第35話 イネちゃんと謎の生命体
謎の存在を撃退したイネちゃんとウルシィさんが皆の居る場所に戻って来ると、イネちゃんの予想が当たっていたことを嫌でも思い知らされたのでした。まる。
「イネ、ウルシィ!無事だったのか!」
剣を抜いたヨシュアさんがイネちゃんたちを見つけると同時に叫ぶように言った。
ついでにその剣にちょっとドロドロしたものがついているのが見えるあたり、駆け寄ってきているヨシュアさんには悪いけど少し距離をとりたくなってる。というかウルシィさんは全力で離れてる。
「ヨシュアさんちょっとストップ。ウルシィさんそれの臭いで涙目になってると思うから」
イネちゃんの言葉にヨシュアさんは足を止め、それなりに離れたウルシィさんはすごい勢いで首を縦に振ってる。
「うん、確かにこれ、すごい臭いだもんね……」
そう言って剣についたドロドロを何度か振って簡単に払うと、鞘に収めてからもう一度駆け寄ってきた。ヨシュアさんには更に悪いんだけど、臭い自体はまだしてるからウルシィさんにはきついと思うよ。
「でもやっぱりこっちにも出たんだね、あのドロドロした謎の存在」
「こっちにも、ってことはイネ達もアレと会ったのか……」
「うん、とりあえず倒しはしたけど、他にも居そうな登場の仕方をしたから、枝とかを集めるのを止めて急いで戻ってきたんだけど」
「正しい判断ですね、私とヒヒノが以前このあたりに来たときにはこんな生命体は居ませんでしたので、できるだけヴェルニア領の首都に近づいたほうがいいです。残念ながら野営どころか、休憩もろくに取れないままの強行軍になりますが襲撃されるよりはマシですしね」
ヨシュアさんとのお話の最中にココロさんが物干し竿に使っていた棒を持ってそう提案してくる。ココロさんの武器ってそれなんだ……。しかもドロドロがついてないし、どうやって戦ったんだろう。
「ひとまず既に外に出していた荷はヒヒノとキャリーさんにミルノさんに急いで積み直してもらっていますが……まだ出てきそうですね」
「わかるんですか」
「はい、私が神託を受けた際に覚醒した能力は調律と物質の強化だったのですが、この調律のほうはアンテナを広げることで結構な広範囲の魔力の流れを感じることができるんですよ。そして今、馬車の付近に結構な数が群がってきています」
魔力の流れが、ってことはイネちゃん達が野営準備を始めたあたりはまだ動いていなかったのかな。
「アレの正体を考えるのは安全を確認できるまでお預けとして、積み荷作業は後どれくらいかかりそうですか」
「後少し!ちょっと重いのも降ろしちゃってたから、少し力仕事ができる人をお願いしたいかな!」
「私が行く!ヨシュアたちはアレの対処お願い!」
ココロさんの呼びかけに答えたのはヒヒノさん。そして力仕事を要求されたとほぼ同時にウルシィさんが飛び出る勢いで名乗り出て馬車まで走り出した。臭い、きつかったんだね。
イネちゃんはバックショットとは言え、皆よりは近寄らずに対処できるし比較的マシだけど、ヨシュアさんとかジャクリーンさんは大変そう……ってあれ、そういえば戻ってから一度もジャクリーンさん見てない。
「ところで、ジャクリーンさんはどこ?」
もしかして骨まで溶かされたとかじゃないよね、皆落ち着いてるし流石にそういうのはなさそうだけど。
「あぁ彼女は不意打ちで溶解液を浴びてしまったので、治療と着替えのために馬車の中ですよ」
あ、アレが吐いてきたのって溶解液だったんだ。
まぁまずヤバイものだろうと思って回避したけど、それが正解だったわけだね。
「溶解液って、皮膚とか肉も?」
「少し灼ける匂いはしましたが、それほど強くはないものだったようで軽度の火傷のような感じですね、ミミルさんの精霊魔法の治癒で傷跡を残すことなく治せると思いますよ。まぁそれ以上に彼女にとって問題は……服、ですかね」
まぁ、皮膚が灼ける感じの液体がかかったのなら、洗濯して落とさないとダメだよね。
「浴びた服は着れないだろうからなぁ、染み込んでるだろうし」
「それもありますが、彼女の服は動物革が多かったようで……」
あぁ、溶けちゃったのかな。
でもそう考えると服がなかったら割とヤバイ威力で肉まで灼けてた可能性、あるよね。イネちゃん的には不幸中の幸いだと思うけど、当事者のジャクリーンさんにとってはそこまで思考が回らないかもなぁ。
