的証拠は存在致しませんからね。あなたが満足できるような証拠は提示できませんよ」

 元から存在しないものを証拠として求めていたのかこの衛兵さん。

「ないものは出せない。故に証拠は示せません。それでも示せとおっしゃるのなら、ヌーリエ様から授かった力を使う以外にありませんが……いかがしましょう」

「嘘偽りは無いとは言い切れない以上、私のような衛兵が許可を出せないのをわかった上での発言か」

「そうですねですので落としどころを話し合いませんか、幸いにもギルドの前ですし。中立の第三者として申し分は無いでしょう」

 その言葉を待っていたかのように、ヒヒノさんとヨシュアさんがギルドの中から出てきた。というか何時中に入ったの?

「衛兵さんはお仕事中だろうし、ギルド長のお兄さんに出てきてもらったよー」

「ど、どうも、皆さんが来ることは開拓中の町ギルドから連絡を受けていましたが……なぜ衛兵さんがこちらに?」

 割と今ので説明完了したよね、お疲れ様でしたギルドの名も知らぬお兄さん。

 しかし余所のギルドからも開拓中の町って呼ばれてるってことは、今まで町としか呼んでなかったけど、正式な名前は決まってなかったんだね。

「こいつらが静止を聞かず馬車を暴走させながら街に侵入したからだ。で、身元は本当に正しいのか」

「勇者様お二人の照会は出来ませんが、冒険者の皆さんの方なら可能です。冒険者証または傭兵登録証をお出しくだされば照会しますよ」

 あれ、登録証と冒険者証ってどれだっけ。書類を書いてケイティお姉さんとお話した後何か受け取った記憶はあるんだけど……。

「あ、はい。これですよね」

 ヨシュアさんたちが各々、ポケットやカバンからカード状の鉄っぽいプレートをお兄さんに渡してる。

 あ、あのちょっと重いカードか。あれイネちゃんあまり詳しく確認してなかったけどやっぱり重要だなぁ、身分証明証になるし。

 マントのポケットに……あれ、無い。セーラー服のほうだっけ?

「はい、こちらの方々は大丈夫です……あなたの番ですよ」

 あぁ!まだ見つかってないの!ちょっと待って!

 とイネちゃんがマントをバッサバッサとしながら、セーラー服のポケットを調べてると、お兄さんが。

「ん、それは異世界の武器ですか……ならあなたがイネちゃんか。はい、照会取れました」

「いや、ちょっと待て。そのガキがまだだろうが」

 ガキって言われたのはちょっとカチンとしたけど、これは確かに衛兵さんに分があるとイネちゃんも思うな。身内びいきすぎるし。

「探すの手伝おうか、イネ」

 と後ろからヨシュアさんの声が聞こえて、振り向くと……。

「……硬い」

 いきなり何をおっしゃっているのですか、ヨシュアさんや。

 そう思いながらも視線を下に移すと、イネちゃんの左胸にヨシュアさんの手が置かれていた。

「無いのは確かだけど、硬いまではいってないよ!」

 確認と同時に手が出てた。割と本気気味のボディブローを叩き込んだのは正直ごめん。

「い、いや……多分胸ポケットに、冒険者証……」

 かなり痛そうな感じの声でヨシュアさんが言う。

 そういえばこの服は胸ポケットがあるんだった、普段ナイフとかファイブセブンのマガジンをアタッチメントしてるベルトをしてて存在自体忘れてたよ。

 ということで確認してみたら、見事に金属製の、魔法でゲームっぽい感じのステータスとかが色々記載されたカードが発見されたのであった!ヨシュアさんマジごめん。

「まぁ、今のはヨシュアが悪い」

「ヨシュア様が悪いかと」

「流石に今のは擁護できない」

 ミミルさんたちのそんな呟きを聞きながら、イネちゃんはお兄さんに冒険者証を見せる。流石にそこまでの追い打ちはかわいそうだからやめたげてね?

