第34話 イネちゃんとオーサ領と襲撃

「今日はこのあたりで野営にしますか」

 出発してから2日目、ちょっと荒れている街道から外れたところに馬車を止めてココロさんが言う。

 正直お尻がすごく痛くなってきていたのでイネちゃんとしては全力で賛成なのです。街道インフラの整備すらできないって今の領主さん無能すぎないかな。

「藁がチクチクして痛痒かったから賛成……」

 ジャクリーンさんが弱々しく手を挙げて賛同してる。布無しで藁直接は流石にダメージ大きそうだからイネちゃんは避けたのに……、やっぱり正解だったかな。

「このあたりは湿地ですから、どのみち寝るのは藁の上になると思いますよ」

「うそぉ、もうちょっと地面が大丈夫な場所までは……?」

「このあたりが一番マシですよ、ここは丁度荒地と湿地の中間なので馬車の車輪もはまらずに待機させられるギリギリなんですよ」

 ココロさんの非情な説明にジャクリーンさんがまた固まった。傭兵してたっていうけど、出自自体は良い所の出なのかもね、ジャクリーンさん。

 でも馬車から降りてみると、そこまで沼ーって感じじゃなくて、少しぬかるんでるって程度で、歩くときに少し気をつけたりするし、ここで横になるのは遠慮したいかなって程度な気がする。お父さんたちの訓練に比べたらこの地面っていい環境だけど。

「うん、このくらいなら問題ないと思うかな、ただ慣れてない人は馬車で寝たほうがいいかもだけど」

「ん、イネちゃん湿地とかで寝たことがあるみたいな言い方だねぇ」

 イネちゃんが皆に知らせる形で言うとヒヒノさんが聞いてきた。

「お父さんたちの訓練で、もうちょっとひどい環境でのサバイバルもやったことあるから。このくらいなら髪の毛を保護できればぐっすり寝られると思う」

 正直、湿地どころか沼だったときは訓練が終わった後1週間くらいお父さんたちと口をきかなかったけどね。

 まぁその時のふくれっ面がステフお姉ちゃんに可愛いって言われて、クレープ食べさせてくれたから割とすぐに機嫌は直してたんだけどね。クレープは正義です。

「まぁ最悪私が地面乾かすから、必要なら言ってねー」

「勇者の力を乱用だ!」

「羨ましいだろー。まぁどのみち焚き火をする必要もあるからね、そのついでだよ」

 焚き火かぁ、確かにこの地面だとちょっと大変そうだしできるならやる必要があるのか。イネちゃんも訓練の時生木で苦労したし、乾燥できるのならやったほうがいいもんね。そしてオーサ領で初めての野営で、少し気になったことをついでに聞いてみる。

「そういえばオーサ領に入ってからは、森、湿地、沼地って続くけど、領土全体でそんな感じの土壌環境なんです?」

 トーカ領は森林と平原に一部山地って感じだったけど、オーサ領に入って森林を抜けたら割とすぐにこの湿地だったからね。ココロさんが言うにはこの先は沼地らしいし。

「そうだねぇ、混沌の時代の勇者様が魔族との版図争いに勝った時に、その時の仲間が各地の統治を任されたって感じで分かれたんだけど……その時代からこの大陸って環境がくっきり分かれてるんだよね」

「その時の勇者様が王様に?」

「んー具体的には全員が勇者様、かな。20人くらいがヌーリエ様の神託を受けてって感じで。それぞれが自分が復興したい地域を指定して散らばって統治したからねぇ。任されたっていうのは今現在の貴族の考えだけど、大きく間違ってはいないからどっちで覚えていてもいいよ」

 間違ってないんだ。というか3秒くらいで違う情報が入ってきてイネちゃんは混乱したよ、うん。

「というか勇者様って20人とかの時代もあったんだ……」

「世界の安定に必要な人数、ですね。私とヒヒノは2人で一人前なのでそれに該当するとは思っていませんが、歴史上で判明している最大人数は108人だったとか」

 水滸伝かな?