「植物繊維は溶けてはいましたが動物革程ではありませんでしたし、金属部品に関しては影響が無かったことを考えると、動物を捕食するために進化した生物という見方はできなくはないですが……」
ココロさんはそこで言い淀んだ。
「そこで言い淀むってことは、他の可能性もあるってことですよね」
やだー、人工物だったらバイオハザっちゃう。
いやまぁ元は自然の弱めの細菌だったのを強化したとかかもしれないけどさ、それでもコーイチお父さんの持ってるゲームみたいなのは勘弁して欲しい。弾がいくらあっても足りなくなっちゃうし。
「4世代程前の勇者が対峙した相手が、錬金科学を用いて生ける屍を作り出した貴族と対峙したという記録があります。訓練された兵士でも倒せる程度の強さでしたので大事にはならなかったのですが、今回のコレがその生ける屍を生み出した技術の延長線上に存在しているとするならば、当時の比ではない程の驚異になるでしょう」
初期型ゾンビよりも、改良型ゾンビのほうが驚異なのはそりゃそうだよね。
でも正直、戦っていても知恵とか知識っていうものを感じなかったからステータスを上げて溶解液を追加したってところなのかな。あの手の化物って組織的に行動し始めたらヤバイけど、飽和気味な逐次投入だけならまだなんとかなるし、そこまで驚異にはならないとは思うけど……。
「ジャクリーンさんへの奇襲を合図として、
あ、ダメですか。
固まってくれればXM109の空中バースト弾であらかた片付くと思うけど、こっちの世界は魔法で同じようなことできるし、流石に相手もそこまで馬鹿じゃないだろうから論外だよね。
「さて、そろそろ馬車に乗り込みましょうか。全員乗ったのを確認したと同時に出発しますよ」
ココロさんはそう言って馬車へと向かって歩き始める。
さっき感知できるみたいなことを言っていたし、割とアレが近づいてきてるのかも。いやぁ群がられるのは嫌だし、ここはココロさんに従って素直に馬車に向かったようがいいね。
ヨシュアさんもイネちゃんと同意見のようで、同時に馬車に向かって足を出すと同時、後ろのほうから何かが這い出てくる音がいくつか聞こえてきた。
イネちゃんは振り向かずにヨシュアさんに確認を取ると、ヨシュアさんにも聞こえていたようで首を1回、縦に振ってから……。
「走って!」
誰の声だったかはイネちゃん判断する余裕が無かったけど、誰かのその叫びでぬかるんでいる地面を垂直に蹴る形で走りだした。流石のイネちゃんも溶解液は勘弁して欲しい。
と、イネちゃんの書道はよかったんだけど、どうやらヨシュアさんはぬかるんだ地面に対しては慣れていないようで出遅れたのがわかった。溶解液は勘弁だけど、仲間を見捨てるのはしたくない……スラグ弾をスパスに装填すると同時、少し足を止めてヨシュアさんに一番近いやつに撃ち込む。
バックショットと比べて反動は大きいけど、こけない程度に重心をコントロールしつつ、発射のリコイルで再び走り始める。
正直ヒットしたかを確認する余裕なんて無かった。発射の瞬間だけ振り返ったけど、平地だったよね?って問いたくなるくらいにあちこちが隆起する感じのものがイネちゃん達に向かって押し寄せてきてた。下手なホラーよりこっちのほうがよっぽど怖いよ!
「イネちゃん、今度は足を止めずに走って……ね!」
馬車から顔を出していたヒヒノさんがそう言って腕を横に振り抜くと、後ろの結構近い位置からボゥ!っていう音と共に熱風がイネちゃんとヨシュアさんを押すような形で飛んできた。むしろこの熱風を受けて足を止めるほうが胆力いるんじゃないですかね、ヒヒノさん。
ともあれ熱風に押されるようにイネちゃんとヨシュアさんが馬車に到着して飛び込むようにして乗ると、既に到着していたココロさんが確認することなく馬に鞭を入れて馬車を発進させた。調律で感知ってどうやるのかは知らないけど、結構な感度で感じ取れるみたいだね、そのご都合主義な能力大好き!
走り始めたはいいけど、すぐにココロさんが叫んだ。
「ヒヒノ!馬車の前をお願いします!他の皆さんで可能なら側面と後方をお願いします!」
当然ながらまだ終わっていないようで皆がすぐに動く。イネちゃんも馬車の中に置いておいたXM109を急いで取り出して後方に向かって設置する。何が効くかわからないから空中バーストの空間破砕で!