「は、はい……確認……し、した、よ?」

 お兄さん割とこのやりとりにドン引きしてるよね、声だけじゃなくて顔までひきつってるよ。

「今不正をしたとかはないよな」

 衛兵さん疑いすぎじゃないかな、流石にここまでやってダメとか言われたら最初っから何をしてもアウトになっちゃうんだけど。

「……流石に今の言葉はギルドとしては聞き捨てなりません。取り消していただけないでしょうか」

 おや、お兄さんの様子が……。

「……言いすぎた、申し訳ない。俺の一言でギルドを全て敵に回したとなったら家族もまとめて処刑されちまう」

 衛兵さんもなんか物騒なこと言いながら謝ったし。

「いえ、わかって頂ければいいんですよ」

「とは言え身分照会のできない人間に関しては見逃せない、こっちも仕事なんだ、わかってくれ」

 衛兵さんはココロさんとヒヒノさんを見ながら言う。まぁ身分照会できないっていうならその2人だろうけど……。

「勇者様であることはギルドの連絡網と、ヌーリエ教会の大司教様の弟君おとうとぎみからの情報で照会が可能です、書類をご確認ください」

 お兄さんがそう言って1枚の紙を衛兵さんに渡した。

「この書類は俺が持って帰っても?」

「構いませんよ、それは写しで元本はギルドで保管してありますから。どちらも私が書いたのは証明魔法でご確認ください」

 なんか凄い装飾までついた紙なんだけどいいんだ。というかそんな便利な魔法まであるんだ、魔法すごい。

 まぁその証明魔法っていうのがちゃんと貴族さんに通用するのかはイネちゃん知らないけどね。

「ひとまず今日はここで引くが、次からはしっかりと規定の入街審査を受けてくださいよ」

 そう言って衛兵さんが門の方へと帰っていくのを皆で見送ると、お兄さんが。

「それでは皆さんは、この後どうしますか」

「そうですね、まずはご飯を食べる。でいいとは思いますが……」

 ココロさんのその言葉の後、見事という程に皆の声が揃った。

「「「「「「「「「休みます」」」」」」」」」

 ……気にしてなかったけど、9人って多いよね。


「イネさん、起きてください」

「ん~……後5分……」

「いや、5分ってなんですか。もうお昼になりますよ」

 んーなんだか割と優しく体を揺らされているような……、お父さんたちはそもそも触らないし、ジェシカお母さんとステフお姉ちゃんは割と雑なのに誰だろう……。

「あーたーらしーいあーさがきたー!おはよう」

「と、これが聞いていた寝起きですか。確かに珍しい」

 ココロさんだったのか、しかしながらイネちゃん結構ぐっすり眠れたなぁ。お父さんたちからそう訓練されてるとはいえ我ながら恐ろしい特技だ。

「もうお昼ですよ、ヨシュアさんたちはヴェルニアの街を見て回っていますが……流石にキャリーさんとミルノさんはお留守番していますが」

「そういえばここってキャリーさんたちの故郷だったっけ……ところでなんでイネちゃんは放置されていたのですかな」

 街に出るのならイネちゃんもついて行きたかった!

「そうですね、正直なところ現在のこの街は……少々治安が悪いどころではありませんので、できればミミルさんとウルシィさんも出かけないで欲しかったくらいです。私はそのような考えをしている以上、気持ちよく寝ておられたイネさんはこのままゆっくりとおやすみいただいていたのですが……」

 昼まで起きてこなかったから起こしに来た、と。

 しかしココロさんがそこまで言うってどこまで治安が悪いのか、逆に気になってくるのは知りたがりなのだろうか。

「治安が悪いって、表大通りに腐敗臭が漂うとかそのレベルとかまで行っていたりするのかな」

「……むしろそっちのほうがわかりやすかったとは思いますが。今ヒヒノが街の西側を調べている最中なので、詳細はヒヒノとヨシュアさんたちが戻ってきてからということで、私たちはとりあえずご飯にしましょう」

 うーん、そっちのほうがってのが気になる……。

 まぁココロさんもそこまで詳しくはってところなんだろうけど、治安が悪いっていうのは確かっぽい。

 ここはココロさんの言うとおりにご飯を食べて、イネちゃんは予備人員として鋭気を養っておくのが正解かな。

 そしてイネちゃんは、ここでご飯を食べておいてよかったとこの後思ったのでした、まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る