 ココロさんの説明で最初に出てきた感想はそれだけど、今度は一体どういう選定基準なのかって疑問が出てきたぞ。

「別に勇者だからと、最強である必要はありませんから。記録の中には話し合いだけで世の中の安定をもたらした勇者もいらっしゃいますので」

 話し合いだけってなにそれ会いたい。いや遥か昔の人なんだろうけどさ。

 ネゴシエーター勇者かぁ、本当どんな人だったんだろう。

「ともあれまずは野営準備をしましょう、そろそろ日も暮れますしその前に準備を完了しておきたいですからね」

 ココロさんのその言葉には全員同意見で、示し合わせた形に動き始める。

 イネちゃんは比較的、不安定な足場でもいつもどおりの行動ができるということで生木と手頃な石を、同じく動けるウルシィさんと一緒に拾ってくることになった。

 実際ヨシュアさんが来てくれたら結構楽できたんだろうけど、ヨシュアさんは設営側に回ったから仕方ないね、そっちも結構重要だし。

「しかしこの辺って生き物自体が少ないなぁ、匂いがほとんどしないし」

 ウルシィさんがこの地域に関して初めて口にした感想がそれである。

 というか馬車の中でもほとんどお話しなかったのはどうしてなんだろうとは思うけど、それ以上に今ウルシィさんの言った内容はイネちゃんも匂いではないけど感じていた。

「沼地や湿地とは言っても、少しトーカ領のほうに行けば森林があるから確かにちょっとおかしいかも。資材集めて戻ったらココロさんたちに聞いてみようか」

「うん、木と石だったよね」

「木のほうは薪になりそうな感じのやつで、石はこぶし大のを集めればいいかな」

 かまどっぽくするにしても周囲にそれだけの石がなさそうだし、簡易でいいよね。最悪なくてもなんとかなるし。

「でもこの辺、木とかも生えてないよなぁ。薪のほうも集められるかわからないんじゃない、イネ」

「んー確かに木も少ない気がする。こういう地域に生息する植物とか普通にあると思うんだけどなぁ」

 見渡す限りポツポツと枯れ木っぽいのはあるけど、その枯れ木の存在が逆にこの地域には元々植物をはじめとした生態系があったんじゃないのかっていうのを思わせる。

 あっちの世界ならこういう地域には結構豊かな生態系があったりするんだけどなぁ。でもトーカ領のことを考えると、凶暴性とかそういった部分を除けば概ねあっちの世界とそんなに変わらない感じの生態系だと思ってたんだけど……。

 とイネちゃんが考えていた時にウルシィさんが叫ぶ。

「イネ、なんか臭い!」

 え、確かに馬車に乗ってからお風呂入れてないけどそんなに臭いの!?

 ちゃんと濡れタオルで体は拭いたりしてたんだけどなぁ……ちょっとショックかも。

「イネ、あの辺!あの辺からすごく臭い匂いがする!」

 あ、イネちゃんじゃないのか、よかった。

 気を取り直してウルシィさんの示す方向を見ると、地面、というか沼の中から気泡が出てきてははじけているのが確認できた。生き物いたのかな。

「んーイネちゃんにはあまり匂いとかわからないけど……何かは居るっぽいね」

「おトイレとかよりも臭い……というか町にあった牛舎の匂いよりもひどいよ!」

 比喩がすごいなぁ……でもウルシィさんがそこまで言うってことは気泡がそういう匂いを内包してて破裂と同時に漂ってるって考えたほうがいいかな。

 そして今の表現からすると多分腐臭なんだよなぁ、確認したくない。

「……一度皆のところに戻る?」

 イネちゃんの提案にウルシィさんはお鼻を抑えながら首を縦に振ってる。

 それを確認した上で、いつでも銃を抜けるように警戒しながら下がり始めたところでが姿を現した。

「くっさぁぁぁぁぁぁ!」

 ウルシィさんの叫びに合わせてイネちゃんはP90を引いて銃口を向ける。

 腐臭のする存在なら即発砲でもよかったかもしれないけど、もしかしたら臭いけどとっても友好的なゾンビさんとかいても不思議じゃないし、少し観察する。

「シュゥゥゥ……」

 あ、これ会話成立しないパターンだ。

 とはいえ言語が一致しないだけかもしれない、とりあえず呼びかけるだけ呼びかけてみよう。

「動かないで!敵対の意思が無いのならその場に止まって両手を頭の上に……」

 そこまで言ったところで、謎の存在が口から液体を飛ばしてきた。完全にアウトだなぁ。

 イネちゃんとウルシィさんがその場から飛んで液体を避けると、イネちゃんはP90でヘッショを決めて、できるだけ弾を消費しないようにしっかり指切りもこなす。イネちゃんできる女の子可愛い。

「やったか!」

 ちょっとウルシィさんそれやめて。

 現実でそこまでのフラグは実際に遂行されたりはしないと思うけど、正直なところ頭を撃ち抜かれたはずなのにまだ倒れてないから、やれてないと思う。

 その考えを証明するかのように謎の存在が再びイネちゃんたちを狙って走って来た。いや足じゃなくてヘドロっぽい感じだから滑ってきたかな?

 急いでP90をしまって、こういう相手にはより有効だろうと思うスパスを取り出してバックショットを1発だけ装填し、向かってきているソレに向かって発砲した。

「……滑る!」

 分かってはいたけど、流石にぬかるんでいる地面に対して反動の大きめの銃の場合、踏ん張りが効かないから滑ってしまう。まぁこの程度なら重心移動でなんとかなるけど。

 スパスから発射された散弾は、そこそこの速度で突撃してきていたソレに当然当たる。当たるのはいいけどちゃんと効くかどうかが最重要なので、距離を取りながら観察を続ける。

「イネ、だいじょう……くさっ!」

 うん、今度はイネちゃんにもわかる。散弾が当たったソレが崩れ落ちる形で地面に溶けつつあるけど、汚水処理場の近くで嗅いだことのあるような匂いがしてるもん。

「大丈夫だけど、溶けていってるからまた出て来るかもしれないし、やっぱ皆のところに戻ろう」

 イネちゃんの提案にウルシィさんはやっぱり、お鼻を押さえながら首を縦に振って答える。というかちょっと涙目になってるから早く離れようか。

 とりあえずこの謎の存在がこれだけならいいんだけど……多分違うよなぁ。

 そしてイネちゃんのこの予想は、すぐに当たっていることを確信することになるのであった。

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