とは言え元々射程が2kmもある銃だから、適度に直接当てるか、地面を狙うかしないとまともな有効打は無いとイネちゃんもわかってる。だって遥か後方が爆砕しても意味ないしね、うん。
とは言え近すぎると今度は馬車がヤバくなる。さて、どうしたものか……。
改めて装弾した弾間違えたかなと思いながらも、イネちゃんとウルシィさんが初めてエンカウントしただろうポイントに、そこそこの数がポップしているのが見える。そこに撃ち込んでテストとすればいいか……。
「発射音がちょっと大きいから注意!」
観測手無しで狙撃……まぁこっちの世界で傭兵さんをやるならむしろ狙撃自体が取らないほうがいい手段だから仕方ないんだけども、伏せ撃ちとは言え激しく揺れる馬車の中から、しかもイネちゃんは狙撃自体はそこまで得意でもない。むしろ苦手意識があるくらいだし。
実のところこの間のジャクリーンさんを狙撃した時、2射目が当たったのは偶然だったりする、変なところ当たらなくて本当よかった。
そんなことを考えつつも、走る馬車が狙いから距離をとりつつあるのをスコープを覗いたりしながら確認して引き金を引く。
ズドン!
P90やスパスとは比べ物にならない爆音が鳴り響き、弾が発射される……。
ドーン!
いや、バーンかな、イネちゃんの目測よりも手前で炸裂した弾は、その爆風で周囲に居た謎生物を地面に押し付ける。これでダメなら徹甲焼夷弾で炎上させたほうがいいかなぁ。
そんなイネちゃんの心配を余所に、流石の大口径対物銃の威力。爆心地に近かった謎生物はおろか、少々離れたところに居たのもまとめて動きを止めることはできた。
メリ。
そして同時にイネちゃんが姿勢を固定していた、馬車の床が軋んだ音を漏らす。これ、2射目はダメだね、うん。
「側面は追いついてこないみたい、イネのほうは!」
「今確認してる!」
ミミルさんの言葉に叫ぶ感じに返しながら後ろを確認すると、ミミルさんの言った側面の連中が集合する形でむしろ増えているのが見える。
「側面の連中が後ろに回って速度上げてきてる!できれば倒して欲しいかな!」
XM109をこれ以上使うと馬車の床板さんも危なそうだし、グレネードを投げてとりあえず対応するしかないかなぁ。こういう時はやっぱグレポイだよグレポイ。
イネちゃんの返答にミミルさんとヨシュアさんが後方確認する感じで覗き込むと、後ろの様子に「うわ……」って呻くような声を漏らしてから、慌てるような感じにミミルさんが魔法の詠唱を始めた。
側面の様子とは段違いの量だったんだね、なんとなくわかるよ。ヨシュアさんのほうはキャリーさんに魔法を使うように頼んでるのが聞こえる。詳しい内容がわからないのは、丁度イネちゃんの投げたグレネードの第一陣が爆発したからなんだけどね。
「うーん、絶対的にグレネードが足りない」
通常と焼夷とフラッシュをそれぞれ5個づつしか持ってきてなかったからなぁ。
でもその後、追加で2個投げたあたりでココロさんが。
「大丈夫、町が見えてきました!」
え、早くない?
「でもお馬さんも限界ギリギリだから、できる限り排除して!前はだいぶ片付いたからそろそろ私も後ろに行くからね!」
ヒヒノさんの落ち着いた感じだけど、はっきりした口調の指示が聞こえる。このくらいの修羅場は問題ないって感じで流石勇者様だね。
とは言えグレネードの手持ちもギリギリでどうしたものか……。
「イネ、下がって!」
え、ヨシュアさん?
突然の声に素直に反応して下がると、キャリーさんが叫ぶ。
「天球雷鳴の槍よ、広がって!」
今までイネちゃんが居た場所に、乗り出しながら右手の人差し指を突き出す格好のキャリーさんが、銃の上に倒れ込みそうになったタイミングで指先から電気……というか雷が今までイネちゃんが狙撃していた方向、馬車の後ろに放射状で広がると、謎の存在をなぎ払った上に、湿地という場所の関係で地面に触れると同時に電流が流れて追撃をして……して……。
「馬車に電流が!」
「大丈夫!」
ヒヒノさんがイネちゃんの叫びに答えるように言うと、馬車の後ろが火の海って表現が正しいくらいに広がった。これは別の意味で地獄の光景っていう感じだなぁ。
でも原理はわからないものの、ヒヒノさんが出した炎はキャリーさんの電流を遮って馬車を守った。
アレを一掃したキャリーさんの魔法やヒヒノさんの炎すごい、とは言えファンタジー感を感じているイネちゃんも元はこっちの世界出身なんだけどさ。
「……ひとまず撃退はできたようですが、このまま町のギルドまで行きましょう。深夜の到着になってしまいますが事情が事情ですし、仕方ありません」
ココロさんはそう言って、お馬さんに鞭をいれた。
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